ジョンの伝記   作:ひろっさん

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四者対面

「……」「……」「……」「……」

 

その日顔合わせをした4人は、気まずそうに沈黙した。

まず1人目、肩まで伸ばした金髪に黒いローブの小柄な少女。名をアリシエルという。

武具大会でベスト4という好成績を残したのが評価され、修業の最終段階として工房の独立を許された、錬金術師見習いだ。

 

次に2人目、真っ黒な長い髪に役人を示す紺色の服とスカート姿の、さらに小柄な少女。その物腰は優雅で気品に溢れており、一目で高貴な出自であることがわかる。

名はエヴェリア・オルナ・ヘール・ボナパルト。イリキシア王国ボナパルト公爵家の次女で、このハレリアへは留学してきていた。

主に役所の仕事を勉強するために。

 

さらに3人目、赤毛で小柄な、悪人顔の少年である。

服装は役人を示す紺色の上下。名はモーガン。役人としての実力を認められて、若くして内域工廠に勤めているのだが、少し前に色々とやらかしていたことがバレて減給処分を食らったそうだ。

この場にいる4人目、ジョンの担当になった役人である。

 

最後にジョン。赤毛ショタジジイ。

彼は現在、丸1年後までに、できる限り弩砲を量産するように申し付けられていた。それをサポートするために、見習い錬金術師1人と、優秀な役人を2人用意されたという状況だ。

4人が集まっているのも、ジョンの工房の設計室である。

 

祖国に関わりのあるエヴェリアは仕方がないとはいえ、残り2人がいずれも知り合いなのは何の因果か。

 

「……宰相閣下からの伝言だ」

 

4人の中で泰然としていたエヴェリアが口を開いた。

 

「弩砲の量産には2つのルートがある。

1つはジョン殿が我々役人を利用して、ほぼ1人で作り上げてしまうこと。

もう1つは正規のルート、つまり工廠にある既存のルールに従ってランクを上げ、他の工房に手伝ってもらう方法だ」

「要するに、宰相閣下はこう言ってるわけか。『無茶振りできんのかどうか、はっきりしろ』って」

「そういうことだな」

 

ジョンの言葉に黒髪の少女は頷く。

 

「っていうか、エヴァりん、あのキツネオヤジとまともに会話できるの?」

 

これはアリシエルの質問だ。

 

「真意を理解できているかどうかは微妙だが……どういうことだ?」

「お父様が、『ハーリアの当主とは、会話を成り立たせることすら一苦労だ』って言ってたから」

「それはむしろ錬金術師の思考回路が一般的でないからだと思うが……」

「そうなの?」

「俺に聞くなっての」

 

訊かれた無関係者ジョンは渋い顔で突っぱねた。

 

「てか、この中じゃ一番内域暮らし長いはずだろアンタ?」

「逆に、星王術士や錬金術師以外の人と接する機会があんまりないのよ」

「じゃあ、それが理由でエヴェリアの回答が大正解じゃねえか」

「あ、そっか」

 

ジョンの指摘にアリシエルはなるほどと手を打つ。

 

「なんか、前よりアホの子になってねえ?」

「アホってゆうな!」

「ぶべらっ」

 

モーガンが口を滑らせ、隣のアリシエルに椅子ごと蹴倒された。

 

「錬金術の腕前だけは、同年代の見習いの中ではトップだと聞いているが」

「いわゆる、『専門馬鹿』ってやつか」

「うむ、錬金術以外のことを学ぶ場を与えようということでもあるんだろう」

 

エヴェリアはスルーしていたが、『専門馬鹿』という単語についてはよく分かっていなかったりする。

 

『専門馬鹿』とは、自分の得意分野に打ち込み過ぎて、他の分野がおろそかになっている人を指す。

馬鹿と付いているが、必ずしも侮蔑の意味を持つわけではない。それだけ1つのことに真剣な人物という意味も含むからだ。

 

「それで、返答は?」

「正規ルートで。異世界転生者だからって、何でもできるってわけじゃねえよ。そもそも俺、弩砲の構造から知らねえし」

「そうなのか?」「そうなん?」「え、マジで?」

 

三者三様に驚きを表す。

 

「前世の記憶があるっつっても、体は慣れてねえし人脈もねえ、ついでにやってることは俺が知ってる中じゃクッソ古い方法だ。小銭稼ぎにちょろっと図面描いた以外は、こっちで何かを本格的にやったことはねえよ」

「鍛冶師バラクの工房でも?」

「あの爺さん、やってることは純粋な刀鍛冶だぜ?あそこで機械もんに触ったことはねえな」

「あ、そうなんだ?」

 

