「では、本題と行きましょう」
白いローブの少女は言った。
「さっきも言っていたが……本題?」
小柄な黒髪少女エヴェリアは首を傾げる。
「ええ、元々、エヴェリアさんとジョン君のお2人に、伝えておくことがありました。今回の不正調査は、それに利用させていただいたのです。
マキナ様が介入してくるとは、思いもしませんでしたけれど」
白いローブの少女は苦笑しながら言って、ジョンが転げ落ちた後の場所に座った。彼自身は簀巻きで床に転がされたままである。助ける気はないらしい。
「それで、伝えておくことって?」
「これから起こること、周辺国からもたらされた情報をまとめた結果、判明した情勢の流れです」
「それはイリキシアも関係があるのか?」
エヴェリアは腕を組んで尋ねる。やはり祖国のことは気になるようだ。
「今は世界に大きな変革が起こりつつあります。まあ、要するにハレリアを中心とした、大規模な戦争の気配があるわけですね」
「戦争?」
「まずはブロンバルド王国です。
イリキシアを始めとする極北2国に、無条件降伏を迫っている国ですね。その成否にかかわらず、来年には大規模な侵攻を仕掛けてくると予想されています。
対象はハレリアしかありません。他の国は、手間の割に旨味がありませんから」
「大変じゃねえか!ブロンバルドって相当デカい上に、絶対王制の軍事国家だぞ?『洗脳軍団』相手に、どうやってやり合うってんだ?」
床に転がされたまま、赤毛ショタは声を上げた。
彼が数年前に住んでいたエムートは、ブロンバルドへ通じる山道の中継地点でもあったのだ。そのため、ブロンバルドがどういった国なのかは、ある程度知っている。
ジョンは絶対王制の軍事国家などという表現をしたが、もっと分かりやすく言えば軍が支配する独裁政権と考えればいい。ブロンバルドは国民に対して大規模に洗脳術を行使し、国民同士に不信感を持たせることで団結を防ぎ、支配を容易にしている部分があった。
そのせいで、ブロンバルド王国からの亡命者は酷い人間不信であることが多い。これは、ブロンバルド王国が国民に大々的に洗脳を施していることを隠しているためである。彼らにすれば隣人や家族が理由も前兆もなく突然裏切るため、誰を信用していいのかわからなくなるのだ。
これをマグニスノアでは『洗脳術統制』と呼ぶ。
大抵は一部の最下級民に対して行われるため表面化しにくいが、ブロンバルドはこれを自国内で大規模に行うことで、反乱を抑止していた。
そして彼らの心を救うのに、宗教の力を使うのだ。北方最大の宗教フェジョ新教の教えを説く聖職者は、洗脳術統制の対象外であるため、ほぼ無条件で信用されるのである。
こうして人々は、何の疑問も持たずに与えられた仕事をこなしていくようになる。宗教によって洗脳された彼らは、兵士としても死を恐れずに向かっていくため、他国からは『洗脳軍団』と呼ばれ非常に恐れられていた。
地球の歴史上、死を恐れない軍の恐ろしさを示すケースは幾つか存在する。
その代表例が第二次世界大戦の旧日本軍だ。もっと詳しく言えば、特攻兵器である。爆撃機に爆弾を積んで、片道だけの燃料で敵艦にパイロットごと突っ込むのだ。
実際はそこまでの戦果を上げなかったそうだが、一度だけ軽空母を1隻撃沈したという話がある。
当時、相手側からすればそれは常軌を逸した戦術だった。それが連日連夜繰り返されるものだから、連合側の兵士にはノイローゼになる者が出ていたという。
また陸上戦闘でも、死を恐れずに攻撃してくる旧日本兵に、連合側は震撼した。連合側の司令官が戦死したというのだから、その攻撃の苛烈さが伝わろうというものである。
ブロンバルドはそれを洗脳術という魔法で、意図的に行うことができるのだ。しかも、国土や人口はブロンバルドの方が上である。普通に考えれば、どう足掻いても絶望しか見えない。
「私はその辺は門外漢なのですが、ファラデー公爵もマディカン公爵も、一致して問題無いとおっしゃられていますから、大丈夫でしょう」
「そうねえ」
そこで、しばらく黙っていたマキナが口を挟む。
「まあ、いざとなれば『悪魔からの手紙』という方法もあるわけだし、問題無いのでしょうね」
「――」
エロエロしいドレスの美女が白ローブの少女に視線を向けると、少女の肩がピクリと動いた。
「だから、この話はマキナ様の前ではやりたくなかったのですよ……」
少女は苦々しく呟く。エヴェリアもジョンも、何の話かはさっぱりわからないのだが。
「次はエルバリア王国です。
ジョン君はご存知かもしれませんね。エルバリア貴族は、5年か10年に一度くらいの割合で、ホワーレンで略奪を行っていますから」
「ログノートの話くらいしか知らねえよ。なんせ田舎モンだからな」
