ジョンの伝記   作:ひろっさん

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真実の痕跡

「簀巻きなう」

「この状態で連れてくる方が面倒だったでしょうに」

「いや、なんかジョン君がエヴァりんに襲いかかろうとしてた的な雰囲気だったから……」

「ジョン君?」

 

白いローブの少女は簀巻き状態のジョンに向き直った。フードの奥の笑顔が恐い。

 

「冗談のつもりの失言で予想外にパニクられたのは事実。

この場合、俺がどう思うかよりエヴェリアがどう思うかの方が重要だと思われ。簀巻き状態もいたしかたないかと思ってる」

「なるほど。それで、なんと失言を?」

「ぱんつ見せて」

「判決、死刑」

「アッ――!」

 

主人公である赤毛チビが愉快なことになっている間に、モーガンが役所の応接室の机に、例の品物を載せた。

 

「しっかし、なんだってこんなもんを回収してきたんだ?」

「……状況を説明するのに手っ取り早いと、シュレディンガー伯爵が……」

 

アリシエルのローブの裾を掴んだエヴェリアは、ボソボソと低い声で説明する。

 

実はこの大貴族令嬢な黒髪少女、いつも偉ぶっているが、根本的なところで14歳の少女なのである。貴族の令嬢としての心得を教わり、覚悟を決めていると口では言っていても、恐いものは恐いのだ。

だから、あからさまなセクハラなどを受けると、迫られていると勘違いしてパニックになることがあった。

 

「さすがに私達のように、とはいきませんか。とはいえ、政治家を目指すのでしたら、この手のセクハラには慣れなければいけませんね。

この状況を見るにいきなりというのも厳しそうですし、徐々に慣らしていきましょう」

「……わかった。すまない」

 

政治家への道は、険しく、厳しい。

 

 

 

とにかく、話を進めるために、5人で席に着くことにする。(ジョンは簀巻きから解放された)

 

テーブルの上には、マキナの指示によってエヴェリアと白いローブの少女が回収してきたという、剣のような何か。飴細工のようにねじ曲がり、(つか)(つば)も壊れている。

 

「さて、コレ(・・)について、エヴェリアさんが言った通り、主にジョン君に見せるために、現場から回収されました。まずアリス、錬金術師から見て、どう思います?」

 

場を取り仕切っていた白ローブの少女が、アリシエルに話を振った。

 

「さっぱりよ」

 

金髪黒ローブの少女は少し触れてみて、肩をすくめてはっきり言う。

 

「マキナ様が回収を指示したのなら、何かあるとは思うんだけど。精霊力の浸透率から見ても普通の鉄みたいだし……。

これが軽銀(アルミニウム)だったら、もうちょっと調べは付くんだけどね」

 

錬金術師的な見解と言えるだろう。

 

「錬金術師は素材の見分け方と、形状を考える以外に頭は使いませんしね」

「それって馬鹿ってことか?」

「馬鹿っゆうな!」

「なんで俺ー!?」

 

なぜか聞き返したモーガンを椅子ごと蹴倒すアリシエル。

 

「では、ジョン君はどうです?」

 

白いローブの少女は涼しい声色で、鍛冶師の少年に水を向けた。話を振られたジョンは、いつになく真剣な表情をして腕を組み、黙り込んでいる。

 

「……」

「ジョン君?」

「あ、ああ、悪い……いや、マジで聞きたいんだが――何があったんだ?」

「何か分かったの?」

 

モーガンを踏んでいたアリシエルが振り向いた。

 

「だってこれ、相手は(・・・)明らかに(・・・・)人間じ(・・・)ゃねえ(・・・)だろ(・・)

使った方も人間かこれ?正しく人間離れしてやがる」

「……」「……」

 

事情を知っているらしき白いローブの少女とエヴェリアが、顔を見合わせる。

 

