ジョンの伝記   作:ひろっさん

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雑談

「……いつも不思議に思ってたんだけどよ。ハレリアって割と味噌とか醤油とか、調味料が発達してるよな」

「はぁ?」

 

アリシエルは昼食の味噌汁を飲みながら首を傾げる。

豆腐や海藻類は入っていないが、サヤエンドウやタマネギなどの野菜が入っている。それを西洋らしく、底の深いスープ皿で食べるのだから違和感もあろうというものだ。

 

「味噌も醤油も、確かオートレスが伝えたものだったはずよ」

 

金髪ツインテール黒ローブは答える。

オートレスとは、このベルベーズ大陸における宗教の祖とも呼べる存在で、今なお絶大な人気を誇る偉人だ。

 

「そのオートレスってのは、日本人だったのか?」

「知らないわよ。何よニフォン人って」

 

アリシエルは首を傾げた。

 

「知らねえか……」

「うーん……でも、確かオートレス系の技術はハポン工房の管轄だったはずよ」

「ハポン工房?」

「そ、星王神殿直属の工房の1つね。転生者が残した技術を研究して、世間に広めるための工房よ。

魔法なら研究が盛んなんだけど、調味料とかっていうのはどうしても二の次になっちゃうわけ。だけど転生者が残したものだから、星王神殿としては捨てたくないってこと。

それを完成させるために、オートレスの死後千年近く経った今でも、製法とかの研究が行われてるのよ」

「へー……」

 

ふと、ジョンは自分が残すことになる技術や概念も、千年以上研究されるのだろうかと考えた。そもそも合計2千年も国が続くかどうかという問題があるのだが、それについては忘れている。

 

「まあ、オートレスが作ったものが大き過ぎて、今実用化されてない技術なんて、調味料とか料理以外はほとんど見向きもされてないんだけどね」

「そりゃまあ、注目されてねえ分野だからこそ完成も遅れてんだろ。……大き過ぎるってのは?」

「星王教よ」

「あー……」

 

異世界転生者が編纂した教義によって作られた宗教。

それはベルベーズ大陸全土に広がり、北のフェジョ教も南のフェアン教も、その影響を大きく受けている。

 

「強力な宗教指導者だったってわけだ」

「オートレスは、宗教指導者ではありませんよ」

「あ、ミラりん」

 

白ローブの巨乳少女がやってきた。最近、ジョンが描いた設計図を検討しているとかなんとかで、しばらく姿を見せなかったのだが。

 

「オートレスって、大陸の南部に星王教を伝えもしたんぶげら?」

 

話の途中で少年がウサギ耳を少女に着けようとして、迎撃される。それはあまりにも自然な流れで、少女の方も慣れているからか、話を途切れさせずに続ける。

 

「正確には、それを受け入れる土壌を作り出したのです。

オートレスが行ったのは、原則人助け。権力者に治水工事を勧め、技術を提供したり、獣避け山賊避けに柵を作らせたり、農耕や林業を伝えたり、様々なことを行っていました。

布教活動は二の次だったのです。

ですからフェアン教はどちらかというと、オートレス自身を祀った宗教となっています。南方地域の人々は、200年近くも『星王(ほしおう)』という存在を知らなかったのですよ」

「そりゃまた……てか、それならそもそもなんで南に旅をしたんだべし?」

 

倒れ伏したジョンは、そのまま少女のローブの下を覗こうとして、踏まれる。やはり、自然な流れで行われており、会話は途切れない。

 

「その辺は謎が多いと言われていますね。

当時、大陸南部は未開の地だったそうですし、生贄の儀式があれば止めさせようとしたとか、説は色々とあります。

そもそもなんと言いますか、相当な変わり者だったそうでして……。杖の先に骸骨を載せて、町中を練り歩いたりしていたそうです。新年祭の日に」

「そりゃまた……」

 

白ローブ巨乳と赤毛の少年は、何事もなかったかのように椅子に座り、机を挟んで向かい合う。

 

「基本的にいい人なんだけど、露悪的っていうか、外面を気にしない人なのよね」

 

アリシエルは苦笑した。どういう意味の苦笑だったのか、それは本人のみぞ知る。

 

「それで、あと2ヶ月で2基の新型弩砲はできそうですか?――割と余裕がありそうですが」

 

