神父と聖杯戦争2   作:サイトー

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5.バベルの七騎士

 更地になったバベルの廃墟区画。浮遊する黒衣の魔術師―――外法王、キャスター。

 無論のこと、アルトリアと綾子達は外法王の名前を知らず、魔術を使った事でキャスタークラスだろうと予想しているだけ。このキャスターが外法王の異名を持つ事を知っているのはバベルの七騎士のみ。

 ……その筈なのだが、何事にも例外が存在してしまうのが戦場だ。

 キャスターが手に持つ双頭の蛇が絡んだ呪杖に、黒衣の袖下に隠している獣顎。

 特異極まる解析魔術を得意とする衛宮士郎ならば、敵の装備品を解析すれば真名を暴くのはとても簡単だ。故に錬鉄の魔術師であれば、現世にまで伝来している伝承伝説に弱点が示されている英霊全てを出玉に取り、その弱点となる武器武装を投影して的確に殺害可能。

 英雄王が英雄殺しで在る様に、投影魔術師エミヤも真似事程度は出来てしま得る。

 そして、万能なる英雄殺しを成し得る為に必須なのは三つ。真名を一目で暴く頭脳を持ち、その英霊の伝承に対する知識を持ち、弱点となる伝承を再現する道具を準備する能力である。

 

「―――侵入者諸君、こんにちは。

 こんな血生臭いだけの世界にようこそ。我々の歓迎は気に入って頂けたかな?」

 

 だが、その士郎の思考も中断される。一目で真名を把握した外法王(キャスター)からの嘲りと昂りの挨拶は殺意に満ち、怨念にも満ちている。

 言葉一つ一つが呪いの塊。並の魔術師ならば姿を見ただけで発狂死する呪詛が常に渦巻き、先程の奇襲攻撃から分かる通り、この魔術師の呪詛は物理干渉能力を持つ程の桁外れな濃度を保有している。敵を呪おうと魔術を使っただけで、この魔術師は土地を根元から吹き飛ばす化け物だった。しかし、そもそも士郎らも十分に化け物である。必殺は必殺とならず、鏖の呪いもそよ風程度の悪意に過ぎない。

 

「キャスター。こやつらが余たちの敵であるか?」

 

「そうだ、ランサー。久方ぶりの、本物の敵だぞ。ガフの空室を満たす贄ではなく、純粋な外敵だ。つまるところ、殺すだけの獲物ではない。

 殺しても良く、殺さなくても良く、愉しんでも構わぬ怨敵だ。我々の宿敵だ」

 

「ほぅ―――成る程。それは良い。実に良い。

 しかし、今の余はランサーの側面に限定させられた分霊よ。英霊の座に登録しておる宝具の中で、生前蒐集した聖遺物のコレクションは二つしか持ち込めぬのだが、この槍と冠こそ我が帝国における真の王権(レガリア)

 だが……―――成る程な。お主ら四人は中々だ。

 人理継続が為に抑止より遣わされた飼狗(サーヴァント)を屠るよりかは、お主らを仕留める方が聖大帝の王権(レガリア)に相応しい仕事となろう。

 故、分かっておるよな、キャスター?」

 

「ふん。構わんよ。しかし、貴様に相応しい敵か。まぁあれだな、否定はせんし、邪魔もせん。だが、私も生前の復讐を果たしてしまって暇でな……いや、全く。まさか、あの大英雄が抑止力として召喚されるとは、このバベルも因果なものよ。

 ……しかし、解せんのだ。

 奴を殺して満たされるどころか―――逆に、飢えるとは」

 

 空を飛ぶキャスターに、リヒテナウアーの近くで佇んでいた黄金槍の皇帝は、とても面白気に侵入者共へ微笑んでいる。そして、過剰なまで黄金の装飾が施された槍を右手で敵に向け、左手で冠を頭に押さえ付けている。

 死ぬ前は王位に就いていた英霊。王の亡霊―――ランサー。

 黄金槍、鉄王冠―――即ち、聖大帝。 

 身に纏う数々の強大な聖遺物から、生前は熱心な聖遺物コレクターだった事が把握出来た。

 