アリシエルが意外そうに言った。

中世初期の文明度といえど、簡単な機械くらいはある。水車や風車がそれだ。

その手の機械には定期的なメンテナンスが必要で、それを専門に行う工房というのが存在するのだが。

ジョンの外見年齢が幼く、またその知識があまりに先進的だったため、子供の世迷い言と思われ、そういうものを扱う工房からは門前払いされてきたという事情があった。

だからこそ、本来畑違いな刀鍛冶の工房で修業する羽目になったのだが。

 

「ま、質より量だって話だからな。どっちにしろ、俺1人じゃあ1ヶ月に1つが限界だろ。それなら、多少時間かけてでもランクを上げて、人手を使って量産体制を作った方がいいってわけだ」

 

前世で50年生きた記憶を持つ少年は、にやりと笑う。

 

「そういうわけで、エヴェリアは宰相府経由で弩砲の設計図か現物を借りて来てくれ」

「了解したが、ランキングの方はどうする?」

「今あるんならくれ。並行できる作業は並行する」

「弩砲を作るのと一緒にやるの?」

 

アリシエルが目を丸くして尋ねた。

中世は割と時間にルーズで、人によっては仕事をせずにサボってばかりということもあった。現代のように、1日に詰め込めるだけ詰め込むなどという時間の利用法をしていたのは、フランス皇帝ナポレオンなどの極一部だけだったと言われている。

 

「あー、そうか、そうだな、これからやることを説明しとく」

 

ジョンは言ってからテーブルに身を乗り出した。

 

「これからやること?」

「弩砲を作るんでしょ?」

「チッチッチッ」

 

彼は顔の前で人差し指を左右に振って見せる。

 

「俺達がこれから作るのは、弩砲じゃねえんだよ」

「弩砲じゃないなら、何を作るっていうのよ?」

「俺達が作るのは『工場』だ」

 

 

 

宰相府。

エヴェリアは宰相、ハーリア公爵にジョンの選択について報告していた。

 

「選択は、正規ルートだそうだ」

「そうか。いくら異世界転生者といえど、できんものはできんか……」

 

金髪の中年紳士はやや肩を落とし、失望感を露わにする。

 

「思ったよりも失望感というものは強いようだ。はは、私も、年甲斐もなく、伝説の英雄候補とやらに過度な期待をしていたらしい」

「……そのことだが――」

 

黒髪美少女は身体の前で手を組み、落ち込むハーリア公爵に声をかけた。

 

「――もしかすると、失望するにはまだ早いかもしれない」

「なに?」

「彼は、今の時点から弩砲の設計図か現物を要求している。また、ランキングを上げる正規ルートも、同時並行で行うと言った。何か、案はあるそうだ。

もしかすると――」

「――異世界の技術を再現するのに、人手が要る――ということかね?」

「――おそらく」

 

エヴェリアは頷く。

 

「概要を聞けば、我々でどうにかできるかもしれんが……」

「それは言ったが、それでは最適化に何年かかるかわからないと言われてしまった」

「そうか。異世界で最適化された技術か……。確かに、一見遠回りのように見えて、それは近道なのかもしれん」

 

ハーリア公爵は顎を撫でながら呟き、1つ頷いた。

 

「それで、弩砲の設計図か実機ということだが、この場合は実機がいいだろう。こちらで手配しておこう。

正規ルートのお題についても話しておこうかね」

 

彼は執務机の引き出しを開けて、1枚の紙を取り出す。大きさは紙片程度、メモ用紙のようだ。メモを用いているところを見たことのないエヴェリアからすれば、これは非常に珍しかった。

 

「例の鍛造(たんぞう)設備とやらの設計図を役所に提出することが1つ。そして、半年後の武術大会にて、騎士部門における本戦出場。さすがに優勝しろとは言わない。

それらが成れば、皆も納得するだろう。ハートーン卿からの条件でもあるから、そのように伝えてくれたまえ」

「承知したが、それは途轍もなく無茶な条件なのではないのか?」

 

エヴェリアは怪訝な顔をする。

 

「我々の常識からすればね。しかしだからこそ、それを成し遂げたのならば、認めざるをえまい。普通は5年か10年はかかる信頼を得るという作業を、たった半年で終えようというのだからね。そのくらいの無理は通してもらいたいものだ。

異世界転生者という言葉には、貴族達はそれくらいには懐疑の目を向けるものなのだよ。有史以来、異世界転生者を(かた)る愚か者共が多過ぎたのだ。懐疑の目を晴らすために、多少の無茶を強いる程度は許していただきたい」

 

