ジョンの伝記   作:ひろっさん

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試射

真夏の炎天下。

ハレリア中部、街の中を走る円形運河に囲まれた西洋的町並みの都市とはいえ、真夏は暑い。数人の騎士が気を利かせて魔法で風を起こしてくれているから、これでもなんとか動いていられるものの、そうでなければ外で動くには厳しい暑さだった。

まあ、日本ほど湿気が多くないのも救いか。

 

そんなうだるような暑さの中、赤毛の2人(ジョンとモーガン)は汗だくになりながら新型弩砲を操作する。

まずは発射の反動を抑えるために、弩砲本体と一体型になっている車輪に、木製の車止めを噛ませる。これは現代でも使用されているもので、古来からほとんど形を変えていないことから、その完成度の高さが知れる。

次に、弦を手で引いて留め金に引っ掛け、鋳造した矢をセット。

 

「えらく弦の張りが緩いようじゃな?」

 

そう問うのは、白髪の小柄な老騎士。

白く染められた革製の略式正装に身を包み、赤毛少年2人の作業を見ていた。他に数人の騎士や兵士も見ているが、声をかけた人物が最も高齢に見える。

この暑さの中でも、割と平然としていた。

 

「これから強くするんでさ」

「今ここでかね?」

「はい」

 

老騎士はさらに問う。

 

「人手は要るかの?」

「最低2人で最後まで操作できるように作ってあります」

 

ジョンはやんわりと拒否。

 

ねじり反発力を受けて弦を張る腕の付け根には、鉄製の軸と銅製の軸受け。

 

  ↓軸

/ ̄\←腕

 ̄ ̄ ̄←弦

 

従来型の弩砲では、軸にはねじり反発用の獣毛を束ねたものが来る。それだけでも、この新型弩砲の異質さが垣間見えた。

さらに、その軸には左右5つずつ、直径40センチ程度の大きな銀色の円盤が、軸に貫かれるように取り付けられていた。見たところ、その円盤がねじり反発力の源となるようだが。

 

円盤の外周には溝が入っており、そこに細い紐が巻かれている。その紐は、先を両脇に固定されている木の板に空けられた穴に通された後、金属製の輪に結び付けられていた。ジョンとモーガンは、それぞれ左右からその輪を持ち、固定されている木の板に足を当てる。

 

「1段目、行くぞ」

「おう」

「せぇい、のっ!」「ぬりゃっ!」

 

打ち合わせ通りに声を掛け合い、お互いに木の板を蹴り、力を込めて紐を引っ張った。引っ張った先には弩砲にありがちな固定用の骨組みがあり、ジョンとモーガンはその骨組みの留め金に、取っ手を引っ掛けて留める。

それを、残り4セット。

 

「この暑い中でやると、結構きついな……」

「ぼやくなぼやくな。後は狙いを付けるだけだ」

 

と、ジョンは照準器を覗き、弩砲を台車ごと木の棒で梃子の原理を利用して動かし、微調整。それを繰り返す。少々乱暴だが、昔の機械はこんなものだ。

仰角に関しては、半円状の大きな歯車と小さな歯車を組み合わせたハンドルが弩砲発射台の支柱に付けられており、それで細かく調整する。

 

「よし、こんなもんかな」

 

照準に満足し、赤毛ショタジジイは顔を上げた。

 

「それじゃあ、撃ちます」

「まあ、待てい。皆に確認しておくが……」

 

経験的にはわりと歳の近い白髪の老騎士がひとまず止める。

 

「組み立て式の弩砲に求められるのは、第一に射程距離じゃ。今までは術の限界射程である198馬身を超えておらん。ゆえに防御兵器としてすら、その存在意義を危ぶまれておった」

 

198馬身はメートル換算すると、大体396メートル。1馬身=約2メートルの計算だ。

馬の種類によって1馬身の長さが変わるため、大雑把なものと考えてもらいたい。

 

近世地球、正式に単位が定められる以前は、割とこのように人間の体などを基準とし、長さの曖昧な単位が多かったと言われている。

ヤードは鼻先から前に伸ばした手の先まで。

フィートは足の爪先(つまさき)から(かかと)まで。

インチは親指の第一関節から指先まで。

――といったように、現在の単位にもその名残がある。

 

