ジョンの伝記   作:ひろっさん

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両手剣

「うーむ……」

 

ジョンは折れた剣を見て唸った。綺麗に、先の方だけ折れている。

 

「焼き戻しが足りんかったか……」

 

彼は呟いた。

 

説明しよう。

剣は折れるものという常識が根付いた原因として、その製法が挙げられる。

融けない程度に加熱して、水で一気に冷やすと、硬度が増す。これを『焼き入れ』と呼ぶ。

ロングソードに限らず様々な刀剣、金属類にこの焼き入れという熱処理が施され、強化されているのだが、この熱処理には硬くできる代わりに脆くなるという欠点があった。精錬が甘い時代は、それでも鉄の強化法として有効だったために、焼き入れのみの熱処理が流行った。

事実をはっきり言えば、それ以外の熱処理の方法が発明されていなかったのである。

 

wiki教授によれば、日本語の『刃(やいば)』とは、焼き入れした刃、つまり『ヤキハ』が元になっているそうだ。

 

ジョンが口にしたのは、『焼き戻し』だった。

これは、一度焼き入れした鉄をもう一度加熱し、空気中でゆっくりと冷却する方法である。これによって、硬くなっていた鉄の脆さを、ある程度改善することができる。硬さが落ちてしまうのは仕方がないが、武器に必要な衝撃に対する強さが得られるのだ。

 

他にも焼き(なま)しや焼き(なら)しといった熱処理があるが、いずれも常温で加工した後に、内部の歪み(加工応力という)を取り除くというものであるため、ここでは割愛する。

 

問題の焼き戻しだが、実は温度計もなしにいきなり行うのは非常に難しい。焼き入れに必要な温度は900℃で、これは鉄が軟化しハンマーで加工できるようになる温度だ。これは上限が割と広く、温度を維持しやすい。

だが、焼き戻しのためには、600℃程度を一定時間維持しなければならない。温度計もない、焼き戻しの概念すらないハレリアでは、ジョンはこの技法を、己の知識と感覚だけで一から開発しなければならなかった。彼には、前世でこうやって焼き戻しをした経験などない。

なぜならば、前世にはデジタルで設定すればその温度を維持してくれる、電気炉というものがあったからである。

 

 

 

「なんか、悩んでるな」

 

最近は影が薄い悪人顔の少年役人、モーガンがやってきた。

 

鍛鉄(たんてつ)の剣をブチ折られた」

「……マジで?」

「マジでマジで」

 

設計室のテーブルを挟み、割と軽いやりとり。この気安さがモーガンの良いところだとジョンは思っている。

 

「まあ、相手が例のマルファスだからな。ある程度は覚悟してたんだが……こりゃ焼き戻しをもっとシビアにやってた方が良かったか」

 

少年鍛冶師は、赤茶色の頭を掻いた。

 

「焼き入れすりゃ強くなるんだろ?」

「硬くなる代わりに、ある程度は脆くなる。本来ひん曲がるはずだったもんが、こんな風に折れちまったりするわけだ」

 

と、先の方だけ折れた剣を、ジョンは顎で示す。

実際、日本刀製作に使われる玉鋼も、全部位を焼き入れしてしまうと、金槌で叩くだけでパキンパキンと割れてしまうのだ。

 

「なんか、すっげー擦れた痕だな。何切ったんだ?」

「鎧を縦に、剣幅二つ分くらいいったらしい。切ったっていうか、潰しって感じか」

「すげえ……」

 

モーガンは嘆息する。

 

「もう普通に大剣作っちまえよ。なんか、『魔物』を相手にした時だって、最後に使ってたのは両手用大剣(トゥハンドソード)だったらしいぜ?」

「そうなのか?」

「マジでマジで。でも、結局鋳鉄製だったらしいし、やっぱ壊れちまったらしいけどな」

「壊れた、か……」

 

壊れたというからには、もう一見して武器として見られないくらいに、滅茶苦茶な壊れ方をしたのだろう。ジョンにはそれが容易に想像できた。

モーガンが言うには、剣の素振りの時も両手用の大剣を使っていたそうだ。それなのに常時、あるいは『魔物』と戦った時、ロングソードだった。

 

「なんかマルファスって、異常に武器の破壊率が高かったんだってよ。それで、上司からは壊してもいいように、素振り以外の訓練には安い武器使っとけって言われてたらしい」

「面倒くせえ話だな。結局、それじゃどっちを主に使ってんのか、わかんねえじゃねえか」

 

ジョンはぼやく。

 

