このままでは生き残れない。だがしかし、希望がない訳ではない。逃走しながら士郎は情報を整理し、異常事態を把握しつつあった。既にある程度は前情報を得ており、そこに間違いはなかったが、現状は幾つもの未確認情報が追加された。
何故か、バベルに敵対するサーヴァントがいるらしい。
理由の方は抑止力による介入らしいと推測は出来るが、そもそも第二魔法で外側から帰還した魔法使いならば、抑止力に邪魔をされない手段など幾つも思い付く筈。それを敢えてせず、態々異界などを作り上げた上で、むしろ逆に抑止力が介入し易い環境を準備している矛盾。更に可笑しいのは、抑止の守護者として召喚されておきながら、無色の暴力装置ではなく、サーヴァントのように自意識がある点。あれでは魔術師のマスターが存在しない聖杯戦争で召喚されるサーヴァントと全く同じだろう。
何よりも、一番の疑念は―――そもそも遠坂凛は魔術師ではない。
既に魔法使いとして根源へ至った彼女は、聖杯を使って根源の渦を発生させる意味がない。その彼女が何故、今になって聖杯を使い、根源の到達を防ぐ抑止力と殺し合っているのか。
……だからこそ、士郎は困惑している。
戦術や戦略以前に、戦争準備と言う前段階からして全てが狂っているのだから。
「良かったのか、アルトリア」
「……何がですか?」
士郎の言葉に、彼女は冷淡に返した。
「私達を救ってくれた騎士のことだ。あの瞬間は黙ってはいたが、ユーウェインと言えば有名な騎士だろう?」
「ええ、そうですね。この現代でもそうですが、私の生前でも有名な騎士でした」
バベルの街を走り抜ける四人。敵のいない方向へ、天使の監視網が薄い地域へと逃走を続けながら、情報整理の為に会話をしている。
「……ふむ。サー・ユーウェイン。獅子の騎士、あるいは獅子を連れた騎士か。鴉の魔剣に加え、竜殺しの白い獅子を友とする英霊。強さは先程見た通りであるが、解析したところ、隠し玉の宝具を更にもう一つに、姿隠しの指輪も持っていた様だったな。
だが情報からして、これは凶報であろう。あれ程の戦闘能力を持つサーヴァントが、生き足掻くだけで消耗する魔窟が―――この巨塔の都。
ストイシャの名も聞き覚えが充分にある伝承であり、竜殺しの戦士として高名だな」
「ああ。アタシもまぁ、知ってるっちゃ知ってるよ。ライダークラスなら、確実に竜乗りなんだと思う。分かり易く言えば、ユーゴスラビア版桃太郎みたいな特級だった筈さ」
神父の言葉に魔女は淡々と頷く。逃げ出した場所からは業火と雄叫びが轟き渡り、魔力の波動が迸っている。特級と言ったのは正に言葉そのもので、見ただけで魔術師の領域を遥かに超えた存在感に満ち溢れていた。
「ドラゴンライダーでしたか。しかし、あのドラゴン……いや、あれはもう竜と言うよりも、神獣。宝具として英霊に召喚される為、霊基を抑え込んだ神霊の龍と言った方が正しいでしょう」
「だろうな。それにあの炭化したような黒い剣、竜種を封殺する対幻想種用の魔剣だった」
既に士郎はもうあの場に居た全ての英霊の、サーヴァントとして所有する概念武装を解析している。その情報を固有結界「
そして、自分達を逃がしたユーウェインとストイシャの強さも理解している。
強い上に巧く、戦争に優れた能力を持つ者。宝具だけではなく、自分自身も殺し合いに特化した戦士。
二人を観察した士人も能力を把握し、自分よりも格上の存在だと一目で分かった。自分も強い上に同等の能力を持つ幻想種を宝具として召喚する故、単純に一騎で宝具を持つサーヴァント二体分の性能を誇っている。いや、正確に言えば、宝具を使うユーウェインとストイシャは並のサーヴァント四体分か、それ以上。この二人がいれば、通常の聖杯戦争で召喚される七騎のサーヴァントを制圧可能な程の化け物である筈。
……だが、バベルの化け物共はその二人に匹敵する為、戦力差は歴然だった。
「成る程。あの悪寒はそれが原因でしたか。それにユーウェイン卿の白き獅子も竜殺しであり、ストイシャ王の竜王も確か三匹の竜を息吹で焼き殺した逸話を持っていましたね……しかし―――」
思い出は残っている。記憶は全て失くしたが、記録はまだ残っている。その時に感じた自分の感情は剣の獣によって斬り壊されしまったが、アルトリアの内に残滓としてまだ有り続けてはいる。
果たして、自分がライオンを好きになったのは何が原因だったのか?
