戦争まであと18日。
内域にある神殿の一室にて、説明が行われた。
説明をするのは白ローブの巨乳少女。話を聞くのは、赤毛少年ジョンと黒髪兎耳の少女エヴェリア、さらに、ジョンの知らない、黒髪の少年。
黒髪少年は兵士らしく、黒い軽装鎧にその小柄な体躯を包んでいた。武器は持っていない。
「特に武器を持ち込んではいけないというルールはないのですけれども……」
「……こちらの問題だ。気にするな」
「……」
黒髪少年の低いトーンの言葉に、エヴェリアは額に手を当てて溜息を吐く。
2人は知り合いのようだ。それも当然かもしれない。病的に白い肌に黒髪というのは、ベルベーズ大陸ではイリキシア人にしかない特徴である。黒髪と言っても、地球でも色々とあるのだ。アジア系だけのものではない。
「すまんな、カッセルは優秀なんだが、見ての通りあまり融通が利かん」
「構いませんよ。……そういえばジョン君とカッセル君は初顔合わせですね」
「鍛冶屋ジョン、よろしく」
「イリキシア王国兵、カッセル・ヒルム」
互いに握手を交わす。
「カッセル君は、イリキシア王国の近衛騎士に相当するベルセルク兵です。その戦闘力は近衛騎士にも匹敵するそうですが、適正者が少ないという問題もあるようです」
「あのバケモノ達と一緒にしないでくれ」
カッセルは抗議の声を上げた。
「あら、近衛騎士隊の方々からは、中々の好評価でしたよ?」
「……」
少年兵は口をへの字に曲げて視線を逸らす。
どうやら、『雷神』と同等とされる近衛騎士隊と一緒に訓練していたらしい。ジョンも『雷神』本人の戦いしか知らないのだが、その凄まじさはよく知っていた。マルファスと打ち合っているのも一度見たことがあるし、武術大会のそれは圧巻のひと言である。
ほとんど分身しているようにしか見えなかった『風神』ウェスター卿の動きに対して、『雷神』グレゴワール・デンゲルはその凄まじい腕力と武術で、的確に追いつめていったのである。
傍から見ていてもただ大槍を滅茶苦茶に振り回しているようにしか見えなかったのだが、それがなぜか当たるのだ。速度では『風神』が上のため、ほとんど受け流すか回避されていたが、ウェスター卿も中々攻め込むことができず、小柄な体躯を観客席まで打ち上げられながら反撃しつつも、追い詰められていく。
決め手は、『雷神』がほんの少し見せた隙。
追い詰められつつあった焦りもあって、ウェスター卿はそれに飛び込んだ。背後の壁を走って上り、ほぼ真上から、文字通り。
見事『雷神』の肩口にひと槍入れたものの、筋肉に穂先を食われて槍を失ってしまう。巨漢の反撃に対して咄嗟に槍を手放して肩を蹴って宙返りし、観客席まで飛び上がって回避したのはさすがだったのだが、そこで闘技場に戻ったウェスター卿が降参、試合終了となった。
その試合、ウェスター卿は低級単唱器、風によって動きを加速する星王術を使用していたのだが、デンゲルは術を未使用。というよりも、ウェスター卿が上手く、術を使用できるタイミングがなかったと後で息子エルウッドが解説していた。
閑話休題。
「かなりまずいことになりました」
ステンドグラスの窓から差し込む色とりどりの光に照らされた室内で、白ローブの少女が話を始める。
「イーザン平原北のイーズリー砦にブロンバルド軍が集結しています。その数100万に上るということです」
「戦闘員の数は?」
エヴェリアは落ち着いて聞き返した。
「推定100万です」
「馬鹿な、それでは後方支援に1千万人の兵を動員していることになるぞ。
洗脳術統制は、奴隷が大量にいることが前提だ。1千万も動員すれば、使役するための奴隷が軒並み餓死してしまう。その影響はブロンバルド全土にまで及ぶぞ。麦や米の作付けができなければ、収入も激減するし、広大な土地を防衛することもできん」
どうやら、大変なことになるらしい。
ジョンはなんとなく想像できたが。実際どうなるのかについては理解が及ばない。100万の戦闘員に1千万の後方支援部隊というのは、それほどに途方のない数字だった。
