優しい子たちと世界の果てで   作:あーふぁ

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5.世界の果てで陽炎と過ごした2か月

 陽炎が墓石の彫り方を勉強し始めて1か月が経った。

 石材店の人に手伝ってもらいながら11人分の名前を掘ることができ、残りの部分は教えてくれた人に彫ってもらった。

 陽炎が彫った多少不格好な文字だが、陽炎が自分で彫ったということにその意味はある。

 一方の俺はというと、陽炎が頑張っている1か月のあいだに俺のほうは墓石を置く場所について手続きをしていた。

 墓石と言っても遺体はないために実質的には墓ではないため、記念碑的な扱いだ。

 陽炎は以前から基地周辺を色々探していたが、やはり海のそばである基地内がいいという結論に達して、俺は由良に基地を任せては軍の偉い人のところへと行った。

 上官にあたる人にお金というプレゼントと共に3人ほどの担当者相手に全部で1週間ほどの交渉と手続きをして土地の使用許可が降り、陽炎が彫り終わる前にできたことに安心する。

 この許可があれば、俺が提督でなくなったあとでも簡単には撤去できないだろう。

 そして12月第3週の朝の今日、俺は灰色のツナギに着替え、首にタオルを巻いてから基地の隅っこで剣先スコップを少し固い地面に差して穴を掘っている。

 由良たち4人は警備で出撃し、明日の朝までは帰ってこないから2人で穴を11個掘っていく。穴の形は墓石に合わせて、長方形で薄くたいらなものだ。

 陽炎も剣先スコップを持ち、俺と交互にやっている。

 青空が広がり、寒い空気の中で体だけは熱くじんわりと汗をかいている。

 メジャーを使って均等の距離を開けて穴を掘りながら時々休憩をし、持ってきた水筒からお茶を飲んでいく。

 その5度目の休憩のときに、ふと陽炎が不思議そうな声で話しかけてきた。

 

「提督はさ、色々無理してない?」

「……この肉体労働はすぐに筋肉痛になりそうだな」

「そうじゃなくて。ここの土地の使用許可とか」

「提督ってのは便利でな。これぐらいならどうにかできる」

 

 俺がこっそりと陽炎に隠れて裏でやったことがばれそうな気がして、俺にとって嫌な会話の流れから逃げるため、少し急いでスコップを持って6個目の穴を掘り始める。

 横目でちらりと陽炎を見ると、俺と同じようにスコップを持っては手伝ってくれる。

 けれど、陽炎は言葉を止める気配がない。

「私もそう思ってたんだけど、本当かどうか由良さんに聞いたら意味深な笑顔を浮かべるだけだったのよ」

 由良に任せて基地を出ていくときには誰にも言わないでくれ、と言った。そしてそのとおりに由良はやってくれていた。

 そのとおりにやってくれてはいたが、陽炎の時だけはわざと何かあるように思わせたのは何の理由だろうか。

 俺はただ、必要以上に陽炎が気を遣わないようにと配慮していただけなのに。

 陽炎は優しいから、俺が苦労した分を自分がなんとかすると言いだしてしまうかもしれない。

 

「それは由良が普通に笑っていただけだろう」

「でも由良さんが答えてくれないのは私が勉強をしにいっている間にあった1週間分の提督のことだけなのよね」

 

 陽炎の言葉を最後に俺たちはそのまま掘り続け、少し空気が悪くなったまま6個目を終える。

 1度深呼吸をし、7個目を掘ろうとしたときに陽炎の手が俺の手を掴んでくる。

 

「答えて欲しいんだけど。私のために無理していない?」

 

 そう言って俺を見上げてくる陽炎の目は怒りや寂しさ、不安が入り混じった目をしていた。

 そんな目をされると、このまま黙ったままでは陽炎に強い不信感を持たれるだけだろう。

 隠すのに諦めた俺は大きく息をついたあとに言いはじめる。

 

「無理というほどではないが、記念碑を建てるから、これから先ずっと建てたままでもいい許可をくれと言っただけだ」

「それだけ?」

「ああ。書類1枚であっさり終わったさ」

 

 俺の言葉に不満そうな表情を浮かべたが、何も言わずに穴を掘り始めた。

 その様子に安心し、俺も陽炎に続いて掘り始める。

 

