ジョンの伝記   作:ひろっさん

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災厄の報せ

ハレリア王都ルクソリス貴族区、ハーリア公爵家敷地内、宰相府。

 

「まだ彼の武術大会のパートナーは決まらないのか?」

「まだ選定中だよ。最悪、エドウィンという選択肢もあるが、彼ではベテランに交じって活躍するのは難しいだろうね」

 

ジョンの、武術大会の相方選びは、難航していた。

 

「異世界転生者と知らせてしまうわけにはいかないというのが、こうも大きく響いてくるとは……」

 

エヴェリアは険しい顔をして唸る。肌が若いので、眉間にシワが寄らないのがポイントだ。

 

「こればっかりは、事前に準備できるものではないからね。鉄装備でもいいという騎士が少ないのは予想していたのだが……」

 

ハーリア公爵も険しい顔をして、眉間にシワを寄せていた。

 

ジョンの実力を知らしめるには、異世界の知識に存在しない魔法関連はNG。かといって、非魔法武具で武術大会に挑もうという騎士は1人もいなかったのだ。そして、有名どころにはすべて、独自の作り手が付いている。

それでも、非魔法武具で出場しようという、奇特な人間が存在しないわけではない。ただ、ジョンが内域に入ってきて半年もなく、さらに若過ぎるという点がネックとなった。

 

要するに、仕事が信用されていないのだ。

鍛造(たんぞう)も役所を通じて普及が始まったばかりで、そこまで評判は広がっていない。まだ内域の工廠に慣れていない可能性もある若者に、自分の命運を預けるという者はいなかったのである。

 

「強権を発動するわけにはいかないんだろう?」

「騎士全体の士気に関わる。マディカン公爵が許さんよ」

 

宰相が口にしたのは、彼に比肩する強権の持ち主だ。

 

「ハレリア王国軍元帥か……」

 

エヴェリアは呟く。

 

元帥とは。

ひとことで言えば、上級大将の上の階級である。

軍では戦場で連携が寸断され、お互いや司令部、指揮官と連絡が取れなくなった場合、上の階級の者に従うというルールを作っておくことで、指揮系統の混乱による損害を最小限に留める工夫が行われていた。

これが軍で階級が作られた理由である。

 

兵卒、下士官、士官、佐官、将官と、平時に率いる兵士数に上限が設けられているのが一般的で、そのために、時に将官数名では受け止めきれない人数の兵士を率いる軍団が編成される際、そのトップとして上級大将という階級が置かれることがあった。

それでも受け止めきれない場合に置かれるのが元帥だ。

 

しかし、現代地球においてはその原則も崩れるケースがあり、単に軍における最高権威者、つまり箔付けの意味で用いられることがある。

 

ハレリア王国における元帥の称号はやや異なり、いわゆる国防大臣、あるいは軍務大臣が慣例的に軍を直接率いる司令長官を兼任することから、元帥という称号が使われていた。

つまり、単純に軍のトップという意味である。

 

「だが、抜け道はある」

 

ハーリア公爵は言った。

 

「――本来、このような一か八か(ギャンブル)は、為政者として好ましくないのだがね……」

「それで、抜け道とは?」

「騎士に対して強権を発動するのがまずいのはね、騎士の叙任手順が関わっているのだよ。

兵士から騎士になる場合は、単唱器を扱った戦闘への移行を要求され、星王術士から騎士になる場合は武器戦闘への移行を要求される。

武器戦闘に強いのは当然兵士から移行した場合なのだが、それが命令で単唱器の使用を禁じる戦闘を強要され、しかもそれがどこの誰とも知れない子供のためとなると、騎士全体の感情を害するのは当然というわけだね。

――ならば、まだ騎士となっていない兵士の中から選べば、問題はないということさ」

「しかしそれでは――」

「ああそうだとも。条件を満たすのは、より厳しくなるだろう。彼にそこまでの実力があるのを期待するしかない」

 

だが、エヴェリアは別のことを心配する。

 

「異世界の技術を大々的に使われでもすれば、そもそもの思惑が崩れないか?」

「それで勝てると思うかね?」

「弩砲をたくさん作れと言われて、弩砲ではなく弩砲を作るための施設を作ろうとするような男だぞ?」

「……」「……」

 

少女の指摘(ツッコミ)に沈黙が流れた。両者のこめかみに、一筋の冷汗が流れ落ちる。

 

 

 

『取り込み中申し訳ないが、『災厄の報せ』だ』

 

『私』は告げる。

執務室の机の上に座布団の上に鎮座していた黒い卵が、黄緑色の淡い光を放って明滅した。

 

『この部屋より南方5、0、16、水外1区、『魔物』と思われる、変異熱反応を確認した』

「マキナ様は動いておられますか?」

 

ハーリア公爵は、少し驚いた後に冷静さを取り戻し、聞き返す。

 

