ジョンの伝記   作:ひろっさん

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破損事件

翌日。

 

「なっ、なんじゃこりゃ!?」

 

闘技場の武器庫で大剣の調子を確かめていた赤毛偽ショタ野郎は、焦りの声を上げた。一体何をしたのか、大剣が大きく刃毀(はこぼ)れしていたのである。

 

「ああ、ジョン!」

 

その時、慌てた様子で声をかけてきたのは金髪の優男エルウッド。武具大会以来である。

 

「どうも昨夜、武器庫に酔った兵士達が入り込んだそうでして、武具を幾つか壊していったんです」

 

着痩せする青年兵士は事情を説明した。

どうやら、この刃毀れはアルミニウムを切ったためのもののようだ。マルファスの怪力に耐えられるように作られたこの剣は、熱処理によって頑丈さが増しているが、アルミニウムの武具を切っても刃毀れしないほどのものではない。そもそも、西洋剣は日本刀と違って切れ味を維持する武器ではないのだ。

 

いや、日本刀もたとえ人体であろうが、骨を切れば大なり小なり刃毀れはする。同じ場所で切らないことで切れ味を常に発揮させるのは、使い手の腕前である。

実は刃毀れを気にしなければ、紙でできた刃物で木材を切断することも可能なのだ。もちろん、たった一度で使い物にならなくなってしまうため、労力に対して効果が低く、誰もやらないことだが。

 

「一応、対応のために予選3回戦は開始が1時間ほど延期されます。錬金術師なら1時間で修復できるということですが、ジョンさんって……」

「俺は錬金術師じゃねえ。俺だけ不利になっちまうか」

「ですよね……」

 

エルウッドはがっくりと肩を落とす。

ちなみに、時間の単位に1時間という言い方を使っているが、実は現代地球のように1日を24等分しているのではない。日の入りと日の出を6時として、その前後をそれぞれ12等分しているのだ。

 

どういうことかというと、夏は昼間の時間が長いために1時間が長く、冬は昼間の時間が短いためにその分1時間が短くなるのである。これは古い時代の時刻の数え方で、現代地球では使われなくなったものだ。

武術大会中は春のため、そこまで1時間の変化はないのだが、マグニスノアでは季節によって1時間の長さに違いがあるというのは覚えておいてほしい。

簡単に言うと、1日を正確に区切る時計がないということである。

 

「ていうか、術もないのに武術大会の2日目に生き残ってるんですか!?」

「使い手が良けりゃこんなもんだ」

「スンマセンっしたー!」

 

この土下座する金髪イケメン青年兵士、武具大会でジョンと組んだのだが、大ポカをやらかして敗北してしまったのである。

 

「すみません、寝坊してしまって……」

 

その時、マルファスが巨体を揺らして小走りに駆け寄ってきた。防具は装着済みである。あの黒い外套(コート)姿だ。

 

「おお、しっかり寝れたか?」

「はい、今起きてきたところです」

「え、今?」

 

エルウッドが聞き返した。

 

「白いローブの女の人が、なかなか寝かせてくれなかったんです」

「……」「……」

 

絶句。

 

「なんだか半年後の戦争に向けて、色々と話しておくことがあるとか言われまして……」

「あ、ああ……」

 

ジョンは辛うじてそう返す。

そして、どうやらそこまで色っぽい話ではなさそうだとも思った。前世で何度も、(おとこ)になった顔つきの同僚や後輩達を恨めしげに見てきたのである。

マルファスの顔を見ると、そこまで大きな心境の変化があるようには見えなかった。長く生きていると、そういうのは雰囲気で分かるものなのだ。

おそらく、食堂でテーブル越しに話していたとか、そんなオチだろう。前世で50年独身だった少年鍛冶師は、半ばそう自分に言い聞かせた。

が、エルウッドは燃え尽きたように真っ白になって、口から魂が出ている。

 

「後輩に追い抜かれ……た……」

「え?」

「気にすんな」

「は、はぁ……」

 

マルファスは首を傾げながらも頷く。

 

「それで、武器なんだが、トラブルが起きちまってな……」

 

ジョンはトラブルについて説明した。

大剣の刃が大きく欠けてしまっているため、研ぎ直すのに1日かかるかもしれないことを告げる。

 

「ええっと、じゃあこの不思議な武器の出番ってことですか」

「コイツは、俺の創作武器だ。使い方は、先端に付いてる殻物(からもの)を無視して、棒の方でブン殴れ。それだけだ」

「え、それでいいんですか?」

「剣しか使えない奴が一朝一夕で別の武器を使いこなせるか。それなら剣として使わせた方がいいだろ。そのために、(つば)も付けてあるんだ」

「それなら普通に剣を作ればよかったんじゃ……」

 

復活したエルウッドがボソリと呟いた。だが、この小説においてそれは言わないお約束などではない。

 

「刃を付ける時間がなかったんだよ。そのままじゃどう足掻いても劣化版にしかならねえしな」

 

