「……それで、なぜ彼は簀巻きのままなんだ?」
エヴェリアが誰とはなしに尋ねる。
「野放しにしておくと、色々とやらかしてくれますから。スムーズに話を進めるのに必要な措置なのです」
白いローブの少女はさも当然のように答えた。ジョンとしては何一つ言い訳のできない話だが。
「本題の前に、片付けておく話があるのね」
マキナのそのセリフは、質問ではなく確認だった。意識せずとも心が読めるというのは、嘘ではないらしい。
白いローブの少女は頷く。心を読まれるのも織り込み済みというわけだ。
「はい。ジョン君が早速やらかしてくれたようですので」
「ここへ来るまでに、一通り話は聞いてきた」
と、エヴェリアが調査について説明を始めた。
「今、彼には不正疑惑がかかっている。武具大会のルールでの話だから、そこまで重いものではないがな」
要約すると、ジョンが作った武具が、1人で作ったにしては異常な成績を叩き出したのである。
まずは、温度が一定以上に上がってしまうと、鉄が融けてしまい、結晶構造がリセットされ、せっかくの層構造が台無しになってしまうということ。
鉄に限らず金属というのは、温度が上昇すると軟らかくなるという性質がある。常温ではビクともしない鋼も、1千℃程度に熱してやると、ハンマーでもそれなりに変形するようになるのだ。鍛冶というのは、この性質を利用した技である。
一定以上温度が上がると層構造が台無しに、そして一定以下の温度ではハンマーで叩いてもビクともしない。この辺の温度管理が要求されるのが、鍛鉄の難しさというわけだ。一人前の鍛冶職人と認められるようになるには、この温度管理技能は必須である。
この
たった独りでとなると、今回のような軽装でも30日以内に収めることは、常識的に考えて不可能。
それゆえに、誰か別の者が手伝った可能性があると、ハートーン卿は判断した。
――というのが、不正疑惑の内容だ。
まだ容疑はどちらにも固まっていないが、ジョンが15歳で工房主として認められており、周囲から羨望の目で見られることも嫉妬の眼で見られることもある。だから一刻も早く疑惑を晴らし、不正容疑として噂になる前に解決したいというのが、ハートーン卿及び宰相府の意向なのだ。
「このままではジョン君は、嫉妬に狂った職人達から袋叩きにされてしまいます」
「そんな大袈裟な――」
「――宰相府直属の工廠に入る条件が緩い、とは思いませんでしたか?」
「――」
問われて、少年は黙る。
素性と野心の有無、それに一定以上の才能。同じ、白いローブの少女が語った、宰相府直轄の工廠である内域に招かれるための条件だ。
あの時、彼女は野心の有無について、魔法などで調べたわけではなかった。
口頭で尋ねただけだ。つまり、その部分だけはいくらでも誤魔化せてしまうのである。それを考えれば、『緩い』と言われればそうかもしれない。
いや。
あの時はスパイ事件の直後だ。ルクソリス内にスパイがいる可能性は十分にあった。
ジョンが潜在的に洗脳を受けている可能性も考慮せずに、ハレリア王国の産業の心臓部とも言える内域工廠へ入れてよかったのか。
疑問を持つべきだったかもしれない。
「外域でも説明しましたが、現在のハレリアは諸国からの産業基盤攻撃を受けています。優秀な職人の確保について、なりふり構っていられない状況なのです。人格的に問題のあるような方々も、今は内域に入れています」
「暴走する危険が、普通より高いってことか……」
白ローブの少女は頷いた。
「既に派閥化が始まっており、ハートーン卿を中心とした古参が抑えていますが、有能な新参職人が嫌がらせを受ける事件が数件発生しています。派閥の解体を行いたいのは山々なのですが、他の都市のスパイ対策にも人手を取られていまして、正直なところ人が足りません。現在は苦肉の策として、古参と新参、野心の有無を区域で分けている状況です」
「思ったよりのっぴきならない状況なんだな……」
「まあ、そういうわけだから、私達としてはこの調査を内々に片付けてしまいたいわけだ」
エヴェリアはそう言って、少年に詰め寄る。
「というわけで、さっさと吐け」
彼女は少年をソファに座らせた。
ずっと身動きが取れないまま寝かされていたため、