「そんなの、剣なら片手でも両手でも一緒じゃねえの?」

「両手剣と片手剣ってのは、技術も戦術も全然違う、まったく別の武器だ」

「そうなのか?」

「では、説明しよう!」

 

モーガンの疑問に応えるべく、中身オッサンの少年鍛冶師は自慢げなポーズを取って説明を始めた。

 

「一般的に両手用って言われてんのは、実は両用剣(バスタードソード)なんだ。突きも斬りもできて、片手でも両手でも扱える。だから、必要な時だけ両手で使えば、それで十分なんだよ」

 

日本刀も、同じく両用剣に分類していいだろう。

現代、美術品として作られている日本刀の場合は、両手で扱うには刃渡りが短めに思うかもしれない。これは江戸時代に多く作られた打刀(うちがたな)が、大きな戦乱のない時期が長く続いたために、徐々に短くなっていったからである。

戦国時代の太刀(たち)は120cm前後、打刀(うちがたな)は75cm前後とされる。

 

また、刀の宿命として、いつでも使えるように手入れされており、そのために何度も研いでちびてしまい、江戸期以前に作られた刀は、残っていても大抵は短刀サイズになってしまうという。

 

「それに両手で剣を振り回すってのは、あれでかなり技量が要るもんだ。

槍を振り回すのとも、斧を振り回すのとも違う。それに、そんなに振り回すのが難しいのに、戦術的な意味がほとんどねえ。馬鹿でかい剣を最大限に振り回そうと思ったら、味方に当てねえようにしなきゃいけねえからな。で、味方が近付けなかったら、そんだけ味方の密度が減って、敵の密度が増える。それを避けるのに、槍は前で振り回せるし、剣は短く出来てんだ」

 

実際、両手専用の剣が最初に活躍したのは、ランツクネヒトと呼ばれたドイツ傭兵が敵兵の長槍の柄を切り落とし、接近戦を挑むのに用いた『ツヴァイハンダー(ドイツ語で両手剣の意味)』だそうだ。

敵を殺すのではなく、敵の武器を破壊するために用いたのである。そして後世、ツヴァイハンダーは槍のようにリーチを生かして突く用法が編み出された。そんなことをするなら、最初から槍を使えという話だ。

そんなわけで、地球でも両手専用の剣はそこまで流行らず、17世紀以降は衰退してしまった。

 

同じ両手用大剣の『クレイモア』も、ハイランダーと呼ばれたスコットランド傭兵に使われたが、最初は長大な剣だったのが最後の方は片手剣と変わらないサイズにまで短くなっていたという。

 

ちなみに『ツーハンデッドソード(英語で両手剣の意味)』もよく似た両手用大剣だが、英語圏でも『ツヴァイハンダー』というドイツ語読みの名称が用いられたことから、当時両者は区別されていたようだ。

 

「だから、両手専用の大剣なんてのは、ゲテモノ武器に分類されてもいいほどの代物なんだよ。そいつを戦場で振り回そうなんて、はっきり言って正気の沙汰じゃねえ」

「でも、マルファスはそれで『魔物』を倒したって言うぜ?」

「それとこれとは話は別だろ。要するに、両手専用の大剣と片手剣じゃ、武器としてまったくの別物だってことだ。

俺が行った時に使ってたのは確かに両手用大剣(ツーハンデッドソード)だったが、単に本気で振り回して持つ剣がねえってだけなのかもしれねえ。

判ってることは――この剣のままじゃいけねえってことだ」

 

ジョンは、視線を折れた剣に戻す。

 

「でも、ジョンが作った鍛鉄(たんてつ)の剣でこれなんだろ?後は太くする以外に、何か方法があるのか?」

 

モーガンが首を傾げた。

 

「俺が問題にしてんのは、分厚さとか幅じゃなくて長さだ。幾らでも太くしていいんなら、最悪硬鞭(こうべん)って方法がある」

硬鞭(こうべん)?」

「硬い鞭、金属製の棍棒だ」

 

硬鞭(こうべん)とは、中国独特の武器の1つである。

ジョンが言った通りの、金属製の棍棒で、破壊力を増すために、六角柱や八角柱にしたり、無数の節をつけたりといった工夫がなされている。

棍棒とはいえその威力は高く、状況によっては剣以上に使い勝手が良かったため、清の時代の終わり、つまり結構最近の、軍隊が近代化するまで用いられたそうだ。

 

