「異世界転生者の見分け方、というのが存在しています」
白いローブの少女が言った。相変わらず、フードを目深に被っているせいで、口元しか見えない。
「これは千年前に出現した転生者、オートレスの行動に基いたもので、信憑性は8割と言われているものです」
「オートレスって、オートレス聖教の?」
「そういえばそうですね。皆、聖教国と呼びますから、すっかり忘れていました」
正式名称を忘れるというのは少し酷い、とジョンは思ったが、どうやら理由があるらしい。
「オートレス聖教の母体はロマル大陸ナグルハ大半島のナグアオカ教です。星王神話系という、同じ神が出てくる神話に基いていますが、あちらは
「あれ?じゃあなんでオートレスって名乗ってんだ?転生者嫌ってんだよな?」
「転生者オートレスの人気が、ベルベーズ大陸の南方では絶大だからです。南方でオートレスを否定することは異端、つまり生贄の儀式や人体実験の肯定と同じかそれ以上に嫌われるのですよ。
フェアン教そのものはそこまで厳格ではありませんから悪口くらいは許していますが、ナグアオカ教のように弾圧までしようとしますと、住民からの反撃を受けて大陸から追い出されるでしょう」
「そんなことになってんのか……」
少年はその人気ぶりに感心していた。
「まあそういうわけでして、ナグアオカ教を布教する下地を作るのに、オートレスを騙って悪行を働き、オートレスの人気を失墜させる必要が、彼らにはあったわけです。あるいはオートレスを表向き受け入れるポーズとして、別の宗教を作り上げた感じですかね。どちらでも、大した違いはありませんけども」
「思惑筒抜けワロタwww」
「キモいですよ?」
少女はにっこり笑顔で彼をけなす。気を取り直して。
「それで、転生者の見分け方ですが。1つはずばり、異世界の言語です」
白いローブの少女は言って、ジョンが数式を書いていた木片を手に取った。最初の頃は炭で書いていたため、ところどころ汚れている。
「異世界転生者は、当然ですが異世界の言語を覚えています。それがふとした拍子に、こうやって出てくるのですよ。こちらのメモにつきましては、あまり見せる気はなかったようですけれど」
「ちょっと気になるんだが、なんでこれが異世界の文字だってわかるんだ?」
少年は質問する。
「マグニスノア全土の言語を、文字だけでも把握していれば簡単です。似た文字とそうでない文字が入り交じっていますが、文字ごとに別々の言語を使ったと考えるよりも異世界の言語と考えた方が早いでしょう」
「まさか覚えてたりすんのか?マグニスノアの文字全部」
「それこそまさかです。貴族でしたら、この手の早見表くらいは揃えているものですよ。気になる文字があれば、見比べるわけです」
と、白いローブの巨乳少女はアルファベットの並んだ本を懐から出して見せた。
当然だが、ジョンが知っている文字があれば知らない文字もある。
「エヴェリアからも聞いたんだが、それくらい異世界転生者が重要視されてるってことか……」
「そういうことですね」
彼女は口元に笑みを浮かべて頷き、そしてこうも言う。
「――迅速に対処しなければ、戦争の種にもなりますから」
「ファッ!?」
物騒な言葉に、ジョンは目を丸くして驚いた。
「異世界転生者の身柄を確保するということは、異世界の技術を独占できるということなのですよ。
オートレスは星王教の布教ついでに、南部へ農耕技術を伝達し、その技術のおかげで、文明の発達していた中部北部を一時は凌ぐほどの発展を南部は見せました。
もしもそれが軍事に偏っていれば、ベルベーズ大帝国の再来を実現させ、さらにロマル大陸までをも征服できてしまうかもしれません。
実際にできるかどうかではなく、それが可能であることを匂わせるだけで、人は簡単に狂うものなのですよ」
「……」
少年は絶句する。
まさか、自分が小金稼ぎのために描いた、大したものでもない図面が、そこまでの大事を引き起こす可能性を秘めていたとは、思いもしなかったのである。
「なんていうか、その、済まんかったな。俺が迂闊だったせいで、余計な手間をかけさせちまった」
ジョンは素直に頭を下げた。
自分のやりたいことのためにお金を稼ぐという目的で、安易な気持ちで異世界の技術を売ったのは確かだ。だが、少女は困ったように首を振った。
「いえいえ、政府側の準備が整わない内に情報が漏れては困るという、私達の思惑の話でもありますから、そう構えるものでもありませんよ」
「準備?」
「ええ、ハレリアがジョン君という異世界転生者の身柄を預かるための準備です。要するに、諸国諸侯に情報が漏れてもいいように、根回しをするのですよ。相手が代償を求めれば、支払えばいいのです。皆に同じような代償を支払えば、一応の義理は立ちます。そのためには、一度諸国首脳会議が必要になると思いますけれど」
「思惑って?」
「来年の戦争でエルバリアとブロンバルド、そして聖教国をすべて壊滅させますが、それ以前に諸国首脳会議を開きますと、確実にまとまりません。
