事件を余所に、滞りなく試合は進む。
「やはり彼のことが気になりますか、総長」
『雷神』グレゴワール・デンゲル。ハレリアが誇る騎士団の
「気にしておるのは、ワシだけではない。そこかしこで噂になっとるようだわい」
「誰もが予想だにしなかった『魔物殺し』ともなれば、注目もされますか。
……だからこそ、標的となったのかもしれませんね」
「今回の事件、防ぐことは出来たはずだが……あれでよかったのか?」
初老の大男は少女の方を向いて尋ねる。
「ええ、武器の予備があることは知っていましたから。それに、今までもカナタン伯爵による妨害はあったのです。彼の場合だけこちらが手を出したのでは、過去の出場者達が納得しませんよ」
「本戦までに研ぎ直しができるかどうかで、今後の評価が変わってくるということか……」
「最悪、予備の武器の性能次第で本戦も戦うことになるかもしれません」
話している間に、マルファスの試合が始まった。相手は珍しい女性騎士である。
「今代のアリアは自分で風には乗れん。坊主が勝つだろう」
「風属性の極意は、風と共に走り、風と共に飛び、風と共に去る……ですか」
「もっとも、アリアの得意武器は弓矢。この試合は畑違いだがな」
「当代『
「自分が女だということに劣等感があるようだ。だから、無理をしておる」
「その辺は難しいですね。他人から言われてどうこうなるものでもありませんし」
試合は、一瞬で終わる。
女性騎士が渦型の突風を吹かせ、相手の動きを止めて槍を突き出した。そこを、マルファスは長柄モーニングスターで殴ったのである。柄だけでも鋼鉄製のため、相当に威力があるのだ。それを小枝のように振り回すのである。さらに棘付きの鉄球が一泊遅れて飛んでくる。
女性騎士は鉄球を避け損なって腕で受けてしまい、腕鎧ごと圧し折られるという結果となった。それでも槍ごと圧し折れそうな鉄の棒を、数回槍で受け流すという技を見せており、その技量の高さがうかがえる。
当然そこで勝負あり。
「ただの鉄の棒ならば、互角にやり合っておったかもしれん。風も、足を止める以上の役には立っておらんな。どちらかの天秤の触れ方次第で、アリアが勝っておっただろう。術と武器の性能に泣かされたな」
「不得手な環境であろうと、二つ名付きは強いのですね」
「予選に出た中では、唯一坊主の技量を超える相手だったわい」
2人は負けた女性騎士を称賛する。
「さて、次のマルファスさんの相手は、雷撃属性です。そして、私が総長に声をかけさせていただいた理由でもあります」
白ローブの少女は言った。
「ふむ?」
デンゲルは、まじまじと巨乳少女を見る。
「実は、あの装備には雷撃属性対策が施してあるそうなのですよ」
「雷撃属性は、術以外で対策出来ぬから究極なのではなかったのか?」
「彼が言うには、雷撃は流れやすい方に流れる性質があるのだそうです。それを利用して雷撃を地面に逃がしてやれば、雷撃は人を傷つけないとか」
「なんと……」
「低級雷撃器は、その対策によって使い物にならなくなるかもしれませんね」
「むぅ……」
55歳になる初老の騎士団総長は唸った。
「丁度、次は雷撃使い同士か……。どの程度の対策かで、情報を制限する必要も出るかもしれんのだな」
「それでお願いなのですが、もしも総長がマルファスさんと当たった場合は、単唱器を使用せずに戦っていただきたいのです」
「元々、ワシにとって低級雷撃器は雑魚掃除用だ。数を頼みに押し潰そうとする連中に対して、最も効果を発揮する。射程も剣2本分程度しかない。
隙を消す目的で使う者もおるようだが、根性でどうにかなる程度でしかない。
それに頼るようではあの坊主には勝てんわい」
空気とは、湿気の多い環境下でもそれほど電気を通すわけではない。静電気の空中放電が発生する場合でも、精々2、3ミリまで接近しなければならないのだ。その時の電圧は何十万ボルト。落雷の億単位には到底届かない。
星王術の場合も落雷ほど電圧は出ないため、その射程距離は大きく制限されてしまうのである。