「驚いた、大筋で当てたぞ」

「私も驚きました。ただの変態ではなかったのですね」

「え、どういうことなの?」

 

理解できていないアリシエルが尋ねた。既にモーガンは足の裏から解放している。

 

「これはな」

 

説明のために口を開いたのはジョン。

 

「――元々は、『ロングソード』だ」

 

『ロングソード』という名称には、2つの意味がある。

1つは、一定以上の長さを持つ片手剣の総称。

もう1つは、中世西洋で発明された、重量と強度、長さのバランスが整えられた、片手用長剣だ。

 

その使用目的(コンセプト)は、『馬上から歩兵を攻撃する』こと。

読者の中には、そんな馬鹿なと考える人がいるかもしれない。だが、ある理由で、中世前期までは『ロングソード』と同じコンセプトを持つ『片手剣』は存在しなかった。

 

その理由とは、精錬技術である。

精錬技術が未発達だったそれ以前、片手で扱える重量で、突きや斬撃に耐えられる強度で、さらに歩兵に届く長さを持った剣を、当時の鍛冶職人達は作ることができなかったのだ。それだけに、『ロングソード』の誕生は、戦争史ではなくテクノロジー史において、画期的な出来事だったと言える。もっとも、アルミニウムを錬金術によって抽出できるマグニスノアでは、そこまで画期的なものではないのだが。

 

ともかく。

異世界において『ロングソード』の分厚さや長さは、文明レベルを計る上での指標の1つと考えていい。

――閑話休題、ジョンの説明に戻る。

 

「鋳造品のロングソードは、使ってるとこんな風に表面が剥がれて、最後には大なり小なり曲がっちまって使い物になんなくなるもんだ。

精錬技術が甘いのを焼き入れ処理で無理矢理硬くしてるから、熱の通ってねえ中身の部分は弱いままなんだ。

表面が剥がれるってのは、中身と表面で硬さが違い過ぎるからだな。だから、力を受けて表面が剥がれてるこの剣は、間違いなく鋳造品って言える」

鍛鉄(たんてつ)も使われていない、ということですね?」

「ああ。間違いねえ」

 

白いローブの少女が確認した鍛鉄(たんてつ)とは、折り返し鍛練による精錬をしているか否か、ということである。折り返し鍛練による精錬を行えば、それを使って鋳造、あるいは温度管理を失敗していたとしても、普通の鋳造品よりはまだマシなものが出来上がるのだ。それでも鋳造品が普及しているのは、単にコストが低いからである。

 

「じゃあ、弱い鉄だったらどうして相手が人間じゃないの?」

 

アリシエルは、馬車の車輪などに巻き込まれた可能性を示唆する。だが、ジョンはそれを明確に否定した。

 

「打ち付けた部分がツルツルで丸くて、それが違う大きさで5回ほど重なってるからだ。

このツルツルになってんのは、相手に当たった時に、剣が使い手の力に負けたってことだ。鉄が強かろうが弱かろうが、どっちにしろ人間業じゃねえ。

武器に打ち付けたんなら、石膏型みてえに相手の、同じ武器の()が残る。5回も当たって全部違うってのは、相手が生身か鎧で受けてたって証拠だよ。

いや、鎧相手じゃねえな。もっと硬い何かだ。人間がこんなもん食らったら、下手すりゃ一撃でオダブツだぜ。

マジで生身だったら血もついてなきゃおかしい。この白いのが血だってんなら、それも人間じゃねえ証拠になるだろ。

……つーか、これ血だったら、よくて昨日か一昨日なんじゃね?」

「どうして?」

「いや、血がついてりゃ、2、3日で錆びるじゃん」

 

アリシエルの馬鹿な質問に答えたのは、モーガン。

 

「ふんっ!」

「ピギャッ」

 

また蹴倒されるモーガンだった。

なお、この錬金術師見習いの名誉のために言っておくと、普段鉄を扱っていないため、鉄の性質を理解していないということである。

彼女の鉄への認識は、浸透率の極端に低い金属、魔法や錬金術には向かない金属、という程度なのだろう。

 