相変わらずフードで顔を隠している白ローブの少女は、壁に並んでいる獣耳カチューシャを一瞥してひと言付け加えた。最近は各種動物の尻尾もある。

 

「まるで好事家の宝物室(コレクションルーム)ですね」

「『伸線加工装置』の試作してる時に作り過ぎちまってな」

 

ジョンは答える。

 

「半分はモーガンとエヴァりんが持ってったわ」

「さらに倍あったのですか……」

 

白ローブの少女は頭を抱える。

 

「何気に、ジェバンニ工房の毛布で出来てるのもあったりするのよ」

 

アリシエルがタレ耳を渡した。それは、ジョンが作ったにしては出来が違っていた。犬のタレ耳と女性の頭の比率を合わせて、サイズアップしてあるのだ。さらに、タレ耳が頭の横に自然に垂れ人間の耳が隠れるように、カチューシャ本体の形状を変えてある。色は薄い茶色、毛並みは短めだが、非常に肌触りがいいのは、ハレリア人の金髪に合わせたのかもしれない。

毛並みの調整というのは、ノウハウを持たないジョンにはできないことだった。

 

「ああ、それな。俺が作ったんじゃなくて、モーガンが持ってきたんだ」

「モーガン君が?」

「なんかね、大会の予選突破記念だって。役所経由で配ってるみたい」

「ジェバンニがひと晩でやってくれました」

 

なぜかジョンが得意げな顔をする。

 

「むしろやらかしてくれましたよ。

そういえばあそこの工房主は、代々こういうお遊びが大好きでしたね……。

まあ、今回は役所を通したようですし、大目に見ましょうか」

 

白ローブの少女は溜息を吐いた。

やらかしてくれるのはジョンだけではない。特に、内域では娯楽が少なめということもあり、遊び心を盛り込んだ小物を作るのも、決して珍しいことではなかった。もちろん、そういう遊びを許さない工房もある。

当たるか滑るか、いずれにせよランキングには関係がないのだ。

 

問題は、そのせいで仕事に無理がかかってしまう可能性があることである。

仕事の詰め込み過ぎによる疲労から病気になることもあり、魔法で治せるとはいえ、神殿が数日の休息を命じる場合がある。魔法も万能ではないのだ。

平時ならば特に問題無いのだが、今は2ヶ月後に戦争を控えていた。

 

「というか、ジョン君も弩砲の方はできるのですか?1つ作るのに4ヶ月かけているわけですが……」

「問題ねえよ。4ヶ月かけて作ってたのが生産設備(・・・・)だからな」

「まあ、そんなことだろうと思いました」

 

白ローブの少女はまたも溜息を吐く。

マグニスノア人と異世界転生者ジョンでは、考え方が異なるのだ。マグニスノアで開発と言えば、試作を含めてそのものを作ることを指すのに対して、ジョンは生産設備を作るのである。作るのが1つでいい場合はそのものを作る方が早いのだが、量産を考えているのなら話は別だ。

 

もっとも、ジョンにはまだ転生者であることを公に明かすことができないという制約があった。だから、この辺の開発作業は極限られた人数で行わなければならない。そう考えると、たった2ヶ月でほとんど金属でできている新型弩砲を2基というのは異常な速度だと言えた。

針金を作り過ぎたというのも、その生産設備の1つである『伸線加工装置』の試運転時のことである。

 

「そういえば、散弾はどうなりました?」

「幾つか軍の方に回して試射してるとこだ。最終的にどっか余所の工房に回すことになると思う」

「モーガン曰く、矢はエヴァりんが頑張ってるらしいわ」

「あの子は真面目ですからねえ……」

「そうでもねえぞ。俺に獣耳(ケモミミ)の要望を出してくるし」

 

彼としても、あの真面目な黒髪少女が獣耳を所望するのは予想外だった。

貴族はファッションに敏感でなければならないと言っていたが、どこか言い訳めいて聞こえたものだ。

 

「向上心が強いのでしょうね。お遊びのチェスでもあまり手を抜きませんし」

「チェスとかやんのか?」

「お遊び程度ですよ。本気で戦場を想定しているマディカン家が様々な変則ルールを作ってくれますから、新鮮なゲームには事欠きません」

「あれねー。マス目の数も変わるし、縦に伸びたり横に伸びたり、『射撃』っていうルールが追加されてたりするし、もう私の頭じゃ無理」

 