大体、低級雷撃器(雷撃用の低級単唱器)で2メートル程度、高級雷撃器(雷撃用の高級単唱器)で30メートル程度。威力も低級ではスタンガンにも劣り、1発で無力化することができない。むしろ詠唱の隙を晒してしまう分、使用のリスクは大きい。
ちなみに、電撃の威力の単位にボルト(V)がよく使われるが、実際の破壊力の単位と呼べるものはアンペア(A)の方である。
0.5ミリアンペア(mA)が人体に感知できる最小の電流で、1ミリアンペアが痛みを感じる程度、5ミリアンペアになると相当な苦痛があり、10~20ミリアンペアを超えると筋肉が動かなくなり、50ミリアンペアを超えると死に至る危険があるとされる。そこに電圧の単位であるボルト(V)は関係がなく、落雷の青白い光も、アンペア(A)の大きさを示している。
威力がボルトで示されるのは、おそらく空中放電の際に電圧が高いほど電気が流れやすくなり、結果としてアンペアが高くなるからだろうと考えられる。
「そうでしたか……」
「他の属性についても、対策が出てきそうではあるな」
「一応、火に関しては昨日の試合で、『火線』の薙ぎ払いを突っ切って無傷という結果が出ています」
「ほう?」
デンゲルは目を見開く。昨日の試合は見ていないのだ。曲がりなりにも騎士団のトップである。予選初日から試合を見ているほど彼も暇ではない。
「あの黒い
「ランプの芯か。そのような効果があったとは……」
「火鼠の毛皮に関しましては、半年前にも話は出ていたと思いますが……」
「そんな昔のことは忘れたわい」
「本当に大雑把なのですねえ……」
白ローブの少女は苦笑した。
一方、ジョン達は大剣を研ぎ直すために、運河を隔てた内域に大剣を運び込んでいた。
「たった1人でこれ研ぎ直すのか?」
途中で付いてきた悪人顔の赤毛役人が尋ねる。
「そのためのこれだ」
と、ジョンは
「そっち側、持ってくれ」
「え、はい」
ジョンはエルウッドと一緒に改造されたテーブルごと、大剣が乗せられた馬車の荷台に近付ける。工房は1頭立ての馬車なら入れる程度には大きかった。
そして入口の天井から下がっているクレーンに大剣を結び付け、吊り下げる。その下に回転砥石を置いて、クレーンのロープを操作し、ゆっくりと下げた。ちょうどいいところで止めて、テーブルを動かして微調整し、完成だ。
「人間の手で剣を持って研ぐんじゃないんですね……」
「普通の剣じゃねえからな。そんなことしてたら体力が持たねえよ」
言いながら、ジョンはペダルをリズミカルに踏んで円盤砥石を回転させ始めた。大剣の刃の部分を当てると、ザリザリと金属が擦れる音を立てながら、荒削りが始まる。
「思ったより傷が浅い。これなら昼までには間に合いそうだ」
「昼まで!?」
エルウッドが驚きの声を上げた。
刃渡りで2メートルもある巨大な剣である。粗削りだけで1日費やしてもおかしくないほどに、刃もボロボロになっていた。それを半日足らずで研ぎ直せるというのだ。
「というか、さすがにひと晩でそこまで壊すのは無理じゃね?このボロボロ具合も、意図的にやらないと厳しいだろ」
「その辺の判断は白ローブの子に任せる」
モーガンの指摘も、バッサリである。
「いや、軍が動きますよ。行政だけに任せてはいられません」
「こまけえこたあいいんだよ」
話しながらも、赤毛チビ鍛冶は大剣の粗削りを進めていく。
「テーブルの方を動かすんですか?」
「運河の行き来だけで結構時間を食っちまうんだ。イチイチ吊り直しなんてやってられるか!」
しばらくして、荒削りが終わった。
「本当に早いですね……って、何やってんですか!?」
「昼までに終わらすのに、手でチマチマなんてやってらんねえよ」
ジョンはなんと、円盤状の砥石に、削り粉を振り掛けて手で押し付け出したのである。
そんなことをすれば、目詰まりを起こすのはエルウッドにも分かった。というよりも、さすがに武器の簡単な
実はジョンの行動には理由がある。
目詰まりを起こすということは、砥石の目が細かくなることを意味するのだ。そのため、より目が細かい砥石に交換する僅かな時間をも省く効果があるのである。