「だが逆に言えば、古来戦術は星王術を基準に組まれておる。それ以上の射程を持った兵器の誕生は、想定されておらん。

『術を基準に戦うのが当たり前』。そう教えられた者も少なくはなかろう」

 

略式鎧の老騎士は演説する。

 

「ゆえに。もしもこの新型弩砲が術の限界射程を超えることができるのならば、古来脈々と受け継がれてきた戦術の理論が、根底より覆されるであろう」

 

彼はちらりと新型弩砲に目を向け、そして言った。

 

「見たところ、水平射撃じゃ。

この内域の練兵場は、向こうの塀まで300馬身ある。設置させた的はこれより198馬身。

――実に楽しみじゃ!」

 

そこかしこで小さな笑い声が湧き起こる。

あからさまにプレッシャーをかけたのである。同時にほんの少し邪魔を入れることで、失敗しても笑い話で済むように計らったのだ。さすがに16歳の少年に重い責任を負わせる気はないらしい。

 

「うむ、撃つがよい!」

「はっ」

 

ジョンはなんとなく、ノリ的に軍人的な返事を返してしまう。これも老騎士のカリスマだろうか。割と気さくな、近所のお爺さんと言った風情なのだが。

 

「せいっ!」

 

ジョンは大きめのハンマーで留め金に繋がる鋼鉄の棒を叩き、装填されていた矢を放つ。矢は、アリシエルが作成したモデルを元に鋳造された、空気抵抗を減らした新型である。

 

すぐに馬に乗った兵士が測定用の紐を持って飛距離を測定に行った。

 

「飛んだのう」

「いい飛びっぷりですね」

 

騎士兵士達がざわめき始める。その間、ジョンはモーガンと一緒に、引っ張っていた円盤の紐を戻していた。

 

「ふむ、戻してしまうのかね?」

「引っ張ったままだと、全体的に傷んでくるんで。それに張りが強過ぎて、普通の方法じゃ弦が引けねえんです」

「どれ」

 

のそりと『雷神』の二つ名を持つ巨漢の老騎士が歩み寄ってくる。

 

「いやいやいや!」

 

赤毛のチビ技術者は慌てる。

 

「総長基準でなんて作ってねえから!」

 

伝説に出てくる英雄の力自慢な逸話(エピソード)には、馬を持ち上げたというものがある。馬は小さな種類でも500キロ以上もあるため、過酷な訓練を積んだ軍人とはいえ、そうそうできるものではない。軍人には敏捷性も必要とされるため、余計な肉を削ぎ落として身軽にするものだからだ。ゆえに、敏捷性を保ちつつ馬を持ち上げることもできるという、グレゴワール・デンゲルの怪物性が浮き彫りとなるわけだが。

当然、多くの兵士に使用可能なようにできている新型弩砲が、一部の怪力人間を基準にできているわけがない。

 

それ(・・)は今のところそれ1台しかないんじゃぞ?」

「む――」

 

小柄な老騎士の一言に、『雷神』の動きがぴたりと止まった。

 

「まったく、事あるごとに馬鹿力を見せたがる癖を何とかせんか!」

「面目ない」

 

巨漢の騎士団総長が叱られて(しぼ)む。

そんなことができるのは、その小柄な老騎士が彼より上の立場にいるからであった。

騎士団を統べる人物の上にいる、つまり。ハレリア王国軍の頂点に立つ人物である。

 

「さすがは『鬼謀(きぼう)』ヴェグナ・テュール・マディカン元帥ですね」

 

いつの間にか来ていた白ローブの少女が声を挙げた。

 

「おお、来おったな」

「遅れてしまいまして、申し訳ありません」

 

彼女は優雅にローブの裾をつまんでぺこりと頭を下げた。

 

「構わぬ。世紀の瞬間を見逃しただけじゃ」

「それ、結構大きなことではありませんか?」

「なあに、世紀の瞬間など、ワシらの立場ではよく目にするものじゃ。1つ見逃したからと言って、うろたえるほどのものではないわい」

 