アリシエルは思い出したのか、頭を抱える。

 

「俺の知ってるチェスと違う」

「大体マディカン家のせいなのです」

 

巨乳白ローブは頬に手を当てながら苦笑した。

 

「彼らは、戦場が自分の思い通りのルールで動かないことを知っていますから、平時から変則的なルールに慣れようとしているようです。ルールをサイコロで決めることもあるとか」

「それも訓練の1つってことか……」

 

ジョンは唸る。

 

これは推測だが。

平面戦術の思考訓練としてのチェスや将棋の類は、戦争が多発した地域では多数のローカルルールと共に発達していったと考えられる。

日本人が知るチェスと将棋のルールだけでも、明確なローカルルールによる差が存在するからだ。

つまり、獲った駒を再度使用できるかどうか、である。

 

盤面自体は、おそらく同条件における平野戦が想定されており、戦争におけるわかりやすいぶつかり合いを示している。

実戦における整合性の高さは、一概にどちらが高いとも言えない。

どちらにも騎兵、僧侶、弓兵、戦車に相当する駒が存在し、また敵陣深くに攻め込んだことによる戦力の意味の変化も、『成る』というルールによって表現されている。

 

最大の違いは獲った駒を再使用できるかどうかだが。

短期的には再使用不可であるチェスの方が整合性は高い。

しかし、捕虜、戦争奴隷という労働力による国力の増強を考えた場合、将棋の方が整合性は高いと言えるだろう。

あるいは、チェスでは説得などによる兵士や武将の裏切りを、想定しなかったということなのかもしれない。

 

一方ハレリアでは、長い時間を経て人々が好む形に統合されるはずだったローカルルールに着目し、本来の平面戦闘における思考訓練を行うために、あえてローカルルールを統合せずに拡大させていた。

盤面のマスの数の変化は地形の変化、『射撃』は術を利用した攻撃。

駒の再使用の有無は裏切りや洗脳術などを考慮したもの。

 

世界が違えば戦場の事情も異なるため、チェスなどのルールも変化するのである。

しかしやはり、一般人は分かりやすいベースルールを好むようだが。

 

「でも、変な訓練してるって意味だと、ハーリア家も似たようなもんでしょ?」

 

アリシエルが白ローブの少女に水を向ける。

 

「どことも一緒ですよ。

デンゲル家では、幼少期より山野を駆け回って戦闘訓練を積んでいると言いますし。

マクミラン家は新人の執事(バトラー)侍女(メイド)ばかり受け入れて、庶民感覚というものを磨いているそうです。

政治や行政を受け持つハーリアが、毒の代わりに特製の調味料を入れるのも、教育として必要だからです」

「それを違う家の私にまで適用することないじゃん?」

 

金髪黒ローブ少女が文句を垂れた。前に何かあったらしい。

 

「あの時は何度も声をかけたのに無視されたからお仕置きしたまでです」

「む~……」

 

アリシエルがむくれ面になる。

どうやら、言葉では白ローブの少女には勝てないらしい。それでも挑んでしまうのは、未熟と言うべきか、子供と言うべきか。

 

修羅場になりそうな気がして、そそくさと仕事場に逃げるジョンは、そんなことを考えていた。

 

 




ハレリア軍:総勢2万

軍のトップはヴェグナ・テュール・マディカン元帥。
王族三派六家の一角、軍略を司るマディカン公爵家のトップが代々元帥を務める。
ナンバー2は騎士団総長グレゴワール・デンゲル。
デンゲル公爵家は、武力を司る。

北方国境警備兵団2千、北方『風神』騎士団1千。
西方国境警備兵団3千、西方『水神』騎士団8百。
南方国境警備隊5百、南方騎士団2百。(同盟国と接しているため)
東方海岸警備兵団2千、東方『火神』騎士団千5百。
ルクソリス王都駐留兵団2千、同駐留『雷神』騎士団5百。
ナンデヤナ王都駐留兵団5千、同駐『土神』留騎士団1千。
残りの歩兵5百、騎士団0は予備役。