それは半ば、ハーリア公爵が自身に言い聞かせる言葉だった。

星王教、星王神話、その真実に最も近いハレリア王国の中枢にいるからこそ、異世界転生者には期待を抱くのである。それが過度の期待かどうかを判断するには、まだまだ時間がかかる。それなのに、早急な判断を迫られているのだ。

 

ならば、一時の感情を抑え、事務的に対処、つまり今までの偽物と同様に扱う他ない。本物ならば、何らかの方法で切り抜けることができるだろうという難題を吹っ掛けるのである。

 

「それに、娘が彼にご執心でね。どの程度出来るかを見極めたいという気持ちもある」

「娘……」

「妙な顔をするものではないよ。私だって子を持つ親だ。だからこそ――まあ、ハートーン男爵にお題を考えていただいたわけだがね」

 

どうやら、ハーリア公爵も、自分の娘と憧れが同時に関わってきた際に、判断力を保つ自信はなかったらしい。

 

「『神算』のハーリア公爵も、人の親ということか」

「政治家には、時として己の感情すらも欺くことが求められる。己の感情に振り回されて失政を行うようでは、無能の(そし)りは免れんよ。そして、無能な政治家というのは、その存在自体が害悪となる」

 

彼は言い切った。

 

「ゆえに、ハレリアでは世襲制というものが原則として存在せん。貴族が自分の子弟に跡を継がせようとするのならば、きっちりと教育せねばならんのだよ。

王族も例外ではない。王族は三派六家と分かれているが、上には常に優れたる者が立つようにできている。平民が下から上がってくれば、その平民の血を王族に取り入れることも辞さない。

我々はそれを『英雄の血』と呼んでいるのだがね」

「……ハレリア王族は多くの英雄の末裔だという噂は、無節操に優れた平民を王族に取り込んでいるからなのか……」

 

エヴェリアは仰け反る。

血統主義が横行していた中世では信じられない国家形態だった。

大抵の国々は、王権神授説に基いて王家支配の正当性を主張しているのだ。だから、神からその地域を支配する許しを得た王家の血が途絶えないように、さらに子孫が増えてくればその血を濃くし、より高貴な血筋とするために、多くの地域で近親婚まで行われた歴史がある。

 

日本も、天皇家の女性関係を紐解けば、平安時代以前の天皇家は母親と結婚したりという、近親婚が当たり前のように行われていた事実が存在する。

当然、近親婚は遺伝学的によくない。そのため、世界の流れとして次第に禁じられるようになったようだ。

 

外、平民や奴隷、犯罪者から無節操に遺伝子を取り込む王族など、聞いたこともない。

 

「星王教的に言えば、人間や亜人に貴賎はない。ヒトは等しくヒトであり、最終的に神族(かみぞく)を超えることを望まれる。少しでもその可能性があるならば、それが遺伝によって伝わる可能性があるのならば、星王教の信徒にはすべての血筋を集め、伝える義務がある。

だが、平民すべてにその役目を背負わせるのは酷だ。ゆえにハレリア王族がその英雄の血を集めるという役目を請け負っている。それがハレリア王族の血統における価値観の根幹なのだ」

 

ハーリア公爵はエヴェリアに語って聞かせた。

 

「フェジョ教、フェアン教も、いずれも星王神話を基礎とする宗教だ。オートレス宗教系と呼ばれる3つの宗教では、亜人は邪悪な存在ではなく、人間にとって良き隣人。彼らとの契約を逆手にとって裏切った新教や、聖教国を除いてはね」

「……」

 

エヴェリアは表情を硬くする。

支配のために洗脳術を取り入れるという、フェジョ旧教にとっての禁忌を犯した新教のことが、彼女は嫌いなのだ。そのように教えられたというのもあるが、妖精達までを洗脳支配しようとした彼らの行いが、どうしても許せないのである。

 

「その歳で喚き散らさんところは評価するが、政治家を志すのならば、その感情を表情に出さないようにすることも練習したまえ。一朝一夕にはできんだろうが、政治の場では必要となろう」

「……はい」

 

指摘され、彼女はうなだれた。

 

「それで、人手の要る異世界の技術ということだが――。規模はどの程度のものかね?」

「とりあえず、我々に流れを教えるために小規模から始めるとのことだ。人数はとりあえず7人程度、設備と倉庫を用意することから、敷地は広めにほしいと。

――『工場』という名称から察するに、異世界ではほぼ完成された技術と思われる」

「ふむ、なるほど……ひょっとすると、議会にかける必要があるかもしれんな……」

 

白い燕尾服の紳士は顎に手をやり、呟く。

 

 

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