衛兵の詰所には、刑事ドラマに出てきそうな取調室があった。
椅子(木製)に座らされ、机(木製)を挟んで鎧(鉄製)姿の中年衛兵が少年から事情を聞く。
壁や天井は石でできていた。逃走防止用だろうか、窓はなく、地下室らしいひんやりした空気を感じる。
あの白いローブの少女は、壁際に立っていた。室内でもフードを深く被ったままだ。声で同じ少女だと分かるのだが、ジョンはまだ彼女の素顔を見たことがない。
「さて、聞きたいことはただ1つ、君がなぜあの2人に追われていたのかだ」
中年衛兵の問いに、少年は得意げに答えた。
「真実はいつでも1つ!」
「ええ、ですからその真実が聞きたいのです」
白いローブの少女に
「なんかね、職人ギルドの入口際のテーブルに男4人ほど座ってて、その4人が受付のおばちゃんに色々とえげつない悪口言ってたんだ。
だからつい、『衛兵呼んでくる』って言って出てきたら追っかけられた」
出来るだけ子供っぽい声を心掛けつつ、素直に話す。
声変わりしているため、子供っぽい声は無理で、ビデオレターに出てくる人みたいな、素人丸出しの演技になってしまったが。
そんな胡散臭い少年の言葉でも、ちゃんと聞いてくれているこの中年衛兵には感謝したいとジョンは思った。
「職人ギルドか……」
中年衛兵は腕を組んで唸った。虚空を見て考え事をしているようだが、焦点が合っていない目がこちらを向いていると、結構恐い。
「やはり、こちらの区画でも、同じことが起きていたようですね」
「同じこと?」
少年は首を傾げた。何やら、雲行きが怪しい。
「彼に話してしまうので?」
中年の衛兵は畏まった態度で少女に聞く。
「彼らを相手に知らぬ存ぜぬは通りません。知らないままに放り出してしまえば、ありとあらゆる手段で情報を引き出そうとするでしょう」
「え、もしかしてかなりヤバイ相手に喧嘩売ってたの、俺?」
ジョンが顔を青褪めさせた。
「大丈夫ですよ、私はもっとヤバイ人ですから」
「何をどう安心していいのかわからなくなった」
「このまま放り出されるのと、囮捜査に協力するの、どちらがいいですか?」
「笑顔で脅されてる!?」
「というのは冗談です」
「ひどい!ワタシとはお遊びだったのね!?」
「なんですそれ」
少女は可笑しそうにクスクスと笑う。
「とにかく、しばらく君にはここにいてもらおう。余所へ行くよりは安全なはずだ」
「どうしてこうなったし……」
赤毛の少年はテーブルに突っ伏して呟いた。
取り調べ後。場所を移して会議室。木造で、それなりに広い部屋だ。
ここには白いローブの少女と、さっきの中年衛兵、もう1人別の中年の衛兵がいるだけだ。
2人の衛兵はこの詰所の隊長と副隊長である。
「さて、状況の再確認は終わりました。私の初任務にはちょうどいいかもしれません」
「おお、それでは」
「ええ、おそらく前任者の策がそのまま通用するでしょう。まずはマディカン元帥に手紙を書きます」
「マディカン元帥に?」
「ええ。ルクソリスの外側を固めていただく必要があります」
「襲撃があると?」
「黒幕を逃がさないためです」
少女の口元が不穏な笑みに歪んだ。
翌日。
ジョンは神殿の客室で眠れぬ夜を明かした。衛兵や役人があわただしく動いていたようだが、少年には何も教えられていない。その音が気になって、あまり眠れなかったのだ。
「ふあ……」
欠伸をする。
窓から外に目を向けると、衛兵達はまだせわしなく動いているのが見えた。
しばらくして、青い神官服の男性がお湯を運んできてくれる。
風呂に入るという習慣のない地方では、こうやってお湯で体を拭くのが一般的だ。
銭湯というものもある。
この世界では湯を沸かす手段が割と簡単に手に入るため、特に巨大な水脈の上にあるナンデヤナでは、銭湯が商売として成り立っていた。
「ギルドの前に着替えを買うか」
清潔な場所で体を拭いたことで、ジョンは自分の服の臭いが気になり始める。
元々、ナンデヤナでそこそこお金を貯めて、この王都へやってきたのだが、あまり服に頓着していなかったせいで、着たきりの服はかなり汚れていた。
「時間はそこそこありそうだな」
少年は自分の鞄から、材料と道具を取り出した。以前、ナンデヤナにいた頃、自分で買って揃えたのである。手慰みにあるものを作るために。
まずは針金。これは自作のものだ。現代地球では簡単に手に入るものなのだが、設備がまだできていないこのマグニスノアでは、自分で金属を打ったりして作り上げる必要があった。