子供の獅子を抱き締めたのは記録にあるが、その獅子を連れて来たのは誰だったのか?
円卓の席に座る事はなく、自分の正式な部下ではない騎士だった。ブリテンの騎士ではあったが、キャメロットの騎士ではなかった。しかし、自分の部下として共に戦い抜いた騎士の一人であった事に間違いはない。
「―――また、見殺しにしなくてはならないのですね。
それなのに、彼の死を悲しいとしか思えないなんて……本当、どうしようもない。これで騎士王だった英雄などと嗤わせる」
今の彼女は殆んど人間と変わらない。見た目もそうだが、自分を召喚した大聖杯に付与されるクラススキルも失い、英霊の魂と共に存在する宝具を具現する能力程度しか残っていない。勿論サーヴァントとしての武装化能力を失い、現代の戦闘服を調達した姿になっている。受肉した英霊としての能力は、直感、魔力放出、宝具の聖剣と鞘だけになってしまった。
同じく、精神面も同様なモノ。食事と睡眠がなくては人間と同じ様に消耗し、今は我慢強いだけ。感情面も同じ構造になってしまい、生きた人間と変わらない。それなのに彼女は自分の為に死に逝く騎士を見届けながらも、一切心を動揺させず理性的に悲しんでいる。本当に今のアルトリアはそれだけしか実感出来ない。
「何だ、気に病んでいるのか?」
「さて。どうでしょうかね……」
思わず漏れた弱音を、神父は聞き逃すことはない。普通の良識があれば、聞かれたくない事を聞き返すことなどせず、一般的な感性があれば面倒な他人の心情にはなるべく関わり合いにならないだろ。それも戦闘中ならば尚の事。
しかしながら、言峰士人は違う。彼にとってアルトリアが抱く葛藤も、世界を守るバベルでの殺し合いも、等しく価値が存在しない。重要なのは人間の悩みは面白く、それが深刻な苦悩であるほど神父にとって良い娯楽になると言う一点のみ。
「アルトリア、それは価値のある感情だ。否定する必要はない」
「……神父。今は貴方の説法を聞く気分ではありません」
「説法などではないさ。宗教に依らぬ個人的な感想であり、そもそも人の死を関心するのは人の性。悲しむのは当然こと。そして、自分と関わり合いのある人物ならば無視は出来まい。
例え今のお前に、悲しみを痛む実感がないのだとしても、な。
その心情はとても理解出来る。悲しいと分かっているのに何もない。何一つ自分の精神が理解出来ない。つまるところ―――心の中には何も無い。
あるいは、物事が感情とつながらない異常な精神だな。何より今のアルトリアと言う人間にとって、生前の知人など物語の中に出て来る登場人物に過ぎぬのだから」
「―――貴様は……」
「やめておけ。その怒りもまやかしだ。お前が実感出来る残された負の感情は憎悪のみだ。
……何、喜びと楽しみも薄れたとはいえ、まだ味わえるのだ。間桐桜の呪いである程度は狂ったとは言え、全て壊れた訳ではない。
そう急いで健全な悪感情を得る事もない。そのふりをする必要もないだろうて」
「ふん。だから貴方は―――」
そして、その憎悪の感情を引き摺りだされ、アルトリアは感情がリセットされたのだと分かった。自分の為にこれから死ぬユーウェインとそれに付き合うストイシャが気懸りだったが、感情の矛先を変えられた事で一旦冷静に客観視する事が出来るようになった。
