「お前にも、子供らしいところがあったのだな……」
「申し訳ありません」
宰相の執務室で、白ローブの金髪巨乳少女は深々と頭を下げた。父親でもある宰相ハーリア公爵は金色の口ヒゲを撫でながら首を横に振る。
「いやいや、心配していたのだ。ある程度人間らしいところがなければ、庶民を理解できん。その辺の資質はマクミランやハレリオスの担当とはいえ、ハーリアでもある程度の理解がなければ、摩擦が大きくなり過ぎるのだからね」
「一応、教えの通りに自分を律してきたのですが……」
「だが、その分ストレスはかかるだろう?」
「……はい」
少女は素直に頷いた。この辺の自己分析については、訓練を受けている。
「ストレスは、貯め込み過ぎるといずれ自己の崩壊を招く。たまには遊郭で遊ぶなり、自分を曝け出してストレスを発散すればどうだ?」
「遊郭ですか……」
少女は乗り気のしない声で溜息を吐く。
「やはり、行く気になれんかね?」
「自分が異端だとは分かっているのですが……」
「ともかく、無理はせんことだ。休息中にまで気を張っていることはない。
お前には、その感性が我々よりも庶民に近いからこそ、彼を任せているのだからね」
そこから公爵の雰囲気が変わる。仕事の話、業務連絡だ。1人の父親から、行政の長、宰相の顔へ。
「明日、諜報部隊からの定時連絡がある。それを踏まえて明後日、最終的な戦略が決定される予定だ。一定以上の規模の戦争となれば、『大親征』の発令もありうる」
「オーバーキルなのでは?」
「今代では経験していない者も少なくなくてな。そういう意味でも発令の公算は高い。今の内に休みを取っておけ」
「なるほど、承知いたしました」
説明しよう。
『大親征』とは、ハレリア特有の制度で、国王をはじめ王族が戦場に出ることを意味する。国家元首が戦場に出るというのは、古来兵士の士気を高めるという意味があった。
地球でも親征という言葉には、国王を始めとする国のトップが、戦場で直接指揮をとるという意味がある。
話からすると、どうもそれだけではないようだが。
「そういや、ジョンは武具大会には出ないのか?」
ある日、モーガンがジョンに尋ねる。
「もうそんな時期か……」
開戦予定の日から18日ほど前。輸送の関係から、
戦争の後のことについて思いを巡らせるくらいしか、やることがないのだ。まあ、18日も休みが取れるほど、頑張ってきたのだが。
地球の北半球で言えば9月頃、遅めの盆休みと言える。
アリシエルは3日ほど出てきていない。
様子を見に行ったエヴェリアの話では、丸一日寝転がっていて、その後は適当に遊んでいるらしい。根を詰め過ぎてかなり疲れていたため、10日ほどは仕事を入れないように、ジョンは伝えてあった。
ついでに、エヴェリアにも休むようにと。あの真面目な黒髪お嬢様は渋っていたが。
そして彼自身も、しばらくは休んでいるつもりである。
設計図を描いているのはライフワークのようなもので、あれやこれや余計なことも考えながらゆっくりとやっていた。
というより、設計図の内容が新たな『萌えグッズ』のための小道具だったりする。
「つーか、武具大会開くのか?もうすぐ戦争だっつーのに」
「開くって話だぜ?俺が聞いたとこだと」
モーガンの言葉に赤毛ショタスケベジジイは頭をひねる。
「今年は多分無理じゃね?俺がゴタゴタしちまう」
今年はジョンが転生者であることが大々的に公表される予定だ。おそらく、本職とは違うところで忙しくなるだろう。慣れないことに臨むのに、あまり余計な予定は入れたくない、というのが彼の正直な考えだった。
「そっか、じゃあ無理ってことで」
「おう」
悪人顔の赤毛役人もあまり期待はしていなかったようで、強くは押さない。
王宮。
3階の一室、外からは見えない、内室の1つ、20畳程度の広さの部屋にて、5つの公爵家と1つの王家の会議、六家会議が開かれていた。
ハレリア王国の最高意思決定機関とも言える会議であり、予定された戦争についての情報を集め、それを元に戦略を決定する最後の会議でもあった。時間的に、これより遅れれば戦術も戦略も見直しができなくなる。