この針金を打って作るというのが、また難しかったりする。細い針金は、熱をかけると簡単に融けてしまうのだ。そうなれば台無し、ほぼ最初からである。
さらに、細いものをハンマーで叩いて成形していくため、力加減も難しい。
これを
手作業でも小さなものを作るというのは、それだけ難しいことなのである。
ちなみに、鍛鉄ではなく少し強度の落ちる鋳鉄でいいなら、水の中に溶けた金属を流し込むという方法で針金は作ることができる。
それにしても、温度管理に神経を使うということに変わりはない。
太さを均一にするには、溶解した金属の温度を保たなければならないのだ。
そうしなければ、仕上がりにはどうしてもムラができてしまう。
ジョンは針金を木の板で挟んで曲げ、伸ばし、捻ったりして成形。
出来上ったのはカチューシャ。
現代地球でも、よくアクセサリショップで売っている、針金を曲げて作った、ヘアバンドのような髪飾りだ。
道具にあまりいいものがなかったため、少々不格好だが。
次は綺麗に洗った毛布の切れ端を三角に切る。そして縫い針と糸で、カチューシャに2つ、縛り付けていった。
「それは何ですか?」
「うほぁっ!?」
突然背後から声をかけられて、ジョンは座った姿勢のまま飛び上った。偶然そうなっただけのことなので、もう一度やれと言われてもできないだろう。
「な、え……?」
動揺も露わに振り返ると、あの白いローブの少女がいた。
なので、ジョンはとりあえずそのフード越しに、今できたばかりのネコミミカチューシャを着けてみる。
殴られた。腰の捻りが利いた、鋭くて重いストレートだった。
「なぜこのようなものを着けたがるのですか?」
彼女は頭からカチューシャを外しながら尋ねる。
「そこに少女がいるからさ!」
床に倒れ伏しながら、ついでにローブの下を覗きつつサムズアップすると、顔を踏まれた。ローブの下は、残念ながらズボンだった。
「私の仕事は大体終わりました。後は、明日の朝まで待つだけです」
「結局、何があったんだ?」
「では、説明いたしましょう」
椅子に座った少女はフードで顔を隠したまま、得意げに話す。
「昨日、貴方を襲ったのは、洗脳術で操られた付近の住人です」
「洗脳術?」
「いわゆる魔法ですよ。人を催眠状態にして、心に暗示を植え付けるのです」
「なにそれ怖い。割とマジで」
催眠術の応用である。
どうやら魔法で人を催眠状態にするのは、それほど難しいものではないらしい。後は、同じく魔法で暗示をかける。こうすることで本人の知らない間に思考が誘導され、様々な悪事を働かせることも可能なようだ。
地球でも、催眠術によって人を殺させようとした事件があったらしい。その時は『相手に向けて引き金を引く』という暗示を受けており、しかし凶器に指定された拳銃に弾が込められていなかったため、未遂に終わったという。
しかし、もしも弾が込められていたとすれば、本当に殺していた可能性が高いとか。それには長い時間をかけて暗示を深めていく必要があったというが、もしも魔法でその時間を短縮することが可能だとすれば、それは大変な脅威となる。
「まあ、そういう事件に対応するために、私のような頭脳労働系の治安部隊がいるのですけれどね」
「へえ、その歳で一人前なのか」
「幼少期から特殊な訓練を受けていますから」
声音が得意げだった。(※ この少女は特殊な訓練を受けています)
「ということは、黒幕を捕まえないとどうしようもないってことか」
「この事件の難しいところはそこです。お1人でしたら、衛兵に任せておけばそれでいいのですけれども」
「1人じゃねえのか?魔法を使えるやつが複数?」
「そういうことです」
少女は口に手を当てて愉快そうに笑う。
「そこでこちらも術士を繰り出しまして、今日一斉に暗示を解きました。洗脳が解けたことを知らせる術を確認しましたから、それを利用します」
「……ああ、仕掛けに追い込むわけか」
「頭のいい方は好きですよ」
愉快そうな微笑みの視線に、ジョンは心臓が高鳴るのを感じる。さすがに健康な若い身体は異性の笑顔に反応するのだ。
なので、思わず猫耳カチューシャをつけてみた。
目突きされた。
「ふぐおぉっ!?」
ジョンは痛みのあまりのたうち回る。
「懲りない人ですねえ」
「何度でも蘇るさ!そこに少女がいる限り!」
「あなたみたいな残念な人は初めてです」