「それはそうだろう。復讐は満ちるものではなく、心を枯らせる苦行である。余とて応報の理屈は理解できるが、復讐そのものは憎悪を誓う本人だけの意志だ。

 お主の憎悪は、既にバベルにて晴らされた。

 となれば必然、残る妄執は恨むと言う感嘆。

 ならばこそ―――キャスターよ、残滓として残った怨念を敵へ叩き付けるのも余生の一興だ」

 

「―――……ランサーよ、貴様は相変わらずだな」

 

 それを聞き、胡乱気な瞳で頷く外法王(キャスター)。黒衣の袖下に隠している獣も唸り上げ、強烈な悪意が身の内から溢れ出て来る。

 そんな憎悪を見て、笑みを浮かべる女が一人。

 

「その通りだよ。怨讐の彼方に到達した貴方達には、もはや未来などへは到達出来ないさ。ならこの巨塔都市にて、存分に路頭に迷い給え。

 ―――我らの同胞、屍の亡者共よ。

 殺した生者の遺体で行う死体漁りこそ、死に様を晒し続ける私達に相応しい。

 ほぉうら、折角この国に来てくれた異界旅行者なんだ。私達で歓迎して上げなくては。とても盛大に、葬式みたいに華々しくさ」

 

 くるりくるり、と抜刀した処刑刀を回しながら、血の気配が色濃い暗殺者(アサシン)は微笑みを浮かべ、殺意を更に濃厚に強めている。

 聖大帝の言葉を肯定し、血の女―――鮮血王は、魔力を膨張させた。殺意と敵意を混ぜ込んだ彼女の魔力は、それ自体が凶器と成り果てている暴力。魔術師でなければ一瞬で意識を失い、魔術師であろうとも精神防御に優れていなくては恐怖の余り発狂してしまう。

 その存在感を自然体で保つ彼女は、それだけのサーヴァントをバベルにて鏖殺してきた魔物。殺し回ったサーヴァントの数だけ、彼女は英傑の血を革袋に啜らせてきた。

 

「―――カカカカ!!!

 確かに、死体漁りは(いくさ)の勝者の特権。鮮血王(アサシン)の言葉こそ戦場(いくさば)の道理。誰も彼もが暴れ貪り、我ら源氏も殺しに殺し、奪いに奪った。

 英雄とは、これ即ち―――殺戮の妄執なのだ。

 殺さなくては生を実感せず、虐殺を成して歴史に名を刻む悪鬼外道。しかし、己が殺戮こそ名誉にせず―――何が英霊、何が英雄か!

 弓で射殺し、刀で斬殺し、馬で轢殺する。つまりは肉を貫通する実感、骨を切断する感触、命を粉砕する歓喜である。

 それが武者の歓びだ。

 これこそ侍の本質だ。

 ならば武者として死んだオレは、強者との戦を所望する鬼に過ぎん。故に貴様らは、オレと戦わねば生き残れぬ定めにたった今――落ちた!!」

 

 全身甲冑の黒武者(アーチャー)は猛々しく叫び、禍々しく声を轟かせる。この日常(異世界)こそ、この戦場(バベル)こそ、日ノ本侍にとって幸福に満ち溢れた地獄であると。そして弓兵は太く、長く、歪に進化した異形の左腕で背中に下げていた大弓を外し、筒から強化矢を取り出した。

 アーチャー―――魔腕の弓使いは、仮面兜で表情は分からないが、気配だけで笑みを浮かべているのが分かる程、狂気に染まった闘気を纏っている。

 古の血で脈動する腕と、通常の筋力で到底扱えない五人張りの大弓。

 源氏最強の弓使いは八竜の甲冑へ更に妖気を滾らせ、侵入者に弓に備えた矢の鏃を向けた。まるで死の宣告を告げる死神の如き眼光で、弓使いは戦意のみでお前らを射殺すと唄っていた。

 