もちろん、現代地球ではちゃんと別の砥石を用意する。目が細かくなると言っても、同じ鉄で鉄を削ることになり、電気動力などによる高速回転環境では、効率が著しく落ちてしまうからだ。
低速環境下でも効率は落ちるが、砥石の大きさの変化によってクレーンの長さを調整したりということにかける時間に比べれば、まだ目詰まりを起こさせた方がマシとジョンは判断したのである。
教科書には載せられない、現場のテクニックと言える。
「よく覚えとけよ、2人とも。ただルールに沿ってても一人前にゃなれねえぞ。結果を出すためのやり方ってのは、何通りもあるもんだ。綺麗な結果だけにこだわるのは、余裕がある時だけにしろ。
仕事ってのは、いつだって素材も時間もねえもんさ。足りねえ中で何とかやり繰りすんのが実力ってもんだぜ」
「……ああ」
モーガンが何か思いついたように手を打った。
「そういや今回、猫耳作ってねえよな?」
「余裕がねえからな」
「そういうもんなんですか……?」
なんとも締まらないオチである。
午前の試合、予選3回戦が終わった後。
エヴェリアは食事後の休憩中、なんとなく運河の船着き場に来ていた。運河は巨大な堤に囲まれていて、その水際に大きな浮き桟橋と共に詰所、そして造船所がある。ルクソリスの同心円状の運河には、東西南北十字に橋がかかっている。だが、闘技場は火外2区、つまり橋と橋の中間に位置するため、運河を渡るには船を使った方が早い。だから、ジョンが戻ってくるとすれば、ここだ。
「やはり、気になりますか?」
声をかけてきたのは、白いローブの少女。
だが、彼女はもう1人の、という
礼儀作法を
もっとも、それに気付いたのは直属の上司であるハーリア公爵の指摘があったからだ。『庶民に紛れるには、育ちの良さ、宮廷作法をあえて乱すところから練習するといい』と。しかし、目の前の少女は高貴な育ちを隠していない。
それに、全体的にふっくらしているし、胸も大きく、女性としてより成熟している印象があった。
「貴女はなぜここに?」
エヴェリアは問う。
「ここで良いことがあると、星王よりお告げを受けました」
「お告げ……?」
「ハレリオスは、占い師の家系です。お告げという言い方をしていますが、要するに勘ということですわ」
「勘なのか……」
ルクソリスでは珍しい黒髪少女は、ややげんなりした表情になった。
「勘というのは、人智の外側にあるものを感じ取る力です。心を鎮めて、丁寧に雑念を取り払います。
そうすれば、本来聞こえるはずのない遠方の音や、匂いを感じられるようになります。
それは、はっきりと音として聞こえるわけではありません。匂いとして香るわけではありません。
ただ、頭の中に僅かな情景が浮かぶのです。それを分析し、未来を言い当てる。
それがハレリオスという一族が訓練していることなのですわ」
「勘も、深く分析すればそうなるのか……」
エヴェリアは感心する。思ったより神秘学ではなく、論理的な説明が返ってきたからである。
白いローブの巨乳少女は、ふと運河の方に目をやった。勘に動かされたのだろうか。
「あらあらまあまあ……」
つられてエヴェリアも運河の方を見て、顔が引き
「なっ!?」
今まさに向こう岸から出発した船に、1頭立ての馬車が1台載っている。
船には馬車が3台載る大きさなのだが、緊急だろうか、出航していた。問題はその小さな馬車に、
「なっ、なんだっ、何があった!?」
雪のような白い肌の黒髪ロリは思わず叫んだ。すると、モーガンの大声が返ってくる。
「剣できたぞー!!」
エヴェリアがそれを理解するのに数秒の時間を要した。そして理解した時、大きく息を吸い込んで絶叫する。
「はああああっ!?!?」
そのソプラノボイスは、向こう岸の船着き場の、さらに奥にまで届いたという。
「あらあらまあまあ……」
白いローブの少女は頬に手を当て、困った様子で周囲を見回す。
「幸い、休み時間で人通りも少ないですが、闘技場のゲートも今はお休みです。私達が一緒に乗り込んで、手続きを済ませてしまいましょう」
彼女は割と落ち着いていた。
占い:
ハレリアに限らず、マグニスノアでは占術は発達していない。