ただし、この2万というのはいわゆる国軍の数。
各都市や町などに州兵のような存在である衛兵団が存在しており、推定80万人が治安維持、つまり警察のような仕事をしている。
なお、衛兵団は民衆を守るのが仕事の独立した機関であり、貴族や領主の私兵というわけではない。
有事の際にはこの80万人の衛兵団が、輸送部隊の護衛やその他の後方支援に当たる。
つまり、戦闘員2万人に対して後方支援が80万人ということになる。
中国三国志時代の魏軍は、100万人の兵を動員したと標榜していたが、実際はほとんどが後方支援で、戦闘員の数は10万人程度だったと言われている。
それでも当時としては相当な大軍とされていた。

ちなみに、武術大会と武具大会への出場資格のある者には、各地の衛兵団を含み、基本的に衛兵団から国軍にスカウトされる他、国軍に直接志願することもできる。
入隊条件は15歳以上で、日々の鍛錬についていくだけの体力の持ち主であること。



軍編制の形態は大きく分けて3種類存在する。

1つ目は平時は農民として働きながら戦闘術の鍛錬を行う、いわゆる民兵。
地方を治める豪族が動員する兵士の大半がこれで、強さにバラツキがあり、連携訓練が行われていることが少ないということもあり、個々人の強さ頼みとなる場合が多い。
また、自国農産業の働き手を戦場に送り込むため、あまり多く死に過ぎると国力が壊滅してしまうリスクが伴う。
その上に、作付けや収穫の時期は働き手を戻さなければならないなど、時期的な制約も強い。
日本では戦国時代のほとんどの国がこの形態だった。

2つ目はお金で放浪者や山賊などを雇い入れる、いわゆる傭兵。
中世西洋の貴族などが率いる軍隊、私兵は大半がこれで、民兵と違って時期的な制約がなく、死者が多くてもそれほど国力に対するダメージが大きくないというメリットがある。
ただし、略奪が横行したり、作戦を無視することがある、敵前逃亡、報酬の持ち逃げなど、忠誠心が皆無に等しく、ほぼ統制が取れないという大きな問題も抱えていた。
戦国時代に恐れられた織田信長の軍がこの形態で、当時織田軍は数は多くても弱兵で有名だったと言われている。
それでも恐れられた理由は、略奪の横行と時期的制約を無視して戦争を継続することができたためだとされる。

3つ目はいわゆる専業軍人、近代的な統率された軍隊である。
これは近代兵器の性質に合わせた訓練を受けた軍隊という意味であり、それぞれが戦術を理解して効率的に行動することから動きが機敏で精強であり、武器の差がなくとも専業軍人が他を圧倒する事例が多い。
逆に中世、近世の時期は訓練の仕方や戦術が最適化されていなかったということでもある。
古来、兵士は統率と機動性と士気が重要視されており、それらについて上回る近代軍隊が強いのは当然と言える。
ただ、支給される装備の高価さなどがあり、敵前逃亡が発生した場合、他の2例に比べて被害が大きくなるため、基本的に敵前逃亡や命令への不服従などには軍法裁判の後に極刑が申し渡される事が多い。
逆に、上官の命令には逆らえないため、机上論を振りかざすなどされても、押し切られた末に大勢の死者を出すなど、大きな悲劇を引き起こす事例もあるようだ。
ほぼ司令官が交戦中の最前線に立つことがないため、人の命が軽く見られる場合が多いのも問題かもしれない。



マグニスノアにおけるチェスのルール。

チェスと言いながら、基本はオートレスが持ち込んだ将棋。
9×9のマスに、歩9、飛1、角1、香2、桂2、銀2、金2、王1を並べて戦う。

マディカン家が考案した変則ルールが広まっているが、流行り廃りがある。

1つは、取った駒を打つことができず、飛と角に『射撃』が許されている。
『射撃』は対局中に1回ずつ限りで、置かれているマスから進行方向2マス離れた敵の駒を、手番を消費して除去できる。
ただ、『射撃』は平民には覚えにくいルールであるため、廃れつつある。

他にも、代々のマディカン公が様々な変則ルールを考え、部下にやらせている。
その中で優れたルールがあれば、余所でも流行るという流れになる。

これは思考訓練の一種で、味方に戦力が整っていないことの多い戦場で、効率よく思考を巡らせるための鍛練法として、マディカン家では取り入れられていた。
そのため、定跡が誕生するとルール変更が行われる傾向がある。

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