ジョンの伝記   作:ひろっさん

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末路

「うわーお、マ~ジですかー?」

 

白ローブの少女が闘技場の裏口に届いた大剣を確かめ、頭を抱えた。

 

「さすがにこれは予想外ですよマジで。渋顔ダブルヘッドなのです」

 

説明しよう。

渋顔ダブルヘッドとは、両手で頭を抱えるということである。

 

この困った時に頭を抱えるという動作は、地球でも全世界共通のものである。

というのも、個人差、個体差はあるものの人間や動物の手の平からは遠赤外線が出ており、それを頭に当てることで血流を促進し、思考をクリアにする作用があるからだと考えられる。

太古より、人々はそれを知って様々に利用してきたのだ。

だから、世界各地に『頭を抱える』や『額に手を当てる』のような定型句が存在している。

 

「部分焼き戻しが思ったより上手く行ってたみたいでな、傷が浅かったんだ」

「いやでもあの状況から半日でここまでピカピカツルツルにするのは、魔法でも使わないと無理ですよ?」

「鉄が相手じゃ錬金術でも無理よ」

「あーそーでしたねー」

 

アリシエルの指摘に半ば投げ遣りな少女。

 

「なんかまずったか?」

「ええ、それはもう。ぶっちゃけ騎士や錬金術師は何人か見てますしね。彼らは職人が何人か掛かりで、人海戦術でどうにかしたと思うはずです。でも、ジョン君を手伝ったという職人は一切出てきません。存在しないのですから当然ですよね。そこでホワーレン貴族がその噂を耳にすれば……」

「あ――!」

 

ジョンはそこで気付いた。

はっきり言って彼は今回、一刻も早く大剣を研ぎ上げるということしか考えていなかったのである。それがホワーレン貴族の目に留まって熱烈な登用(スカウト)合戦になることなど、想像もしていなかった。

 

「あらあらまあまあ」

「確かに、彼の事情に辿り着かれる可能性が出てくるな……」

 

猫耳ファッションがすっかり板に付いた黒髪少女エヴェリアも唸る。ジョンが異世界転生者だということに、現時点で気付かれるのはまずいのだ。

 

「幸い、ハル姉様が強権で押し通して下さったおかげで、研ぎ直しの完了を知っているのは私達だけです。今の内に隠してしまいましょう」

「了解!」

「悪いな。せっかく急いでもらったのに」

「大丈夫ですよ。ウチには白ローブに逆らってはいけないという家訓があるんで」

「私からも謝っておきます。さすがにこれは予想外でした」

 

なんやかんや言いながら、6人は両手用の大剣を闘技場の敷地に埋めて隠した。

壁際に埋めておき、夜に掘りに来る予定だ。思わぬハプニングである。

 

 

 

ちなみに。

試合の方は、事情を知らないマルファスが難なく電撃使いを下し、本戦への出場を決めた。素人目には電撃が使われなかったように見えたらしい。

元々、電撃は接近しなければ効果が低いため、マルファスに接近させて撃ったが、攻撃は止まらなかったのだ。マルファスの攻撃があまりにも速かったため、素人には見えなかったのである。

 

また、振り回した鉄の柄は止まっても、棘付きの鎖鉄球は止まらないため、結局電撃が通用しなかったことに気付いた者はそう多くはいなかった。

 

「柄の殴りにしっかり力が籠っとる。電撃のダメージは無いようだな」

「さすがマルファス様ですね!」

「そういう意味ではないのですけれどね……」

 

貴賓席では、デンゲルの横に座る白いローブの少女が増えていた。

横に並ぶと片方がややふっくらしていて、胸も大きいのがよく分かる。

もう片方がほっそりと痩せている、という見方もできるのだが、そこは好みによるところだろうか。

 

ともあれ、武術大会の本戦出場というハーリア公爵から異世界転生者ジョンへ課されたお題は達成されたのである。

 

 

 

王宮、地下牢。

 

「貴様ら、下賤な血の混じったナノカネズミどもが!このようなことをして、ただでは済まさんぞ!」

 

赤毛の中年貴族カナタン伯爵が、分厚い鉄の扉を叩いて喚き散らす。近付いてきた人の気配に反応して、彼は怒鳴り散らした。

 