同時に、この神父へ憎しみが向いてしまったが。
他者の感情と理性さえ道具とする異端の聖職者だと分かっているので、極悪人らしい奴のやり口だとも知っている。
「―――待て」
その憎悪を言葉にしようと口を開いた時、アルトリアは違和感を感じ取った。殺意も敵意もないが、奇妙な視線で肌がぞわりとする。
「あの天使―――?」
ハッ、と悪寒の元凶へ視界に納める。彼女が持つ直感は成長しており、僅かに込められた意識さえ第六感覚で察知する。
視線の主は―――空。
現代の冬木を模した不可思議なバベルの街並みを利用し、建物の影を使って隠れながら高速移動する四人を見逃さず監視する眼力。
「―――ふむ。これは駄目だな」
監視者をアルトリアと同じく見付けた士人は、解析の魔術で敵個体の肉体を分析。守護者化した自分に近付き、更に深化した彼ならば、魔術回路さえ見ただけで把握する魔術師である。
把握したのは――魔眼。
それも透視だった。これでは幾ら速度を上げたところで敵天使の視線から逃げきれず、自分達が消耗するまで襲撃が継続されていまうだろう。
「みたいですね。神父、貴方に何か考えでもありますか?」
「俺が殺そう。ついでに単独で逃げる手段もある。いざとなれば囮になれば―――いや、もう遅かったな」
ぱらりらぱらりら~、と見計らったように響き渡る軽快な音楽―――奴らが、来た。神聖ローマ帝国で謳われた剣術家、ヨハンネス・リヒテナウアーが乗る三輪自動車が到来する合図であった。静かに近づけば不意が突けると言うのに態々知らせる事を考えれば、バベルの英霊共は虐殺鏖殺を愉しむ殺戮者で在るのか、あるいは闘争を娯楽とする戦争狂なのか、逃げ惑う獲物を狩り殺したい人狩りの狩人なのか。
言えるのは一つ、暗殺などする気もない。自分達がバベルに来る前まではしていたのかも知れず、そう誤解される為の策なのかもしれないが、この追撃戦で暗殺する気がないのは分かった。
「――――カカカカカカカカカカカカ!!!
あの闘争の、円卓狩りの続きと洒落込もうとするか、アサシン!!?」
「ユーウェインはブリテンの騎士だが、確かにアレは円卓ではなかったね。それなら一人くらいは私も円卓の騎士を殺しても面白そう―――ふふ。
追い立て、狩り殺すのも――また一興。
死損ないのユーウェインとストイシャの骸を、あの救世主みたいに首を撥ねるのも良かったけれど。そうね、久しぶりに生きた血を味わうのも悪くはない」
しかし、バイクに乗って来たのは剣術家にあらず。喪服のような皮鎧を着込む女が運転し、その背後で二人乗りをする八竜甲冑の大男。
―――アーチャー、魔腕の黒武者。
―――アサシン、鮮血の女王。
あろうことか、アーチャーは二人乗りをしてはいるが、座ってはいなかった。侍の草履を座席に置き、曲芸師の如き平衡感覚で立ち上がっている。
理由は無論―――五人張りの大弓を構える為。
今のアーチャーはまるで、高速移動する狙撃戦車砲であった。弓から伸びる鏃は殺意と敵意が迸り、貴様らの命を射砕くと魔力が満ちていた。
◆◆◆
果たして、何が足りずに届かなかったのか?