「では、答合わせです」

 

白ローブの巨乳少女は言う。

 

「昨日の夕暮時、この街(ルクソリス)の水外1区にて、『魔物』が発生しました」

「『魔物』とは、瘴気(だまり)の濃い瘴気を吸い続けた生物が、変異を起こして別の生物になったものだ」

「なにそれこわい」

 

復活したエヴェリアの補足説明を聞いたジョンは身を震わせた。

 

「じゃあ、残骸(コレ)の使い手とやり合ったのが、その『魔物』ってやつなのか?」

「ええ。ですが、『魔物』は千年前の『混沌の夜明け』以降、自然発生はしなくなっています」

「つまり、今回の『魔物』発生事件は、誰かが『憑魔(ひょうま)の儀』を行使して『魔物』を意図的に発生させたということになるな」

「なにそれマジで恐いんだが。犯人って捕まったのか?」

「死体で見つかりましたよ。

憑魔(ひょうま)の儀』は、9割9分術者が最初に『魔物』に殺されますからね。今回もその例に漏れていません」

「ついでに言えば、それ以外の人的被害について、重体3名、死者はゼロだ。

コレの使い手が奮戦したというのもあるが、政府上層部が発生を予想していたというのが大きい。それでも、奇跡的な数字だが……」

「予想してたって、『憑魔(ひょうま)の儀』ってやつをか?」

 

不良顔の目を見開いて驚いたのは、モーガン。役人で(・・・)ある(・・)モーガン。

 

「……モーガン、お前は、宰相府から役所に送られた通達を見なかったのか?」

 

エヴェリアが呆れる。通達されていなかったわけではないらしい。

 

「大きな通達だったはずですが……。勤務態度がなっていないのは感心しませんね……?」

「ひぃっ!?」

 

白ローブの少女が笑顔ながら口調を堅くしていくと、そのプレッシャーにモーガンは怯え始めた。

 

「え、えと、ミラりん……」

 

アリシエルもガタガタと怯え始める。一体何があったのかは、誰も語らない。

――ということはなく、モーガンと、ついでになぜかアリシエルが必死に土下座して謝って、次からは気を付けるということで、訓告(説教)で収まった。

 

 

 

「まあ、大体の事態は分かったと思う」

 

エヴェリアが締めくくろうとする。

 

「割と話半分じゃなかったっけ?」

「む、そうか?」

 

ジョンからのツッコミに、彼女は小首を傾げた。頭に着けた猫耳カチューシャがヒョコ、と揺れる。

 

「しかし、後は聖教国が神族(かみぞく)に睨まれて、自滅するだろうという話だけだ。その話なら、前に聞いていたと思うが……」

「悪いんだが、俺は聞いたことを断片で繋いで組み立てて結論を出せるほど頭の良い政治家じゃねえんだ。どうやって『魔物』の動きを予想して、なんでそんな化け物相手に死人が出なかったのか、肝心なとこを聞いてねえ」

 

彼は剣の残骸に視線を向けた。

 

「それにつきましては私の方から説明いたしましょう」

 

2人への訓告(説教)が終わったのか、白いローブの少女がジョンの疑問に答えるようだ。

 

「『魔物』には、多くの人を襲う性質があるのですよ。

これはどういうことかといいますと、人が密集する場所に向かいやすいということなのです。今回はその性質を利用しまして、広場に兵を集中させました。意図的に人の密集地帯を作り上げたわけですね」

「そこにおびき寄せられた『魔物』を、集中させた兵士で叩くって寸法か」

 

ジョンは感心する。

 

「かなり古くから、この戦法は存在するらしい。

千年以上前から存在する古い都市では、この戦法のために人口が密集しやすい市場や商店街に隣接するように、衛兵の詰所が配置されているそうだ」

「『混沌の夜明け』以降は『魔物』が自然発生しなくなりましたから、今ではほとんど忘れ去られているのですけれどね」

 

