ジョンの伝記   作:ひろっさん

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設計図

弩砲――。

ハレリアではそう呼ばれる、弓矢の原理を巨大化、極大化させた装置。中世西洋ではバリスタ、中国では床子弩などとも呼ばれ、地球でも古来から各地で使用されてきた、兵器の一種だ。

射程距離は矢の形状にも依存するが、射程距離は300メートルにも達するという。

初期の火薬式大砲で200メートル程度しか飛ばせなかったというから、初期の火砲などよりもよほど信頼できる兵器として、使用されていたのだろう。もちろん、威力は大砲や投石機には敵わなかったのだろうが。

 

ジョンが要求した弩砲の実物が、工房の倉庫に運び込まれた。

倉庫は狭く、馬が入れなかったため、運び込むのは人力。その辺の力仕事は、赤毛の男2人(ジョンとモーガン)の役目だ。星王術が使えるエヴェリアも一緒にいたが、手伝いを拒否したのは男のメンツというやつである。

 

「つーかよ、武術大会の方は大丈夫なのか?確かに個人用にしちゃ広めだから、武具一式作るのに不便ってことはないのかもしれねえけどよ……」

 

設計室で一緒に来ていたエヴェリアが淹れたお茶を飲みながら、モーガンが訊いた。

 

「剣については訓練用のも送ったし、後は本番用を作るだけだ。鎧はサイズ待ちだから、まあ時間も余るだろ。鎧優先だから、しばらく置物になるけどな」

 

ジョンもお茶を飲みながら答える。何気に緑茶だ。

ハレリアは国土にホワーレンの山岳地帯から流れる多くの河川があり、土地は肥沃で農作物もたくさんとれる。だから、こんな高級嗜好品であるお茶などが、市場で普通に売っていたりもするのだ。それを、ジョンは定期的に購入して飲んでいた。

紅茶、ウーロン茶、緑茶。

この3つは、実は同じ植物の葉から作られている。紅茶は十分に発酵させ、ウーロン茶は半分発酵させてから蒸し、緑茶は発酵させずに蒸して作る。

 

エヴェリアの話によると、茶葉は大昔にロマル大陸から持ち込まれたものなのだそうだ。ロマル大陸とは、ハレリアのあるベルベーズ大陸の東側に位置する巨大な大陸である。

 

「しばらく弩砲は触らないのか」

「んにゃ、暇を見つけて、解体(バラ)してハンコにして図面に描き上げる」

「ハンコ?」

 

優雅にお茶(緑茶)を飲んでいたエヴェリアは小首を傾げ、頭の猫耳を揺らす。猫耳の揺らし方にまで凝っているのが、真面目に貴族(ファッションリーダー)をやっている彼女らしい努力の跡が感じられた。

 

解体(バラ)した部品の1つの面に(インク)を塗って、紙にべたーって押すんだ。イチイチ部品から寸法採るより手っ取り早い」

「あれを全部か?大きな紙を用意する必要があるのか……」

「?……角材とか丸棒なら、太さと長さでいいじゃん……?」

 

ジョンは言ってから、自分で首を傾げる。何か、意味が通じ合っていない気がしたのだ。そして気付く。

 

「ああ、もしかして、『型取り』とかってこっちじゃやらねえのか?」

「型取り?」

「紙とかに、こうやって形を写し取るんだよ。下手に定規とか使う必要もねえし」

 

ジョンは支給されたメモ用紙に、慣れた手つきで滑車の車輪を押し付け、それをなぞるように炭を走らせた。炭は、木炭に紙を巻いたもので、ハレリアでも鉛筆代わりに使われている。

ものの10秒ほどで、紙にその部品の形が写し取られた。

 

「な――」

 

まるで自分達の知らない魔法でも見たかのように、2人は唖然とする。

 

「これを木に張り付けて、この形に削れば木型になるし、紙自体を切って材料に合わせたりってこともある。形が複雑で、こんな炭じゃやってられねえって時は、この面にこうやって(インク)をベタ塗りして……こうだ」

 

別の紙とインク壷、それにボロ布を用意し、インク壷に布を丸めて突っ込み、さっきと同じ滑車の車輪の一面に(インク)を塗り付け、まるで印鑑のように紙に押し付ける。すると、見事に車輪の形が写し取られた。中央の穴までくっきりだ。

 

