鍛造設備の設計と言っても、理屈を再現しての再設計となる。
なぜなら、現状は針金を棒で巻いて引き絞ることで圧力をかけるという、雑なやり方をしているからだ。
地球の製造現場では、トラブルが発生した場合、往々にしてこうしてありもので対応することがある。
これも仕組みを理解していればこそだが、所詮は応急処置に過ぎないため、後で専用の装置や工具を設計して導入することになる。
今回の設計は、その本格導入が主旨である。再設計は当然と言えば当然だった。
とはいえ、簡単なことではない。
何トンもの力をかけるとなると、人力ではどうしても省力装置が必要になるからだ。
これが現代地球ならば油圧ポンプでどうにかなる。
鋼材を溶接して枠を作り、その内側に油圧ポンプを設置して鉄板をプレスすればいい。
しかし、ここは中世初期レベルのハレリアである。
さすがに高い精度の金属加工が必要な油圧ポンプを実現するだけの技術力がなかった。
他に省力装置といえば、
ただし、一つ大きな問題もあった。
それは、数トンものパワーを、この時代の技術者は体験していなかったということだ。
木材、石材、金属材があるのだが、この領域の力に耐えるのは金属材の中でも相当な強度が必要となる。
「まあ、鉄しかねえんだがな」
「そうなのか?」
「他のは強度が足りねえか、加工技術がねえ」
「それは確かにお手上げだな」
エヴェリアは唸った。行政畑の黒兎耳少女は、技術が足りないという事態に対処するにはやや経験が足りていない。
「結局、ハレリアでも足りない技術に対してできることは、技術開発の支援くらいのものか」
「技術が足りなきゃ、足りない部分は上手いこと回避して調整するのも行政の仕事だろ」
「それもそうか」
赤毛ショタジジイに言われて、考え直す。
「それで、対処法はあるのか?」
「ハレリアでできるかどうか、一か八かだな」
ジョンは言いながら、図面を渡した。
「これは?」
「『
「なるほど、了解した。確認だな?」
「ああ、頼んだぜ」
つまり、こちらの技術で製造できるかどうかの確認である。
いくら優れた技術を知っていようとも、それを実現可能な現代地球の最新設備が整っているわけではないのだ。
そのため、設計図を提出する際は他工房での製造の可否を確認する必要があるということを、ジョンはナンデヤナでの経験を経てよく知っていた。
「ぐぎぎぎ……!」
ジョンはハンドルを両手で握って渾身の力を籠める。
しかし、熱せられた鉄はほんの少ししか変形しない。
「針金で上手くいったのに、なんでコッチがダメなんだよ、チクショーめ!」
取り外した鉄の塊を見て、悪態が口から洩れてきた。
装置はH鋼で縦長のロの字枠を組んで溶接、その内側に、分厚い鉄板をロの字の内側を切るように溶接、別の鉄板を端をはみ出させる形で配置し、はみ出た部分に取っ手を取り付け、固定されていない方の鉄板を引っ張り上げるための省力装置を組み込んだものだ。
プレス加工と言えば油圧による押し圧縮を思い起こすが、こちらは引っ張り圧縮タイプである。
ジョンが失敗している原因は、針金を巻いて一部を巻き取る原始的な方法を上手く数式化できていないことにある。
原始的と侮るなかれ、ということだ。
現代でも、針金を束ねたワイヤーは1センチの太さのものが2本もあれば、1トンの荷重に軽く耐える。
針金の質の違いは当然あるだろうが、ジョンが実際に使用していた針金は、断面積で2センチ強に達していた。
これは現代地球で使用されているワイヤーの耐荷重に換算すると、約5トンの荷重に耐える計算である。
しかも、彼は針金を巻き取るのに、床に杭を打ち込んで固定し、クレーンの滑車でレバーとなる棒を引っ張り上げることをしていた。
最初になんとかやってみて、自身の種族的な非力さによって方針変更した結果である。
捨てられていた、切れた針金は、そこまでやった結果、力がかかり過ぎたことによる失敗の痕跡だった。
なお、数式化できない原因は、単純にワイヤー耐荷重の計算式を忘れているからだ。
「なかなか苦戦していらっしゃるようですね」
