ジョンの伝記   作:ひろっさん

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1章 武具大会
はじめての首都


白い漆喰で塗り固められた、広大な街を囲う城壁。

それは雲間から差し込む日光に照らされ、周囲の風景を神秘的に彩っていた。

外堀にかけられた跳ね橋を渡り、観音開きの城門を抜けると、都市を東西に貫く大通りが見渡せる。

石を積んで作られた街並みは色合いも明るく、雑多ながら人々の活発さを示すようにカラフルだった。

ただ、色合いで区画を分けているらしく、左側が黄色っぽく、右側が青っぽい。

建物の色で、慣れた人間ならすぐに分かるということなのだろう。

そのために、街並みがとてもよく管理されていることを、見る者に感じさせる

 

少なくともこの少年、ジョンは――。

そんなことに感心している余裕など、毛ほどもない様子だった。

車輪が破損した馬車の酷い揺れのせいで、見事に乗り物酔いしていたのである。

 

馬車は市場前で止まり、近くの宿に預けられる。

ジョンは馬車が止まった瞬間に転がり降りて、行商人が用意してくれた桶に――。

 

【しばらくお待ちください】

 

流れるテロップと共に花畑の映像が流れるような惨状を、ほうほうの体で片付けた後、なんとか代金を支払って宿に泊まる。

もちろん、この日はベッドから出られず、隣の部屋で何度か大きな物音がしても文句を言いに行く元気もなく、ひたすら耳を抑えて身体を丸めているしかできなかった。

 

 

 

片田舎から出てきた風体のジョンは、15歳の小柄な少年。

肌はやや浅黒く焼けており、髪の毛はやや薄い赤毛、瞳の色は赤茶色。

ここが日本ならば、不良認定されるだろうか。

しかしこの世界、マグニスノアには、まだ髪を染める技術というのが普及していない。

つまり彼の赤毛は地毛である。

 

赤毛というのは、地球では迫害対象だったことがある。

遺伝子的に劣性のため全体的に数が少ないことから、異物排除の原理が働いたのだろうとされている。

詳しい迫害状況は『赤毛のアン』など、文学作品にもなっているようだ。

だが。

この世界(マグニスノア)では迫害対象などではなく、普通に一つの人種の特徴として受け入れられていた。

 

 

 

翌朝。

ジョンは宿屋の1階の酒場に降りてきた。

酒場の2階が宿屋というのはファンタジーものにおいてはお馴染みだが、実は中世の田舎ではあまりそういう構造の家はない。

なぜならば、2階建ての家というのがそもそも珍しいからだ。

あるとしても、そこは屋根裏部屋であることがほとんどである。

 

ならばこの宿の構造が1階に酒場なのはなぜか。

ここが王都ルクソリス、近隣で最も巨大な都市だからである。

酒を飲んで酔っぱらった人間を介抱し、宿に泊めるということをする以上、酒場と宿は一体化している方が都合がよく、客の側も気兼ねなく酒が飲める場所であり、金を払っておけば少なくとも翌朝くらいまではある程度面倒を見てくれる場所は重宝された。

 

「体の方は大丈夫かい?」

 

宿屋の主に心配される。

 

「ああ、若い身体様々だぜ」

「嫌味か、この野郎」

 

冗談交じりに答えると、店主は豪快に笑う。赤毛の少年はカウンター席に座るとお金を払い、朝食を頼んだ。

酒場ではそこそこ人が入っており、そこかしこで食事しながら談笑が繰り広げられていた。

 

「しかし、よく見ると随分若いじゃないか。1人旅か?」

 

店主が簡単な料理を作りながら話しかけてくる。

 

「いや、昨日の行商人が師匠の知り合いなんだ」

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

 

宿屋の女将が、木製のコップに入った水をテーブルに置く。

 

「師匠って、どこかのお弟子さんかい?」

「しがない鍛冶屋さ。故郷を出て色々と見て回ったけど、やっぱり物作りの誘惑には勝てねえ」

「その歳で、旅をして回ったのか?」

「旅っていうか、ナンデヤナの街を見て回っただけだよ」

「おお、ナンデヤナか!また大きな街にいたもんだ」

「なんでやねん」

「……なんだ?」

「あ、いや、なんとなく……」

 

食事後、ジョンは宿の主に目的地の場所を聞く。

 

「シュッと行ったとこの大通りを右にビャーっと行った左に神殿があるから、そこの手前からサーッと行ったところにある広場の右手の方だ」

「なるほど、わからん」

 

地図を描いてもらった。

 

 

 

大通りを、街の中央へ向かって進んでいく。その内に大きな建物が見えてきた。大きいというよりも、背の高い建物だ。数百年は経過しているであろう、木造の神殿。

 