「これがさっき言った『ハンコ』ってやつだ。同じ部品を大量に作る時のテクニックだな」

「弩砲の量産にこれを?」

「そういうこった。今回はあんま改造するわけにもいかねえし、実物のまんまにしようかと思っててな」

「てーか、これって設計図いらなくねえ?」

「その設計図と実物が結構違うんだよ。多分、マイナーチェンジが図面に反映されてねえんだと思うんだが」

「は?」

 

真面目でそれなりに思慮深いエヴェリアが珍しく間抜けな声を上げた。

 

「おいおい、実物が来たのって、ついさっきだろ?」

「そうだ。それから設計室に来て、一度も弩砲の設計図を見ていなかったはずだぞ?」

「そういやお前ら設計図見てなかったよな」

 

ジョンは仕舞ってあった弩砲の設計図を、テーブルの上に広げる。

 

「ほれ、ここ、ウインチのレバーが片方になってるだろ?実物は両側だ」

「え、ちょっと待て――」

 

モーガンは慌てて部屋を出て、倉庫の方に確認に行った。そしてすぐに戻ってくる。

 

「本当だった……」

「設計図の内容を覚えていたというのか?」

「言っとくけど、俺が今言った内容って、素槍と十字槍くらいは違うからな?

そこまで違ってると、さすがにひと目で分かるっての」

 

ジョンとしても、こんなことで人外(チート)判定されるのは心外だった。

 

「そうは言ってもな……」

 

エヴェリアは人差し指を額に当て、難しい顔をする。

 

「こういう図面に慣れ親しんでいる職人は、マグニスノアにはそれほど多くはいない。大型の建築物や船などの、大勢で完成形を共有する必要のあるもの以外は、設計図などは使われないんだ」

 

年代別地域別で設計図の普及度を示すデータというのは、現時点では存在していない。

東洋についてはよく分からなかったが、西洋については中世中期から後期、ルネッサンス期にかけて多く普及していたようだ。それ以降、西洋科学の発展に伴い、多くの設計図や絵図面が作られていった。

だがそれ以前は、挿絵などの絵でそれが示されていることはあっても、物を作るための補助としての図面がいつ頃登場したのかは、定かではない。

 

古代建造物の代表格、エジプトのピラミッドなどでも、それを専門に考える技術者の一族がいて、その一族が言葉などを通じて完成形を共有、現場で建設を指揮していたという話がある。本当に設計図がなかったのかあったのか、現代地球を生きる人間には知る由もないが……。

 

「マグニスノアの場合は、星王術や呪紋法のおかげで、器械ものは発達していない。職人もそれだけ作り慣れていて、図面がほぼ不要なことが多いんだ。

改造する場合も、それぞれが状況に応じて自分なりに作り替えたりするから、設計図に頼ることはまずないと言っていい。描き方が分かる人間もほとんどいないだろう」

「そういや、ハートーン卿の図面は本人の説明が要るけど、ジョンの図面は必要なことが全部書いてあるから1人で読めるって、俺の上司が言ってたぜ」

「そもそも設計図が普及してなかったでござるの巻」

 

とんでもないオチを聞いて、ジョンはテーブルに突っ伏した。

設計図が普及していないため、その描き方から確立しておらず、その先の発展にも至っていないのだ。

だから、内域でそれなりに図面を見ているはずのモーガンやエヴェリアも、製図法の基本を知らなかったのである。

 

「こりゃ思ったより大変だ……」

 

ぼやきが口から出る。

 

 

 

「いいタイミングのようですね」

 

赤毛ショタの成り損ないがぼやいたタイミングで、白ローブの少女がやってきた。

 

「とりあえず差し入れです」

「お?」

 

カバンを開けると、香ばしい匂いが漂ってくる。その香りに釣られて、ジョンは顔を上げた。

 

「運河で獲れた(アユ)空揚げ(フライ)です」

 

白いローブの少女はてきぱきと小皿に分けて、それぞれの前に置く。

今回は切り身を小さくしているようだ。調理法を何度か試したのかもしれない。狐色の衣付きで、フォークで突き刺すと、いい感じにサクッという音がした。

 

「んむ……美味い!」

 

塩漬けほどではないが、塩がほどよく利いていて魚の旨味が見事に閉じ込められている。こうして食べてみると、やはり以前のものは塩が利き過ぎていたようだ。

 