天井から無数の光源が提げられた部屋。
言葉にすると何やら怪しい雰囲気だが、ロウソクやランプではない。紋様の刻まれた青い石が白く輝き、周囲を強く照らしているのだ。そのおかげで光源がなければ闇に閉ざされる部屋でも、昼間の太陽のように明るい。
だが、そんな明るい部屋の中で、ハレリア王国を動かす6人の頂点は暗い表情をしていた。
「ハーリアとマディカン、それにファラデーの意見が一致した、か……」
長い金髪の美丈夫が、目の前のテーブルに置いた王冠を見詰めつつ呟く。背中のマントには、白地に朱色で丸い太陽、青で三日月の刺繍が施されていた。ハレリア国旗、太陽と月のマントは、身に着けることが許されている者は1人しかいない。
現ハレリア国王『天災』トワセル・レ・ムルス・ハレリオス。
眉をひそめて、難しい顔をしていた。
「これで連中の背後が明らかとなりましたな」
こちらは、すっかり白く染まった髪の老人。マディカン元帥よりも、デンゲル騎士団総長よりも、さらに高齢。白く染まったローブの胸元と背中に、紫色の月が刺繍されている。
ファラデー公爵家当主、『魔神』アルグ・ナト・マーリン・ファラデー術士総長。
他の者達が暗い顔をしているのに対し、どこか泰然としている。
「難しいな……さすがにあれを相手にすれば、どれだけ死ぬかわからん」
険しい顔をしているのは、黒い肌に金髪の初老巨漢騎士。高齢のはずだが、甲冑フル装備で平然としており、肉体の衰えを感じさせない。背中のマントは白地に赤い中抜き円。
言わずと知れた古今無双と名高き騎士、『雷神』グレゴワール・デンゲル騎士団総長。
「まさか、契約にあった最初の一度を、我々の世代で経験することになるとはのう……」
感慨深げに呟くのは、革製の略式甲冑に身を包む白髪の老騎士。背中のマントは、赤い三日月。
当初は圧倒的な数の差にもかかわらず、絶対的な自信を見せていた老将、『
「こうなっては本気で潰しにかかるしかないな。できれば、洗脳された奴隷は無傷で手に入れたかったのだが……」
溜息を吐くのは、金髪に白い背広姿、口ヒゲの男。背中には黄色い円。
国内外にその知謀を恐れられ、敵国を手紙一つで滅ぼすと言われる『悪魔からの手紙』の送り主、『
「やるしかないのでしょうねえ。どれだけの犠牲が出るかは分からないけれど、今まで研究し培ってきたすべてを出すべきよ」
最後に、白い神官服を着た金髪の老淑女。背中の紋章は黄色い中抜き円。
『
あまり機嫌のよさそうな顔ではない。
「
不穏な言葉と共に、会議は深まっていく。
だが、それがハレリア崩壊の序曲などではないのは、皆が承知していた。
炎のような暑さが和らぎ、秋に差し掛かろうという季節。
ハレリアという1千年続く王国、ベルベーズ大陸を席巻する星王教を駆逐するべく、彼らは持てる最大限の策を投入する。彼らは千年王国ハレリアの底力を正しく認識していたが、その脅威の真髄を理解してはいなかった。
「……では、予想される
カメイルはマキナに『大親征』の発令を伝える。
ハレリアが契約している
マキナも、気が向けば契約しているルクソリスの人々を虐殺に走る可能性を秘めており、そういう危険性を認識した上で相対しなければならないのが
「あなた達の行いは、『皆』が見ているわ。相手側の行いもね。
道半ばとはいえ、あなた達は『蛇王』の願いを遂げることに協力しているわ。私もそのように動くことを是としている以上、無闇に乱されるのも困るの。
だから――安心して逝きなさい」
「ありがとうございます」
カメイルはマキナに頭を下げる。
「では、これにて今生の別れですな」
「良い来世を」
説明しよう。『大親征』とは。
ハレリア王族が、持てる全力を尽くして敵を撃滅するまで戦うという、号令である。
持てる全力とは、命を落とすことも含まれる。
つまり、目標とした敵がいなくなるまで、死ぬまで戦え、ということだ。
――号令を発した当人達を含めて。