騎士達は笑う。割と楽しげである。

 

 

 

数分後、騎馬の兵士が戻ってきた。

 

「報告します!矢は的より15馬身半、超えた位置にありました!」

 

その報告を聞き、見物していた騎士達はざわめく。

15馬身半、約31メートル。合計で213馬身半、約427メートルだ。

(※ ジョンも正確に1メートルを覚えているわけではないため、細かい数値までは計算しないものとする)

 

「やりましたねえ」

「ほほう……やりおるのう」

 

マディカン元帥も白いアゴヒゲを撫でながら唸る。

 

これはマグニスノア全体の兵器史にとって、とてつもない結果だった。

今まで、120馬身240メートルが精々だった射程距離が、7割以上増えたのである。しかも水平射撃で。

これで仰角を付けて発射すれば、飛距離は大体4割増しだ。実に術の限界射程の6割増し。これは、機動性を犠牲にしても十分な効果が見込める数字だった。

通常よりも遠くまで届くという事実があれば、ハレリア軍ならば十分に活用できるのだ。

 

ちなみに。

ジョンは弩砲の名手でもなんでもない。なので、的になど当たるわけがない。設置された的は、ただの目印である。

 

「これは開戦までに幾つ生産できるのじゃ?」

「今んとこ俺しか作れないんで、頑張ってもあと2基です」

 

略式騎士甲冑の小柄な老騎士、マディカン元帥の問いに、ジョンは答える。

合計3基。野戦で使用するには数が足りない。敵に圧力(プレッシャー)をかけることはできるかもしれないが。

 

「ふむ……」

「マディカン公爵、ご心配なく。彼はとんでもない発想で数の問題を解決してくれました」

 

考え込むハレリア軍トップに、白いフードの少女が言った。

 

「とんでもない発想じゃと?」

「散弾はまだ試作段階なんだぜ……?」

「軍のトップが兵器の性能を視察をする機会なんて、滅多にありません。ここで実験してしまいましょうよ」

 

白ローブの少女に促され、ジョンは渋々準備を開始する。

 

「先に言っておきます。これはまだ調整ができてません。なんで、後で形状が変わる可能性があります」

 

言いながら、彼は試作型の散弾に使う矢をセットした筒を、弩砲に装填した。一応、用意はしてあったのだ。

何が始まるのかと、騎士達はざわざわしている。そんなざわめきをよそに、再びジョンとモーガンで両側から紐を引っ張り、弦を強く張った。

 

「装填と発射で3人いれば十分だな」「回転を考えれば、3人か」「従来型は弦を引っ張るだけで5人は要る」「ああ、人数が少なくてこの速さ、この性能なら十分だ」

 

新型弩砲の騎士達からの評価は高そうだ。

 

「だが、金属部品が多過ぎる」「そうだな。保守整備に性能以上の巨費をかけるようでは、兵器として失格だ」

 

新型弩砲の金属部品は多い。弓に当たる腕と一体型の軸部分は、すべて金属製だ。謎の円盤も金属製。さらに仰角を調整するための機構も金属製である。

金属でないのは、木製の発射台と支柱、それに台車くらいのものだった。

 

当然、彼らが問題にしているのは、錆びだ。中世頃は精錬冶金技術が甘く、鉄は錆びに弱いというのは常識なのである。それゆえに、錆びにくく金属としても優秀な軽銀(アルミ)が重宝され、それを唯一作り出すことができる錬金術師の価値を高めてもいた。

 

「発射します」

「うむ」

 

今度はマディカン公爵も演説はやらない。

ガシャン、という派手な音を立てて、装填されていた筒が舞った。筒には底があり、それが空気抵抗を大きくしたために舞い上がり、30メートルほど先に落ちたのだ。

 

「結構飛びましたね」

 

白ローブの少女が言った。

当然、装填されていた筒が、ではない。その中身が、だ。それは見ていた騎士達の動体視力に捉えられた。

 

