ジョンの伝記   作:ひろっさん

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ぱんつ

「最近、周囲で猫耳髪飾り(カチューシャ)が増えてきている気がするんだが……。

こっそり余所へ布教活動に行ったりしてないだろうな?」

 

朝、やってきた黒髪少女にそんなことを言われた。

その頭に揺れる黒地に白の猫耳は、ジョンが仕事の合間に、彼女に似合うように毛皮から特注した逸品だ。専用に作っただけあって、非常に似合っている。ただ、黒髪少女、つまりエヴェリアが弄り倒した結果、似合うように調整されているに過ぎないのだが。

 

「むしろ知らねえから流行ってんだろ」

「知らないからだと?」

「そりゃ、エヴェリアみてえな可愛い子がファッションとして着けてりゃ、真似する女の子も出てくるさ。貴族の習性って言ったっけ、着こなしっつーか、着けこなしが並みじゃねえから、異常なほど似合ってるし」

「むぅ……」

 

似合っていると言われたせいか、エヴェリアはやや照れる。

つまり彼女は知らず知らずの内に、いわゆるファッションリーダーとしての役割をこなしていたのだ。猫耳を作ったジョン自身も、意図していなかったことである。

 

「んじゃ、これ、『足踏み式回転砥石』の設計図な」

「……理屈では分かっていたが、まさか本当に一晩で描き上げるとは……」

「俺の世界じゃ、まだ検証も済んでねえ参考図ってことになるんだがな」

「このクオリティで参考だと……?」

「一応、動くようには作ってあるが、実際に作ったわけじゃねえから、どんなトラブルがあるかわかったもんじゃねえ。前みてえに、とんでもねえ計算違いとか、してる可能性もあんのさ」

 

人間である以上、不注意による間違いだけはどうしようもない。そのために何重にもチェック機能を用意するわけだが。問題は、現時点でジョン以外に異世界の知識を理解できる人間がいないことだ。

それに、この世界にある魔法という、彼にとって未知の要素が絡んで、発明品が思ったように動かない可能性もある。

だからこそ、できる限り実験してから量産するというわけだ。

 

「アリシエルがガチな錬金馬鹿じゃなけりゃ、数式を教えてチェックしてもらうんだがな……」

「あれは仕方がない……」

 

2人は遠い目をして呟いた。

今は、モーガンとエヴェリアの2人掛かりで、錬金術以外の一般常識について教えているところである。基本的な流通の原理から神石(かみいし)を節約しなければならない理由など、錬金術から少しでも外れた分野の知識が、田舎者の方がマシなレベルだったのだ。

 

その代わり、錬金術に関する知識は群を抜いていた。

本来、錬金術師として1人前になる年齢は20代半ばであり、武具大会で活躍できるのもそのくらいの年齢なのだが、アリシエルは17歳という若さでベスト4に輝いている。兄のエドウィンという、天才騎士と組むことができた恩恵があったとはいえ、なかなか出せない成績だ。

また、まだ単唱器を作ることができないというだけで、1人前の錬金術師でも難しいとされる、儀装円(ぎそうえん)の作成もできるという。

 

儀式魔法を行使するための銀製の円環、儀装円(ぎそうえん)は、錬金術には必須となる道具の1つである。儀装円(ぎそうえん)は通常、それが作成できる錬金術師が専門に作成を請け負っており、その作成技能は錬金術師にとって大きな利点(アドバンテージ)となる。

必要な儀式に合わせ、自分で好きなように専用の道具を作成することができるということなのだ。それが錬金術師として有利なのは言うまでもない。

 

「普通に接してると、アホの子だからな」

「言ってやるな」

 

あまり続けるとアリシエルが可哀想なので、次の話に移る。

 

 

 

数日後。

 

「武術大会のパートナーが決まった」

 

エヴェリアが話す。

 

