ジョンの伝記   作:ひろっさん

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魔法の重鎮

ジョンの工房。

内域のしっかりした造りの個人用工房だ。

窓のスペースが壁片面に3つあり、光を取り入れると同時に室内の気温を調整できるようになっている。

とはいえ、薄暗く、焼けた鉄の臭いが漂っていることに違いはなく、そこがいわゆる鉄火場、鍛冶職人の仕事場であることを疑いようもない、決してきれいな場所ではないことを、見る者に印象付けていた。

 

「あら?」

 

そこへ踏み込んだ2人の少女達は、怪訝な表情を浮かべた。工房の主はどこかへ出かけているのか、姿が見えないのだ。

 

「せっかく、色々と秘密のお話も持ってきましたのに、空振りですか」

「まさか、私達の動きを察知して逃げたのか?」

「私達の動きを察知するくらいはできるかもしれませんけれども。今、彼が運河を越えようとすると、追手がかかるように命令が飛んでいます。彼自身もそのくらいのことは分かっているはずですけれど……」

 

白いローブの少女は考え込む。

 

「今、何か看過し難い情報が出てきた気がするが、とにかく仕事を優先しよう。

川を越えようとすると追手がかかるのなら、まずは神殿の方へ行くべきじゃないのか?」

「……」

「……どうした?」

 

てっきり、肯定にせよ否定にせよ返事があるものと思っていた彼女は、白いローブの少女が黙って考えに耽っているのに気付いて声をかける。

 

「……そうなると……まさか……」

 

口から独り言が漏れてくる。

その視線の先には、奇妙なものがあった。

 

黒鉄色に赤く錆びの浮いた金属製の鋳造型が2枚、背面側を合わせられており、ボロボロの剣が針金が巻き付いた状態で放置されていたのである。

まるで、2枚の鋳造型が動かないように、4本もの剣と針金で固定しているかのようだった。

さらに奇妙なのは、やけに切断され、しかもねじくれた針金が多いことだ。

 

「……」

 

白いローブの少女が気にしていなければ、この薄暗い工房の中、エヴェリアは気付かなかっただろう。

しかし一度気付くと、その奇妙さが浮き彫りとなる。この工房の主は、一体何がしたかったのだろうか。

いや、それよりも……。

 

「……厄介な人の影が見えてきましたね」

 

白いローブの少女が呟いたおかげで、エヴェリアは我に返った。

 

「何か分かったのか?」

「推測に推測を重ねたお話ですが」

 

と、彼女は断ってから話す。

 

「この奇妙なものは、何かの発明品なのだと思います。内容は分かりませんけれど、仮にそうだとして考えを進めますと、彼には逃げる理由がありません。

貴族に呼びつけられたか、何者かに拉致されたかのいずれかです」

「拉致だと?」

 

不穏な言葉に反応する。

 

「ええ、まあ。貴族に呼びつけられた場合は役所に記録が残りますから、拉致と考えるのが正解でしょうね」

「大変じゃないか!こうしている間にも、嫉妬のせいで殺されかけているかもしれないんだぞ!」

「それはありません。無理矢理拉致されたにしては、あまりにも現場が綺麗過ぎます。

騎士や術士でも、人を殺さず拉致するのに、何らかの痕跡を残すはずです」

「……前提が崩れたぞ?」

 

エヴェリアは怪訝な顔をした。

 

「ですが、お1人だけそれが可能な方がいらっしゃるのです」

「それは一体……?」

「シュレディンガー伯爵ですよ。彼女は『神族(かみぞく)』ですから」

神族(かみぞく)だと?なぜ神族(かみぞく)が彼に興味を示すというんだ?」

「私が紹介しましたからね――『異世界転生者』だと」

 

少女は苦々しく言った。

 

 

 

「拉致監禁なう」

 

簀巻きにされたジョンは呟いた。

応接室らしき場所のソファに転がされているため、それほど不快でもない。

 

応接室らしき、というのも、絨毯や調度品が明らかに粗悪品だからだ。ほぼ青赤黄の原色で彩られた、目がチカチカするような壷や花瓶、それに緑一色に塗られた絵が額縁に入れて飾られている。壷も、成形に失敗したまま無理矢理焼いた感が溢れ、作り手のものであろう手の跡がくっきりと残っていた。

 

「由緒のあるものではあるのだけれどね。今をときめく売れっ子芸術家達が、修業時代に遊びで作ったものよ。いわゆる、黒歴史というやつね」

「絨毯は1人じゃ作れねえんじゃねえのか?」

 

ジョンは、子供が描いたような絵で織り上げられた絨毯に視線を向ける。

 

「これはガランドー王国6代国王が幼い息子の絵を元に作らせたものよ」

 