神族(かみぞく)に尻を捧げて保身を願うクズどもが!」

「本当、清々しいほどの低脳ね。裁判なしの奴隷降格も納得だわ」

 

牢獄の入口から響いたのは、鈴やかな女性の声。

金属が擦れるような耳障りな音と共に開いた扉に立っていたのは、灰色髪の若い女性。モザイク状の四角い布を繋ぎ合わせた、露出度の高い格好をしている。本来は地下牢に着てくるような衣装ではない。

 

地下牢とは、砂埃(すなぼこり)が溜まりやすく、ネズミや虫などが生息していて、衛生的にもよくない場所なのである。特に、ウィルスの概念が考慮されない中世の牢獄は危険なのだ。地球でも、獄中で感染症にかかって病死した例など、掃いて捨てるほどある。

 

ただし。

このハレリアの地下牢はそんなイメージに反し、(ほこり)などがほとんどなく、虫やネズミなどもいない、清潔な場所だった。

理由は1つ。

この地下牢を使うような人間は、大抵が死刑囚か、彼のような奴隷降格者だからだ。死刑の時は大抵公開処刑であるため、病死などされては困るのである。死刑の執行1つですら、政治的なイベントにしてしまうのだ。

もっとも。

彼女、マキナ・アルト・シュレディンガー伯爵は、元々からしてドレスの汚れなど気にも留めないが。

 

「奴隷降格だと?高貴なる血筋の生まれであるこの私を奴隷にするだと!?

そのようなこと、陛下がお赦しになるものか!ハレリアはホワーレンの富を吸わねば生きていられん寄生虫であろうが!すなわち、実質的な支配者はホワーレン国王陛下!そのご意向に反することなど叶わぬであろう!」

 

得意げに話すカナタン伯爵に、マキナは薄笑いを浮かべた。

そして一言。

 

「それが本当なら――私はとっくにハレリアとホワーレンをまとめて滅ぼしているでしょうね」

「ハッ、どこの馬の骨とも知れぬ血筋の者に、高貴なるホワーレンは滅ぼせ――ぐぶべっ!?」

 

突然、カナタン伯爵の頭が床に押し付けられる。

 

「こおら、ジェイムズ」

「申し訳ありません。マキナ様への暴言、(ゆる)しておけませんでした」

 

マキナが静かな注意の声をかけたのは、彼女の背後に(かしず)いていた、金髪美丈夫の執事。

 

「頭を打ってはダメよ。人間なんて、少し加減を間違えるだけであっさり死んでしまうものなのだから。簡単に殺してしまっては――奴隷降格の意味がないわ」

「は……はっ、申し訳ありません」

 

ジェイムズは一瞬だけ驚いた様子でマキナの顔を見て、慌てて頭を下げた。

 

「貴き血統の生まれであるこの私に対してこの仕打ち、ただでは済まさんぞ!いずれ牢獄を出て――」

「ああ、それは無理よ」

 

起き上がったカナタンに、マキナはなんでもないように言う。

 

「貴方は、神族(かみぞく)への供物(くもつ)に選ばれたのだもの。

これからは術によって、思考の自由すらも奪い去られ、ただ食物を血液や体液に変換するだけの、生体器械になり果てるわ。早ければ5日、長く持ったとしても50日で人格が壊れ、肉体を戻せたとしても、貴方という人間は二度と戻らなくなるわね。

それまでに誰かが助けてくれると祈ってみる?」

「……そうだ、陛下ならば――」

「残念。奴隷降格、つまり人権停止は、ホワーレン国王ルブレム1世の要望よ」

「う、嘘だ!」

 

カナタンはマキナに縋り付こうとして、糸が切れた人形のように床に倒れ伏した。

 

「なっ、体がっ……!?」

「両手と両足を切断したわ。これで、貴方は喚くだけの人形」

「ひっ……!」

「動かない手足なんて、あっても邪魔でしょう?貴方が壊した使用人の女の子のように、芋虫になればいいわ」

「ひぃっ!?」

 

痛みはなかった。血も出ない。手足の感覚がなくなる膨大な喪失感に押し潰され、しかしカナタンは気絶することができない。壊れようとしていた心も、強制的に覚醒され、心身にかかる苦痛は継続する。

