その日、大会予選試合を見ていた観客は、度肝を抜かれた。
武術大会。
それは、予選2日、本戦1日の日程で行われる、闘技場の中で1対1以外のルールがない試合。当然、ベテランの騎士が出場し、その強さを見せつけることになる。
武具大会では騎士が新人ばかりで、組むのも見習いの錬金術師のため、騎士が敗北するという可能性も少なからずあった。しかし、武術大会では、そんなことはない。単唱器という、騎士向けの星王器を使いこなし、武器の腕前も高い、戦い慣れたベテランが出てくるのだ。その中で魔法武具を使えないというハンデは、相当に大きなものと言える。
そんな中――。
黒い
そして武器は、全長2メートル近い、長大な両手専用の大剣。
剣とは言うものの、その大きさゆえに高い技量を求められ、さらに使いどころも限られるという、ゲテモノ武器である。
しかし、この剣の刃渡りは130センチ、
刃の分厚さが約1センチ、刃幅が約10センチと、中央に溝が入っているとはいえ、相当に巨大な鉄の塊である。さらに、大き過ぎて鞘に入れても抜くことができないため、皮紐で背中に吊るしての登場となった。
「そんな装備で出てくるとは……嘗められたものだな」
相対した白銀の鎧の男――騎士が呟く。
お互いに武器を構え、審判の合図と共に試合が始まった。
「
設定された単語で詠唱すると、騎士が構えた槍から、垂らされた灯油の表面を炎が走る音と共に、レーザーのような火線が放たれる。
少年兵士は軽快なステップを踏んでその火線を避け、間合いを詰めた。
「
騎士は槍を振って、今度は水平に薙ぎ払うように火線を放つ。照射点が動くことで威力は落ちるが、それで相手を怯ませれば、その勢いを止めることができると考えたのである。こうやって探りを入れて相手の情報を読み取り、さらに良いタイミングで術を使ってやるのだ。それができるのが騎士というものである。
「うおおおおおおおっ!!」
少年が吠えた。あろうことか、刃幅15センチの剣を盾に正面突破したのである。しかも、薙ぎ払って威力が落ちていたとはいえ、それでも布なら火が付く程度の熱はあったはずなのに、黒い
「な――」
「オオオオオオオッ!!」
驚愕が動揺となり、僅かに動きが止まったところに、大剣が袈裟に振るわれた。
槍で受け流すにも、最早遅い。それでも反射的に受けようとした槍の穂先を容易く圧し折り、さらに肩口から胸にかけて刃が食い込む。
「ぐあぁぁぁっ!?」
騎士は激痛に悲鳴を上げた。
蘇生に近い強力な治癒の術が常時起動しているとはいえ、痛覚を軽減するわけではない。刃が引き抜かれると、傷口はあっという間に塞がるが、痛みの残滓はまだ残っている。この痛みに耐えきれずに、気絶してしまう者も少なからずいるのだ。
――文字通り、死ぬほど痛いのである。
「それまで!」
審判が試合を止めた。
「アラン・アモールの死亡判定、よってマルファスの勝利!」
会場が湧く。
敗北した騎士は、決して弱くはなかった。魔法武具にしても、槍の扱いにしても、高い腕前を誇っている。にもかかわらず、結果は圧勝だ。
理由はただ1つ、武具の性能と使い手の身体能力が異常だったためである。
普通、鎧は剣を防げるようにできている。鎧ごと切るというのは、決して容易なことではないのだ。
「スゴイ……
客席で金髪黒ローブの少女が驚愕を露わにしていた。
いや、彼女だけではない。客席のあちらこちらで赤いローブ姿の人々が頭を抱えている。
「あの槍もあっさり切れてたけど、あれって鉄じゃねえのか?」
「魔法の基本となる精霊は、鉄を嫌う」
質問をしたのは悪人顔をした赤毛の少年で、応えたのは黒髪ロリ。両方とも、紺色の服を着ている。
「星王術を使う時、精霊の力を星王器に取り込む必要があるの。鉄は精霊を取り込むのを阻害してしまうから、十分な威力が出ないことがあるのよ」
アリシエルが補足説明を入れた。
「だから、騎士は武器も防具も
「へー……」
モーガンは感心する。
ちなみにマグニスノアでどうやってアルミニウムを入手するのかというと、ボーキサイトから錬金術で抽出するのである。こういう元素の抽出ができるのならば、アルミニウムは加工が容易な優良素材と言えた。現代地球でアルミニウムが鉄より高価なのは、精錬に大量の電力を消費するからなのだ。
なお、強度が鉄並みというのは、鋳鉄の精錬技術が中世前期並みのマグニスノアでの話である。構造用炭素鋼など、現代地球の技術で精錬された鉄は、基本的にアルミニウムよりも強度が高い。
「アリシエルってアホの子じゃなかったんだな」
「死ね」
金髪ツインテールは遠慮なく悪人顔の少年を蹴り倒した。
アリシエルが詳しいのは、英才教育を受けた魔法のエキスパートだからである。
専門バカであることは否定しないが。
「しかし、石綿とは凄まじいな。今の術でも無傷とは……」
エヴェリアも感心する。
蹴り倒された拍子にベンチの角に頭をぶつけて、白目を剥いてピクピクしているモーガンは、上品にスルーされた。