ちなみに、『鉄鞭(てつべん)』とも言われるが、日本に存在した『かなむち』と呼ばれる武器と混同されてしまうため、ここでは『硬鞭』と表記している。

 

「そもそも、鋳造剣は切れ味なんてすぐ飛んじまうから、使い続けてりゃその内、嫌でも殴り殺すようになる。そうなるんなら、いっそのこと先が尖った棍棒だって一緒だろ?」

「それは極論過ぎねえか?」

「極論だろうが、要は使い手の力や技を引き出せればいいんだよ。性能とか考え方が(トン)がってても、勝てればいいってのが武器ってもんさ。

そして俺らは儀礼用じゃねえ、勝てる武具を作るのが仕事だ。量産するわけじゃねえ専用武具(オーダーメイド)で、使い手の性質に合わせるのも仕事だぜ?」

「一見、いいことを言っていますが――」

 

その時、設計室に白ローブの少女がやってきた。

入り口からテーブルの横にツカツカと歩いて来て、椅子に座っているジョンに視線を落とす。

 

「ジョン君」

「……はい」

「ジョン君がマルファスさんに会いに行っていた理由は、それですよね?」

「………………………………………………………………………………はい」

「……あ、コイツ、まさか自分のことを棚に上げて説教してやがったのか」

 

モーガンは、白ローブの少女が言わんとすることに気付いたらしい。

 

「私達行政側と軍は部署が違いますから、見学1つにも手続きが必要なのですよ?」

「ゴメンナサイ」

「しかし、一応言い訳も聞いておきましょうか。ジョン君が直接行って、肝心なことを聞けなかった事情に、私も興味があります」

「……?」

 

ジョンはぱちくりと目を見開き、不思議そうに首をひねる。

 

「あれ?その場にいなかったっけ?」

「え?」

 

モーガンは思わず少女の方に目を向けた。

 

「いませんでしたよ?

ここ最近は『憑魔(ひょうま)の儀』に関する諸々の調整をしていましたし。誰かと見間違えていませんか?」

 

白ローブの少女は首を傾げる。

 

「見間違えるも何も、俺は君の顔見たことないわけですが」

「ですが、私以外に白ローブの女子は、王都(ルクソリス)にはいないはずです」

「え、そうだったの?」

 

モーガンが思わず声を上げた。

 

「『魔物』事件の時、エヴェリアが現場で見たって言ってたぜ?あの時、宰相府に上がる情報の選別で、君はずっと役所にいたろ?」

「『魔物』事件の……」

 

白ローブの少女は小指を頬に当てて、考え込む。その様子から見るに、ジョンが火内2区で見たのは、本当に別人だったのかもしれない。

 

「……ですが、白ローブは政府の……あっ――!」

 

誰か、思い至ったらしい。

 

「心当たりがあるのか?」

「まあ、確かに、彼女なら間違えても仕方がありませんか……」

「誰なんだ?」

 

モーガンが尋ねる。

その質問は、下手をすると命に関わる詮索なのだが、本人は気付いていないようだ。ジョンの周囲には国家機密が溢れているのである。

 

「ジョン君は、彼女の顔は見ていないのですよね?」

「ああ、君と同じように、フードを目深に被ってたからな」

「では、私が明かしてしまうわけにはいきません」

「マジで教えてくれねえの?」

「モーガン、あんまり突っ込むと、知らなくていいことまで出てくるぞ」

「いや、ジョンが気付かなかったってことはあれだろ?デカいんだろ?何処がとは言わへぶ」

 

モーガンの眉間に巨乳少女の鉄拳が突き刺さり、彼は悪人顔を抑えて床をのた打ち回る。

 

「で、俺の言い訳なんだが……」

「聞きましょう」

「『雷神』デンゲルに背中叩かれてたら、気が遠くなって……。んで、気付いたらそこの役所だった」

「あちゃぁ……。うーん、あの方も、加減を知りませんからね」

 

白ローブの少女は額に手を当てて唸った。

 

「特に訓練の直後は、力加減がおかしくなるそうです。華奢な人では、骨折した事例もあるとか」

「お前、なんかやらかしたのか?」

「いや、めっちゃ上機嫌だったぜ」

「彼は、不機嫌な時ほど力加減に注意をします。力が入り過ぎると首の骨が折れたりするそうですから」

「マジかよ……『雷神』パネェ……」

 

モーガンが戦慄している間に、白ローブの少女は次の話題を口にした。

 

「今日は、マルファスさんについてお話をしに来ました。おそらく、武術大会に向けた情報として、参考になるかと思います」

 

 

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