『動いているようだ。到着まで後205秒かかるだろう』

「それくらいでしたら、展開している『網』で持つでしょう。宰相府は事後処理に動きます」

『了解した』

 

黄緑色の光による明滅が消えた。黒い卵は黒い卵、と世界が定めた通りに。

 

「聞いての通りだ。我々行政は、事後処理を行う」

「い、今のが――」

「そう、『災厄の使者』とも呼ばれる、この世界(マグニスノア)最古の神族(かみぞく)、『蛇王の使い』だ。

――君のような者ならば、見たことはあると思ったがね」

 

呆然とするエヴェリアに、金髪の中年紳士は新しい紙を出して素早く手を動かして書類を作りながら言った。

 

「あ、いえ、父の執務室にも黒い卵が置いてあるのは知っていたが、実際に動くところは……」

「そうかね。まあ、イリキシアでは彼女が報せるような災厄は起きないのだろう。平和なようで何よりだ。

――それでは、これを持って水外1区へ走りたまえ。

おそらく混乱する現場は、軍と行政が入り交じるはずだ。マキナ様が指揮してくれればいいが……。彼女にそれを期待すると、後が面倒なのさ。

なので、今回は君に衛兵の詰所の方へ向かってもらい、ハレリオス家の手の者を遣わす旨を伝えてもらう」

「あ、はい、承知した」

 

長い黒髪の小柄な少女は、押し付けられた書類を慌てて受け取り、執務室を出て走っていく。

 

「頭が働いていない状態でも、命令されたことには従う、か。中々仕込みがよいね。さすがはボナパルト家と言ったところかな?」

 

ハーリア公爵は呟き、自らも執務室を出て、大臣達が集まっているであろう会議室へ向かう。軍は事件が終わるまでが仕事だが、行政は事件が終わってからが仕事だ。

それが未来永劫続くものであろうが、仕事は仕事なのだ。

 

 

 

数分前、水外1区。神殿前広場。

 

突如出現した真っ白な怪物に知性があるとすれば、首を傾げていたかもしれない。

兵士が警備に当たっていたからではない。そんなことは、この規模の都市ならば普通にあることだ。治安維持目的で、人の集まる広場に兵士を警邏させることなど、珍しくもない。

 

警備兵、自警団、衛兵、兵士。

それらの区分が曖昧だったこの時代、割と兵士なら誰でも良かったという部分があった。例えそれがより強い権限を持つ騎士であろうと、民衆が困っているのならば対応する。

そういう、騎士道がまかり通った時代が、地球にもあった。

だが、真っ白い怪物を生み出した術者――狂った哄笑を上げ、怪物を制御していたと思い込んでいたがゆえに、怪物に殺されるその瞬間、なぜ自分が生み出した怪物に殺されるのか、理解できなかった愚か者――も、この光景は想像していなかったに違いない。

 

広場一面の、人人人。

その半(・・・)数以上が(・・・・)鎧に身(・・・)を包み(・・・)剣や槍(・・・)などで(・・・)武装し(・・・)ている(・・・)。明らかに、警邏だの警備だのという規模を超えた数の、兵士や騎士が、そこにたむろしていた。

突然の怪物の出現に、一様に驚いた様子。

 

「伝令、走れぇぇぇっ!」

 

1秒か2秒後に怒号が響き渡り、数人が広場を後にする。

 

「衛兵隊は住民の避難誘導!」

「第18から第24歩兵隊及び第3騎士隊は、訓練通り隊列を組め!」

 

命令系統は2つあった。衛兵隊と国防軍。混線の危険よりも、住人の避難誘導を優先した結果である。

 

白い怪物を中心に、盾を前に、後ろから槍衾(やりぶすま)を展開。歩兵は身を低くして、魔法武具を構える騎士の射線を開ける。

マグニスノアでは一般的な、防御の頭越しに飛び道具である魔法武具で攻撃を仕掛ける防御陣形だった。単純であるがゆえに、これを破るのは非常に難しいとされる。ハレリアでは、この陣形を破ることが兵団長への昇進試験とされるほどだ。

 

だが。

寸胴でのっぺりとした、白い皮膚を持つこの怪物が相手では、そこまで鉄壁とは言えない。

 

「放てぇぃっ!!」

「ソレミタコトカァァァァァッ!!」

 

撃ち込まれた騎士の単唱術をものともせず、怪物は魔法を使った。

それは騎士の星王術よりも威力が高く、盾越しに受けた兵士達を、猛烈な風で空高く舞い上げる。幸い、鎧を着ていても即死するほど高くは飛ばされなかったが、防御陣形に大穴が出来上がった。

 

「穴を塞げ!負傷者を下げろ!動ける者は手伝――!!」

 