魔法では五感を強化するなどして遠方の情報を手に入れるのが精々である。
その距離も視覚で2キロメートル、聴覚で500メートル、嗅覚で200メートル程度。
しかもかなり慣れていなければ、視覚以外から情報を得るのは困難とされる。
これは人間が情報を得るのに視覚に8割頼っているためである。
占術が発達していない理由には多くの説がある。
1つ目は、様々な方法で未来を占うやり方が伝わっているが、
身も蓋もない話だが、占いが最も多く必要になる政治においては、
なぜならば、
ただ、それまでに信頼関係を構築しておく必要があり、契約とまでは行かずとも、代償を支払うことで正しい予測を教えてもらえるようにしておかなければならない。
そうしなければ、
2つ目は、
どんな野心家でも、
その原則を覆す方法が現状存在しないために、野心家ならば国を動かして覇権を握るよりも、
ゆえに、野心家による国家転覆など、難しい判断を迫られる事案は、地球に比べて激減している。
つまり、占いを行う必要性がそもそも薄い。
3つ目は、現代地球でも大きな需要を持つ『暦』が、『占い』というカテゴリにはないということである。
それは過去に転生者よりもたらされた『
暦が一巡りする期間を算出した太陽暦と、月が一巡りする期間を算出した太陰暦が太陰太陽暦として併用されている。
これは1ヶ月を月の巡りに合わせ、1年の長さを何年かごとに閏月を挿入することで調整するもので、明治になる以前に日本で使われていた暦である。
ちなみに、地球の太陰太陽暦において月と太陽の公転周期が一巡するのは19年であり、地球の太陰太陽暦もそれに合わせて組まれている。
4つ目は、『天気予報』も『占い』というカテゴリにないことである。
行政において『天気予報』は行動予定を決定する上で重要な要素だが、今のところ『
しかし、翌日、翌々日の天候を予報するのが精々であるため、長期的な予定を立てることができていない。
魔法でも『天気予報』を行えないか、色々と研究がおこなわれているが、今のところ、少なくともハレリアにおいて、人間が利用できるレベルで芳しい結果は出ていないのが現状である。
いずれにせよ『占い』というカテゴリでない以上、どれだけ発達しても『占い』が復興されることはない。
以上が、現在『占い』がマグニスノアにおいて発達していない原因における、通説である。
勘について:
これは科学的に検証されていない、感覚的な話である。
人間の思考は、基本的に五感に変換された情報を意識内で再現することによって行われていると考えられる。
5千年前頃に発明された文字は人間に、他者との意思疎通を容易にするツールとして普及した。
現代地球では、おそらく大半の人間がこの言語による思考を有していると思われる。
大半の人間は意識していないだろうが、この言語による思考に五感が用いられていないなどということはない。
どういうことかというと、文字は視覚情報であるし、言葉は聴覚情報だということだ。
人によっては他の五感によって言語による思考を行っているかもしれないが、いずれにせよ言語が五感を基礎に置いた意思疎通手段である限り、人間の思考も五感に根差していることに違いはない。
ここで問題になることがある。
言語による思考とは、コンピュータでいえば1と0と改行で構成された機械語を、人間に分かりやすいコンピュータ言語に変換している状態なのだが、慣れている人間でも自分の思考を完全に言語化するのは難しいと言わざるを得ないのだ。
ゆえに、齟齬が生まれる。
また、人間の場合、処理する情報が膨大なこともあり、言語化までに時間がかかることも少なくない。
そのため、職人など言語化にそれほど慣れていない人間は、五感による思考に重きを置いていることもある。
その言語によらない思考は、言語での表現が難しく、また言語の方が対応していない場合も多い。
そのため、そういうものを往々にして『勘』と表現することになった。
ちなみに。
『勘』、あるいは『山勘』の語源は、戦国大名、武田信玄の家臣、山本勘助が元だと言われている。