「お、あのメンドクセえ条件に当てはまる奴がいたのか」

「武術大会出場希望者で、兵士出身の騎士かそれに準ずる実力者、さらに術を使わなくても構わないという人間。極めつけは、転生者の話は伏せておくこと。

今回のような幸運に恵まれでもしない限り、何十年に1人出るかどうかだな」

 

改めて口に出して確認する少女は、その条件の厳しさを再確認した。

だからこそ保留となっていたのだ。

 

「こんな大会でヤバイのをお披露目ってわけにもいかねえもんな」

「普通は術なしで騎士を倒すというだけでも、相当な腕の職人でも尻込みするんだがな……。この辺はやはり異世界転生者か」

 

エヴェリアはジョンの物言いに少し慄く。技術的な制限がなければ、素人でも騎士を倒しうる武器を作ることができると言ってのけたのである。

 

「なんでまた。武術大会って、原則何でもありなんだろ?じゃあ、弩砲でも持ち込んだっていいじゃねえの」

「それは――!……ルール上は問題無いが……」

「まあ、いいや。それで、俺のパートナーってどんな奴なんだ?」

 

とんでもないことを言い出した赤毛チビは、黒髪ロリに先を促した。

 

「近衛騎士の候補として今朝、認定された兵士だ。名前はマルファス。詳しくは役所の方で説明がある」

「役所?」

 

ジョンはキョトンとした顔で聞き返す。

 

「そうだ。正式にエントリーが決まるわけだからな、色々と手続きもある。

……というのは建前で、どういう男なのか、ひと目で分かるものが役所に届いている。トラブル、というよりも事件の結果として生み出されたものだ。

こっちに持ってくるわけにはいかなかった。ハートーン男爵の希望でもある。今から役所に来てもらえないだろうか」

「ぱんつ見せてくれたら行く」

 

椅子で殴られた。

 

「き、貴様はっ!こんな真面目な話をしている時に!ぱぱぱぱぱんつだとぉ!?」

 

顔を真っ赤にして、甲高い声を上げて喚き散らすエヴェリア。

 

「おおう、いきなりセクハラ発言したのは悪かったから、椅子振り上げるのはちょっと勘弁してくんね?

いや、さっきので割とマジで血が出てるから。冗談じゃなく撲殺されそうだから。ホントにゴメン!マジでゴメン!だからそれで殴らないで!」

 

椅子で殴られたせいで頭部の皮膚が破れ、ダラダラと血を流しながら、ジョンはジャンピング土下座を敢行した。

 

「ふー、ふー、ふー……」

 

必死に謝る怒りで興奮していた呼吸が落ち着いてきたエヴェリアは、なぜか再び顔を真っ赤にして慌て出す。

肌が雪のように白いため、ジョンなどよりも顔が赤くなっているのが分かりやすい。

地球でも、スラヴ人、白人などに多く見られる特徴だ。

 

一説によると、日本の鬼はこのような白人の肌の性質を表した妖怪だという。

お酒を呑むと体が赤くなり、恐怖などで血の気が引く様子を、日本を含めた多くの地域で『青くなる』という。その上、特にスラヴ人は体が大きく、当時かなり身長の低かった日本人からすると、見上げるほどの巨体に感じられたことだろう。

そして、体が大きいということは筋力が高い。

さらに言うと、鬼のイメージとして、なぜか金髪というものがあった。

ナマハゲのように黒髪というものもあるが、鬼が民話に登場するのは1000年以上前の話である。

その当時からシベリア、アイヌ地域経由で流れてきた白人種との交流の結果と考えているのが、その説のポイントだ。

 

「ぱんつ、ぱんつを見せればいいのか?」

「ゑ?」

「いや、しかし、ぱんつは……」

 

エヴェリアは何か、冷静になり切れていないらしい。目をぐるぐる回しながら黒髪を振り乱して頭を抱え、唸り出す。

 

「もしもーし?今の冗談だからね?マジになんなくていいから。だからとりあえず落ち着こうぜ、な?」

「うー、むー、るー……」

 

