「では説明しよう」
白髪の混じった赤毛髪の、優しそうな口ヒゲの中年紳士アブラハム・ハートーン男爵が言った。
場所はルクソリス
ここにはもう2人、赤毛悪人顔の少年と、白いローブの少女がいる。
「そう肩肘張らずとも構わんよ。不正調査と銘打ってはいるが、おそらく新技術を表に引っ張り出すための調査となるだろう」
3人の少年少女の緊張を解すために、中年紳士は朗らかな笑みを浮かべて言った。
「新技術ッスか?」
悪人顔の少年が首を傾げると、ハートーンは鷹揚に頷いた。
「その通りだ。おそらく彼は何かの工夫を行っているはずだ。それが武具大会のルールに引っ掛かるかどうかの、グレーゾーンを調査するのだよ。それが不正に傾くか、逆の新技術に傾くか。それはまだ分からない。
それだけに、白黒付けるまでは、外部に情報を漏らさないでいただきたい」
「
エヴェリアは尋ねた。
まさか、本当に緘口令を布いていたとは思わなかったし、たかが職人1人にそこまでのことをする理由も思いつかない。これは、彼女がハレリアの外の、貴族主義的な思考に慣れてしまっているからだろうか。
「グレーゾーンが新技術に傾いた場合、間違いなく大きな利益を生み出します」
白いローブの少女が呟く。
「しかし、現段階ではどちらにも転がりえます。つまり、噂が独り歩きして、民衆がそれを信じてしまう危険があるのですよ」
「その通り」
ハートーン男爵は頷いた。
「容疑者の名前はジョン。歳は君らと同じくらいの少年ながら、内域で工房主となっている。個人用の小さな工房だが、これは大抜擢と言っても差支えないね」
「……」「……」
なぜか、悪人顔の少年と白いローブの少女が顔を逸らす。中年紳士は気付いていたが、それを見なかったことにした。
「非常に若いというのは、この場合マイナスに働く。つまり、出る杭は打たれるということだ。誰が擁護しようが、民衆は何かあると考えるだろう。グレーゾーンの天秤は、容易に黒に傾く」
「そんなもの、事実を突き付けてやれば収まるだろう?」
エヴェリアは思わず言った。
目の前のハートーン男爵は、貴族なのだ。彼が睨みを利かせれば、一介の職人程度が何を言っても黙殺されることになる。彼女は本気でそう考えていた。
「私が言った程度で矛を収める者は、最初から問題など起こさんよ」
「今、ルクソリスでは、他国のスパイによる産業基盤攻撃が散発しています」
口を挟んだのは、白いローブの少女。
「それに対応するため、宰相府はより積極的に有能な人材の囲い込みを行っているのですよ。より積極的というのは、本来ならば弾かれる、人格に問題のある人々までをも呼び込んでいるということなのです。
彼らの中には自己の欲望を満たすためならば、何でも行う人間がいるのです。容疑者を襲撃したり、工房を破壊し、道具や資材を持ち去ったりもします。
今回の容疑者は、内域に招待されてから2ヶ月も経っていない新人です。グレーゾーンとはいえ、彼らには格好の標的ですね」
「実際には不正をしていないかもしれないんだぞ?」
「そんな事実は、彼らには重要ではありません。日頃の鬱憤を晴らす機会が訪れたことが重要なのです」
「馬鹿な、それではまるで――」
「――そういう人材を選ばねばならないほど、今のハレリアは追い込まれているのですよ」
「残念ながら……」
ここで中年紳士は口を開いた。
「ここ10年ほどで、内域に入ってくる職人の質が落ちているのは事実だ」
「マジで?そういうの初耳なんだけど……」
「……ああ、なるほど……」
エヴェリアは悪人顔の少年を見て納得する。
この空気の読まなさは確かに、職人だけでなく役人の質も落ちているようだ。
「なんか、すっげえ失礼なこと考えてねえッスか?」
少年は憮然とした顔をした。
「そんなわけないだろう。考え過ぎだ」
視線を反らして適当に誤魔化し、エヴェリアは話題を切り換える。
「具体的に、どういう部分が不正として疑われるきっかけとなったんだ?」