「狂いも狂って、求めるものは馬鹿騒ぎだけとは救い難い阿保ばかり。しかし、我も同じく聖杯への望みなど、この死後の余暇に比較すれば些細な人間性だと実感している。

 しからば破壊こそ、我が習性。そして、我が建国した海賊王国の営みだ。

 ならば、麗しきアッティラ―――やはり貴女こそ、破壊の化身、蹂躙の権化。

 滅びの遊星よ、貴い破滅よ―――其方(そなた)は美しい。

 故、世界を救う貴様らも何時も通り、無様な帝国と同じく滅ぼそうと我は思う。幻想のような生き様を煌かせる貴様らにこそ、死に様は道端に転がる哀れな屍の如き現実を与えよう」

 

 海に住まう魔獣の頭蓋骨で造られた仮面兜で貌を隠す狂戦士。大柄な鎧姿だが、声は被っている兜の所為でこもっており、男か女か分からない。だが、異常なまで畏怖感を与える王者のカリスマ性に満ち、対峙しているだけで精神を削る鉄鑢の如き圧迫感があった。そしてバーサーカーらしき暴力性が溢れながらも、喋る言葉は理性的。どうも通常のバーサーカークラスではなく、何かしらの仕掛けが有るらしい。

 しかし、手に持つ大剣は狂気一色に染まっている。

 血に塗れて、火に焦げて、死の臭いがする悪の剣。

 欧州の蛮族のようで在りながら、暗黒大陸の古い民族衣装のような鎧でもある全身鎧―――破壊王は、二十柱以上の英霊を見て来た士人でも、その誰にも類似しない特異なサーヴァントだった。尤も神父は既に真名を見破っており、その理由も納得しているのだが。

 

「はぁ…‥…―――相変わらず、五月蠅い。お前ら、子供か」

 

 そして、楽しそうにはしゃぐ同僚に溜め息を吐く長身の寡黙な女性。過度な装飾はしていないシンプルな衣装だが、明らかに高貴な雰囲気を纏うサーヴァントであり、戦士や騎士と言うよりも王族の系譜に位置してそうな女だった。しかし、肌は小麦色の程良い褐色に焼け、日の光から頭部を守る為に布をバンダナのように巻き付けていて、肩に届く程度にまで伸ばした黒髪が風を受けて揺らいでいる。

 浮遊舟から俯瞰する女海賊―――ライダーは、そんな海賊衣装を翻しながら飛び降りた。

 だが木造戦艦は主人が甲板から消えても浮き続けている。まるでこの混沌とした戦場を見下ろすように存在していた。

 

「―――おやおやおや!!

 なんとも、まぁ、全員大集合となりましたか。しかし、良いのですかねぇ……こんなに集まってしまうと、天使達を殺し終えた皆様が血の臭いを嗅ぎ付けて、此処まで来てしまうではないですか!?

 私が彼らの立場でありましたら、絶対に機会を逃さず来ますから」

 

 バベルの七騎士―――巨塔の使者。あるいは、ニムロドの使徒。

 召喚者はトーサカであるが、魔力供給は永劫機関(ガフ)となった塔の聖杯炉心。世界にとって禁忌である魔法の融合使用により、第二法と第三法によって無尽蔵の魔力を無限に生成する死徒十七祖第四位の神域領域であった。

 ―――集うは七柱の魔人。

 剣士(セイバー)―――祖の剣術家。

 弓兵(アーチャー)―――剛腕の武者。

 槍兵(ランサー)―――金色の大帝。

 騎乗兵(ライダー)――古の女海賊。

 魔術師(キャスター)――悪魔蛇の王。

 暗殺者(アサシン)――革袋の女王。

 狂戦士(バーサーカー)――海の破壊者。

 正義の味方が、甦った騎士王が、門の魔女が、死灰の神父が殺さなくてならない邪悪共。その化け物たちは油断も慢心もなく、しかし相手が何をしてくるのか愉しみに待ちながらも周囲を囲んでいる。

 そして―――更に高い上空には、バベルの都市部から人外の天使が向かって来ている。

 このままでは皆殺しは確定。アルトリアの聖剣ならば充分打破可能ではあるが、そもそも真名解放などリヒテナウアーが許しはしない。いや、そもそも聖剣の真名解放どころか、長距離を飛ぶ為に必要な魔力放出の溜めさえも見逃さず斬り殺すであろう。あるいは、アーチャーによる高速射撃か、ランサーによる投槍か、ライダーによる戦艦落としか、キャスターによる魔術妨害か、アサシンによる暗殺か、バーサーカーによる突撃か。

