ジョンの伝記   作:ひろっさん

37 / 83
伝書鳩

『伸線加工装置』は、ジョンが苦心の末に作り上げた加工機械の1つである。

 

理屈は単純で、入口が大きく出口が狭い金型に線材を入れ、出口から引っ張ることで成型する加工法だ。挽肉製造器(ミンチマシン)とこ(・・)ろてん(・・・)を思い浮かべるかもしれないが、厳密には異なる。なぜならば、あちらは液状の素材を線状に加工するのに対し、こちらは線状の材料をさらに細くする加工法だからである。

手加工ではどうしても太さが均一にならないところを、均一にするための加工法でもあった。

 

「そういえば元帥を含めて、まったく気付かれませんでしたね」

「そりゃ、形だけなら今の技術でできねえこともねえからな」

 

針金は、手加工でもできないことはない。廉価量産なら、金属をドロドロに融かして、水に垂らすという方法がある。

しかし、それでは組織構造が再成形されてしまい、どうしても強度が出ない。水に落ちる量を常に一定にしなければならないという難しさもあり、部分によって強さがまちまちになってしまうという欠点があった。

もう1つの手加工、ハンマーで地道に成形するというのも、同じく太さのばらつきという欠点を抱えている。

伸線加工に比べてしまうと、どうしても強度が落ちるのである。

この、弦の強度の問題を解決するために、実に2ヶ月の月日が費やされていた。

 

「それと、割と遠慮なく新技術盛り込んでる。作ろうったってそう簡単にゃ作れねえだろうが、俺のことがバレる証拠にはなっちまう」

「はい、わかっていますよ。元帥には、機密部隊に運用させる方向でお願いしています」

 

新型弩砲に盛り込まれた異世界の技術は、伸線加工だけではない。

強度を要求される腕関係の構造体には、マンガンクロム鋼が使用されていた。現在のマグニスノアの技術では、合金化することもままならない強力な合金である。

現在ハートーン工房で再現が依頼されているのだが、ジョンは知らない。

 

軸受には黄銅。油を塗布してあり、軸と腕はキーで留めて動かないようにしてある。

『足踏み式回転砥石』の際にも説明したが、キーとは、現代地球でも使われている技法だった。腕と軸、あるいは歯車を軸に固定する場合などに用いられる手法で、穴と軸の両方に小さな溝を掘ったり平面を作ったりして、そこに強い金属の板などをぴったりとはめ込み、空回りしないように固定するのである。

弩砲の腕と軸に、この技術が使用されていた。

 

また、軸に穴を開けて、そこに発条(ゼンマイ)の板を固定するということもしている。試射の時にジョンとモーガンが引っ張って回していた、謎の円盤である。あれは発条(ゼンマイ)が崩れたりしないように付けられた、青銅製のカバーだった。それを左右5対用意し、強力に弦を張るという構造だ。発条(ゼンマイ)の巻き板にも、マンガンクロム鋼が使用されている。

 

発条(ゼンマイ)とは、中世に発明された動力の蓄積装置である。

構造は0.3ミリ以下という薄い板を軸棒に巻いたもので、その反発力を利用して、主に回転力を蓄積することができる。オルゴールやカラクリ人形の動力源と言えば分るだろうか?現代から少し古い時代、多くの動く玩具にこの発条(ゼンマイ)が使用されている。

 

材質は地球においてはバネ鋼。鉄合金の中では最も弾性力の高い合金である。

配合はクロムとモリブデンとニッケル。地球では文字通り衝撃吸収装置(ショックアブソーバー)など、バネ系の部品に用いられている。

 

しかし、ハレリアにはモリブデンを加工する冶金技術が一般的に存在しないため、今回はマンガンクロム鋼が使用されていた。

問題は融点で、モリブデンの2500℃に達する加熱に炉が耐えきれないのだ。

 

「ゼンマイというのは、今までにないアイデアでしたね」

「逆に言やぁ、アイデア次第だった思うんだがなぁ」

「非魔法系の技術は停滞していますから。アイデア次第でも、発明まであと何百年かかるか分からないというのが実情なのです。魔法が便利過ぎまして、それに頼らない方法が発達しないわけですね」

 