鮎とは、日本の北海道から東アジア、ベトナム近辺に分布する川魚である。

地域によって30~10センチにて性成熟すると言われる。

川の中の岩などに付着した藻を主食とし、時折川の中に生息する昆虫を食べる。

ただし、海水に適応できないというわけではなく、数割は海まで降りて生活し、『海産鮎』として網にかかることがある。

 

日本において代表的な食用魚であり、塩焼き、空揚げ、煮物など、様々な料理法が存在している。

ただ、魚は生食が最上とされる日本において、唯一生食が推奨されない魚であり、寄生虫の心配があるとされる。

そのため、生食には塩や酢に浸けて処理を行い、酢飯と合わせる『鮎寿司』という方法が採られることもある。

 

「美味ぇ!なんだこりゃ!?」

揚げ物(フライ)、だと……?これが……はむ、むぐ……美味しいっ――!?」

 

エヴェリアは物珍しそうにそれを見て、ジョンがやったように、細めの切り身にかぶり付いた。食べている口を手で隠し、呑み込んでから話すのは、さすがに貴族令嬢らしい上品さだ。というか、白ローブの少女と同じ食べ方だった。

 

「すげえなこれ、外はサクサク、中はジューシィって、売れる揚げ物の謳い文句なんだぜ?温度計もねえのにそれを再現しやがった!」

「うふふ、喜んでもらえて何よりです。書庫を漁って秘伝のレシピを見つけた甲斐がありました」

 

どうやら彼女の手作りらしく、皆から褒められて嬉しそうだ。

 

揚げ物(フライ)というと、確かオートレスが南部に広めた料理の1つだな。まさか、これほど美味だったとは……」

「そういえば、北の方へは広まっていませんでしたね。もしよろしければ、私が王宮の書庫で発掘したレシピの写しを差し上げますよ」

「是非ともお願いしたい。……これでまた、父上への土産が増える」

 

エヴェリアは遠くを見る目になりながら、もう一口、鮎の唐揚げに被り付いた。故郷を遠く離れて留学に来ているためか、望郷の念は少なからずあるらしい。

 

「あ、でもこれは結局呪紋法のレシピですから、気温が変わると調整する必要があるかもしれませんね」

「気温で味が変わるのか?」

「よし、説明しよう!」

 

ジョンが両手の人差し指を向ける独特のポーズを取りながら、説明を始めた。

 

「木材に炭になる温度があるように、お肉や野菜にも美味しくなる温度というものがあるのです。

その温度にするのに、水で煮てもいいのですが、それでは旨味が水に溶け出してしまいます。その点、油に旨味は溶けませんし、油は水より高温になりますから、一気に内側まで熱が通り、旨味が食材に閉じ込められた状態に仕上げることができるのです。

逆に油でも高温でなければ、上手く水分を飛ばせずにジトッとしてしまいます」

orz(オウフ)

 

ジョンは説明セリフを横取りされ、悲しみに沈む。

 

ちなみに例を挙げて説明すると、冷凍食品を解凍せずに揚げるようなものであると言えばわかるだろうか。生の食品を揚げるのに比べ、火力や時間が必要になるのは当然のことである。

それを避けるために、一般的に別の手段で解凍してから揚げられるか、もしくは揚げた状態で冷凍されるかのいずれかの方法で調理が行われる。

 

 




オートレス聖教国:

オートレスの名を冠する、オートレス聖教を国教とする宗教国家。
元首はボブ・タシェンクレガー教皇だったが現在は空位。
国名に聖人の名を使うことから諸国から毛嫌いされており、大抵は聖教国とだけ呼ばれる。

現時点において、ベルベーズ大陸で唯一ロマル大陸との交易を行っている大陸間貿易国。
基幹産業は農業で、綿花や香辛料の栽培。
麻薬系植物を大量に栽培、加工しているという噂もある。

かつて星王教の聖人オートレスが大陸南部に星王教を広める旅に出た際、この地にて死んだとされる。
死因は諸説あるが、オートレス国内では山賊の仕業、国外では今の教皇に連なる当時の国王が謀殺したという説がそれぞれ有力視されている。
その相違が強い摩擦となり、ベルベーズ大陸の中では孤立している。

それが逆にナグアオカ教に近寄った宗教の誕生を招くという、皮肉な結果となった。

現在、協定禁術の使用に伴う『警告』によって首都トライアンフは壊滅しており、巨大な権力の空白が発生したため、大規模な内乱が発生している。

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