 ……油断をしないとは、そう言うことだった。

 聖剣だけではなく、他の者の切り札や行動に対しても見逃さない。

 既に侵入者の手段は把握しているのだ。衛宮士郎の投影魔術も、美綴綾子の空間魔術も、言峰士人の宝具解放も分かっており、その上で此処に来ている。駄目押しにバベルへ天使を要請し、逃さず気は欠片も存在していない。

 尤も、この程度の安い危機―――既に幾度も味わっている。

 孤立奮戦など当たり前。戦力が自分以外に三人分もあれば生き延びるには十分過ぎる。

 

「―――ふむ。師匠のサーヴァント共か。使い走り、御苦労とでも言っておこうか」

 

「貴様の事は聞いているぞ、神父。悪知恵が働く狡賢い極悪人だとな。殺すなら、まず最初に狙うのが一番だともな」

 

「これはこれは。高い評価、身に染みる思い出になりそうだよ。バーサーカー」

 

 遠回しに、神父はバベルを滅ぼした後の良い記録になると言っていた。この皮肉が分からない者はおらず、バーサーカーは兜の中で神父が面白い人物だと思い笑みを浮かべていた。

 

「……成る程。確かに、我らがマスターが喋った内容は正しいようだ。我も同じ神を信じる啓示教徒であるが、貴様のような面白い司祭など見た覚えがない」

 

 七名の中から、神父の言葉に答えたのはバーサーカーだった。どうも雰囲気と違って狂気に熱せられている訳ではなく、単純に思考回路が狂っているだけなようだ。そして、英霊なんて存在に昇華される人間霊は基本的に思考回路が普遍から離れて壊れているのが普通であり、当たり前のように人として壊れている。

 士人からすれば、可笑しくないのが可笑しいので、バーサーカーに疑問を覚える事は全くない。

 

「―――おい。もう静かにしろ。略奪の時間を長引かせるな」

 

 後ろ腰に仕舞う双剣を抜き取り、女海賊(ライダー)は敵へ歩み寄る。

 

「何時も通り、命を奪い取るだけ。問答なんて勝ってからすれば良い」

 

「ライダー、そう言うで無い。名乗りと動機の問答は戦場の華である。殺生与奪の権利を得た後の会話など、陳腐で糞つまらない。

 侍ならば――さぁさぁさぁ、いざいざいざ、と。正々堂々真剣勝負と参るがイキと言うものだ。

 とは言え、それも条件付きだ。相手が問答無用の情け容赦のない殺し合いをしたいとあれば、武者の尊厳など欠片もない戦争がしたいと言うのであれば、此方も悪鬼外道に落ちるが道理と言うもの。

 それはそれとして、愉しみ甲斐がある地獄と言うものだ。

 殺す事だけを愉しめる怨敵と言うのも、戦場では得難い娯楽品である」

 

「お前も、周りも、遊びが多過ぎる……」

 

「ヤツらからの仕事は終わった!

 ならば―――この戦争こそ、オレが求めた合戦場だ。背負う者亡き死後の道楽ならば、この我が身を戦で全て削り使い尽くすまで」

 

「分からないこともない。戦争は私も好みだ」

 

「カカカカカ、そうだろう?

 自分の敵を選んで殺すなどと言う欺瞞、このバベルでは捨て去ることが出来るのだからな!!」

 

 寡黙な性格なライダーだが、同類には口数が多くなる。つまり戦友とのコミュニケーションを怠る間抜けには程遠く、意志疎通ができる仲間ならば基本的には情も湧き、興味も湧く。それはアーチャーも同じであり、この場にいる七騎全員がバベルでの生活で仲間意識を持つ運命共同体である。

 何より、抑止力に召喚された英霊を殺戮する事に忌諱しない。

 敵として侵入して来た人間を虐殺する事にも疑問を生じない。

 そして、七騎全てが例外なく情報を共有している。敵が使う武器、魔術、性能、能力を知っている。単騎だけでも軍勢と呼べる強大な戦力だと言うのに、一人いるだけで現代の一国家軍隊を皆殺しに出来る化け物であるのに、それが徒党を組んで部隊として機能する悪夢。