ですから、それまでは秘密で通させていただきます」
「……思惑、思惑か……」
少年は座ったまま腕を組んで唸る。
要するに、敵国を仲間外れにすると色々と問題があるので、敵国を滅ぼしてからサミットを開催しようというわけだ。そうすれば会議がある程スムーズに動く他、異世界転生者を毛嫌いする勢力を排除できるため、ベルベーズ大陸全体で考えると、とても都合がいいのである。
結局、敵国を除け者にしようということには違いないが、国民に与える印象はかなり変わってくるだろう。
敵国が滅んでから、初めてハレリアは異世界転生者、つまりジョンのことを公表するのだ。
あたかも、つい最近発見したかのように。既に滅んだ敵国は、何も文句が言えない。健在な国も首脳会議で丸め込めば、ハレリアの戦略的政治的な勝利は揺るがない。すべてはハレリアの都合のいいように進んでいくだろう。
――今までの手腕を考えると、多少の不都合は彼女らなら解決してしまいそうだったが。
「仕方ねえっちゃ仕方ねえかなあ……」
赤毛ショタの成り損ないは後ろ頭を掻く。
ハレリアにだけ都合がいいというわけではない上に、敵国のやり方が彼にとっても気に食わないものであるため、それが綺麗な方法ではないと分かっていても、下手に口は出せなかった。
時間を指定して相手を滅ぼすという言葉がさらりと出ているなど、受け入れるには抵抗のある要素もあったが、代替案も思い浮かばない。
「――なので、ジョン君の設計図とこれらのメモ書きは、戦争が終わるまでは機密情報とさせていただきます。これから作る場合でも、渡す相手はモーガン君ではなくエヴェリアさんにしてください」
「わかった」
少年は右手を上げて了承の意を示した。
そして、少女が確認のために手に持っていた木簡を受け取る。それには、ある計算式が書かれていた。何の気なしにそれに目を通したジョンだが、その表情が見る見る内に引き
「それでは私はこの辺で失礼させて――どうかなさいましたか?」
「……」
おそらく、話をしていて気分転換になったからだろう。
今まで見えていなかったものに、ジョンは気付いた。
「――これ、ワイヤーの計算式じゃねえか……!」
ミスとは案外、気付いてみるとなんでもない、馬鹿なミスであることが多いものである。
それから10日ほど後、
大まかに説明すると、H鋼の縦長の枠に鋳造の分厚い鉄板を溶接し、その下から同じく分厚い鉄板を配置して省力装置で吊り上げ、プレス加工するという方式である。
省力装置としてジョンが選択したのは、梃子と滑車だった。
長いアームを持ったレバーの途中に取っ手を引っかけて、レバーの先端をフック付きの滑車で引っ張り上げるのだ。
両方とも、地球では紀元前から使用されていた太古の省力装置であり、ハレリアにも当然存在していた。
また、普通の形状ではレバーの強度や取っ手の強度が持たないため、軽量化と強度向上のために細いH鋼が用いられた。
赤熱した鉄の塊を間に入れてクレーンを巻き上げ、しばらく待つと、冷えた鉄が少し平たく変形していた。現場では、これを数回繰り返し、板状に成型することになる。一度だけでは、冷え固まる時間の方が早くなってしまうのだ。
「おお……」「本当に延びてる……」
それを見た鍛冶職人達が驚きの声を上げる。お披露目は、ハートーン男爵の工房で行われていた。
「この取っ手は、大き過ぎはせんかね?」
「いえ、このくらいないでないと鉄が持たないんで」
「ほほう、なるほど……確かに力をかけ過ぎると剣でも折れたり曲がったりすることがあると聞く」
「ええ、かかってるパワーが馬とかの比じゃねえもんですから、壊れると人が死にかねねえんでさ」
「ふむ……」
ジョンに色々と質問していたハートーン男爵は思わず唸った。
「まさか君のような少年がそこまで考えるとはね……」
「え、えー……………………師匠から聞いたもんで」
少年は腕を組んで首を捻って、必死に言い訳を考えた。彼は異世界転生者で、前世は50歳で病死している。
経験値ではハートーン卿を遥かに超えていた。
「なるほど……そういうことにしておこうかね」
「すんません……」
咄嗟の嘘が速攻でバレたようだが、白髪交じりの赤茶髪の中年紳士は深く追求しないことにしたらしい。
ジョンからすれば、正直に転生のことを話してしまうわけにもいかないため、非常に助かることだった。
ここまでのパワーを持った非魔法系装置は、マグニスノアでは世界初のものである。
当然、この赤毛少年以外にそれを扱った経験のある者などいるはずもない。
しばらくすると、金髪の青年がハートーン男爵の下に詰め寄ってくる。そして、隣の少年を指差して叫んだ。
「なんでこんなガキが工房主なんてやってるんですか!?」
「落ち着くんだ、ベルナール」
白髪交じりの赤茶色の髪をした中年紳士がなだめる。どうやら、どこかでジョンが工房主をやっていることを聞きつけて、やって来たらしい。