ジョンはそう言ってふてくされた。
「あら、そうでしたか。では説明させていただきますね」
白ローブの少女は悪びれもせずに言ってから、話を始める。
「200年ほど前の、エルバリアで起きた宗教戦争以降、フェジョ新教国家となったエルバリア王国は、『
『神石』とは、星王術を行使するための発動媒体、星王器の必須素材である。
マグニスノアで魔法と言えば星王術であるため、実質魔法の使い手を制限されているに等しい。
「フェジョ教は200年前の宗教革命で、旧教と新教に分かれた。
旧教は土着信仰から来る自然崇拝が、星王教によってまとまったものと考えていい。東壁山脈の妖精種達との交易も行っていた。それなのに、新教の連中はブロンバルドでの権力争いのために教えを捻じ曲げ、妖精種を邪悪な存在として迫害し、東壁山脈との国交を断絶させてしまった。それをきっかけに、禁忌とされていた洗脳術を駆使して勢力を伸ばして、旧教を駆逐しようとしている。
今までの例を見ても、降伏などすれば旧教の信徒は虐殺され、施設も破壊されるだろう」
「焚書坑儒かよ」
ジョンは呟いた。
『
初めて中国を統一した秦の始皇帝が、その権勢を維持するために、施政方針に反することを民衆に説く宗教家や、それを広める目的で書かれた書物を抹殺するために行ったものだ。
当時、最も活発にそういうことを行っていたのが儒教だったため、儒教の書を燃やし(焚書)、儒教家を生き埋めにして殺す(坑儒)と表現された。始皇帝が特定の宗教に対してこれを行ったのかどうかについて、はっきりしない部分もあるが、とにかくある種の宗教弾圧と言える。
フェジョ教の新教勢力が旧教や異教に対して行っているのも、同様のことだ。
「エルバリアでも、同じことが起きました。というよりもフェジョ新教では、人間とそれ以外とで明確に扱いが異なるのです。新教での保護対象は人間のみで、教会から新教徒と認められなければ人間ではありません。つまり、奴隷や他国民は人間として数えられていないのです。
交渉を行うのに、
白いローブの少女の話は、異世界だからと言って決して他人事ではない。
現代地球においても、白豪主義、ネオナチを始めとする白人至上主義が、様々な形で暗躍し、有色人種を駆逐するために活動を続けていると言われているのだ。
もちろん、日本右翼や左翼と同じで、全体から見ればほんの一部の話である。フェジョ新教は、その一部が大きな力を持ってしまったと考えれば分かりやすいかもしれない。
「まあ、そんなわけでして、エルバリアは同じフェジョ新教の国であるブロンバルドとは仲が良いのです。
ブロンバルドがイーザン平野を封鎖し、ヒストンから輸出されていた『神石』をも含めてほぼ独占し始めたのも、そういうことなのでしょうね」
「普通に『洗脳軍団』を相手にするよか大変なことじゃねえのかそれ?」
ジョンは思わず言った。相変わらず、簀巻きにされたままで身動きが取れないが、絨毯の感触は頬に心地良い。
下からの視線でスカートやローブの中身が見えるかと思ったが、紺色の服を着たエヴェリアも白いローブの少女も、ズボンをはいていた。
マキナは時折見せつけるように足を組み替えるが、そちらは見た瞬間襲われそうなので、視線は向けない。
「彼らは基本的に相手を見下しますから、どうとでもできますよ」
「エルバリアは、王国軍の数はそこまでではないからな。実質、『神石』を盾とした圧力外交しかできん」
「でも、『神石』の供給を制限されてるんだろ?」
「星王術は確かに戦術の大きな要素ですが、それだけで決まるというわけではありませんし、それだけに頼る相手に対して、ハレリアは幾つもの切り札を抱えています」
「その1つが、『悪魔からの手紙』とやらか」
「あまりそれを使い過ぎますと、問題も出てくるのですけれどね」
白いローブの少女はエヴェリアに指摘されて苦笑する。
「だが、効果は抜群なんだろう?」
「もう散々やってきたのですよ。ですが、どうも彼らにはなぜ自分達が壊滅的に混乱するのか、ご理解いただけなかったようでして。この度は分かりやすい力で叩き潰しておこうということになっています。
例えば、5大騎士団をすべてぶつけるとか――」
不穏な言葉を残し、彼女は次の話へと進む。
「最後は、大陸最南端のオートレス聖教国です。例のスパイ事件の首謀者、と言えばわかりますか?」
「例の、産業基盤攻撃ってやつか」
「そうです。現在進行形でハレリアにちょっかいをかけてきている国ですね」
白いローブの少女は頷いた。
「都市に潜入した術士が、そこに住む領民を洗脳術で操り、悪事を働かせたり連れ去ったりするという話だな」