 たった七人だけの―――史上最強の国家軍隊。

 それがバベルの使徒である。完璧な情報統制によって制御され、スンタンドプレーを行うことで結果的に協力し合う組織。恐らくは、過去に存在したどんな国よりもおぞましい強さである。

 

「ならば―――殺すとしよう。

 余は殺しなどに悦楽も愉悦も感じぬし、戦争など国の王として選ぶ最悪の外交手段である。人間は愚かな動物で在るのは事実だが、それを承知した上で理解し合うのが天才と賢人よ。

 だが、この槍で奪うに相応しい魂の持ち主を討ち取るとなれば……―――喜んで、愚かなる魂魄を清めるとしよう」

 

 教会の秘蹟と魔術を同時使用し、ランサーは槍を輝かせながら身体能力を強化する。周囲を感知しながらも、槍を模した聖なる魔力刃を展開する。生前、魔術になど縁が無かったランサーであったが、英霊化した死後の自分は数多にコレクションにした聖遺物以外の神秘を得た。

 あっさりと学習した魔術知識により、秘蹟を使うなど余りに容易い。

 いや、それだけではない。この場にいる七騎のサーヴァントから得た技能(スキル)以外にも、このバベルで殺したサーヴァントからも欲した能力を学んでいた。況してやキャスターのサーヴァントでもない人間の魔術師が使う神秘程度、一目で修得出来ないランサーではない。強化魔術や洗礼詠唱をスキルに昇華するなど容易かった。

 恐ろしいのは―――金色に装飾された槍。

 アルトリアをして、霊核の芯から脅威を感じる宝具であった。

 

「―――貴様ら、このバベルを理解しているのか!?」

 

「無論だとも。余は皇帝を超える大帝と称された王である。あの狩猟王のことも理解しているとも。その上で、余はアヤツの王道に興味が惹かれた。

 ……面白いぞ、このバベル。

 あらゆる文明と文化、その叡智の宝よ。

 我ら人類が人間種で在り続ける以上、神を排したこの現代文明は必ずバベルの天蓋巨塔に辿り着くだろう―――否。到達出来ねば、星と共に滅びを迎えるだけだろう。あるいは、不必要と枝切りされて死ぬだけだ。

 それはお主も分かっている筈だろう―――ブリテンの騎士王、アーサー・ペンドラゴン。

 我ら皇帝(アウグストゥス)の中でも有名なる剣帝、あのルキウス・ヒベリウスを人類史から消し去ったお主であらば、我ら七騎の召喚者が考えることも理解出来よう。実感も出来よう。

 そして―――共感も、問題なく出来る事だろう。

 我々人間を世界ごと救うには、もうこの世を滅ぼすしか道はないと!!」

 

「剣帝ルキウス……ッ―――!?

 ならば貴様は、あのローマ皇帝の英霊である大帝……聖大帝。では、その槍と冠は……いえ、いいえ。そんな事は如何でも良い。貴様が何者であろうとも、今は如何でも良い。

 このバベルが人類を救うとは、どういうことだ。

 邪悪に狂った凛が召喚し、その思想に賛同した英霊が、そのような考えなど持つ訳がない……況してや、この世を滅ぼすなどと言う世迷言をッ!」

 

「余もお主の立場ならそう思うのでな。説得が可能とは思わんし、する気もないぞ。だがの、名高き騎士王なら分かっている事だと、この場の全員が理解している筈だ。

 それが真実で在らねば、そも我ら七騎がバベルに賛同する訳なしと!

 本気で救おうと足掻く人間の王で在らねば、我らが死力を尽くす理由もないと!

 そもそもだ、我ら座の住人を奴隷とする抑止力が絶対に正しいと、人理が人類史唯一無二の正解だと……―――なぁ、そのような方程式を誰が定めたと言うのだ。繁栄の果てに星を枯らし、鋼の大地に辿り着く運命を定められた未来が間違っていないとでも言うのか?