お堂の周囲を石柵で囲まれ、入口には赤く塗られた鳥居。その奥には左右に灯篭がある。さらにお堂の隣には注連縄が張られた杉らしき巨木。巨木の向こうには、石柵で隔てられた墓地が見えた。

なぜか、この国の神殿は皆こんな感じなのだ。理由は誰も知らない。

 

「ナイス神社」

 

ジョンはその前を通り過ぎ、大通りの横道に入る。すぐに職人ギルドを示す、ハンマーと定規を浮き彫りにした看板が目に入ってきた。

 

「こんな近ぇのに、説明の仕方で全然わかんねえもんなんだなぁ」

 

彼は変に感心しつつ、ギルドの入り口をくぐる。

宿からの道程(みちのり)は、およそ300mだった。

 

 

 

最初に見たのは、同じ赤毛の少年の背中。

 

「へっ、いつか偉くなって、テメエらなんか見下してやるからな!

それまでそこで陰口タラタラ、惨めに這いつくばってな!」

 

何かトラブルがあったらしい。捨て台詞を吐いて、ジョンにぶつかりながらギルドを出ていく。

 

「うおっ!?」

 

彼は自分で避けた勢いもあって当たり負けし、床に尻餅をついた。だが、なんとか持っていた麻の鞄の中身をぶちまけずに済む。

 

「あら、大丈夫?」

 

女性が駆け寄ってきた。エプロン姿の、年配の女性だ。

 

「あ、はい」

 

ジョンはすぐに起き上がる。

 

「今度はそのガキに貢がせる気か?」

「おうおう、手の早いことで」

「ボクちゃんもオトナのヒミツ知りたいなー」

「貢がせてポーイ、貢がせてポーイ」

 

カウンター近くの席にいる、ガラの悪そうな男4人が、昼間から酒を飲んでいた。

 

「そんな餌に釣られクマー」

「は?」

 

赤毛少年の言葉に、嫌そうな顔をしていた年配の女性は怪訝な顔になる。

 

「『かまってちゃん』の分かりやすい煽りに釣られたさっきのやつを、ひと言で表してみた」

「お断りだとよ!」

「また煽りが入ったようです」

「あん?なんだとてめえ?」

「説明しよう!煽りとは、他人を不快にしようという悪意の下に行われる誹謗中傷の類であり、いわゆる悪口である!」

 

ジョンはポーズを付けて話した。

 

「そういう問題じゃねえ!」

「じゃあ、ちょっと衛兵呼んでくる」

 

彼はギルドの外に出ようとする。

 

「なっ、なんでもかんでも衛兵に頼ってんじゃねえ!」

「そ、そうだ!男なら1人でかかってこいよ!」

「別に、俺、女々しい男だし」

 

ジョンは追いかけてくる男達の罵声を後ろに聞き流しながら、すぐ近くにある神殿に駆け込んだ。神殿の敷地内で暴力沙汰にでもなると、加害側はほぼ確実に牢屋行きなのだ。

それに、騒ぎになると衛兵も駆けつける。

 

「うわっ!?」

「きゃっ!?」

 

ただ誤算だったのは、なぜか神殿の入口にいた白いローブの人影にぶつかってしまい、互いに尻餅をついてしまったことである。

身長は同じくらい。声の甲高さから、少女だろうか。

 

「テメエ、このクソガキが!」

 

当然、追いつかれる。ただし、2人だけだった。もう2人は、まだギルドにいるらしい。

 

「あんなことしといて、ただじゃ済まねえからな、オラァ!」

「ぐふっ!」

 

ジョンは首根っこを掴まれて引き倒され、腹を踏みつけられる。さすがに15歳で大人が相手では、力負けしてしまう。

 

肺の空気が押し出され、息が詰まった。そこをもう1人が頭を踏みに、足を振り上げる。

屈辱と苦痛を味わわせ、自分の暗い欲望を満たすために。

 

「はぐぅっ!?」

 

しかし、次に悲鳴を上げたのは少年ではなく、大人の方だった。

白いローブの少女が、ズボンを穿いていても分かる、その華奢な脚を男の股間にめり込ませていたのだ。

ローブの裾は自分で少したくし上げていた。足首が見える程度まで。

 

男は物凄い顔で石畳に倒れ、悶絶する。

 

「テメッ、何しやがる!?」

「こんな大通りで喧嘩はいけませんよ。やるのでしたら、人気のない路地裏でやってください。それがクズの作法というものでしょう?」

 

フードを被ったまま、彼女は言った。なかなかいい性格をしている。

 

