翌日、闘技場。
季節は春、暖かくなり始めた頃。地球で言えば3月の終わり。闘技場は熱気に包まれていた。
『レディィィィィス、アン、ジェントゥルメェェェェェン!!
これより、第893回、武術大会本戦を開催いたします!!』
満天の青空に、超満員の客席から大歓声が上がった。
『司会は
拡声の星王術を使用した淡い青色ローブの男性が拳を振り上げる。
「おい、名乗んなよ、謎の人物!」
赤毛チビのツッコミは大観衆の声援にかき消された。
『まずは来賓の皆様方のご紹介です!極北イリキシア王国は『城塞』ボナパルト公爵家第二公女、この度は留学生として遠路遥々、このルクソリスにやってまいりました!
エヴェリア・オルナ・ヘール・ボナパルト姫ェェェェェィ!!』
黒を基調に白いヒラヒラをアクセントにした、ゴスロリ風ドレスを着込んだエヴェリアが貴賓席のソファから立ち上がり、スカートの裾をちょいとつまんで優雅に一礼する。
長く艶やかな黒髪は高く結い上げられ、この日のためにジョンが調整を繰り返した、黒い猫耳カチューシャが揺れている。
雪のように白い肌に漆黒の髪を持つ彼女に
ジョンに
(なぜ自国の王族でもないのに総立ちなんだ……?)
予想外の反応に彼女は驚いたが、作り笑顔は崩さない。訓練の賜物だ。少し口の端が引き攣っていたが。
ちなみに。
ゴスロリ、すなわちゴシック・アンド・ロリータについて。
どうもwiki教授の調べによると、単なるファッションではないらしい。
『ロリータ』とは、ウラジミール・ナボコフが1958年に発表した小説に出てくる、12歳にして中年文学者ハンバート・ハンバートを一目惚れさせ翻弄し、破滅に導いた少女ドロレス・ヘイズのニックネームが語源である。そして作者ナボコフは、ロリータを年齢的に幼く、言動や容姿によって小悪魔的に男性を誘惑する少女と定義した。しかし、それが日本に上陸した時、意味がほぼ裏返ってしまい、実際には大人なのに童顔や服装で幼く見せている女性か、本当に性的な要素を宿していない少女とされるようになった。
ロリータ・ファッションとなると、中世のお姫様的なイメージを体現し、大人の女性を幼く魅せるものということになるようだ。なので、全体的に明るい色を基調とした幼げな服が多い。
次いでゴシックだが、これは元々は北欧で12世紀半ばに作り上げられた、建築様式である。
それを認めなかったイタリア人が、侮蔑を込めて『
それがなぜゴシック・ファッションとなったのかというと、そういう中世のゴシック様式の城や館を舞台にしたホラー小説が流行ったところから来ている。『ドラキュラ』のように、白黒時代から何度も映画化されたような作品も数多く、その映画の中で当時を再現したファッションが、ゴシック・ファッションとして流行したのだろう。ただ、ゴシック建築の時代のファッションを再現したとは言い難く、ほぼオリジナルの様式となっているらしい。
元が白黒時代のホラー映画のため、人物を際立たせるために、顔を白く塗ったり、極端な色調を使ったりといった、特徴的で退廃的な雰囲気の、化粧を含めたファッションとなったようだ。
それらを合わせたゴシック・アンド・ロリータ、通称ゴスロリというファッション様式は、幼い少女の小悪魔的な可愛さと同時に退廃的な恐しさを兼ね備えたものとなるという。それはロックンロールなどと同じ生き
そういう意味で、エヴェリアのドレスはあくまでゴスロリ
なお、これはあくまでウィキ教授による説明であり、作者はファッションに詳しくないため、間違いも含まれているかもしれないが、激しい追及は平にご容赦願いたいと、予防線を張っておく。
『続きまして、我らがハレリア王国、ハレリオス王家第3王女、ハルディネリア・リウス・オルタニア・ハレリオス姫ェェェェェェッ!!』
輝く朝日の下に、長い金髪を結い上げた白い肌の少女が立ち上がり、にっこりと微笑む。あれだけ騒いでいた観客達が、一瞬静まり返った。
清純でありながら柔らかな母性を含んだ乳白色のドレス。そのドレスの下からもはっきりと分かる、ふくよかな双丘。
中世――。これは全世界で共通のようなのだが。
どうも『ふくよか』な女性こそが美しいとされていた節がある。
現在のような、痩せている方がいいというのは、かなり最近になってからの流行のようだ。しかし、実は好まれる体型に関しては、大して変化がないとも考えられる。
というのも、昔は男性も女性も痩せていて当たり前だったのだ。
現近代でこそ、食事は1日に3食、おやつも夜食も食べるという習慣が根付いているが、中世にそんな生活が出来たのは、王侯貴族などの権力者か、もしくは商売で成功していた富豪くらいのものだったのである。当然、その妻や娘達も同じように食事には困らなかっただろう。よく美しいと表現されるのは、そういう富豪や権力者の妻や娘であることも、この説を裏付けるものと考えられる。
では、でっぷり肥えて脂ぎった、と表現されるほど太った女性はいなかったのか。