中国の歴史の中で、人口の多い中央部を制した大国が、それくらいの人員を動員して対立する敵国と戦争をしたという記録があるのだが、それは戦闘員の数ではなく、また隆盛を誇示するために水増ししていたという説があった。実際に戦場で戦う戦闘員の総数は、精々5~10万人程度だったと言われる。それでも当時としては相当な大軍のようだ。
そして多くの戦闘員を動員し、十全な状態で戦わせるには、多くの食糧、武器、燃料が必要となる。食糧は馬や牛で運ぶことになり、そういった馬や牛に食べさせる
そういう事情があり、最低でも戦闘員に対して10倍から20倍の輸送部隊、後方支援部隊が必要となるのが常識である。
「彼らには領土を維持する気などないのですよ。巨大な領土的空白を作り上げ、宗教思想の根幹を破壊し尽くして、戦乱を起こさせるのが狙いなのです」
白ローブの少女は語る。
「ガランドーとザライゼンをか?」
「現在のブロンバルド領すべてを空白にしてしまうのです。そうすれば、ハレリアとイリキシアが国境を接することになり、諍いを起こしやすくなるでしょう?」
「なっ――!?」
黒髪少女は目を見開いて絶句した。
「そもそも、フェジョ新教からして、対立を煽るための小道具だったのです。両者と相容れない敵を作り上げると同時に、妖精達に不義を働いて、妖精の介入を妨げました。
エヴェリアさんも知っていると思いますが、妖精との交流は大きな恩恵をもたらします。それを妖精と仲の良いフェジョ教総本山のブロンバルド貴族が破綻させることで、妖精達にフェジョ教全体が大きく方針を転換させたと印象付けました。その後、フェジョ教は新教と旧教に分裂しましたが、後の祭りなのです。一度失われた信用は、取り返すのがとても難しい。
加害者側と目されている人間達がその原因を知らないとなれば、なおさらでしょう」
「えげつねえ……」
ジョンは顔をしかめる。利益ではなく、不和こそが目的だったというのである。
「今回動員された100万の戦闘員と500万の輜重部隊は、
「
「反乱って?」
赤毛の少年が尋ねた。
「1千年前の『混沌の夜明け』以降、
ただ、そういう時は死体や人形を使うのがほとんどですね。大量虐殺に対して反省が認められなければ、最悪殺されますから」
「
巨乳白ローブは頷く。
「ええ、他者が殺すことはできません。ただし、自殺は可能です。ですので、莫大な精霊力を削り切って、その上で自ら死を選ぶように屈服させる必要があります。
当然ですが、人間がどれだけ集まろうとも、次々補充される精霊力を削り切るには、相手が無抵抗でも数日はかかります。相手が攻撃の意思を見せれば、係わった人間はその時点で殺されるでしょう。つまり、自殺の手伝いをする以外のことが、人間にはできないのですね」
「……もしかして、結構ヤバい?」
「もしかせずとも、かなりまずい。どれほど未熟であろうと、
エヴェリアは腕を組み、苦々しく溜息を吐く。
「ただ、今回気になるのが、人間の繁殖基盤を破壊しに来ているという点です。基本的に
現代地球で言えば、テレビやインターネットのようなものと考えればいいかもしれない。その面白さにどっぷり漬かっている人々からすれば、それの有無は死活問題なのだ。面白さが制限されるかもしれないという話が出た途端、大反発が起きているのはそういう、感情的なものが原因と考えられる。
白ローブの少女の『人間の繁殖基盤』という言い方は、価値観的に受け入れられない者もいるかもしれないが。
「
兎耳黒髪ロリが説明する。
「ただしその分、精神性によっては容易に自分を見失うという、難儀な性質も持ち合わせている。それは若い
「
「その『200歳の壁』を越えるのに、
「200歳以降は芸人などと同じ、多種多様な娯楽をもたらす存在、退屈しのぎができる存在として、ヒトという存在を重宝するようになるのです」