高い技術力があっても、必要がなければ手を出さない。それは資源大国と無資源国とで如実に差が現れる。

日本などは無資源国であるがゆえに小型化や効率的に資源を消費する技術が発達しており、その手の技術では世界最先端を行くと言われる。逆にシベリア油田などを抱えるロシアでは、外貨獲得などを石油に頼り切っており、エコ関連技術が停滞していると言われていた。

 

マグニスノアでも、似たようなことが起きていたのだ。

軍事では主流の星王器を製造するために必要な神石(かみいし)資源が、地球で言う石油と考えればいい。そこには当然ながら巨大な利権が存在しており、ベルベーズ大陸においてそれを握る国の1つがエルバリア王国なのである。

 

「ジョン君以外に作れないと大見得を切っただけのことはありますね」

「技術の系統からして『浸炭処理』は無理だろうしな」

「あらまあ、それについては聞いていませんが……いつの間にか、また装置を作っていたのですか?」

「炭の粉の中で鉄を加熱すんのさ。極端に言えば、鍋と(かま)だけでできる」

 

『浸炭処理』というのは、熱した金属の表面に炭素を浸透させることで、表面を硬化させる表面処理加工法である。表面が滑らかになるため、摩擦を減らす効果がある。

現代地球では、ベアリングなどの軸受け、あるいは軸そのものに施されることがある。いずれも、摩擦の多い部品の代表格だ。

 

「聞いている限りでは、『焼き戻し』ともまた違いそうですね……」

「『焼き戻し』ってのは、少なからず表面を軟らかくしちまうんだ。軸がそれじゃマズいし、弦もあんま伸びねえ方がいい」

「硬いと伸びないのですか?」

「そういうことだな。変形しにくいって言い方するんだが、逆に変形が始まると壊れるまでは一瞬になる。金属で硬いってのは強い弱いってのとは別もんなんだ」

 

硬いと(もろ)く、軟らかいと粘り気が強い。強度などの違いはあれども、それは金属の宿命だった。

 

 

 

「アレだけのものをほぼ1人で、しかも2ヶ月で2基作ってしまうとは……」

 

矢の量産に奔走していた紺色服の黒髪ロリが、新型弩砲最後の1基を搬出すると聞いてやってきた。新型弩砲は荷馬車に積み込まれ、エルウッドを御者に運ばれていく。

 

「運ぶ時間15日間と、現地で試射訓練する6日間、きっちり間に合わせてきましたね……」

「逆にマジで21日後にきっかり開戦なんてことになるのか?」

 

同じく、新型弩砲の搬出のためにやってきたモーガンが尋ねる。

 

「鳥を飛ばしていたんだろう。私のところには、イリキシアからの情報も届いていたからな」

 

白ローブの少女は口元ににやりという笑みを浮かべた。

 

「正解です」

「鳥?伝書鳩かなんかか?」

 

赤毛ショタジジイが思わず尋ねた。

伝書鳩(でんしょばと)というのは、電波通信が普及する以前に主流だった高速通信手段である。鳩の帰巣本能を利用したもので、第一次世界大戦でも使用されていたという。とはいえ、生物任せのため不確定要素が大きく、一度に何羽も放し、その内1羽が無事届けばいいという、大雑把な利用法だったらしい。

 

もちろん、それが敵の手に渡る可能性もあるわけで、足にくくりつける手紙は暗号で書かれていた。それが解読される危険もあるため、時間をかけて解読していれば対処に遅れるような、緊急時に使用されたそうだ。当時から飛行機は存在したそうだが、おそらくスパイが利用していたのだろうと考えられる。

電波通信は暗号を使っても傍受の危険はあるし、発信したことが察知されてしまうため、第二次大戦くらいまでは伝書鳩が現役だった可能性は十分にあった。

 

「そうか、ジョン殿は軍用魔法技術については疎いのだったな」

「マグニスノアの魔法知識については一般人レベルですからね」

「錬金術以外はね……」

 

さすがに連日酷使したためか、疲れた様子のアリシエル。新型弩砲には錬金術もふんだんに利用されていた。主に、マンガンやクロムの抽出冶金に活躍したのだ。

さらに軸の加工のために、旋盤代わりとして酷使したということもある。

旋盤(せんばん)』というのは、材料を回転させて刃を押し付けることで加工するための加工機械である。回転しているために軸棒を真円に削りやすいという特徴があり、円形の正確さが問われる軸棒の加工には欠かせないものだった。