ジョンは素直に話した。隠してどうなるものでもない。

 

ちなみに。

彼は創作武器と(うそぶ)いたが、実はしっかりとモデルがある。

その前に形状に付いて説明しよう。

 

鉄製の槍のような長い棒に、剣のような(つば)が取り付けられており、先端には長い鎖で繋がった、棘の付いた拳大の鉄球。この武器は、いわゆる『モーニングスター』である。

起源は中国の流星錘(りゅうせいすい)――長い紐の両端に(おもり)を結びつけたものだと思われるが、定かではない。他にもヌンチャクや多節棍など、類型の武器は多くあるが、中国と西洋では明確な違いがある。

それは、玄人向けか素人向けかということだ。

 

ヌンチャクと言えば、今は亡きブルース・リーが映画中で使用したことで有名だが、素人が扱うと大抵は自分の頭を打って痛い目を見る。日本の武器で言えば、鎖鎌(くさりがま)が最も有名だろう。あれも、素人が使いこなせる類の武器ではない。

 

それに対して西洋の類型武器の中には、『ヒッター』や『フットマンズフレイル』など、素人が使っても大きな威力を出せる武器が幾つか存在している。

いずれも長い柄が特徴で、ヒッターの方は鎖の先の鉄球の代わりに様々なものが用いられたと言われている。フットマンズフレイルの方は、鎖の先が短い棒。

両方とも、長い柄で殴りつけることで、それぞれの鎖の先にある殻物が、自動的に追撃するという使用方法だった。特にヒッターは、農民戦争の際に数合わせで作られた、つまり戦闘の素人が用いたという文献が存在する。

 

ただし。

ジョンが作ったような全金属製のものは、地球のいずれの地域においても作られていない。理由は単純、重すぎるのだ。

そもそも、西洋の鎧は重いことで知られている。実際に西洋の鎧が飛び抜けて重かったわけではないようだが、相当に重装化が進んでいたのは確かである。その上に全金属製で長柄のモーニングスターなど、持ってはいられないということで間違いない。

 

「じゃあ、悪いが午前中は剣を研ぐのに内域まで行かなきゃいけねえ。エルウッド、手伝ってくれ」

「試合はどうするんですか?」

「3回戦目は強風でこっちの動きを止めてくるタイプだが、その装備の重さなら無視して突っ込める。

4回戦目は、多分電撃使いだ。けど、俺が作った装備に電撃は通じねえ。足の速さがあるから、後ろを取られないようにだけ気をつけろ」

「わかりました。必ず勝って本戦に出ます」

 

マルファスは力強く頷いた。

 

「しょうがないッスね。ちょっと待っててください、隊長に警備抜けるって伝えてきます」

 

エルウッドは苦笑して、会場警備の隊長の下へ向かう。

 

 

 

闘技場の裏口付近。スタッフ用の入り口だ。

 

「どうやら、上手く行ったようだな」

 

2人がかりで運び出されていく長大な剣を眺めながら、2人の男の片方が呟いた。

赤毛の青年。服装は金や銀の刺繍が施された、派手なものである。つまり、貴族だ。

 

「平民風情が……貴族の祭典を汚した報いだ。苦しむがいい」

「ハレリアの祭典ゆえに、もっと分かりやすく警告などということはできんのがもどかしいところだ」

 

もう1人は口ヒゲを蓄えた、同じく赤茶髪の中年貴族。

 

「しかし、ハレリア政府もなぜあのような(いや)しい者どもを、この名誉ある祭典に出したのか」

「所詮は、奴隷すら受け入れてきた、自らその貴い血を薄めてきた色情狂どもの考えることだ。次はあの、どこの馬の骨とも知れぬ者どもを迎え入れようということなのだろう」

「チッ、忌々しい。ナノカネズミどもが」

 

青年は吐き捨てた。

 

ナノカネズミとは、地球にいるよりも遥かに繁殖力の高いげっ歯類、(ねずみ)である。身体は小さいが、その分小さな隙間から食糧庫に侵入しやすく、穴がなくともその硬い歯で壁を食い破って侵入し、大切な食料を食い荒らすため、世界的に忌み嫌われていた。

 

ハレリアは身分制度が独特で、実力があれば平民から王族に迎えられることも少なくないため、他国、貴族主義者からすると信じられない法律が多く存在している。その、どんな血でも受け入れ、多くの子孫を遺すところから、ハレリア王族はしばしば爆発的な繁殖力を誇る(ねずみ)に例えられるのである。

 

「あらあらまあまあ」

 

その時、2人の背後から少女の声が響いた。

 

「……!」「……!」

 

2人は同時に振り向く。

そこにいたのは、2人の白いローブの少女。片方は頬に手を当てていて、柔らかな雰囲気に見える。両方とも、フードを目深に被っており、顔は見えない。

 

「マナタン男爵とカナタン伯爵ですね?」

「……ハレリア政府の犬か。何の用だ?」

「ここ10年間、同様の手口で武術大会を妨害してきておいて、バレていないとでも思いましたか?」

「黙れ。下賤な小娘どもが、我々貴族に口を出すか」

 