「石綿?」
「『
「火鼠の毛皮って、ランプの芯?」
黒髪ロリは頷く。
「それを大量に入手して、
「それって燃えないの?」
「銅や
普通の布や毛皮と思っていると、痛い目を見ることになる」
「名前は火鼠の毛皮だけどな」
復活して早々に余計な茶々を入れたモーガンが、またもアリシエルに
「今回は特別相性が良かったんだろう。『爆発』や『氷弾』なら、石綿だけでは無力だと言っていた」
「あの馬鹿でっかい剣なら、案外振り回せば叩き落とせるんじゃね?」
「『氷弾』なら問題無いと思うけど、『爆発』は厳しいんじゃない?『爆発』って、空気を圧縮したのを飛ばして、着弾点で解放するわけだから、鎧を着た人間でも簡単に吹っ飛ぶのよ。鉄装備でも、叩き落とすより避ける方が賢明ね」
闘技場では次の試合が行われていて、遠距離での撃ち合いから接近戦に移行、相手を蹴り倒して隙を作り、圧縮空気の解放による爆発で吹き飛ばして壁に叩きつけ、失神KOとなっていた。
「『爆発』って威力あるんだな……」
「あれは一発の威力を大きく設定してあるわね。
あの威力であれだけ連発してるとなると、勝った方もギリギリのはずよ」
アリシエルの言う通り、勝った方も満身創痍で、衛兵に肩を借りながら退場していく。
「星王術の宿命なんだけど、術の威力に比例して肉体の負担も大きくなる傾向があるの。軽減する方法がなくはないんだけど、結局時間がかかるわけだから、単唱器の持ち味を殺しちゃうのよ。
それに、それができるほど知識を持った騎士なんて、滅多にいない。儀式魔法が使えるって意味だから、それはもう星王術士として十分に通用するわ。
そういう、単唱器の疲労軽減方法まで実戦で使える人のことを、『
「それでもハレリアは多い方だろう。そこそこ大きな国でも、5人もいればいい方だからな」
「そんな少ないのか」
「そうなのよね。私もよく知らないけど、エヴァりん何か知ってる?」
「私はそういうことを学ぶためにハレリアに来た留学生なんだがな……」
エヴェリアは苦笑しながらも、答える。
「私が知る限り、二器使いが少ないのは、政治的にも軍事的にも需要がないからだと言われているようだ。
騎士と星王術士の一人二役というのは、傍から見れば便利そうだが、逆に言えばそれだけ1人に負担が集中するということでもあるからな。幾ら単唱器の疲労を軽減できると言っても、さすがに厳しい。そうなるくらいなら、騎士と星王術士を1人ずつ派遣するべきだろう。
軍でも、星王術士が必要なら術士兵を連れて行けばいい。わざわざ一人二役をする必要などない」
「でも、二器使いってみんな、そこそこ強くなるわ。高級器使いの一歩手前くらいはフツーにいけるみたいね」
「そうなのか?」
アリシエルの指摘に黒髪少女は目を丸くした。
「二器使いって、要するに星王術士になれるくらいには頭がいいのよ。だから、戦場ではすごく重宝されるんだって」
「……それは強くなるということなのか?」
「さぁ?」
アリシエルの主張に、2人は揃って首を傾げた。
試合は進む。
一方、
「本戦までは問題なさそうですね。さすがにここでコケられてしまいますと、この先必ずトラブルになりますから、まずは一安心というところです」
白ローブの少女が溜息を吐く。
「あらあらまあまあ、『火線』を正面突破してしまいましたね」
もう1人、白いローブの少女がいた。こちらは柔らかな、おっとりした雰囲気だ。
「ところで、どうしてまだ白ローブのままなのですか?」
「可愛いでしょう?」
「可愛くありません。あなたはハレリオス家の人間なのですから、こういう場では正装してくるべきだと思います。見る人も混乱しますし」
「ただ面白いからという理由で顔を隠しているあなたには言われたくないものですよ。うふふふふ、最初は面白半分でも、例の殿方に顔を晒しにくくなりましたか?」
「むぐっ――!」
「ああ、でも、顔を晒していても問題がありますね。私とあなたの場合、ですけれど」
「む……確かにそうかもしれません。雰囲気は全然違うそうですけど」
「遺伝子の悪戯ですね。双子でもないのに、体形から声から顔までそっくりなんですもの」
「親は両方双子ですから、兄弟姉妹そっくりさんが多いですけれどね」
「似ていないのは父親の性格だけと言われていますものね」
「そこは教育の賜物でしょう。私の家とハレリオス家では、求められるものが違い過ぎます」
「そうですね、私の従妹がこんなに可愛く育ったのも、教育の賜物でしょう」
「私にそんなことを言うのは、あなたくらいですよ」
白ローブの少女の片方は、深々と溜息をついた。
「さて――」「さて――」
2人は同時に呟く。
「先程から獣耳の方がチラチラと目に入るのですが、知っていますか?」
「知らないとシラを切ることができたのなら、どれほど楽なのでしょうかね……」
白ローブの少女の片方は、フードの奥でやさぐれた表情になりつつ深々と溜息をついた。