 

「貴方が破った条約は、ハレリアとホワーレンを守るための、最も重要なものだったわ。エルバリアの略奪部隊と気付かずに傭兵団を雇ったのも、到底貴族とは呼べない所業。

神殿を襲撃させた時、なぜ彼らは奴隷なり人質なりを残さなかったのか。

なぜ星王器を貴族であるあなたに売り払わずに持ち去ったのか。

考えもしなかったようね。よくそれで貴族を名乗ったものだわ。

ああ、家族は毒を盛って殺してしまったのね。傭兵団に罪をなすりつけて毒殺した時と同じ、ヤケミタカタダケの神経毒。

縁談の話も断られてしまったから、マナタン男爵を密かに養子にして結婚させ、その妻を手籠めにして血を残そうと思っていた……。

――ただの下種ね」

「あが、ぎひぃ……」

 

カナタンはあまりの精神的な苦痛に声にならない声を上げ、身をよじってのたうち回ろうとする。が、できない。芋虫のように鈍く蠢くのみで、自由を奪われた体は動かない。

 

「さ、引き出す情報は引き出したし、遊ぶのはこの辺にしましょうか」

「はっ」

 

執事はマキナの目配せに応え、カナタンの肉体を浮かせ、持ってきておいた籠に乗せる。その際、カナタンは口から泡を吹いて気絶していたが、その両手両足は健在だった。

 

マキナが魔法で治癒したわけではない。元々、切断されたと肉体に誤認させただけなのである。

これも星王術による洗脳の一種で、幻覚を見せたのだ。

だが。

カナタンの逃れられない将来の姿であるのも、また間違いないのだった。

 

 

 

地球でも、カナタン伯爵のような例は幾つか実在している。

強迫観念などの精神疾患によって判断を誤り、国を滅ぼしたり窮地に追い込んでしまった実例が存在するのだ。

 

元々、王権神授説によって成立している王制は血統主義的な側面が強く、王の血を引いていれば狂人であろうが殺人鬼であろうが暗愚であろうが即位することは可能だし、先代の遺言によっては立てていかなければならないのだ。それは往々にして周囲の人々の思惑によって実現し、そして悲劇を生むのである。

 

その原因と言われるのが、精神疾患の一種、偏執病(パラノイア)だ。

自分が特別な人間であり、自分を中心に世界が回っていると思い込んでしまうのが、世界で最も有名な症状として知られる。まあ、誇大妄想や被害妄想なども症状に含まれるため、一概には言えないのだが。

とにかくこの偏執病、周囲からちやほやされてきた貴族や王族の大半が罹っていた形跡があるという。

カナタン元伯爵の場合も、ホワーレン貴族の血統が特別なもので、その血筋をハレリアに利用されていると錯覚していたと見ることができるのだ。

 

実際は、ハレリア王政府は毎年ホワーレン国王に独立を迫っているのである。既に形骸化して久しいが、これはホワーレン王家にやる気がないのが問題なのであって、それでも支援しているハレリアの責任にはできないことだ。

 

独立になかなか踏み切ろうとしない理由は、エルバリア王国の脅威である。

戦力的な理由から、独立と同時にエルバリアに戦争を仕掛け、神石(かみいし)の採掘権をもぎ取らなければならないのだが、エルバリアは神石の大口供給源を握っているため、普通のやり方では絶対に勝てないのだ。そうやってまごついている内に、ずるずると300年もハレリアの代理統治が続いてきたというわけである。

 

最近、ホワーレンに新王朝が誕生し、ホワーレン軍を編成して独立しようという気運が高まっている。そんな時に、カナタン元伯爵が起こした事件のせいで、エルバリア軍が強化されてしまう事態となったのだ。今度からは、生半可な軍では太刀打ち、ホワーレン王国の維持も難しくなる。

つまり独立が遠のく。

これにホワーレン国王ルブレム1世は激怒し、カナタン元伯爵を厳罰に処するように、ハレリア王国政府に要請した。

そのため、ハレリアでは極刑である人権停止、つまり奴隷降格の判決が下ったのだ。

 

以上が後の世に言う『カナタン事件』の背景である。

 

 