白ローブの巨乳少女は苦笑した。

 

「実は、『魔物』と戦った経験のある人も、今ではまずいません。それくらいに『魔物』は発生しなくなっているのです。

ですから、今回、ベテラン騎士を配備した『網の目』に出て来られてしまいまして、『英雄の卵』が誕生していなければ、犠牲者が出ていたかもしれません」

「『英雄の卵』?」

「これの使い手です」

 

白いローブの少女は、白い指先で、剣の残骸をつつく。

 

「ついでに、ジョン君の武術大会の相方(パートナー)でもあります」

「……マジで?」

「マジですよ」

「マジで?」

「マジですってば」

「ちょっと心が折れそうなんだが……俺1人でやんの?」

「素材でしたら、少しくらいはアリスに協力させますが、それでも無理ですか?」

「いや、鍛鉄(たんてつ)なら問題ねえ。ただ、ざっと見ただけで太さが2倍とか3倍とか……。そういうのでなきゃ持たねえと思ってさ。できなくねえんだが、ぱっと考えただけで、正直面倒くせえ――」

「信用を得る作業を面倒臭がらないでください。私達だって、今までもこれからも、ジョン君が矢面に立たないように、奔走しなければならないのですよ?」

「……」

 

ジョンは顎に手を当てて少し考えて、そして言った。

 

「ぱんつ見せてくれたら考える」

「ワン、ツー!」

 

見事なジョブとストレートが、不埒なことを口走った少年の顔面に突き刺さる。

 

「――なるほど、ぱんつとは、こういう意味だったのか……」

 

黒髪ロリは真顔で顎に手を当て、フムフムと頷いていた。

 

パン(パンチ)(ワン)パン(パンチ)(ツー)

地球で一時期流行った古いネタだが、なぜハレリアで通じるのかは謎である。

 

 




ジョン少年観察記録中間報告、その3。

指定変異の発生から一夜明けた。
今回の指定変異レベルは2。
通常、術者の拘束を振り切って暴れ始めるのがレベル2で、処分のために安定変異個体の手を借りる必要のない段階でもある。

過去、最後にベルベーズ大陸にてレベル2が発生したのは36年前。
発生地点はマリーヤード王国北部。
対処したのはグレゴワール・シルヴァ。
後に追放されてハレリアに渡り、デンゲル家現当主となるマリーヤード騎士である。

そのためか、今回多くの兵士、騎士は対処経験がなく、拙い反応を晒してしまっていた。
一定以上の強さを持った騎士が配備されていない、誘因網の穴に指定変異体がやってきてしまったのも理由の1つだろう。
死者が出なかったのは奇跡的なことであると言える。

今回、対処したマルファス少年は、粗悪な武器を使い潰しながら戦った。
合計8本。片手剣6本、両手剣1本、両用剣1本。
すべて回収され、ジョン少年に事態を説明するための片手剣の1本を除いて、元帥府にて解析が行われることとなった。

ジョン少年は回収された剣の残骸を見て鋭く観察し、どういう使われ方をしたのか、何と戦ったのか、少ない情報の中から大筋で言い当てた。
この観察眼の鋭さは、転生者候補の1人、バラクを彷彿とさせる。
彼も幼少期から鍛冶仕事を多く経験し、若くして高い才能を開花させていた。
その特異な能力の1つが、この観察眼の鋭さである。
彼の弟子であるジョン少年にも、その極意が伝授されているのであろうか。
あるいは、そういった能力の持ち主でなければ、あの偏屈ジジイは弟子と認めないのか。

いずれにせよ、知識を除いた実力については確かめられたことになる。
それだけに、彼の思考を読み解く情報源が欲しいところ。
まだ、致命的な事態を引き起こすと断定するには早い。

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