そう話すのは、灰色髪の若い美女。

同じ青赤黄の三原色にそれぞれ染められた皮を縫い合わせてできた、モザイク模様のドレスを着ている。それも、四角の頂点同士を繋いでいるだけでの、スケスケ仕様だ。下には何も着けていないらしく、四角い隙間から遠慮なく肌が露出している。もうなんというか、下手な露出ファッションよりもエロエロしい格好だった。

 

「あんまり性的な目で見てると、食べちゃうわよ?」

「自覚あるんならその恰好止めればいいんじゃね?」

「嫌よ。若い子を引っ掛けるのなら、この方がいいもの」

「マジでそっち系の人でしたか!」

「むしろガチでそっち系よ。今貴方を食べちゃうと大事な話ができなくなっちゃうから、遠ざけてるのよ」

「うわーい、それって話が終わったらおいしく戴かれるってことじゃね?」

 

ジョンはガタガタと震え上がった。その様子を見たエロドレスの女性が眉をひそめる。

 

「――今、どうして頭からバリボリやられる方を想像したの?」

「いや、なんかその落ち着き方が魔女っぽいし。本当は怖いグリム童話みたいに、黒魔術の『素材』にされねえかとドキドキしてます。ハイ」

「さすがに重罪人でもない子を潰したりはしないわよ」

「ってことは、重罪人ならありうるってことでファイナルアンサー?」

「あるわ。抵抗できないように愉快なオブジェにしてから、死なない程度に色んなものを絞り取ったり」

 

灰色髪の若い女性は、愉快そうにクスクスと笑った。

要するに、魔法に必要な物を生み出し続けるだけの装置に変えてしまうという話だ。おそらく寿命が尽きるまで、解放されることも死ぬこともできなくなるのだろう。

それはとても恐ろしいことだが。どうしてか、ジョンには彼女が今それをするつもりには思えなかった。

それでも、何か機嫌を損ねればそうなる可能性もあるということなのだが。

 

「でも、どうしてそう心にもない怯え方ができるの?演劇みたいで見ていて面白いけれど」

「少なくとも俺がこれっぽっちも抵抗できない状況なのは、ご理解いただけますでしょうか?」

「簀巻き以前の話だから気にもしていなかったわ」

「主に魔法的な実力差で?」

「そうよ」

「返す言葉もありませんな。それはさておき――。とりあえず、命を握られた相手の機嫌を損ねないためには、演技でも怯えて見せた方がいいかと思いまして。

素人考えですが」

「素人考えね」

orz(オウフ)

 

ジョンは正面から断言されて凹んだ。

 

「そもそも私くらいになると、ほぼ意識せずに相手の心が読めるのだもの。そういう相手に表面を取り繕うのは逆効果よ」

「ぎゃー食われるー」

「……」

「……ゴメンナサイ、自分でもどうかと思うほど棒読みでした」

「ふふふ」

 

灰色髪の露出美女は口元を手で隠し、可笑しそうに笑う。

 

「人は誤る生き物だけれど、貴方の失敗は見ていて面白いわね」

「コミュニケーション能力は人並みですが、どうもデフォで一発かますのが癖になっているらしく」

「それは前世から?」

「なんですと?」

 

ジョンは目をしばたたかせ思わず聞き返した。

 

「私は、貴方が異世界転生者だと確信していたからこそ、拉致してきたのよ」

「なんと」

「あまり驚かないのね」

「あの白いローブの女の子なら、何やっててもおかしくなさそうなんで」

「あら、案外信用していたのね。名乗っていない、顔も見せていない人物を、手放しで信用するのはどうかと思うわよ?」

「声とか反応で分かりやすいし、他に頼れる人もいねえんです」

 

ジョンはルクソリスで色々と事件に巻き込まれ、外域では住み難くなってしまっているのだ。あの白いローブの少女を除いて、見知った後ろ盾などは当然いない。

 

「それで割り切れる人はまずいないものよ?」

「変わり者だって自覚はありますよ。どうせ、人生なんてなるようにしかならねえんで。俺は俺の仕事をするだけです」

「貴方はそれでいいの?」

「前世で50まで生きれば、十分こういうジジ臭い考えにもなりますよ」

「ああ、そういうこと。外見(そとみ)は子供だから、人生をやり直したいと考えるのかと思っていたわ」

「悟ってるってほど大層なもんじゃねえですがね。女にモテたいって願望はまだあるわけだし」

 

言うなれば、『体は子供、心は大人』といった感じだ。

 

「とりあえず、本題に入りましょうか。

私はマキナ・アルト・シュレディンガー、伯爵よ。役職は宮廷錬金術導師。錬金術師の教師ね」

 

灰色髪の女性は名乗る。

 

錬金術師は、はぐれ錬金術師(ハッグ)のような存在でもない限り、国家が囲っている。

星王器を生産する技能を有する錬金術師は、それだけ重要な存在なのだ。だから国が保護するのである。

その教師ともなると、常人には及びもつかないレベルの知識と経験が必要となる。それだけで、どれほどの重要人物か知れようというものだ。

 