今回は、回転させるための動力の確保が間に合わなかったため、魔法に頼ったのである。地球での旋盤の走りは蒸気機関を動力としていたのだが、さすがにそれをゼロから作り上げる時間はなかった。

 

まあ、ジョンも彼女が疲れていることは分かっていたため、ここ数日は休ませていたのだが、まだ本調子というわけではないようだ。

 

「おそらく世界(マグニスノア)全土で共通していると思うんだが、鳥を洗脳して方角や図形を覚え込ませ、覚え込ませた図形へ向けて飛ばすという通信手段がある」

 

エヴェリアが説明する。

 

「大抵はわかりやすい図形、巨大な円だったり六芒星だったりを地面に描いておいて、そこに巣箱なり止まり木なりを置いて受け取る。図形のない場所へ届かせるのは難しいが、国家間や都市間の通信はこれで済ませることが多い」

 

わかりやすい図形が目印なのは、鳥が文字や言葉を理解できないからである。あと、記憶力が悪いのを鳥頭(とりあたま)と呼ぶように、鳥は非常に記憶力が悪い。

フェンス越しに置かれた餌を取るために、鶏は何度もフェンスに突撃するという。だから鳥に覚え込ませる内容は最低限にする必要があった。

エヴェリアの話からすると、帰巣本能の場所を意図的に改竄するような技術はまだないようだ。

 

洗脳鳥(せんのうちょう)と呼ばれるものですね。足の速い(つばめ)などの鳥を訓練することもありますし、野鳥を洗脳して簡単な文書を届けさせることもあります。

ハレリアでは、都市間の連絡によく用いられていますよ」

「イリキシアではシロワシだな。寒さに強くて目がいい鳥でなければ、冬には飛ばせん」

 

シロワシは羽毛が白い(わし)の仲間で、翼を広げると1メートルに達する大きな猛禽類だ。極寒地域に生息し、吹雪の中でも狩りをするほど寒さに強い鳥として繁殖研究が行われ、重用されていた。

また、豪雪地帯では一面真っ白な世界から目的の図形を探し出す、目の良さも必要になる。

冬の雪国でも狩りを行うシロワシは、陰影を他の動物よりもはっきり区別できる目を持っており、図形を探すなどの視覚能力に長けているのだ。

ちなみに、マグニスノアの固有種である。

 

「洗脳鳥には、伝書鳥以外にも偵察という役目がある。

遠隔操作ができんから何度も飛ばす必要があるんだが、要するに地上の様子を鳥の記憶から掘り起こすわけだ。軍事機密だし、決して簡単な魔法技術ではないんだがな」

「3歩歩けば忘れる鳥頭って言うもんな」

 

これはモーガン。

 

「大体その通りです。スパイを潜入させて、その辺の野鳥を洗脳して、片端から飛ばすのですよ。洗脳が粗いと目的地へ辿り着かないこともありますし、途中で猛禽に襲われて、記憶が飛んでいるなんてことも珍しくありません。

そんな鳥から目的の映像を掘り起こすのは、物凄く大変な作業と言われますね」

「へぇ……」「すげえな」

 

赤毛2人は唸る。

記憶に残っていた場合はいいのだが、残っていなかった場合、記憶の隅々まで調べなければならないのだ。

 

「じゃあ、あっちもそういう洗脳鳥(せんのうちょう)を飛ばしてくる可能性があるってことか?」

「その通りだが、一応鷹匠(たかじょう)が猛禽を飛ばして上空を警戒している。普通、一つの地域に鷹匠(たかじょう)が3人もいれば、ここまで情報が筒抜けになるということはない。

ただ、ブロンバルドはイリキシア基準だな。高空への警戒がまるでなってない」

「イリキシアには、洗脳鳥の記憶を掘り起こ(サルベージ)していては対応が間に合わないという、馬鹿げた機動性を持った騎士団がいるのですよ。

彼らはどこに敵がいるのかを知るために、(カラス)を飛ばします」

(カラス)は低空を飛ぶ鳥だ。低空を飛ぶ鳥は、敵の洗脳術士に捕まりやすい。それを逆に利用し、八方に飛ばして帰って(・・・)来な(・・)かった(・・・)方向に敵がいるとするやり方で、彼らは今まで戦ってきた」