「武具大会のルールとして、登録された以上の人数で作業を行ってはならないというものがあるのだがね。ジョン君が作ったものは、1人で作るには達人の域でも難しいと、私が判断したのさ」
「なるほど、あくまで大会のルール上の話か……」
「つってもなぁ……」
悪人顔の少年は赤毛の後頭部を乱暴に掻き乱して呟く。
「別の誰かと作業してた風でもなかったぜ?」
「……」「……」「……」
3人の視線が1人の少年に集中した。
数分後。
簀巻きにされて床に寝転がされる、赤毛の柄の悪そうな少年。
「あれ、なんで俺縛られてんの?」
「ノリです」
「ひでえ!」
「しかし、逃がさんようにという意味では正解だと思うぞ」
少し調べ物をしていたエヴェリアは、再び応接室に返ってきた。
「それに、少し痛い目に遭っているくらいの方が、後々を考えると君に有利に働くと思うよ?」
ハートーン卿が言う。
どうやら、白いローブの少女が術を使って少年を簀巻きにするのを傍で眺めていたのには、何か意図があるらしい。
「モーガン、15歳。役人でも下っ端で、主に伝令と雑用として下働きしていた。いわゆる
出身はホワーレンのヴェーン。ログノート事件で両親を
「ログノート事件か……」
中年紳士は険しい顔で呟いた。
「知っているのか?」
エヴェリアは尋ねる。
「あまりいい話ではありませんね。
ログノート事件というのは、エルバリア軍によるホワーレン領内の略奪事件です。エルバリア軍と言いましても、あの国の貴族の私兵、山賊くずれの傭兵ですけれども。
最終的に包囲され、壊滅しましたが、相当数の村や町で被害を出しました。
その際に中継地として作られた拠点を、彼らは『ログノート』と呼んだのです」
国境が地続きである以上、巨大な壁を建設でもしなければ侵入を阻止することはできない。
だが、兵隊と呼ぶほどの数が入り込むには、食糧を得るための村や町などの中継地が必要となる。ハレリア軍はその中継地になりうる村や町に、兵士を配備してすべて抑えていた。
ところが。
なんと、山中に自分達で複数の中継地を作り、そこを拠点として略奪活動を行ったのである。白いローブの少女が言った通り、自作の拠点に気付き、位置を特定して包囲殲滅するまで、相当な被害を出した。
それがログノート事件の顛末だ。
街道などには基本的に見張りが立っているため、エルバリア傭兵は道のない山中を突っ切ってきたことになる。
街道を使わずにエルバリアからホワーレンに到達するには、橋も何もない崖や谷を越える必要があり、そんなことをするとは、ハレリア軍は考えていなかったのである。
事実、送り込まれてきた傭兵団は50人で、内半数が道中で脱落、命を落としたという。
「それは侵略と何が違うんだ?」
「少なくとも、エルバリア貴族は他国を見下している。ホワーレンなどは、ハレリアに帰順する前は属国という扱いで、相当に酷いことをされていた。エルバリア王国は未だに、ホワーレンの帰属が自分達の方にあると主張していてね。
それゆえに、こういう略奪事件は後を絶たないのさ」
「よく戦争に発展しないものだ……」
ハートーン卿の話に、エヴェリアは眉をひそめて呟いた。通常、貴族の私兵の無許可侵犯は即開戦でもおかしくない。
「エルバリアは『神石』の供給を盾にしますからね。そしてそういう子供じみた主張には、ハレリア王国と契約している神族をけしかけると脅すことで対応し、着地点を探す作業に入ります。
それがここ10年だけで7回ほど起きています」
「『神石』か……」
星王術を使用するのに必要になるのが星王器であり、魔法武具の必須素材でもあるため、重要は非常に高い。しかし、供給源も非常に偏っており、ベルベーズ大陸では、中央西部を南北に分断する巨大山脈、エルバース山脈でしか産出されていない。
エルバリア王国は、その南側の供給源を握る国なのだ。
北側の供給源を握るヒストン公国は国が小さく、軍事力に欠けるため、神石を安く提供することで安全を買っている部分があるため、そこまで問題視されていない。