何を必要とすれば―――この五人を討ち
宝具を使い切り、技能を全開させ、魔力も完全に底を尽き、魂が燃え滓になるまで焼き果たした。宝具として召喚した友さえも、彼らの為ならばと魂魄が壊れるまで力を使い果たした。
だが、届かなかった。
どうしても殺せなかった。
力足りず
「千の死―――理想王ラーマの死で以って、遂に完成した。
バベル王はエンピレオの館を模した部屋を作り上げ、数多の贄により人類最強の魂で溢れさせた。となれば必然、この者共の死にもはや利用価値はなく、既に抑止の守護者を生贄にする意味もない」
キャスターは外法王の異名のまま、外法魔道を極めた王である。腕前を考えれば、呪術王とも呼べる呪祖の魔王でもある。ある意味で、倫理に価値を見出さない魔術師のプロトタイプとも呼べる魔術師であり――このバベルにて、狩猟王と同じく「
悪魔王より授かった悪神の叡智。
魔術王ソロモンと同じく、絶対なる“一”より加護と祝福を得た魔術師の一人。
「ガフの空室は満杯になった。英霊の魂はもう無用になった。故、この強き人間の魂は、我らバベルの天罰天使に使うのが正解だろう。
逃しはしない―――誰も、私の呪詛から逃げられはしない。
何よりも、このままではつまらない。捕虜の魂を自在に悪用してこその外法王。人と神が望んだように、私の魂が求めるままに、死する貴様ら二人を―――悪徳の玩具としようか」
ならば、
天蓋巨塔と結んだ契約により、殺したサーヴァントの魂はガフの部屋へ献上しなくてはならなかった。だが、用済みになった贄であれば、この外法王が頂いても問題は欠片もない。
天罰天使―――あれらは、中々に面白い傑作品。
しかし、材料が足りずに量産品だけしか造れていない。バベルに保管されていた遺伝子情報から複製されただけの受肉人形であり、世界最古の人工知能を模倣して作った魔術式で動くだけの戦闘人形である。作成して動き出し、生命体として動き出した個体には魂は発現してはいるが、まだまだ空っぽな人型だ。
しかし、今この瞬間―――――良い、中身が出来上がった。
自意識が成長した天使共の魂に張り付けるラベルには、実に丁度良い細工となろう。これらを材料に追加霊基を付加すれば深化した天罰天使のオリジナルが作成出来よう。あるいは、英霊天使のプロトタイプとでも呼べようか。
「余り面白くはない趣味でありますね、キャスター。その御飯事、狩猟王も不愉快に思う事でしょう……まぁ、否定は決してしないと思われますが」
剣術家にとって外法王の企みなど、暇潰しの娯楽にさえならない。むしろ、不愉快極まる悪人の戯れだ。英霊を贄として“ガフ”を完成させた狩猟王も悪辣だが、このキャスターは魂を呪詛で陵辱することを愉しむ悪鬼外道の鬼畜である。
「だろうな。あの魔人は、全人類を愛している。その魂に絶対的な価値を見出している。
だが―――それらは無垢であり、バベルに無用な民衆にのみ向けられる愛情だ。王と法に支配される事を幸せとする大衆に示すもの。
有益であると判断すれば、このバベルの法律に反しなくては、全ての軍事利用が認められている。勿論、殺して捕虜にした英霊の魂さえもな」
「はぁ……―――いえ、失敬。
自分の独逸流剣術を人類史に証明する為、英霊を幾柱も斬殺した私が言える道理ではありませんでしたね」
血に濡れたツヴァイヘンダーを一振りし、べっとりと刀身に塗れた血糊を風で薙ぎ払った。そのまま背中の鞘に納刀し、リヒテナウアーは逃げ出した敵がいるであろう方向を見詰めた。このバベルで移動手段として愛用している幡尽き三輪自動車はアサシンに貸し出してしまい、追い付くことは不可能であろう。
だからユーウェイン卿の獅子剣術と、ストイシャ王の竜殺剣術を楽しめただけでも良しとするべき。竜殺しも獅子殺しも堪能出来た。その二人を独逸流剣術で打ち破った偉業こそ、リヒテナウアーが求める名誉であり、聖杯以上に求める奇跡である。
「自分だけが使命を全うし、他者の使命を否定するのは騎士道に反しましょう。しかし、婦女子を守るも騎士道の華。だが既に道徳心など私は、この異界に召喚された際に捧げてしまった。
実に実に―――嗚呼、本当に悩ましい!