計算式を見直していると、巨乳白ローブがやってきた。
未だに名乗らずフードを目深に被って顔を見せないのは、何かやむにやまれぬ事情があるのではないか、と勝手に考え、ジョンは指摘もせずに放置していた。
他に白ローブなど見ないし、ゆったりとした白いローブの下からはっきりわかる双丘も、ここらではあまり見ない。
何より、人を食ったような胡散臭い言動が特徴的過ぎて、本人確認の必要がないほど分かりやすかった。
「私です」
「あなたでしたか」
「獣耳にロマンを求められるのもアレでしたが、いきなり丁寧になられるのも気持ち悪いのです」
「
悩んで煮詰まっているところに畳みかけられ、致死量の毒舌を受けた赤毛ショタジジイは机に突っ伏した。
「これは?」
白ローブの少女は、机の上に散乱する、様々な文字が書かれた木片を手に取る。
「
言葉自体違うだろうし、さすがに見てもわかんねえだろ」
「確かに」
彼女は木の板を机に戻し、家主の許可なく自分も椅子に座った。
ある意味彼女は貸元だから、問題ないといえば問題ないかもしれないが。
設計室とはいえ無駄に豪勢なものではなく、引き出しもない机だ。家庭の食卓と違うのは、天板となる木の板が妙に硬いことだろう。ヒノキなどの頑丈な木材を使用しているのかもしれないが、ジョンはマグニスノアの木材について、そこまで詳しくはなかった。地球と同じような鉱物が手に入るのと、知っているとしてもヘホイ村近辺の森についてだけだ。
「上手く行っていないのですか?」
「多分、荷重の数値を間違えた。でも、何が抜けてるか分かんねえ」
「もしかして、理想を高く設定し過ぎて、結局全部ダメにしてしまうというパターンですか?」
「いや、ただのド忘れ。元の針金でやった時の荷重が、式を思い出せねえせいで数字にできてねえの」
「あらまあ……」
少女は少し考え、そして意を決して切り出す。
「では、気分転換にタイムリーなお話でもしましょうか」
言いながら、2枚の設計図を机の上に広げた。
少年はそれに見覚えがあった。
「『脱穀機』か。ルクソリスに来る前に俺が描いたやつだな」
名称そのものは、西暦1900年前後の地球はドイツにて発明された、農耕作業用の器械のものだ。
ドラムの外周に山型、逆Vの字に曲げた無数の針金をはんだ付けしたもので、クランクシャフトでペダルの力を回転に変えて勢いを付けることで、麦や稲の穂についた実を弾き飛ばす装置である。
地球産のものは金属製だったが、ジョンはマグニスノアの技術で簡単に作れるように、グレードダウンさせたものを設計図に描き起こしていた。
マグニスノアでもすべて金属で作ることも不可能ではないのだが、整備や保管などのことを考えると、この世界では維持が難しいだろう。
脱穀機の設計理由は商人に儲けさせることだから、性能は落ちても簡単に量産できる物の方がいい。そのため、下手をすると1年ごとの使い捨ても可能なレベルで、コストダウンを図った。
それを、ジョンはナンデヤナの商人に売り付けたのである。ルクソリスに来た際に持っていた、工房が買えるほどのお金というのは、この時のものだ。
ナンデヤナでひと旗揚げてもよかったのだが、割かし喧嘩ばかりしていた彼の師匠がルクソリスへ行くことを勧めた。物作りがしたいのなら、ルクソリスの方が色々と融通が利くという話で、寡黙な師匠から珍しく説得されたのである。お金があれば、強盗や詐欺にさえ気を付ければどうにでもなるだろうとも考えていたわけだが。
結果は御覧の通り、外見が若過ぎてナメられてしまい、色々とトラブルを引き起こしてしまっている。
世の中、考え過ぎるほど考えても、上手くいかない時は何も上手く行かないものなのである。
「この設計図を買ったコルボウス商会は、発注の際のミスで大量の在庫を抱え、途方に暮れていました。ナンデーナ伯爵が上手く捌いていなければ、保管場所を確保できずに、大量に投棄していたかもしれないそうです」
「……」
話を聞いて、ジョンは目を丸くしてポカーンとした。
「発注ミスって、どういうことだ?」