「い、今のは……?」「矢が何本も飛んでいったぞ」「なんじゃありゃ!?」「筒に入っていた複数の矢を飛ばしたのか?」「おい、どこまで飛んだか見て来い!」「は、はっ!」

 

騎士達は驚きを以ってそれを見ている。先程飛距離を見てきた騎馬兵が、再び馬を走らせた。

 

「ほほう、一度に複数の矢を発射することで、生産性の不利を補うか……。面白い発想じゃ」

 

マディカン公爵はにやりと笑った。

 

「ただ、形状的にあんまり効率はよくねえ感じですね。一度の発射数も調整しねえと、下手すると肝心の飛距離が半減しちまうんで」

 

ジョンは円盤の紐を戻しながら言う。

 

「問題無いわい。最悪、アリアの娘に使わせることも考えておったんじゃ」

「『鳶眼(とびめ)』のハリスティナ・アリア、秘儀『風穴通し』ですか。

確かにあの技でしたら、射程距離の不利は多少でしたら引っ繰り返せるでしょう」

「そういうことじゃな」

 

要するに、ジョンの新型弩砲開発が多少失敗しても、どうにかなるような手段はあったらしい。ちなみに、武術大会の際に予選でマルファスに敗れた騎士と同一人物なのだが、ジョンはまだ知らない。

 

「これでは逆に、一方的な(いくさ)になるやもしれんのう」

 

老獪な騎士は、ホッホッホ、と声を上げて笑った。余程自信があるらしい。

 

なお、ジョンが言った通り、散弾の飛距離は120馬身《240メートル》程度だった。試作品とはいえ、従来型と同程度である。

 

 

 

「ところで、保守整備はどうするんじゃ?」

 

マディカン公爵は尋ねる。やはり、錆びは気になるのだ。

 

「最終的に鍍金(メッキ)するんで、軸とか歯車とか、そういう擦れる部分に油を差してもらうことになります」

 

鍍金(メッキ)とは、金属の表面に別の金属の被膜を形成させる技術のことである。大昔はこれを指して錬金術などと呼んだこともあるそうだが、詳しいことは定かではない。

水銀に金やスズを溶かし込んで、熱して水銀蒸気にし、金属に付着させるのが一般的だが、亜鉛と鉄など、融点に大きな開きのある金属同士の場合、融けた亜鉛に直接漬け込んで、表面に被膜を形成させることもある。これはドブ漬けと言い、現代でも利用されている鍍金(メッキ)法である。

 

「油のう……」

 

近代に入ってこそ、油は豊富に手に入るようになったが、中世頃はそれなりに貴重品である。量産できるようになったのは、1つは農業が発達、機械化したり合成肥料ができたりして、植物油を入手しやすくなったのと、もう1つは石油由来の工業用油が普及したためだ。中世の時代に石油などそうそう手に入るものではないし、精製する技術もない。

 

「油っていっても、刃物みてえに(ロウ)を擦り付けるだけでも大分違いますよ」

 

赤毛チビは言った。

(ロウ)とは、獣脂油を冷やして固めたもののことである。酪農によって入手された肉の脂身は何かと余りがちで、燃料や潤滑剤として利用されることがある。

 

「手入れのために油を塗ることは鉄製武具にて行われますが……」

 

騎士の1人が言うように、中世でも鉄製品の手入れ方法には油が使われる。

ただ、上記の通り植物油はそう簡単に手に入るものではないため、蝋が用いられるのが一般的だ。

鉄製品を原則用いない騎士がそれを知っているのは、騎士は兵士から剣の腕などを認められて叙任を受けるからだ。

 

ちなみに、錆び止めの蝋を塗り過ぎると敵の鎧を斬る際、刃先が滑ってしまうため、装備の保守点検1つにも使い手の腕前が必要とされたという。

 

「ふむ……まあ、そう量産するものでもないしのう。また考えておこう」

「今回は試作品の披露ですからね」

 

白ローブの少女がまとめ、その後は数人の騎士達が実際に試射してみる時間となる。

言うまでもないことだが、デンゲル騎士団総長は最後まで触らせてもらえず、しょぼくれていた。

 

 

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