法律:刑法編

中世初期の刑罰の決定法は大きく分けて3つある。

1つ目は宗教の聖典から引用する方法。
地球においてもユダヤ教、キリスト教、イスラム教の関連はこの方法による罰則が基本となっており、場所によっては現代も同じ方法で罰則の決定が行われている地域もある。
古来より受け継がれてきた掟などもここに含む。

2つ目は裁定者を選び、決定する方法。
村や町単位の規模の小さい領域にてよく行われた方法で、はっきり言ってしまえば選ばれた1人の人間が気分で決めるということである。
もっとも、裁定者は全員から信用された者が選ばれるため、どちらかというと直接民主制、あるいは現代地球における議院内閣制に近いかもしれない。
同時に時代が進むと賄賂を送って自分の有利になるように働きかけたり、人質を取って脅迫したりといった方法が発明され、数々の不正、腐敗の温床となった方法でもある。
逆に言えば、そのために法律、警察機関、要人警護などが発達したとも言える。

3つ目は複数の裁判官による多数決。
2つ目と似て非なる方法で、複数の裁定者を選び、彼らによる合議にて決定を下す方法。
現代地球の裁判制度に近いだろうか。
ただ、強権の持ち主は裁定者全員を抱き込むことができるため、より独裁色を強める方法でもあると言える。
現代地球ではこれに陪審員、民間裁判員といった、民間人が裁定に係わる方式を採用する国もあり、その意味では現代においても試行錯誤が続けられているということになる。

マグニスノアにおける刑罰の決定法も、この3つのいずれかに当てはまる。

ハレリアでは平民については2つ目、ただし事件が起こる都度、裁定者を選ぶ方式が採用されている。
その裁定者を選ぶのが、白ローブ、つまり宰相府が派遣した調停官と、その地域で活動する貴族である。
つまり、行政の権限を持つ両者は、司法に関して直接決定を下す権限がないのだ。
ただ、その知識量、情報量によって裁定者を説得することはできる。

不正が行われる可能性のある方法ではあるが、王族である白ローブは法律によって非常に厳しく縛られており、不正を行ったとしても、その地域にプラスになる不正しか行わないという特徴がある。



ハレリア刑法:
ハレリアは身分によって同じ罪でも重さが異なり、最高刑も異なる。

平民:最高刑:懲役
殺人による、1人当たり10年の労役義務が最高刑。
奴隷降格と異なり、労役中にも人権が保障される。

貴族:最高刑:奴隷降格
殺人の理由によっては死刑となる。
命令による殺人、判断ミスによる死者も殺人に含まれる。

王族:最高刑:奴隷降格
法律によって身分が保障されず、基本的に護衛もつかない。
平民の命を優先する義務があり、自国民はおろか他国民も、敵と認定された国の兵士でない限りは殺すと殺人罪となり、1人で懲役20年、2人で死刑、3人以上で奴隷降格となる。
自身の行動を遠因とする死者も殺人に含まれるが、刑罰を希望者が代替する制度があり、1度か2度だけなら、本人は助かる可能性がある。

奴隷:極刑の結果の身分
特に貴族や王族を対象に、死刑では足りないという裁定が下った際に行われる刑罰を受けている者を意味する。
内容は一切の人権を停止することで、ハレリアでは契約に基づき神族(かみぞく)素材(・・)として提供される。
奴隷となった者は例外なく、極度の苦痛による人格崩壊、自我崩壊などを起こしており死刑より重い極刑としての要件を十分以上に備えていると言える。

賊:緊急避難的、事後承認的に認定される身分
兵士や衛兵が平民の盗賊や山賊を討伐する際に行政に事前申請することで認定される指名手配犯、および、突発的な殺人事件、襲撃事件等の際に平民への被害を減少させるための行動に対する裁定により、事後承認的に認定される身分。
平民を守るために平民を殺すという矛盾を解消するための身分制度であり、原則として生きている限り一時的な身分である。
事後承認としての裁定には読心術による術士尋問が必要条件とされており、悪用できない仕組みがある。
賊認定を受けた場合、捕縛、あるいは自首の後、術士尋問を含む捜査が終了した際に、賊認定が解除される。
つまり、その後の裁判においては平民扱いとなり、平民同様の刑罰が下されることになる。
そのため、賊という身分の者に下される刑罰は定められていない。

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