だが、エルバリアは山岳国ながら十分な軍事力を持っており、おいそれと攻め滅ぼすことはできない。
だからこそ、中南部諸国は徐々に国力を削られると分かっていながらも、エルバリアの専横を許しているのが現状だった。
「まあそれはともかく、今は不正容疑の調査です」
「そうだね。エルバリアのことは、政府に任せておけばいいだろう」
白いローブの少女もハートーン卿も、今は話を打ち切る。後で色々と調べておこう、とエヴェリアは思った。エルバリアの話は、相当に根が深そうだ。
「……では、普通に役人としての監視では問題が見当たらなかったと?」
「だからそう言ってんじゃん」
簀巻きにされたままのモーガンは、ぶつくさと文句を垂れる。
「……まさかお前、私達が今何をやっているのか、気付いていないのか?」
その様子を見てエヴェリアは尋ねた。
「そういや、白い子がブツブツ言って術使ってるけど、何の術なんだ?」
「読心術に決まっているではありませんか。術士尋問ですよ。役人なら習ったでしょう?どうして知らないのですか?」
ブツブツ詠唱していた白いローブの少女が、詠唱を中断して呆れ気味に言う。
「ルクソリスへ来て2ヶ月の私でも知っていることを、なぜお前が知らないんだ……」
エヴェリアは頭を抱えた。
術士尋問とは。
基本的に術士と尋問者2人1組で行う、尋問である。
対象に読心術を使い、言っていることが嘘かどうかを見抜くと同時に、もう1人が心を読みやすいように対象の人物に質問を行うのだ。
分かりにくければ、本当に嘘を見抜ける嘘発見器による尋問と考えればいい。ハレリアに限らず、マグニスノアでは普通に行われている捜査手法である。
つまり、モーガンは本当にこの取り調べ手法について知らないか、覚えていおらず、心を読んでいたために白ローブの少女はそれが理解できてしまったのである。
ついでに、少女2人でエロい妄想をしていたことも。
「困ったな。私もついつい、君が術士尋問を知っているという前提で話を進めてしまった。本来は読心術の使用について、本人の許可を取ってから行わなければならんのだが……」
ハートーン卿も眉をひそめて唸る。ハレリアでは、読心術の使用には法的な制限があるのである。
「いいじゃん。どうせジョンに関してはやましいことは何もしてないし。あいつ扱き使ってくれたから、そんな暇もなかったし」
「ジョンに関しては……だと?」
「これは別件で聞くことがありそうですね……」
エヴェリアと白いローブの少女は、耳聡く反応した。
「え?」
少年は寝転がされたままで、自分がやらかした失言に気付き、顔を青褪めさせる。
「あ、ちょっと、何がまずったのかよくわかんねえけど、今のナシで。
………………ダメ?」
「ダメです」「ダメだね」「ダメだな」
似合ってないブリッ子顔をした悪人顔のモーガンに、3人が同時に返した。
結局、彼はジョンに支払われるはずだった報酬を幾らかちょろまかしていた事がバレて、罰を受けることになるのだった。
読心術のテクニック:
ミラーディアがモーガンに行った術士尋問の際、長々とブツブツ呟いていたが、もちろん読心術の詠唱である。
術士尋問では、連続で心を読む必要があり、詠唱を繰り返している。
実は詠唱以外の言葉も混ざっており、読心術発動のタイミングを相手に悟らせないためのテクニックが使用されていた。
ただし、術士尋問でこのようなことをするのは、諜報員としての側面を持つハーリア家の人間に限られる。
本当にやましいことのある人間に対しては、とてつもない圧力になることがあり、読心術の使用宣言をして意味の無い言葉をブツブツ呟くだけでも、怯えたり激昂したりするケースが多いため、状況と相手を選ぶ必要がある。
しかし、本当に怖いのは普通に会話している時に、その会話に詠唱を混ぜるというテクニック。
つまり、読心術の使用を宣言してブツブツ呟くのは、ハーリア家の人間にとってはパフォーマンスに過ぎない。
ハーリア家の人間は読心術の実用法や話術に長けているため、心を読まれたことに気付かないケースも多々ある。