「そうだ、こいつは俺達を虚仮(こけ)にしやがったんだ!」

「……虚仮(こけ)にされたくないのでしたら、こんな朝からお酒を嗜むのはお止めになられた方がいいと思いますけれどね」

「うるせえ!喧嘩売ってんのかこのアマ!!」

「付近の方が衛兵を呼びに行く間の時間稼ぎですが、何かおかしいところはありますか?」

「なっ!?」

 

少女はシレッと自分の思惑を伝える。

 

2人の大人は顔を青褪めさせた。そして倒れた仲間を起こして背を向ける。

 

「あらあら、逃げるのですか?ではこの少年の主張が全面採用されることになりますよ?どのような冤罪が創作されるのか、楽しみですねえ」

「ぐっ、くっ……!」

 

一度は逃げ出しかけた3人は、一瞬その足を止めた。

完全に少女のペースである。彼女の言葉は的確に大人達の心をえぐり、判断を迷わせる。

しかし、恨めしそうに少女を振り返ったのも束の間、すぐに走り出し、人込みに消えていった。

 

「では、事情は説明していただきますよ?もちろん、衛兵の詰所で」

「あ、え?君も来るのか?」

「いけませんか?」

「いや、てっきり神殿で話するのかと……」

「あなた、ルクソリスは初めてですか?」

 

白いローブの少女は可愛らしく小首を傾げる。ルクソリスとは、この都市の名前。

 

「ああ、昨日の夕方来たばっかりだ」

「なるほど」

 

少女は納得する。そして言った。

 

「ではようこそ、水外(みずそと)3区庁舎へ」

 

説明しよう。

ルクソリスには、神殿の敷地内に様々な都市機構が存在した。だから、神殿に駆け込めば、大抵のことは何とかなってしまうのである。つまり、神殿の敷地内には、衛兵の詰所があるのだ。

 

「な、なんだってー!?」

 

ジョンは少女のフードに自作の猫耳をくっつけてから、驚きの声を上げる。

グーで殴られた。

 

「何をしやがりますか」

「あ、いや、ごめんなさい」

 

笑顔で怒られて、赤毛少年は平謝りした。

 

 




ルクソリス:現ハレリア王国首都。

総面積:約201平方km。人口:約200万人。人口密度:1万人/平方km。
(比較参考。概算、推計あり。
江戸:1750年頃(近代化以前、世界最大都市)
総面積約56平方km。人口約130万人。人口密度2.3万人/平方km。
パリ:1370年頃(中世ヨーロッパ最大都市)
総面積:約4.4平方km。人口:約8万人。人口密度:1.8万人/平方km)

都市の形状は円形、直径16km、外周約50kmに渡る外壁を持つ。
都市の中央をシドルファン大河の支流リリアニン川が東西に貫き、東京ドーム1個分(直径245m)程度の島を中心とした同心円上となるように3つの運河が形成されている。

構造は火(東)、水(西)、土(南)、風(北)と斜めに貫く大通りで等分されており、さらに外壁のすぐ内側の外域(そといき)が3分割、一つ運河を挟んで内側の内域(うちいき)がそれぞれ2分割されている。
さらに内側には貴族区が半円状に2つあり、中央の島には大神殿と王宮がある。
観光客へは、外周の城壁と内側にある三重の運河を合わせて、四重の同心円構造と説明される。

1千年前の神話の終わりに神族によって建設され、そこにハレリア民族が住み着いたのが始まり。
先に城壁と運河、中心の島に大神殿がある状態から居住用の家が建設されたという、異色の経緯を持つ、マグニスノア世界全体でも随一を誇る巨大都市である。
ただ、巨大な城壁は治安のいいハレリアでは珍しく、実際に城壁が役に立ったのは、外敵から守るためではなく、内部に入り込んだスパイの類を逃さないための封じ込め作戦のみというのが現状である。

都市区画の役割分担として、火区は軍関係、水は農業関係、土は建築関係、風は商業関係と地区ごとに分かれており、内域は優れた職人を囲い込むための工廠区、魔法研究を行うための錬金工房などが密集している。

それぞれの地域には共通して鍛冶工房と娼館があり、特にハレリアの民族性から、娼館が表通りに堂々と店を構えている。
広場に面した場所には、必ず神殿と役所と衛兵の詰め所がセットになった建物が並んでおり、しかも似たような構造の場所が多いため、よく迷子が発生する。

また、地下に上水道と下水道が整備されており、下水は勾配では下側となる水外区に設けられた巨大な池に流れ込み、それが水区で行われている農作実験用の田畑に利用されている。
さらに初夏には浮浪者を集めて川のゴミ拾いが行われ、中世初期と同レベルの文明度の社会にしては信じられないほど川が綺麗に保たれており、川で泳いで遊ぶ子供の姿が時折見られ、アユやボラなどの川魚が食卓に並ぶ。

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