一方、ランクに響くとはいえ、少し本気でやり過ぎたかと彼は後悔していた。多少常識を突破した程度のことが、ここまで深刻な事態を生み出すとは考えていなかったのである。
「えーと……」
言いかけて、はたと気付く。
説明するのはいいのだが、これから説明する技術は中世には存在しない、近代頃の地球のものだ。それを応用しただけの話だが、まかり間違ってジョンが異世界転生者であることに辿り着くかもしれない。
そう彼に思わせる程度には、エヴェリアは知的で真面目に見えた。
「大丈夫ですよ、ジョン君が転生者であることは、彼女には話してあります」
白いローブの少女が助け船を出した。
「そうか、じゃあ遠慮なく説明しちまっていいんだな?」
「ええ、構いません。エヴェリアさんには、一枚噛んでいただく予定ですし」
「初耳だぞ?それに留学生に異世界の技術を渡してもいいのか?」
「理解できるのでしたらどうぞ」
「む……」
エヴェリアはジョンの工房で見た、意味不明な装置を思い出して言葉に詰まる。
例えば、魔法のある世界から現代地球に持ち込まれた新技術を、少し聞いた程度でどれくらいの人間が再現できるだろうか、ということだ。しかも今回、エヴェリアはジョンの前世の世界の法則が、マグニスノアと同じものかという前提知識すら持っていないのである。
「今回に関しちゃ、そこまで難しくねえぞ?」
「口頭説明で再現できる程度でしたら、渡ったとしても問題ありません。イリキシアには、国力を増強していただきたいですしね」
「うーん……それならまあ、いいか」
赤毛ショタは少し唸ってから、それならと説明を始める。
「結局、準備期間前の10日でデッチ上げたもんだから、そこまで大層なもんじゃねえんだが……」
そう断ってから言った。もちろん、簀巻きにされた状態で。
「要は、熱した鉄をハンマーで叩く代わりに、プレスしたんだよ。ある程度平板にできりゃあ、後は叩いて延ばして曲げりゃいいからな。それに、鉄が冷めるまで他の仕事もできる」
当然、鉄を潰して加工するには相当な重量が必要となる。人間が乗ったり鉄鉱石などを載せた程度では不可能だ。
だから、頑丈な
ちなみに切断されていた針金は、巻きつけた回数が少なすぎて切れてしまったものであり、失敗の痕跡だった。
「それでも、結局色々と間に合わなくってな。実質、まともに鎧として機能するのは、
後は全部、鋳造で薄くした鉄板で作った、ハッタリだ」
「そんなもので、下手すれば優勝できると豪語したのですか?」
白いローブの少女が驚きの声を上げる。
「槍だけはマジで作ったからな。槍の攻撃が当たれば勝てる。術の詠唱が終わるまでに攻撃を届かせれば、十分勝ち目があった」
「
確かに使い手が
マキナが補足で説明した。
戦場では長々とした詠唱を唱えている暇はないため、詠唱の方を短く区切るのだ。これによって、武具大会の試合のような接近戦でもある程度対応できるようになる。ただ、詠唱が短い代わりに、威力が低い上に1つの設定された術しか行使できないという欠点があった。
これはジョンがモーガンから教わったことでもある。もっとも、見習い錬金術師が1単語の星王器=単唱器を作ることができないということまでは、モーガンも知らなかったようだが。
「詠唱にそんなランクみたいなのがあんのか。エルウッドは、本気で突進すれば詠唱前に届くって言ってたんだが」
「彼でしたらそうかもしれませんね」
「知っているのか?」
「彼の父親は『風神』ロバート・ウェスター卿です。足の速さと槍の腕で右に並ぶ者はいないとまで言われた、槍の名手ですよ。
彼の槍は、闘技場の距離では単唱器の詠唱すら間に合わないと言われています」
エヴェリアの問いに、白いローブの少女は答えた。
「……そっか、『
「あの白いコートは意図したわけではなかったのですか?」
「うふふ、この子を驚かせるなんて、大したものね」
マキナは関係ないことでクスクスと笑う。
「茶化さないでください」
白ローブの少女は抗議の声を上げた。
「あのコート、色はなんでもいいって注文してたんだよ。一発限りの弾除けだったし、元々染める理由もなかった」
「一発だけ?」
苦笑するジョンにエヴェリアが尋ねる。
「術対策をするのなら、それこそ重装にした方がいいのでは?」
「それやっちまうと、エルウッド自慢のスピードが活かせなくなるだろ?