何事か、意味不明なことを唸り始めた。そして、白い顔を真っ赤にして、目を潤ませて、こんなことを言う。

 

「その……な、女子は、ズボンと同時にぱんつは穿かないんだ……」

「――」

 

ジョンは思わず顔を上げて、凍り付く。

 

「ぱんつはいてない……だと……?」

「………………………………………………………………………………うん」

 

長い長い沈黙の後、雪のように白い肌をした黒髪ロリは恥ずかしそうに、頷いた。

 

それでは説明しよう。

地球は中世ヨーロッパにおける、下着事情である。

 

最初は、適当な大きさの布か毛皮を腰に巻きつけたのが始まりとされている。それが、いわゆるフンドシ型と腰巻き型に分かれた。

話によると、古代エジプトのツタンカーメン王は、145枚のフンドシと共に埋葬されたという。何か宗教的な意味もあったのかもしれない。

 

日本では、このフンドシが男性用、腰巻きが女性用として、大正時代辺りで現在のショーツの原形が発明されるまで、昔ながらのそれらが着用されていたようだ。

 

古代ローマ帝国時代には一度、股と尻を隠すショーツ型の下着がローマ市民に広まったらしい。下着を隠すという文化もこの頃にはあったというから驚きだ。

 

しかし、中世になると毛や麻などの目の粗い織物から、柔らかい綿などの平織りの布が用いられるようになる。またゆったりとしたデザインが流行し、腰と太腿で紐で固定する、ブライズという下着が着用された。いわゆる『ドロワーズ』に近いものであり、両者の間に関連性がうかがえる形状のものだ。

 

また、豊かな者、貴族や富豪の男性はチャスズという、体にぴったりとした薄手のズボンを着用していたようだ。このチャスズというズボンは、隠されることがなかったため、厳密には下着ではないという議論もある。

ルネッサンス期に、男性が股間を強調するファッションをしていたということにも、理由がありそうだ。見せる下着、つまりスパッツのようなものと考えればいい。

 

さて。エヴェリアの服装を見てみよう。

 

女性役人用の、紺色の上下。上は普通に、綿のブラウスの上に、麻のブレザー。下はさすが古き良き時代の、足首が見える程度の奥ゆかしいロングスカート。靴も履いていて、短い靴下も履いている。靴は革製で、靴下は綿製の、足を収める袋といった感じである。

 

さて、その下の、足首に見えているズボンだが。

染められていない乳白色で、おそらく綿製、パッと見では薄手に見える。先の説明による、チャスズというものと呼べなくもない。本来男性用のものだ。

これは中世西洋の宗教文化的には男装のためアウトになるのだが、ハレリアにそのような縛りはない。

その辺を考えると、マグニスノアと地球は文化が違うということなのだろう。

 

だが思い出してほしい。チャスズは、下着かどうかについて、議論がある。つまり、下には何も穿かないのかもしれないのだ。

もしかすると、エヴェリアが言った『ぱんつ』とは、ブライズ、つまりドロワーズのことだったのかもしれない。ならば、ズボンとドロワーズを同時に穿かないというのは理解できる。

 

ここで紳士を自称する――大嘘だが――ジョンは、立ち上がって思考するポーズを取りながらこう思う。

 

「それが下着ならば、それもよかろふぎぃっ!?」

 

いつの間にか設計室に来ていたアリシエルに、容赦なく股間を蹴り上げられた。

思考がばっちり口から出ていた。

 

「引越しの作業が終わったから遊びに来たら、何なのよこの状況!?」

 

色々な勘違いから涙目なエヴェリアを背中に庇いながら、黒いローブの金髪少女は身構える。

股間というのは、実は男性器に直撃するよりも、肛門に直撃した方が痛みは大きい。

 

――そんな下らないことを考えながら、少年は床に崩れ落ちた。

 

 


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