「私ね、提督に感謝しているのよ?」

 

 手を休めずに穴を掘りながら陽炎はそう言ってきた。

 

「足がない私を差別することもないし、過剰な気遣いもない。足の艤装がつけられなくて海に出れないのに艦娘として扱ってくれる。そんなあなたに私は本当に感謝しているの」

 

 陽炎は掘る手を止め、さっきと同じように、けれど力強く俺を見上げてくる。

 その目を見た瞬間に俺の手は止まり、どう言い訳しようか頭を動かすがこれ以上言葉を重ねても陽炎が納得する気配がない。

 

「私は提督を1人の人として尊敬しているわ。だから、そんな人が私に隠し事なんてしないと思うの。この意見についてどう思う?」

「失望されたくないから言いたくないんだが」

「大丈夫よ。すごく悪いことしていても、私だけは味方でいてあげるわ!」

 

 人の悪そうな笑みを浮かべ、はじめから俺が悪いことをしていると決めつけていることに苦笑してしまう。

 でも陽炎の思っているとおりに賄賂という悪いことをした。でもばれなければ罪にはならない。なったとしてもそれは俺だけの責任となり、悪くて提督という役職を辞めさせられるだろう。

 

「心配してくれるのか」

「そりゃもちろん。秘書として2か月も一緒にいるし、優しくしてくれるから気にして当然だと思うのよ」

「それはありがたい。……なに、悪いことといっても賄賂を贈って石碑(せきひ)という名目で作る許可を得ただけだ」

「……別にそこまで無理しなくてもいいのに」

 

 ひどく大きなため息をつき、陽炎は冷たい地面に仰向けに倒れた。

 呆れたような、バカな人を見たような諦めの表情に俺は気分を悪くする。

 

「そんな顔を見たくないから言いたくなかったんだ」

「一言確認を取って欲しかったわ。確かに今やっていることはとても大事なことだけど、提督であるあなたも大事なの。わかってる? 私があなたを気に入っているってこと」

「わかってるさ」

 

 そう言って1人、穴を掘るのを再開する。

 陽炎は普段から俺のことを心配してくれていた。でも陽炎にとって大事なことは俺自身のことよりも優先しただけのことだ。

 確かに自分の身はかわいいが、俺はただ陽炎の助けになりたかった。

 最前線で戦い続け、戦友を亡くし、足を奪われてしまった陽炎に。

 はじめは同情からだったが、今は大切な家族のように思えている。

 掘り続けていると途中から陽炎が穴掘りを再開してくれて、11個全部の穴を掘り終えた。

 そこで休憩とし、もう少しで12時になるから飯を食うことにした。昼飯は俺が作ろうとしたが、陽炎がどうしても作りたいというので朝の残りを利用した昼ご飯を食べた。

 昼飯の時間も入れ、1時間ほどして作業を再開。

 再び穴を掘る作業をしようとしたときに、気づいたことがある。

 

「陽炎、穴を掘ったあとに砂利か何かを入れるんだったか」

「あー、どうだったかなぁ。でもこの土は粘土質でもないから大丈夫な気もするし、それにダメだったら直せばいいじゃない」

「そうか。ダメだったらやり直せばいいか」

 

 今までほとんど多くのことを1度でやるべきだと思ってしまっていた。あとでやる、ダメだったらやりなおすというのはどうも頭から抜け落ちてしまう。

 今回は失敗しても自分たちの問題だけだから、周りに迷惑はかけず、陽炎自身もやり直せばいいと言ってくれている。

 失敗しても次がある、と理解すれば気が楽になってくる。

 艦娘たちのため、というのを口実にすべて自分だけで頑張っていた。1度でできうる限りの完璧を。

 ここの基地に来てから、艦娘たちと一緒に掃除や料理をして一緒に頑張ることの大事さを勉強していたというのに。艦娘たちのことについては提督である自分が全部やるべきだと思っていたが、ここでは皆でやることを分担してやっている。

 陽炎の一言で自分の今までの固まった考えを修正する必要があるなと思い至った。

 

「難しい顔してるけど、私、なにか変なこと言った?」

「いいや。何も問題はないさ。ほら、やるぞ」

 