長身の青年貴族、マナタン男爵の方が2人を威圧しようとする。

 

「では」

 

その威圧をものともせずに、柔らかな雰囲気の少女が口を開く。

 

ハレリ(・・・)オスの(・・・)権限(・・)におい(・・・)て命じ(・・・)ますわ(・・・)悪魔の(・・・)力を(・・)振う(・・)ことを(・・・)許可し(・・・)ます(・・)

「……」「……」

 

2人の男は、一瞬何を言われたのか、理解できなかった。

 

「ハレリオス……だと?」

「代々、ハレリア国王を務めてきた一族の名を知らないなどというオチはありませんよね?」

「貴族を愚弄するな」

「では、その意味も分かるはずです。ハレリアやホワーレンのためというには、貴方はやり過ぎました。さすがに今回、放置しておくことはできません」

「放置できなければ、どうするというのだ?」

 

青年は威圧感を強めるも、平然としている2人に内心焦り始める。

 

「クスクス、マナタン男爵は初回ですし、色々と騙されているようですから、今回に限っては大目に見ますよ」

「なに?」

「ですがカナタン伯爵。貴方はダメです。甘いと言われるハレリアの法律でさえ、貴方の所業は極刑です」

「何の権利があって私を裁くというのだ。他国の貴族を、貴様らは裁くというのか?」

 

カナタン伯爵は余裕の表情だ。

今までこれといった罪を受けなかったため、調子に乗っている、といったところである。

 

「マナタン男爵、貴方のご両親は、昨年破傷風でお亡くなりになったようですね」

「……何が言いたい?」

「いえね、星王教の圏内で、破傷風で亡くなるというのは、とても不自然なのですよ」

 

破傷風とは、切り傷から破傷風菌に感染することで発症する病気である。

潜伏期間は3日から3週間ほどと言われ、発症すると全身の筋肉の硬直による痙攣などを経て、十分な医療技術がない場合は成人でも15%~60%で死亡する、恐ろしい病気だ。

 

地球では西暦1889年、北里柴三郎が世界で初めて治療法を発見しており、予防や治療などの研究も進んでいるため、発症例自体が減りつつある。

 

「貴様らが治癒の値段を吊り上げるからだろうが!」

「噂にでも踊らされましたか?神殿における治癒術の行使は、原則無料です」

「そんな馬鹿な!神殿の入り口に立っていた兵士に、俺は斬り殺されそうになったんだぞ!?」

「――そういえば10年前、神殿の治癒術の行使に税金をかけた貴族がいましたね。昨年にも同じ場所で同じことがあったそうです。いずれもカナタン伯爵による行政機関への介入ですよ」

「デタラメだ!こ奴らは嘘を言っておるのだ!」

 

中年貴族は顔を真っ赤にする。

 

「では、なぜ貴方は傭兵に神殿を占拠させたのですか?」

「それは、平民風情が貴族である私を後回しにするとほざきおったからだ!」

「神殿の占拠事件が発生し、鎮圧された時期に、マナタン男爵のご両親がお亡くなりになった時期が重なることについて、何か弁明はありますか?」

「偶然だ!私が悪いわけでは――!」

 

鈍い音が響いた。

 

「貴様か!貴様のせいで、貴様のせいで、父上は、母上はッ!!」

「何をするかマナタン!お前を爵位持ちの上級貴族に取り立ててやった恩をぐはっ!?」

 

マナタン男爵は、カナタン伯爵の上に馬乗りとなって、その顔面を執拗に殴りつける。カナタン伯爵も抵抗するが、あまり体を鍛えることをしてこなかったせいか、青年によってあっさりと抑えられてしまっていた。

 

「勢い余って殺さないようにしてくださいね」

 

激昂する青年貴族に、白ローブの少女は声をかける。

 

「ま、素手で殴り殺すには時間もかかりますし、治癒術を準備しておけばそうそう死にはしないですかね」

 

モザイクがかかるような流血の事態にも動じず、彼女は呑気にそんなことを呟いた。

 

「これで大体終わりですか。では――」

「お待ちなさい」

 

柔らかな雰囲気の少女がその場を立ち去ろうとするその肩を、もう1人の少女が掴む。

 

「さっきからそわそわしていたと思ったら、彼の応援ですか?」

「うっ……」

 

ハレリオスの少女が言葉に詰まると、もう1人の白ローブの少女は深々と溜息を付いた。

 

「彼の試合は後半ですから、もう少し時間がありますよ?」

「はぁい……」

 

胸が大きい方の少女はがっくりと肩を落とす。

 

「一度控室に顔を出したかったのですが……」

「あそこは関係者以外立ち入り禁止です。ハレリオスであろうとそれは同じです」

「いけずぅ……」

 

結局、マナタン男爵の怒りが鎮まるまで、2人はその場で待つことになったのだった。

 

 

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