「なんつー大雑把な……」

 

どこか自慢げな黒髪ロリの話に、ジョンをはじめ呆れ顔だ。

 

「それで何とかなってしまう多脚馬(スレイプニール)騎士団がおかしいのですよ。寒冷地域という制限がなければ、イリキシアが北部の覇権を握っていたでしょうね」

「待て待て、ハレリアの騎士団に言われたくはないぞ。騎士団で突撃すれば50倍差だろうが引っ繰り返せるとか、どう考えてもおかしい」

「城壁を馬で駆け上がる人々に比べれば、まだまだ常識の範囲内ですよ。それに、元々歩兵に対しては騎士が強いのは当然なのです。

『雷神』騎士団の精鋭部隊が飛び抜けているだけで、アレがハレリア騎士団の標準ではありませんからね?」

 

何やら言い合いを始める2人。

 

「お、おいおい……」

「どーすんだこれ?」

 

突然始まった論争に、ジョンもモーガンもついていけない。

 

「アホらし……」

 

アリシエルはそんな2人は放っておいて、さっさと帰ってしまった。

1時間後、呆然と眺めていた2人の少年に気付いた少女2人は、顔を真っ赤にして全力で走り去ったという。

その理由は、男2人にはよく分からなかったのだが。

 

 




まずはじめに、食事中にこの話を読むのはお控えいただきたいと忠告しておく。
なぜならば想像するに少々汚い話、トイレのことを語るからである。

考古学の分野では、『トイレ遺構(いこう)』という言葉が使われているが、その歴史は5千年も昔に遡る。
湖や沼などに桟橋を作り、その(へり)から用を足していたと推測されており、湖、沼などには、桟橋と共に堆積した排泄物の痕跡が見られることがあるという。
そうやってできた糞石、化石化した排泄物からは、貝塚などと同じく当時の食事事情が垣間見えるのだが、それについてはまた後ほど語るとしよう。

地球においてのトイレは古代ローマ時代、既に汲み取り式トイレや水洗式トイレが発明されていたというから驚きだ。
排泄物を農業に利用するために、『屎尿(しにょう)税』という名の手数料が課せられたのは有名な話である。
ただ、その時代以降、ヨーロッパではトイレから関心が失われていき、設備も酷く劣化してしまう。
中世頃には、パリやロンドンなどの大都市でも、排泄物は容器に排泄して窓から投げ捨てるのが一般的だったという。
町の通りから家に入るのに段差があるのは、そういった排泄物が家に入らないようにするための工夫だとか。
厚底のブーツが誕生したのもハイヒールが誕生したのも、そういった事情からだと言われている。

逆に、時代を経るごとにトイレを整備、発達してきたのが日本だ。
江戸の街は上下水道が完備していたし、それより前の平安時代ですら桶の水で排泄物を流す先の沼が汚くならないように、一度攪拌槽(かくはんそう)に貯めて、綺麗な上澄みだけを流す工夫がなされた設備が発見されている。
川の水を引いて、そこに用を足す高野山式のトイレなども、古くから存在した設備である。

では。
ハレリアはどうなのだろうか?

実は、首都ルクソリスは上下水道が完備されていた。トイレは平安時代の方式である。
運河の水を手桶で貯水槽に貯めておき、そこから手桶で水を汲んで流す。
排泄物は各地に上澄みを川に流す撹拌槽が複数あり、毎年発酵、乾燥、整備と使用箇所を入れ替えながら維持が行われているのだ。
もちろん、発酵乾燥された肥料は国内各地の農場に輸送され、肥料として利用される。

ここまで設備が整っている場所は少ないとはいえ、ナンデヤナなどの川が街を流れている都市には、必ずと言っていいほどこの手の設備があった。
当然、オートレスの仕業……かと思いきや、マグニスノアではケルスス式の上下水道と言われている。
他でも、最低でも汲み取り式のトイレが整えられており、中世西洋のようなトイレ事情の退化は発生していない。
これは、ベルベーズ大陸の北部中部を統一したベルベーズ大帝国が成立した時代に、トイレの整備が強力に推し進められたからだと言われていた。
1500年前のそれを、ほぼそのまま使っているということである。

地球の中世よりも、余程発達していることがうかがえる。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。