 気分がさっぱりし、陽炎とふたりで午後も掘り続け、11個の穴全部が完成する。

 その後は、石碑を積んでいる車を持ってくる。大理石の石碑を1個、陽炎と身長に運んでいく。それからメジャーや水平儀で高さや角度を調整しつつ石碑を埋めていく。

 その途中に陽炎がスコップで土を掘った穴に戻しながら言ってくる。

 

「これって石碑で登録したのよね?」

「ああ。墓だと却下されるだろうし、それにこれは……」

「遺体はないからね。墓とは呼べないし。もう登録した時の呼び方にしよう」

 

 その時の陽炎の表情はさっぱりとした落ち着いた表情で、墓石、いや今から石碑(せきひ)と呼ぶことになった石をいとおしそうに撫でている。

 

「陽炎がそれでいいのなら」

「うん、ここまでしてくれて本当に感謝しているから」

 

 石碑を撫でた時の同じ感情が乗った声が俺は寂しく感じながらも次の石碑を建てていく。

 午前の時よりも長い休憩を時々入れながら、11個全部の石碑を建てたときはもう日が落ちていく夕方になっていた。

 今は立て終わった11個の石碑を前に陽炎と並んで立っている。でも朝から続けて作業をしていたために、体の全身が疲れていて立っているだけでもかなりの疲労を感じてしまう。

 お互いに会話もなく、冷たい風が体を冷やしていくときに陽炎が背を向けて1歩、2歩と歩いては立ち止まる。

 

「これで私のやりたいことは終わったわね。……ねぇ、提督。なにか私にして欲しいことはないかしら。なんでもいいのよ?」

「ない。今までのように俺と仲良くしてくれればいいさ」

 

 後ろにいる陽炎を見ると、灰色の雲が広がる中で、雲の隙間から夕日の光を浴びて陽炎の髪が淡い赤色を反射姿は美しく、汗に濡れた肌が輝いているのに一瞬だけ見惚れてしまう。

 今までも子供っぽさはなく、大人と呼べる美しさが俺の目にうつっていた。けれど俺へと振り返った顔はまだ幼さを感じ、陽炎は陽炎のままでそう変わらないものだと安心する。

 

「それは私自身も同じ気持ちだから別ね。なんでもいいから言ってみてよ」

 

 そう言われても陽炎にして欲しいことなど思い浮かばずに困ってしまうが、陽炎も俺と同じように困った表情を浮かべているのが気がかりだ。

 今日は陽炎のやりたかったことを終え、すっきりとした様子になっていてもおかしくはない。なのに今まで一緒に過ごしてきた中で初めてみる表情だった。

 

「ねぇ、何もないの?」

「あぁ……いや、そうだな」

 

 陽炎から視線をずらし、夕暮れの空を見上げて考える。陽炎がこう言いだしたのには理由があり、それは今までやりたかったことである戦友11人の生きた記録を残すということを達成したせいで言っているのだと考える。

 目的を達した今、何のために生きているかがわからなくて死に急ぎそうな気が強く感じる。そこで陽炎自身にやってもらいたいことを思いついた。

 

「じゃあ、陽炎のこれからの目標をひとつ決めてくれ。目標を終えたあとの、新しい生き方を」

「新しい生き方……?」

 

 陽炎は自分の口元に手を当てながら、じっと地面を見て考えている姿を見た俺は悩む姿に安心しながら地面に置いてある道具を片付け、車に載せていく。

 それらが全部終わったあとも陽炎は考えていて、俺の様子に気づく気配もない。そのまま答えが出るまで待つのもいいが、汗が冷えていた体が寒くなっていくだけだ。

 あと5分は待つかと思って車に背中を預けて陽炎を見ていると、小さな雪が風に流されながら降ってきたのに気付く。

 雪が降るともう今年も終わりかという気持ちになり寂しくなるも、ここに来てからの2か月は毎日が充実していた。

 自分たち6人で基地の維持や整備、食料の調達。その合間に出撃なんていうのは忙しくも皆が楽しくやっていた。そして、これからも同じようにやっていくだろう。

 ひどく静かで海の音と風の音しか聞こえない、この基地で。1人でいると世界の果てだなんて悲しい気持ちになるが、陽炎たちと一緒に生きていくことができるからいい場所だ。

 みんなが仲良く、自分らしく自由に生きていけるのが。

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