「数を指定しなかったのです。『出来るだけ多く』とか言ったのでしょう」
「まさか、原価が安くてたくさん売れるって、俺の謳い文句を全部信じたのか?」
嘘ではないが、商人にとってはあまりに美味過ぎる話であるため、ある程度調べてから生産数を調整するものと思っていたのである。さすがに作ったものが全部売れるほど、自惚れているとはジョンも思わない。
そして、収穫期の忙しい時期に農家で農具のセールスができるほど、世の中甘くもない。収穫期が終わってから、幾つか売り込むために実演して、さらにそこから販路を開拓するのが普通だ。さすがに売れるからといって、いきなり量産して在庫を抱えるとは、彼も予想していなかった。
「というよりも、ヤケクソだったのではないでしょうか。元から経営が傾いていたそうですし、藁にもすがる気持ちで、それに賭けたのでしょう」
「うお、マジで?全然気付かんかった!」
この少年には、特に商売に関する洞察力があるわけではないらしい。
「取引相手に気付かれるようでは、足元を見られるのが当たり前です。
まあ、それにつきましては大した問題ではありません。
こうして設計図を売り払ったおかげで、店も潰れずに済んだようですし。
赤字分は勉強代ということで収まるでしょう」
「問題って、
ジョンは尋ねた。
「ええ」
白いローブの少女は頷き、そして問題の中身を告げる。
「
「………………………………………………………………………………………………………………………………あ」
彼女が指差したのは、現代地球の製図用語で、バルーンと呼ばれるものである。
バルーンとは。
図に描いた細かい部品が、組み立てた場合にどの位置に来るかを示したものだ。風船を模した円の中に記号を入れて、矢印で示された同じ記号に対応した部品の図を拡大するなどして、詳細を描き込む際に使用される。その記号は、多くの場合数字が使われた。
――『数字』である。
白いローブの少女には、使い方は分かっても読めないだろう。
それは記号として使われていたため、解読も不可能。長さはバルーンによって実寸を描き込むことで対処した。だから、『文字』と言ったのだ。
ジョンの方も、うっかりしていた。
マグニスノアの数字が、彼にとってあまり馴染みのないものだったというのも、原因の1つだろう。この世界で数字を扱うのは、商人か役人くらいのものだからだ。だから、ついうっかり、現代地球で最も一般的な、彼が使い慣れた数字を入れてしまったのである。
文字として読めないなら読めないで構わない、という理由で。
つまり。
数字:
地球では、大まかに3つの数字がある。
アラビア数字、ギリシャ数字、漢数字の3つだ。
現代は一般的にアラビア数字が主流だが、理由は最も扱いやすいからである。
ギリシャ数字と漢数字は、桁ごとにXや十と名前を付ける必要があり、また並べた際に見間違えやすい数字が幾つかある。
多く並べることを前提としていないためで、そのために桁名は必要だった。
だが、アラビア数字には桁名が必要ない。
0から9まで独立していて、左が最も大きい桁、右が最も小さい桁と定まっている以外は桁名を記述する必要がない。
その利便性からヨーロッパでも広く採用され、現代地球の主流となっている。
マグニスノアにおける数字:
大まかに3つの数字がある。
リネント数字、ワジン数字、ケルスス数字の3種。
リネント数字は『星王』がもたらしたとされるナグルハ大半島を起源とする数字で、ロマル大陸で広く用いられている。
『星王』の伝承は長く途切れており、ナグルハ大半島を起源とする説にも疑問が呈されているが、その時代を生きた神族は残っておらず、資料も残っていないため、検証不可能。
ワジン数字はオートレスがワジン列島に訪れた際にもたらしたとされる異世界の数字で、ワジン皇国とロマル大陸の一部、ベルベーズ大陸南部で利用されている。
ケルスス数字はその名の通り『大賢者』ケルススがもたらした異世界の数字で、ベルベーズ大陸北部から現在はベルベーズ大陸全土に広がっている。
いずれも10進数で、それぞれ一長一短である。