「ジョン君が予想以上に面白そうだから、少し手を貸そうと思っているの」

「面白そうだからっすか」

「長いこと生きてるとね、多少のハプニングでもないと、つまらなくてやってられないのよ」

「長いことってどれくらいで?」

「ヒミツ」

 

マキナは小指を唇に当てて言った。長生きしているだけあって、その仕草も妙に様になっている。

 

「とりあえず、後の世に『淫魔』とかって呼ばれる人なのは理解できました」

「後の世も何も、多分私はそれまで生きてるわ」

「耳長族には見えませんぜ?」

「エルフの寿命なんて150年程度のものよ。あまり老けないし、他より多少長いから、不老長寿だなんて呼ばれてるだけね」

「なんと」

 

そもそも返事を期待していなかったジョンとしては、予想外の返答だった。

地球では、不老長命の種族として、エルフは有名な存在だ。正確なところは分からないが、元々エルフとは妖精の総称であり、ピクシーのような、(はね)の生えた小さな姿をしていた。それがトールキンの『指輪物語』などの影響から、人間の上位種的な種族として世間一般に認識されるようになったのである。マグニスノアの種族と根本的に違っても、なんらおかしくはない。

 

「エルフや他の亜人種も、結局は人間の派生種なのよ。少なくとも、マグニスノアではね。派生したのが6000年前とか言われているから、寿命もそこまで差がないらしいわ」

「もしかして、進化論とか地動説とかありますか?」

 

少年は疑問を口にする。

話していることが、あまりにもファンタジーからかけ離れてしまっている。どちらかといえば、科学の領域だ。

 

「4000年前に異世界の存在が持ち込んだ概念よ。両方とも」

「マジスカ。俺の他にも転生者いたんだ……。ていうか、4000年前って、よくそんな記録残ってたな」

「うふふ、そうねえ、記録(・・)が残っていたのよ」

 

何故か悪戯っぽい笑み。何か隠しているような。

 

「ヒミツ」

 

彼女はジョンの心を読み、質問に先んじて、再び唇に小指を当てて言った。

もしかしてこれは、地球では人差し指を唇に当てる仕草に相当するものなのだろうか。確かに世界や地域が違えば、そういった仕草の違いも当然のようにあるのかもしれないが。少なくとも彼は見たことがない。

 

「さて、そろそろあの子達が来るわね。ここから先は彼女らを交えてのお話になるわ」

「彼女()?」

 

ジョンが首を傾げたその時、タイミングよく応接室の扉がノックされた。

 

「入れなさい」

「は」

 

召使いが来客を告げるよりも先に、マキナは入室の許可を出す。

 

「やはりここでしたか……」

 

促されて入ってきたのは、白いローブの少女。

それに、長い黒髪と紺色の服装をした、小柄な役人の少女。アリシエルも小柄だったが、彼女はそれよりもさらにひと回り小さい。

当然、ジョンはその黒髪の少女のことを知らない。

 

「本当にもう、手続きのために宰相府まで行って来たのですよ?」

「それにしては早かったわね」

「馬を借りれましたから」

「権限のゴリ押しは感心しないわよ?」

「マキナ様には、マキナ様にだけは言われたくありません!」

 

非常に珍しいことに、白いローブの少女は怒り心頭といった様子である。

 

「それで、そっちの子が緊張で倒れそうなんですが、さっさと本題に入りませんかね?」

 

赤毛少年は黒髪少女が固まっているのを見て、口を挟む。

 

「緊張しているのではないわ。簀巻き2号を見つけて噴きそうになっているのよ」

「い、いえ、決してそのようなことは――」

 

マキナが指摘すると、面白いように動揺する。

 

「えい」

「ひゃやぁっ!?」

 

白いローブの少女が黒髪の少女の脇腹を触り、見た目通りの年頃の、可愛らしい悲鳴が上がった。

 

「ななな、なにをひゅるか!?」

「ああいけませんね、こうも可愛いと、ついつい苛めたくなってしまいます」

「ひゃぁっ、やめてぇっ!」

「いいではないですか、いいではないですか、減るものでもないですし」

「減る!減るから!色々と減るから!」

 

白いローブの少女は両手をワキワキさせながら、自分の肩を抱いて逃げる黒髪ロリに迫っていく。その様子はとても楽しそうだ。

少年はその様子を眺めて身じろぎした。

 

「ぬぅ、猫耳はあるのに体が動かん。なんという生殺し――!」

「ここにもあるわよ、猫耳」

 

と、マキナはなぜか簀巻きにされたジョンの頭にそれを装着する。なぜ持っていたのだろうかとか、色々とツッコミどころもあるのだが、装着された側にそんな余裕はなかった。

 

「ふむ……悪くないわね……じゅるり……」

「ギャース!食われるーっ!?」

 

結局、割と本気で怯える少年の悲鳴のおかげで、黒髪ロリは難を逃れたとかなんとか。

 

 

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