呆れられた。
気を取り直して。大事な話はまだあった。
「明日は
「なんでまた?」
「今回は、貴方の行動を利用させていただきました」
少女の説明は以下の通り。
まず、ジョンが異常に気付いて、黒幕を嗅ぎ回っているという噂を流す。
これについては、彼がそこそこ頭の良い少年だと、トラブルがあった当時ギルドにいたメンバーが証言してくれた。
この印象が重要なのだ。ジョンという、黒幕にとっては謎の少年が、事件の真相に気付いた可能性を示唆できる。
次に、この少年が貴族の息子だという噂を流した。
通常、平民以下の身分の者は見下される。なぜならば、十分な教育がなされていないからだ。十分な教育がなければ、事件の真相に辿り着くことはないというのが、この時代の一般常識である。
だから、この嘘は黒幕を慌てさせることになる。
貴族の息子ということは、万一少年が真相に辿り着いた場合、彼の訴えで衛兵が動くことになる。
なぜならば、平民と違って後ろに権力がある上に、話の信憑性が平民とは桁違いだからである。
そうなれば衛兵の捜査次第で黒幕が発見される危険があった。
重要なのは、黒幕にそう思わせることだ。
黒幕は血眼になって少年を捜し回るだろう。
だが自ら捜し回る確率は少ない。洗脳した人々を使って、手分けさせるはずだ。それを狙って網を張り、洗脳された人々を捕まえる。
大抵の洗脳術は、洗脳が解ければ術者に分かるようになっているため、捕えた後に順次洗脳を解いていけば、それが術者に伝わることになる。
今回の作戦のように、ルクソリス全域の衛兵を動かしての大規模な網による行動となると、洗脳を受けたほとんどの住人は洗脳が解かれるはずだ。
そして、黒幕は騙されたことに気付く。
騙されたことに気付いた黒幕達は、どういった行動に出るだろうか。5割方、逃げるという選択をする。それが致命的なミスであることに気付かないまま、その判断を信じてそれを実行に移す。
「それを、ルクソリスを包囲するように展開していただいた、ハレリア本軍によって抑えます。1人でも捕えることができれば、後は逆に洗脳してお仲間のところに案内していただくことになります」
「ってことは、俺って貴族の息子ってことになってるのか?」
「そういうことですね。この区画でギルドに入ると、余計なトラブルを招くということです。貴方にとっても、私達にとっても、それはよろしくありません」
えげつない捕縛作戦については、ジョンはスルーした。地球の刑事ドラマでも、このくらいのことは日常的に行われているからだ。もっとも、最近は科学捜査に重点が置かれることが多いようだが。
「なるほど、理解した」
理解したので猫耳を付けた。スクリュー気味のフックが頬に突き刺さる。
「もしかして、そちらの趣味がおありで?」
「少女に猫耳、故に我あり」
「何一つ意味が分かりません」
「つーか、膝が絶賛抱腹絶倒中二病なんだが、もしかして体術の訓練とかも受けてるのか?」
要するにダメージが足に来て、膝が笑っているということである。
「そういう訓練は受けていませんが、私の一族は身体能力が高いと言われてはいます」
普通に答えてくれた。
ただし、少女は内心で「加減ミスりましたかね」とか考えていたりする。
「素朴な疑問ですが、部屋の状態から察しますと、もしかしてここで作ったのですか?」
「まあな、じっとしてるのも暇だったし」
ジョンは言われて部屋を見回して、道具類が散らばっているのを見て頷く。片付ける間もなく少女が入ってきたのだ。
「そういえば、職人ギルドに入ろうとしていたそうですね」
「師匠に紹介状を書いてきてもらった」
「紹介状、ですか……見せていただいても構いませんか?」
「ああ、いいけど、
「構いません」
彼は皮の鞄をごそごそとあさり、封筒に入った手紙を取り出した。
少女はその手紙を受け取って読む。「蝋封とは難しいことを知っていますね」とか考えつつ。
蝋封とは、手紙を入れる封筒の入口を蝋で固めることだ。
その手紙がすり替えられたりしていないことを示す、原始的なメールセキュリティである。状況や場所によって、割印などと使い分けられる。大抵は手紙を出した者の家紋を入れるようだ。
現代地球では、書類の割印やサインのようなものと考えればいい。
「……!」
息を呑む音が、やけに大きく響いた気がした。そして、震える声で少年に問う。
「あ、あなたは、何者ですか?」