だから、苦肉の策さ。一発だけなら、運悪く当たっても仕切り直し出来るようにっていうだけの、お守りだ。その方が、最初の突進も遠慮なく行ける」
ジョンは説明する。
要するに、水上スキーをするのに、ライフジャケットを着込んでおくようなものだ。一定以上の安心感があれば、人は遠慮なく力を発揮できる。
ただし。
「本当に苦肉の策ね。それが良い方へ作用するかどうか、賭けでしかないわ」
マキナは問題点を指摘した。
安全が確保されていることで安心して無茶ができると考える一方、逆に危険を求める性質がある者に対しては逆効果なのだ。安心感は、気の緩みに繋がることもある。
「本当は、石綿を使うつもりだったんだが、間に合わなくってな」
「石綿?」
「燃えない布だ。鉱山で採れるって話なんだが……」
「おそらく『火鼠の毛皮』ですね」
「『火鼠の毛皮』だと?」
中世地球の特徴だが、割と理解できないことは架空の生物の仕業にしていた部分がある。例えばコバルトは、『コボルト』という妖精が銀を腐食させたものだと信じられていたようだ。
それと同様の流れで、石綿という燃えない布のことも、『火鼠』という架空の生物のものだと、ベルベーズ大陸では信じられていた。
つまり、『火鼠』なる生物はマグニスノアにも存在しないということである。
石綿とは、現代地球では公害の原因である、アスベストのことである。種類によっては容易に粉末状となるため、呼吸と共に肺に入り込み、金属障害を起こすものとして、取扱いには注意が必要だ。
現在も防火材、耐熱材、そして保温剤として、工場などで利用されており、公害病の原因とされてからは飛散しないように対策されるようになっている。
その歴史は意外と古く、古代ローマ時代には、ランプの芯として使用されていたという。それが量産されていたのかどうかは判然としないが、燃えない布のようなものに需要があったことは容易に想像できる。
ちなみに、ハワイ島のキラウェア火山から噴き出して固まった溶岩には、空中で冷え固まり、綿のようになって風に吹かれ転げ回るものが存在する。
それを調べると過去にどのような噴火が発生したのかが分かるため、貴重な資料になるという。
「まあ要するに、燃えないって保証付きの布が欲しかったってわけだ。
術を防ぐのに、鎧だけじゃどうしても熱が通っちまうからな。水を含ませた布で、熱を止めたかったんだ」
「水を含ませた布で、術を止めるだと?」
「実戦でも、低級単唱器で使った術では、一撃で相手を即死させることはできません。火達磨にしたり、爆発で行動力を奪うのが精々です。
そう考えますと、わりかし実戦でも有効な手かもしれませんね」
「いや、服が水を含ませ過ぎると動きが鈍くなる。それに、乾かねえようにずっと水を浴びせ続けるってのも、手間過ぎる。騎兵とかなら、ある程度はどうにかなるかもしれねえがな。所詮は武具大会専用のアイデアだ」
ジョン自身が白いローブの少女の考えを否定した。
未だに簀巻きになっているので、色々としまらないのだが。
「聞いていると、驚くアイデアはあるが、そこまで異世界らしくないというか……」
エヴェリアは失望した表情で呟く。
「さすがにこんな大会で俺が知ってるヤバイのをお披露目するわけにもいかねえっての」
赤毛ショタジジイはそんなことをのたまった。
同じソファに座っているエヴェリアは、簀巻きにされた少年に顔を近づけていた。
小柄とはいえ艶やかな黒髪からは、ここまで走ってきたであろう彼女の汗の匂いが香っており、それは肉体的に年頃の少年であるジョンのスケベ心をくすぐっている。