「実は、地味ですが下手な戦争よりも大きな損害を出しています。最近の戦争による損害は、基本的に産業基盤にまでは届きませんからね。その点、産業基盤への直接攻撃は、確実に国力へのダメージとなってきます」
「下手な戦争よりも地味でいやらしい攻撃か」
「ですが、何度も同じ手を使っていますと、その内彼らは自滅するはずです」
「それって、協定的にどうなの?」
また、マキナが口を挟む。今度は返答次第ではただではおかないという雰囲気があり、その雰囲気に呑まれてエヴェリアが全身を緊張させる。
ジョンには何のことか、さっぱりわからなかった。
「まだ詳しくは聞いていませんが、おそらくハレリアの方で対処することになるかと。対抗措置で『悪魔からの手紙』なりを送り付け、内乱を誘発することはできますが、その場合は余計に危険な状況になる可能性が高いと考えられています。それでしたら、こちらの領域内で事件を発生させ、対処した方が危険度は低いのではないかと」
「あちらを立てればこちらが立たず、ね……。まあいいわ」
縫い合わせたモザイク状の皮の隙間から肌色が見える、セクシーを通り越したエロエロしいデザインのドレスの灰色髪の女性は、白いローブの少女に向けてウィンクして見せる。
相変わらず、何のことかはジョンにはさっぱりだが。
「それで、イリキシアを発展させる理由というのは?」
エヴェリアは緊張からか自分の長い黒髪の毛先を雪のように白い手で弄りながら、疑問を口にした。
「新教勢力を壊滅させる算段がありますので、ブロンバルドを極北2国で分割統治もしくはイリキシアで統治していただきたいのです」
白いローブの少女は答える。
「要するに、旧来の旧教圏を復活させていただきたいのですよ。星王教はフェジョ新教とは相容れませんが、旧教とは仲良くできます」
星王教は、ハレリア王国で主に信仰されている、星王を崇める宗教だ。規律の緩い宗教なため、星王神話という昔話が庶民の間で親しまれている程度である。
「それに、新教さえ排除できれば、『神石』の供給も平等に管理できますから、我々としましても他国にとっても万々歳なのですよ」
「しかしそのためには、まず来年の大規模侵攻に備えねばならないな」
「その通りです」
白いローブの少女は頬笑みを浮かべながら頷いた。
「エヴェリアさんには、宰相府とジョン君の橋渡しをお願いします。ジョン君は申し訳ないのですが、また工房を移っていただきたいと思っています」
「やることはやっぱ、兵器の開発か?」
ジョンは溜息を吐く。
「そうですね。ただし、今回は質より数なのですよ」
「戦いは数だぜ兄貴ぃ!」
ネタを口走ると踏まれた。
「……1年で揃えられるだけの弩砲を揃えてほしいのです。わかりましたか~?」
「ワカリマシタ」
下手なことを口走れば踏み砕くと言わんばかりの笑顔の圧力を受け、ジョンは踏まれていて頭を動かせないので、口で恭順の意を示す。
「よろしい」
「今になって彼が不憫に思えてきた……」
「うふふふふ、大丈夫よ。『我々の業界ではご褒美です』とかって思ってるくらいだから」
「ふんぬ」
「ひでぶ」
マキナが愉快そうに彼の頭の中身を漏らしたものだから、5割増しくらいの力で踏まれた。
頭が割れるかと思ったジョンだった。
30年前のバラク事件:
30年前の武具大会の際に、敗北した騎士が不正を訴え、その調査の最中、役人がその情報を一般に漏らしてしまったため、鍛冶師バラクがルクソリス内域で仕事ができなくなってしまった事件。
他の職人達による陰湿な職務妨害が行われた。
内容は工房の破壊、倉庫の素材や仕事道具が盗まれるなど。
最終的にバラクは人間不信に陥り、故郷のナンデヤナへ戻ってひっそりと工房を開き、その腕前からベルベーズ大陸随一の名工と称賛されるようになる。
――が、結局工房を大きくすることもなく、弟子にも厳しく当たって大半を辞めさせてしまうようになった。
なお、不正調査の結果、無実だと判明したが、その時には既に彼はルクソリスを去っていた。
今もスパイ対策の観点からルクソリスへ行くように説得を受けているが、頑として頷かない。
内域の役所では、この事件を歴史に残る大失態として語り継いでいる。
当然だが、職務妨害の指示者と実行犯は、探し出され大きなペナルティを受けて、内域を追放されている。
ちなみに他国で同様の事件があった場合、才能によっては最終的に貴族や王族が出てきて、無理矢理解決するだろうと考えられる。
つまり、貴族のお抱えにしてしまうわけだ。
王侯貴族の庇護を受けたからといって、気に入らない人間はいるだろうが、下手に手出しをすれば自分が職を失うことになるからである。
現代地球では、人間関係の破綻から退社し、自分で起業するケースが最も近いかもしれない。
あるいは、イジメ転校も近いか。