 これを否定するのであれば―――滅ぼしてみせよ、永久に届かぬ我らがバベル(理想郷)を」

 

 躊躇うことなど何も無くなっていた。清く正しく、汚く濁り続けた人生であり、聖大帝(ランサー)は己が人生を清濁飲み干し、自分と他人を愛していた。良くも悪くも、命懸けで駆け抜けた人生だった。

 

「ならば……ならば、ランサー。貴様は何を願って此処に存在する?」

 

 その騎士王(アルトリア)の質問に応じる答えを、ランサーは持っていた。たった一言で足りる願いだが、誰もがそう在れかしと望むべき願いだった。

 

「無論―――全ては世界(ローマ)のために」

 

「戯言を……ッ――――!!」

 

 もはや止めるモノ無し。全開の魔力放出で加速するアルトリアの斬撃を、真正面からランサーは金槍で受け止めた―――瞬間、この場に居る全ての者が沸騰した。殺意のまま、己が得物を以って闘争の渦を生み出さんと疾走した。

 

全投影(バース)再誕宣告(リセット)―――消え逝く存在(デッド・エグジステンス)

 

 だが、そんな程度は予測済みであり、覆す策も準備済み。瞬間詠唱を行う士人は脳内空間に予備投影しておいた全武装を現実に引き摺り出し、上空に幾十にも展開。一つ一つが宝具に匹敵する魔術であり、どれもがサーヴァントに直撃すれば命を奪う爆弾。彼は射出した投影武装数十本を一気に纏めて爆破した。

 ―――それが無駄になるのも、士人は予測していた。

 慣れ切った対応。未知の攻撃に平然と対処する度胸と技量。宝具射出はおろか、その爆破にまで対応されるとなれば自然ではない。

 

「カカ―――下らんわ、西洋被れの司祭が!

 このオレを確実に殺したくば、討ったアヤツが持つ草薙の神剣程度真似てみせろ!!」

 

 一瞬で街の一区画を絨毯爆撃し、羽虫一匹逃さず爆破する言峰士人は明らかに人間の領域を超えた魔術師。そして、その魔術をその程度と嘲笑うのがバベルの七騎士である。中でも黒武者は過激な分類だ。爆風の中から敵目掛けて駆け出し、弓を背中に仕舞って鞘から武器(古刀)を抜刀した。

 よって神父は迎撃するのみ。投影した悪罪(ツイン)を双剣として構え、黒武者の一刀一振りを一本で受け流し、その流れでもう片方の悪剣で斬り返す。その反撃を容易く刀で打ち落とし、更なる斬撃を繰り出し続ける。だが、敵はアーチャーだけではない。バベルの七騎士は一対一に拘る者など一人として存在せず、思い思いに殺すべき相手を狙って動き出した。

 問答無用の集団激突、敵味方が混ざる乱戦。

 どう足掻いても四人は防戦一方に追い込まれてしまう。逆転の手札は何個も隠し持っているが、それを使う機会を得るまで生き延びなくては意味はない。

 

「啄み殺せ、黒き刃よ―――遺産の群刃鴉(ケンヴェルヒン)……ッ――!!」

 

 そして、状況の打破は自分達が原因になる訳ではない。その宝具はバベルを守護する七騎ではなく、侵入して来た四人でもない外側から行われた真名解放。

 ―――三百羽もの黒い刃鴉の群れ。

 空中を浮遊しながら魔術砲撃の準備をしていた外法王(キャスター)を襲撃し、地面に追い込みながらも他六騎も同時攻撃。アルトリアを集中的に鴉たちは守りつつ、敵陣営の足止めに成功していた。

 

「ああ、ああ―――我らが王よ、よくぞ御無事で!

 召喚された円卓の騎士は悉く皆殺しにされ、それでもこの身だけは何とか生き延びました。

 しかし、御身がまだおられるのでしたら……!!」

 

 現れたのは白い獅子を連れた騎士。円卓に座る者ではなくとも、彼ら騎士と何ら遜色がない強さを誇る男。嘗て一時期だけだが生前、騎士王アーサー・ペンドラゴンに仕えた英霊が四人に近付いて来た。

 ―――獅子の騎士。

 彼こそ鴉の魔剣を操る騎士の中の騎士。

 このバベルで生存する数少ない抑止力によって召喚されたサーヴァントであった。






















 マテリアル5、楽しみです。





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