ここまで来ると、器量の良し悪しはあまり関係がなかった。
「……ヤバイのとは?」
「はいストップです!」
肌が触れそうな距離でエヴェリアが問い詰めるのを、さすがに白ローブの少女が止めに入る。
「何を色目で落とそうとしているのですか。人前で堂々と」
「チッ」
「まあ、酷い目に遭いたいのでしたら止めませんけれどね。エヴェリアさんには、イリキシアを発展させるという大事なお仕事があるのですよ?」
「なぜ彼のことが欠片も心配されていないんだ?」
「大衆の面前で白昼堂々と
「なっ――!?」
黒髪少女はギョッとした顔になって少年から体を離す。ありていに言えば、ドン引きである。
「いやまあ、確かにやったけどさ。超下らんことを説法したって自覚はあるんだぜ?ちなみにきっかけは、その子が産業基盤攻撃対策について話したから、その対策に新産業をと思ってだな……」
「要するに、どんなことでも己の欲望に繋げてしまうということか?」
「ひでえ、あれでも俺、結構真面目に考えてたのに……うおっとばほぁ!」
動けないながらに蓑虫のように身悶えしていると、簀巻きにされている上体のバランスが崩れ、エヴェリアの方に倒れかけるが、それに気付いた彼女に殴られ、反対側に倒れてソファから落ちた。
「本当に油断も隙もない」
「いや、今の無理だから!俺簀巻き状態だから!バランス崩れたら倒れるしかねえから!だからヤメテッ!そんな汚物を見るような目で見ないでっ!」
当然、そんな主張は黙殺される。
国家ミステリー:ホワーレン王国編
ホワーレン人は手先が器用である。
だが、職人の数はそこまで多くない。
これはどこかに秘密の工廠があり、他国の脅威から優れた職人達を匿っているからだとされている。
隣国のエルバリア人がたびたび調査しているが、秘密の工廠は400年かけて探しても、見つからなかった。
ホワーレンを事実上の属国としているハレリア政府は一度も探していない。
理由は、秘密の工廠を丸ごと譲り受けたからであるとされる。
真実は誰も知らない。
ちなみに、ホワーレン人で大陸随一の鍛冶師バラクは、今もナンデヤナの街角で小さな工房を構えている。
(優れた職人を保護するための秘密の工廠に、最も優れた鍛冶職人がいないことになる)
これは大いなる矛盾だ。
解説:
実はこれは、ホワーレン人の中で職人と呼ばれる者が少ないだけである。
皆の手先が器用であるため、多少のことは自身で解決できてしまう。
その分、専門技術を持った職人に頼ることがむしろ少ないのだ。
現代地球で例えるにも、日本人には実感し辛いかもしれない。
というのも、日本製品というのは基本的に故障し辛いからである。
故障しないものを直す技術が一般に普及するわけもなく、故障するとメーカーに送って修理してもらい、費用を支払うことに疑問を抱かないことが多い。
しかし、海外では故障頻度が高く、そのたびにお金を払っていられないため、自力で修理しようと努力する一般人が多い。
そのため、特に自動車の修理技術に関して、海外人の方が普及率が高いと言われていた。
ホワーレン人の場合は、自動車ほど自力修理が難しいものが周囲にないため、多少の故障なら自力で直してしまう割合が他人種より高いのである。
そのため、相対的に職人が少ないのだ。
とはいえ、ホワーレン国内の職人数と、技術育成に力を入れるハレリア国内の職人数、合計を比べると、大した違いはない。
理由は、修理の方向ではなく生産の方向での職人が、ホワーレンの場合は多いからである。
包丁や鉄鍋、農具など、鉄製品の生産数はホワーレンが大陸随一なのだ。