「そんなに工房が余ってるんなら、俺にも回して下さいよ!そりゃ修行するのが難しくなるのは嫌ですけど、今のままじゃ暴走しそうな連中を抑えられませんって!連中の嫉妬に油を注いでどうするんですか!どこかの工房に弟子として入れるとか、方法はあるはずです!」
「お、お、落ち着け、落ち着くんだ。私に工廠人事の決定権はないんだよ。文句なら役所に、役人に言うべきだ」
まさかの正論にハートーン男爵もタジタジである。
「あー……うん、でもなぁ……」
少年は頭をひねった。
ベルナールと呼ばれた青年の言うことも、わからないではないのだ。ジョンが今のまま活躍すると、品行に問題のある若い職人達が嫉妬を募らせるばかりなのである。それを解決するには彼がどこかの工房の弟子になるしかないが。
ジョンは異世界転生者で、その事実は工廠においても機密事項。
迂闊に誰かと一緒に仕事をさせるわけにもいかない。
何より、ジョンが持っている異世界の知識は、うっかりで外に漏らしていいものではない。仕事にパートナーがいればはかどるのは確かだが、それは同じ知識を持っていればの場合だ。そうでないならば、はっきり言って他の工房に注文を出すのと何ら変わりがない。そういった仕事上のメリットと、機密漏洩のリスクを考えれば、やはり彼は1人でやっていた方がいいのである。
ハートーン男爵も、爵位を持っているからにはジョンの事情を知っているかもしれない。それでも、やはり話してしまうわけにはいかないのも確かなのだ。
つまり、少年の口から助け船を出すことができない。ハートーン男爵は、この後延々と弟子からの小言に反論もできずに聞き続ける羽目になることは、容易に想像できる。
ベルナールの心を抉る小言を右から左へ流しながら、いつか必ずこの埋め合わせはしようと、ジョンは心に誓った。
前世50年の経験がある彼には、今の赤毛中年紳士の心情が痛いほどに理解できたのだ。
ジョン少年観察記録中間報告、その2。
安定的変異体『マキナ・アルト・シュレディンガー』が少年と接触した。
私は彼女に少年の内面調査を依頼するか悩んだが、控えた。
『神は無闇に人の営みに干渉するべからず』というケルススの言葉が私を止めた。
ここは彼の領域だ。
確かにこの程度のことで通常業務以外の干渉を行うべきではない。
少年は、近代的思想に基づく鉄工設備、生産設備のアイデアに関しては広めるつもりのようだ。
ハレリアの管理者が要求したからというのもあるが、もしかすると政治的な判断はハレリオス王朝に投げるつもりなのかもしれない。
もっとも、今のところクオリティの面で見れば近代工業には程遠い代物でしかないのだが。
まだ経過観察が必要と判断する。
鋼材:
現代地球における鋼材について。
近代文明において、鋼材の断面はある程度研究が進み、鉄鋼所では特定の用途に適した断面の鋼材が生産されている。
中実丸棒、中空丸棒、H鋼、アングル鋼、I鋼、T鋼、コの字鋼、鋼板などがそれに当たる。
いずれも梁材で、断面形状から名付けられている。
理由は、梁材の強度の性質と値段が、材質と断面形状で決定するためだ。
今回は断面形状の話であるため、材質の話は考えないものとする。
中実丸棒はコイルバネ、動力軸等に使用される。
中身が詰まっているため大きな力が加わっても形状が変化し辛く、強度を維持することが要求される場所に利用される。
逆に強度に比して重量が嵩むため、軽量化が必要な場面ではあまり使われない。
中空丸棒は看板や標識の柱や街灯、電柱等に使用される。
中身が空であるため断面積、つまり重量に比して強度が高く振動にもある程度の耐性を持つ。
特にどの方向から曲げ力を受けても変形し辛いことが要求される場所に利用される。
日本では風雨、台風クラスの暴風が意識されることが多い。
逆に局所的な力やねじり力には弱く、円形であるため内部に手を入れることが難しい。
H鋼は建設現場にて多用される。
文字通りHの形の断面をした梁材で、特定の方向からの力に対しては最高の強度を誇る断面形状を持つ。
特定の方向とは、Hの横方向と、断面方向、つまり柱としての強度である。
大抵は押出し成型品が出回っているが、鋼板を組み合わせて現場で溶接することも行われている。
加工のしやすさ、手の入れやすさ、コンクリートを流し込んだ際の芯としての有用性など、使い勝手の良さから多くの場面で見かけるだろう。
ジョンが今回、これを選択した理由は、中世としては異常な梁材の強度を、H鋼で手軽に実現できるからである。
現代地球において、H鋼はプレス機によく利用されている断面形状であり、強い力のかかる場所はとりあえずH鋼と言われるほどの信頼と実績があった。
幅30センチ厚さ12ミリの鋼板を組み合わせたH鋼は、10メートル級のクレーンの梁に使用されており、5トンもの重量物の懸架に耐えるとされる。
なお、他の断面形状に関しては、スペースや値段との相談が主な内容となるため、説明は割愛する。