ジョンは首を傾げた。一体どんなことが書かれていたのだろうか。
「内容は見てないんだ。なんて書いてあったんだ?」
「近い……」
少年は少女の手にある手紙を覗き込む。少女がちょっと顔を背けた。
手紙には一言。
『手に負えん』
とだけ書いてあった。
「しぃぃしょおおおおおおっ!!」
ジョンは思わず天に向けて絶叫する。
たった一言、しかもこの内容。これは酷い。
「イチイチ叫ばないでください」
「ごふっ」
ボディブローで黙らされた。白ローブ少女による赤毛少年の扱いも酷い。
「大体、鍛冶屋バラクといえば、有名な偏屈老人ではないですか。このくらいのことでイチイチ驚いていたら、キリがありませんよ?」
「あ、いや、なんとなくなんだ、すまない」
笑いの神に囁かれたようである。
「しかし、少々怪しいですね、この紹介状。毎年、何人かは偽物を持ってくるのですよ。バラク氏も非常に有名ですからね」
「参ったな。俺、さっさと自分の工房欲しいんだけどよ……」
ジョンは頭を掻いた。
「工房さえあればどうにかなるということですか?」
「おお、故郷にいた頃も、割と自分でカマドとか作ってたし」
「嘘おっしゃい。鍛冶師の修業は最低10年と言われます。まさか物心付いた頃からそんなことをやっていたわけではないでしょう?」
「物心って言うか、な……」
少年は口籠る。
「言っても信じてくれねえだろうけど。俺さ、前世ってやつの記憶があるんだ。しかも、違う世界の」
「胡散臭いですね」
少女はぴしゃりと断じる。
「やっぱそうだよなぁ。俺だって、最初は夢か何かだと思って、色々とやらかしたからな。兄貴の恋人に猫耳付けたり尻尾付けたり」
「今と変わらないではないですか」
「最終形はミニスカメイド服に猫耳と尻尾だー!!」
「近所迷惑です」
殴られた。
「そろそろ手が痛くなってきました」
床に倒れ伏す少年に少女は文句を言う。
「こっちもそろそろイケナイ何かに目覚めそうだ」
「術で蒸発させます」
「ゴメンナサイ」
不吉な詠唱を始めた少女に、ジョンは額を床に擦りつけて謝り倒した。
「ともかく、この紹介状と猫耳は没収します。話が進みませんし」
「はい」
「やけにあっさりしていますね」
少女は怪訝な顔をする。
「どうせ人生なんて、なるようにしかならねえし」
「人生諦めては、男色家に食べられてしまいますよ?」
「アッ――!」
少年は思わず尻を抑えた。
「それは冗談としまして。お金はどの程度あります?」
「
「なるほど、紹介状に頼る気はないということですか」
少女は感心する。
「では明日、土外1区へ案内するように、話を付けておきます」
この日はこれで面会が終わった。
なんだか色々と余計なダメージを負ったジョンは、ベッドに寝転がると、そのまま昼寝を決め込んだ。思ったよりダメージが大きかったらしく熟睡してしまい、夕食はかがり火が頼りの冷たいスープになった。
大人達にやられたダメージよりも、少女に殴られたダメージの方が明らかに大きい件について議論したいと思ったかどうかは定かではない。
獣耳:
実は人間の頭を動物のものにしたという神々や妖精、怪物は、世界中どこにでも存在する。
エジプト神話はほとんどの神が動物の頭を持っているし、チベットでも牛頭馬頭、孫悟空など、動物をモチーフにした妖怪は大昔から無数に存在した。
ただし、それらは獣耳という形では存在しなかった。
能の狐面のように、動物の身体や顔とセットだったのだ。
そのため、萌えパーツというよりも、宗教儀式や芝居で動物になり切るための小道具という側面の方が強かった。
それが少年少女の庇護欲をかき立てる、いわゆる萌えパーツとして発明されたのは、実は最近のことだと考えられる。
いわゆる漫画やアニメで、読者や視聴者を引き込むための要素として考え出されたもの、という解釈だ。
ただ、具体的に誰が発明したのかまでは判然としていない。
テレビが発明され、アニメという表現法が登場した時期に、子供むけに大量発生した擬人化キャラクターが元になっていると考えられるが、少女に萌え要素として、耳や尻尾のみを取り付けるという方法を考えたのが誰なのかは分かっていない。
ブームが発生する前後に、規模が小さくとも同人業界が誕生し、作品を持ち寄ってささやかな
ちなみに、最近ではリボンで獣耳を模したり、ヘッドホンを獣耳型にしたり髪飾りに獣耳を取りつけたりといった手法が発明されており、順調に進化しているようだ。