ならばせめて、この世界で最強の兵法家が何者なのか、人類史が完結する前に証明しなくてはなりません!!」
「まぁ……あれだ、邪魔をしなければ有り難いとだけ言っておく」
「―――勿論ですとも!
どれだけ仲間が私の信条に反し、悪逆を働き、暴虐を浸ろうとも、止めはしません。好きで屑であるならば、屑として死ぬが定めでありましょう。何故ならば、この私とて人斬り稼業を愉しむ人間の屑であるからして、悪を悪だからと否定する事は有り得ないのです。
と言うことで、もし私がバベルの誰かを斬り殺す事があるならば、それは―――怨敵となった時のみです!
勿論、キャスターには大恩あるこの身。我がツヴァイヘンダーなど諸々装備品を対英霊用に魔改造した武器で、改造して頂いた張本人である貴方を殺すなど――ええ、とてもとても!!
その貴方を何か苛立つから殺すなんて、悪魔以下の犬畜生と呼べる所業となりますれば―――」
外法の魔術師であるキャスターからして、このセイバーの強さは異常。技の冴えなどおぞましく、魔力も神秘も使わず時空を裂くなど神でも絶対に不可能だ。
殺し合えば、十中八九――殺される。
この剣士が数多の英雄英傑と斬り殺せる様、武器を改造したのは自分だ。いざとなれば、言葉なく思念だけでセイバーの剣を砕けよう。
しかしながら、思念よりも尚―――
「―――己が業のみに専念するが正しき心でありましょう。
答えなど得られずとも死を謳歌せし獣こそ、バベルと契約した我ら亡者の末路に相応しいのですから」
「ククク―――成る程な。そもそも生前から狂っていた訳だな、リヒテナウアー」
「さてはて。狂気など、自分が狂っていると理解していなくては、己が意志の成否など分からないものです」
「口も達者だな……」
「ええ、まぁ。これでも弟子は多くいた剣術の師でありましたので!」
「そうか―――……あぁ、いや、そうではない。そうではない。お主と会話をすると論点がずれる。私が言いたいのは信念云々尊厳云々と言った英霊的世間話ではなく、実用的な観点から測定する実験だ。
私が呪詛を刻んだ魔剣―――先程の殺人でまた成長した筈だ。
天使の霊基改造にも関わって来る魔術理論でな、数分だけ情報解析のため私に返して貰いたい」
剣術家の剣は名剣ではあるが、無銘の武器。真名など持たず、特別な神秘など一切宿していない。それこそが、キャスターにとって素晴しき事柄。
宝具でないならば、改造する余地があると言うこと。
何も宿さぬ無名の剣ならば、呪詛を刻んで魔剣にすれば良いだけのこと。
だが、如何に自分が改造した相手の武器であろうと、リヒテナウアーからすれば生前から使い続けた愛用品。それをあっさり渡してくれる訳もないと考え、まずはこうして自分の計画を教え、納得して貰った上で借りようと考えた。
「―――おう!」
「………あ、うん。すまない」
そうなのだが、剣士はとてもあっさりキャスターに剣を渡した。
「私もこのツヴァイヘンダー、ツァラトゥストラと名付けた魔剣も随分と血を啜りました。しっかりと整備はしてはいましたが、呪詛の点検は専門外なのでして。
ふむ……実は最近は柄を握っても、人を斬り殺したい衝動は全く湧きませんし。
斬って斬って、サーヴァントを斬り殺して呪詛が強まる筈なのに、全然呪いで狂わないんですよね」
ツァラトゥトラ、何か良い響きだなとバーサーカーは考えているが、セイバーと同類と思われるのが嫌なので黙っていた。またセイバーが現世の哲学書、武術書、宗教書を読み漁っているのも知っており、そこから付けたのだろうとも予測していた。