指揮官が怒号を上げる中、騎士達は援護のために次々と単唱術を撃ち込んでいく。なんとか陣形を立て直すも、それを嘲笑うかのように、怪物は正面から突撃を仕掛けてきた。

攻撃を受け止めようとした盾が、呆気なく引き裂かれる。そのまま怪物の異様に白い手は、兵士の鳩尾にめり込んで、背中に突き抜けた。

 

「う、オオオオオオオオオオッッ!!」

 

隣にいた大柄な若い兵士が、咄嗟に怪物を剣で攻撃する。全力で振り下ろされた剣は、白い怪物の、兵士を貫いていた腕にめり込んだ。切断には至らなかったが、衝撃で何かが折れる鈍い音とともに白い腕が抜ける。

その隙に腹を貫かれた兵士は別の兵士に救出され、治癒術士のもとへ運ばれていく。だが、若い兵士が振り下ろした剣は、半ばで折れ曲がってしまった。それでも、彼は構わずに折れ曲がった剣を怪物に叩き付ける。

 

怪物は避けることもせずに頭でそれを受け、剣が頭にめり込むのにもかかわらず、折れた腕で平然と反撃に出た。若い兵士は身を投げるようにして地面を転がり、すんでのところでそれを避ける。

 

「オオオオオオオオオオオオッッ!!」

「ソレミタコトカァァァァァッッ!!」

 

互いに雄叫びを上げ、再びぶつかる。

その隙に、崩れた陣形が2人を中心に組み直される。前に騎士が展開する。だが、若い兵士は下がらない。剣が異様に折れ曲がるのも気に留めず、何度も怪物に叩きつけていた。

 

数本の剣が投げ込まれる。

青年兵士は何度か、それを拾って怪物に叩きつけていたが、すぐに止めた。結局、剣が耐えられないのである。しばらく、メイスやハンドアックスなどが投げ込まれたが、どれもさほど持たない。

そして最後に、両手大剣(トゥハンデッドソード)が放り込まれた。刃が長くて幅広く、分厚い剣だ。単純に重くて取り回しが悪いという理由で、あまり兵士には好まれず、素振り用の剣として衛兵の詰所の倉庫に眠っていた品だった。

 

さすがに重さも長さも相当高いこの剣での一撃は、怪物の腕を切断するに至った。だが、いつの間にか折れていたはずの腕が再生している。その事実を意に介さないかのごとく、青年兵士は荒れ狂う暴風のように剣を振い続けた。それでも攻撃してくる白い怪物の身体を削り飛ばしながら、真っ白な肉体の再生を上回る暴虐が振るわれる。

 

大きなどよめきが起こった。

 

青年兵士がなかなか下がらないのは、功を求めた結果ではない。退避する隙を見出せないからなのだ。

白い異形の怪物はダメージなど無視して、痛みを感じないかのごとく攻撃を仕掛けてくる。一瞬でも背を向ければ、背中から心臓を貫かれるかもしれない。

そんな戦況に気付いたからこその、兵士達のどよめきだった。

 

しかし。

 

「まずい……騎士隊、援護用意!」

 

それに気付いた騎士隊の隊長が、声を張り上げる。

通常よりも遥かに幅広に、頑丈にできた両手大剣でさえも、徐々に表面の焼き入れされた鉄にヒビが入って剥がれ落ち、衝撃に耐えきれずに曲がり始めていたのだ。

 

「タイミングを合わせろ!勇士を死なせるな!」

 

しばらく見惚れていた兵士達、騎士達が、指揮官の声に我を取り戻す。

 

そして――。

 

 




星王神話:

5千年前から存在する伝承を、1千年前にオートレスとケルススが編纂し、書物にまとめたもの。
『黎明の大破壊』、『神族戦争』、『魔法黎明期』、『星王術の始祖』、『混沌の夜明け』の五大編、130以上の小編、数千もの章からなる超大作。

原典はルクソリス中央の星王大神殿地下書庫に納められており、毎年神官達が写本を作成して各国に配布している。

内容にはベルベーズ大陸だけでなく、東のロマル大陸、南のレッドラント大島など、例外なく全世界の出来事が細かく記載されている。
また、主要な物語については現象の規模や性質があまりにも人の想像力を超えている上に、土着の創世神話を否定する内容も含まれるため、信憑性に疑問を持つ声も少なくなく、研究の結果、新たな解釈を加えて派生した神話も多くある。

なお、1千年前に編纂されて以降に誕生、あるいは派生した宗教は、ほとんどがこの星王神話かその派生を基礎としており、今なおその影響力は高いと言える。

一通り読むだけで10年かかると言われるなど、写本があまりにも長いため、一般的な信者などは要点を抑えた解説書が作られている。
ただし、共通して創世神話の記述がないことから、創世神話についての記述が写本には意図的に書かれていないとする憶測が飛び交い、神学家が独自の創世神話を創作して発表し、新たな宗教が作り出される土壌となっている。

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