「長く生きてると、退屈が一番の敵だって言うもんな」
人類は
「だからこそ、その数を著しく減らすことを目的とした今回のような行動は、理屈が合わないのですよ」
白ローブの少女が言った。
「『竜騎士』レグロンは、血の気の多い部類の
ハレリア王国は、現代地球の先進国並みに徹底した法治国家である。
法律の数や内容に未成熟だったり大雑把だったりする部分はあるが、軍や警察機構である衛兵団も、貴族も役所も、法律に基いて運用されている。そして、ハレリア王族も、憲法に基いて行動しているのだ。それは見る者からは、人間を巨大な機械の歯車にしていると受け取られても仕方がないものではあった。
「そして、
「確かにそうだが、なんだ、わけがわからなくなってきたぞ?」
エヴェリアは形のいい眉をひそめる。
「
1つだけ、これらを満たせる勢力が存在します」
白ローブの少女はある名前を告げる。
「ナグアオカ教、ロマル大陸最南端、ナグルハ大半島の国々です。聖教国と交易しており、その
聖教国というのは、ベルベーズ大陸最南端にある、オートレス聖教国のことである。ジョンがルクソリスへやってきた際に巻き込まれたスパイ事件、それと『魔物』襲撃事件の首魁とされる国だ。
「先の『魔物』発生の件で、聖教国の首都トライアンフは壊滅的な打撃を受けています。
今は政治的な空白を野心家達が利用しようとしていまして、要するに権力闘争が始まっていたりします。その関係で、教皇殺害とトライアンフ襲撃の下手人は、別人にデッチ上げられているようですね」
「現場は見ていないが、有力な
800年前のマルミウス王国滅亡でも、係わった者はすべて全身の血を苦しむように搾り尽くされていたという。協定禁術が係わった時の
「その強烈なメッセージが分かる人ばかりではないということですよ。
残念ですが、人は正の可能性と同時に、負の可能性も同じ程度持ち合わせているのです。少し偏執的に思考誘導してやるだけで、後は破滅への道をひた走るなどという人も、決して珍しくはありません」
「思考誘導……!」
エヴェリアは愕然としていた。
「洗脳術の中でも、操った本人にそう思わせずに操るという、高度なものです。マクミラン家で医療用に研究されていまして、不眠や幻覚症など精神疾患の患者に対して、洗脳術の拒絶反応を抑える目的でそういった技術が利用されているそうです。
完全に本人に気付かれず、ということになりますと、
白ローブの少女が説明した通り、思考誘導というのは洗脳術のテクニックの1つである。外科手術で言えば、洗脳術は開腹手術のようなもので、失敗すれば人格を破綻させてしまうことがある。
それに対し、そういったリスクを抑えようとして研究されているのが思考誘導だ。同じく外科手術に例えて言えば、
肉体と精神という違いはあるものの、かかる負担は大きく異なる。
「火のない所に煙を立てて、延焼を防ぐための家の解体を他人にやらせるってか……」
ジョンは吐き捨てた。
「なあ、ハレリアって
「ハレリア首脳部も馬鹿ではありませんよ。『大親征』を発令し、100万の戦闘員を撃滅する算段を立てています。その奥から、敵の
白ローブの巨乳少女は口元を歪め、笑みを浮かべる。この絶望的な状況の中で、浮かぶのは笑みだった。
「敵側の
「どういうことだ?」
黒髪少女は怪訝な顔をする。
「簡単なことですよ。おそらく出てくるとすれば、神族協定の中の、戦争参加規定を破るに違いないからです。
『事前にどの陣営でどういう戦いをするのか、加えて参戦理由を伝え、1日以上の逃亡猶予期間を与えること』。
ベルベーズ大陸から星王教徒を駆逐するためなんて、馬鹿正直に伝えてくるわけがないのです。ベルベーズ大陸中の
下手をしますと、ナグアオカ教圏にまで責任問題が波及するかもしれません。
そうなれば、後の私達のお仕事は後始末だけとなります」
この世界は、超越者『
今回、ハレリア王国はこのルールを利用する。