態とらしい言葉のチョイスだが、愉しんでいるなら否定する動機もない。
「ああ、それか。そもそも空の魂魄を平常心で保つお主を狂わす呪詛など、もはやこの世の何処にもない。よって、この世の全てで呪おうとも意味がないだけだ」
「ほう……――ほぅほぅ、成る程。分からなくもない理屈ですね。我が空の心、未だ成長期と言う訳でありますか」
「そう言うことだ……ほら、返すぞ」
「おう、ありがとうございます」
「私は天蓋の館へ帰る。欲しい獲物は手に入れた。術式は既に作成済みであり、後は専用の器に調整しておいた天使に、中身の魂を入れるだけだ。
故、戦線には明日から復帰する予定だ。今となっては積極的に外敵を殺す必要もなく、防衛以外の虐殺は契約外である。何よりも、これから私が運用する兵器が嬲り殺しにする相手を私が殺してしまえば、楽しい事も愉しめん」
「そうか。では、応援している」
「ああ、すまんな。此方もお主らの狩りを肴に天使開発を愉しもう」
空間に黒い穴を開き、空間転移で帰ろうとするキャスターに、ライダーは淡々とした無表情で別れの挨拶をした。
「では、私の方はまだ潜む殺し相手の索敵と参りましょうか―――徒歩で!」
「……そう。じゃ、頑張って」
「はははははははは!
ライダーは相変わらず、喋らない時は本当に喋りませんね!!」
「面倒臭いから。人と喋るのは王の仕事だが、話をしなくていいならする必要もない」
他人とのコミュニケーションを欠かさない几帳面な性格でありながら、喋らない時はずっと寡黙なのがライダーと言う女だった。
「成る程、成る程です。では後ほど!
食前の散歩とか生前からの趣味ですので、辻斬りしながら我が家に帰宅致しましょう!」
「ああ、また後ほど」
「……いや、貴様の浮遊戦艦に乗せてやれば良いだろう。ついでに我も乗せてくれ」
「良いぞ、構わん。セイバーとランサーはどうしたい?」
「それでは、バーサーカーも乗り気なら私も乗せて貰いましょうか。実は私、散歩と同じ程度に空中遊泳は好みですから」
「はぁー……お主達、子供みたいに元気よな。余は疲れたぞ」
ずっと黙っていたランサーは、法衣をパタリパタリと扇ぎながらアサシンとアーチャーが二人乗りで爆走していった方向を見る。天使の包囲網は作り上がってはいるものの、上空の監視役の天罰天使は的確に射殺されているのが分かった。
しかし、自分が奴らの狩りに余り役に立たないのも理解していた。
「しかし、あの系統では余り相性が宜しくないのでな。殺したヘラクレスやジークフリート、あるいはカルナのような不死身の英霊ならば不意を突き易く、仲間のサポートを利用して一撃で仕留められるのだが。後は魔獣の属性を持つ英霊ならば殺すのにも役立つぞ。
……とは言え、余も戦は好むところ。
手伝えぬ訳ではない故、狙える敵は積極的に仕留めに往くぞ」
「分かった。なら、全員乗りな」
宝具である浮遊舟を低空飛行させ、海賊の女王が保有する海賊船へ全員が乗り込む。ランサーが微妙に疲れた表情を浮かべてはいるものの、四人とも負った怪我はもう完治している。その霊体には外法王が刻印した魔術式が魔法陣のように手書かれ、魔力さえ充分ならば損傷を自動治癒する能力を持つ。
まるで死徒が持つ自動再生能力――復元呪詛であり、呪詛を得意とする外法王は死徒が持つ呪いを参考に術式を作り上げていた。
「では、これより我ら―――侵入者掃討作戦に移行する!」
流夜さん、誤字報告ありがとうございます!