答えは、まずいない、だ。
女性は自分を高く見せるために美と若さを追求した。その過程で、太く肥えているほどいいなどという極端な考え方は、真っ先に淘汰されることを知るのである。
中世も古代も、美的感覚にはそこまで極端な差がないのだ。
それに、貴族は自分が行う事業を視察したりする仕事のために、富豪も商売のために、それぞれ妻や娘を連れて移動することが多く、屋敷の中でさえも広大だったため、運動不足になるなどということはなかったと考えられる。
つまり。
現代人は全体的に運動不足、肥満気味になりつつあると考えられるのだ。もちろん、科学技術の発達によって各種の食糧を高い効率で生産できるようになり、さらに自動車などによって移動が遥かに楽になったためである。そのため、美女の理想形に近付けるためには、昔は太り、今は痩せる必要があるということになる。
そして、『ふくよか』なのがいいという裏には胸が、という意味も隠されている。なぜかというと、昔の絵や像に描かれた女性の姿には、大抵胸が大きく表現されているからだ。ただ、現代のエロ漫画によくある『奇乳』と呼ばれるほど極端な表現を行う発想はなかったらしい。美女には貧乳がいなかった、という程度の認識でいいかもしれない。
今も昔も、豊かな母性の象徴は男性を惹きつけてやまないということだろう。
さて、以上を踏まえてハレリア第3王女ハルディネリアの容姿について寸評を入れると、彼女は顔も
肌に張りがあり、顔の輪郭にやや幼さがあるのは、実際に若いからだろう。しかし、それを考慮に入れてなお、観客は彼女に圧倒された。何よりも、その存在感が際立っていたためである。
アイドルなどでも、その人気を示すのは、美貌だけではありえない。光って見えると言われるほどの、圧倒的な存在感が、ただの
古来、『カリスマ』とも呼ばれる『存在感』は、ありとあらゆる指導者、権力者が、自分のものとするために研究を重ね、努力してきた。その秘密は、地球では今も分かっていない。
だが。
魔法、星王術、特に人の心を読んだり人を洗脳したりする技術の存在が、マグニスノアにおいて『カリスマ』の解明に一役買っていた。
つまり、星王術の技術が発達したハレリアでは、訓練によって『カリスマ』を意図的に演出する技術が存在するのだ。国を運営する上で最も重要で恐ろしい技術を、ハルディネリアは身に付けているのである。となれば当然、その父親であり国王でもある男も、その技術を身に付けていることになる。
『続いて最後に紹介しますは、ハレリア王国現91代目国王、トワセル・レ・ムルス・ハレリオス12世ェェェェェィィィィッ!!』
立ち上がったのは、白髪交じりの金髪に王冠を載せた、中年の男性。
白を基調とした服に金の糸で刺繍を施した服に、裏地が黒の白マント。マントにはハレリア王国の紋章である、赤い太陽と青い三日月の刺繍が施されている。
まさに、ハレリア王国を背負って立つ人物なのである。
が。
観客達の反応はそれほどでもない。ただ、鳴り止まない歓声と拍手があるだけで、
彼は鳴り止まない拍手に対して、両手を掲げ、上から押し下げるような仕種をする。すると、拍手は徐々に静かになっていった。次いで下から押し上げるような仕種をする。すると、静まっていた拍手が盛り上がっていく。
また一旦静め、ゆっくりと右手側から観客席を示していくと、そちら側から波のうねりのように、拍手が闘技場の客席を端から端まで順番に盛り上がっていく。
まるでマスゲームの指揮者だ。
驚くべきは、これは別に訓練しているわけではないということ。ただ、割と毎年やっているため、慣れている観客に釣られて、初見の観客もやってしまうのだ。
「ま、毎年の風物詩ですね」
「ここの闘技場が訓練されたようです」
控室警備のエルウッドから話を聞いたジョンは呟く。
「なんですそれ?」
「あー、うん、今日もハレリアは平和だなってことでいいんじゃね?」
異世界人の赤毛ショタジジイは、適当に言葉を濁した。
ついでに説明しよう。
『ショタコン』とは、『正太郎コンプレックス』の略である。
ここで言う正太郎というのは、漫画『鉄人28号』の主人公、金田正太郎のことだ。
意味としては『ロリータ・コンプレックス』の逆で、少年に執着する女性を指してそう呼ぶ。
そもそも『ショタコン』の歴史は浅い。
西暦1981年にアニメ雑誌『ふぁんろーど』にて読者より提起された、『少女を好きな男性はロリコンと呼ばれるが、では少年を好きな女性は何と呼ぶべきか?』という質問に対し、編集長が『半ズボンの似合う少年』の代表として金田正太郎を挙げ、『ショウタロー・コンプレックス』と返答したのが始まりとされる。
当時、今現在もそうなのだが、同様の性的嗜好者を示す単語を代替する言葉は他に存在していないため、『ショタコン』は現代地球でも使用され続けているらしい。
ちなみに、西洋方面には少年に性的な目を向ける大人の男性を指して『ソドミー』という言葉が存在するようだ。