ジョンの伝記   作:ひろっさん

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ハレリア大戦

イーザン平原北部イーズリー城塞に集結したブロンバルド洗脳軍団100万は、進軍中に奴隷の餓死者を多数出しながら、ハレリア王国領へ侵攻を開始。

戦闘員100万という未曽有の大軍に対し、ハレリア王国は『大親征』を発令してハレリア王族を戦闘に動員、2万5千の無勢を、かつてガランドー王国と国境を引いていたサラト川の対岸に簡易要塞を築き、そこに立て篭もった。

同時にエルバリア王国より5万の傭兵達が、国境線のログラン峠を越え、ホワーレン王国西部の山岳地帯へ侵入。こちらはマリーヤード傭兵500と、ホワーレン傭兵団4千――かつてのホワーレン正規兵の末裔――が罠を張って迎え撃つ。

 

後に『ハレリア大戦』と呼ばれる戦争が勃発した。

 

 

 

「ほっほぅ、壮観じゃな」

 

物見櫓から、どこか嬉しそうに平原を埋め尽くす敵陣を眺めるのは、小柄な老騎士。

ハレリア王国軍元帥、ヴェグナ・テュール・マディカン公爵。

ハレリア王国の『軍』を司る家の当主であり、『鬼謀』の二つ名を持った軍略の怪物である。

 

「勝てそうかね、御老公?」

 

隣に立つのは、短い金髪に口ヒゲの美中年。

ハレリア王国宰相、カメイル・ロキ・ハーリア公爵。

ハレリア王国の『政』を司る家の当主であり、『神算』の二つ名を持つ知略の怪物。

 

この2人、いや、ハーリアとマディカンの2家をして、人は『ハレリアの双巨頭』と呼んだ。

 

この2つの家が足並みを揃えて戦うなどというのは、とても珍しいことだった。内政と軍事というのは、お互いに反目するべきものだからである。内政を行うには人手が必要で、軍事行動が行われると少なからず内政がダメージを受ける。そのため、ハレリアでは兵士の数をそれほど揃えていないのだ。

ハレリア王国の人口、約6千万人に対して、正規兵は2万程度とかなり少ない。

 

通常、軍事技術に開きがあったり、他国の庇護があるような状況でもなければ、最低でも0.1%は確保しておくものである。例に挙げれば、現代日本で約1%程度、人口過多の中国が低くて0.3%、北朝鮮が高くて10%とされる。ちなみに、中世西洋においては平時に3~5%、民族存亡の危機の時くらいでなければ、10%以上などという数字は見られない。

 

ハレリアは後方支援を入れても0.05%である。これは、無資源でなおかつ大きな問題を抱えている国の数字だった。例えば、放っておけば自然災害で国が滅んでしまう、侵略すると逆にデメリットがあるなど。間違っても大国の数字ではない。

さらに、通常は数合わせのために義勇軍や民兵団を連れてくるものなのだが、ハレリアではそれをしていない。そのため、彼我の兵力差は実に50倍となっていた。

 

「このくらいの兵数差でなければ勝負にもならんじゃろう」

「ま、『大親征』を発令した以上はそうでなくては困るがね」

 

2人とも、このとてつもない兵力差に、しかし負けなど微塵も考えていない。

 

「我々の予想通りならば、むしろ戦後が本番じゃ。そちらの準備はどうじゃな?」

「もし抜かりがあるとすれば、追加(・・)が来ていた時に備えることができんところだね。判明してから18日、さすがにそちらに対しては時間がなかった。諸国や神族(かみぞく)達に、注意喚起の文書を送ったに過ぎんよ。

馬鹿でなければ、怪しい人物を監視するくらいのことはするだろうが……」

 

敵側の手口、つまり思考誘導などの洗脳術についての警告である。

『思考誘導』は洗脳術の高等テクニックなのだが、催眠術に似ていて、相手がそれを警戒しているとほとんど効果を発揮しないという弱点があった。そのため、言葉巧みに相手を信用させる話術がセットとなるのが基本形だ。

 

「ただ読めんところがあるのが、例の少年だよ」

「うむ、さすがに異世界の情報となると完全ではないのう」

「我々とは異なる思考回路というのが、これほど厄介だったとは思わなかった。オートレスやケルススに対応したという祖先の苦労を味わおうとはね」

「あれはあれで中々面白い坊主じゃがのう」

 

小柄な老騎士はにやりと笑みを浮かべる。

 

「娘の話によると例の新型弩砲は、異世界の技術を無理矢理弩砲の形に押し込めたものだという。言葉を一つ間違えれば、異世界の兵器が出てきてもおかしくはなかった。

彼が製造業専門の技術者で良かったよ。生産設備を作るのならば、まだ我々で対応できんこともない」

 

中年宰相は苦笑で返した。

後継者に対し、異世界転生者の扱いに特段の注意をと忠告したほどである。内政を司る者としては、今回のような外敵よりも、異世界転生者の暴走の方が恐ろしく、神経を使うものだったのだ。

 

なにしろ、宗教的には聖人である。

それが15、6歳で、マグニスノアの常識に染まり切らぬまま、異世界の技術力を抱え込んでいるのだ。あの少年が現状の扱いに不満を抱かないか、気が気でない。

もしもハレリア内域の扱いに不満を持ち、もしくはハレリアという国そのものに見切りをつけたりすれば、その技術が準備もなしに一気に全世界に広がってしまうことになる。

そうなれば、どれほどの混乱と戦乱を呼び起こすか、見当もつかない。

 

ナグアオカ教圏の連中の手に渡った時のことなど、考えたくもない。

彼らならば、喜々としてあの少年を洗脳し、その技術を引き出すだけ引き出して、さらに自分達に都合の良いように人格や記憶を改造して送り込んでくるだろう。星王教に語られる聖人となるであろう人物が、星王教そのものに致命的な亀裂を入れるために暗躍する危険があるのだ。そんなことになれば、間違いなく代償を払って神族(かみぞく)に動いてもらうことになる。

それ以外に解決策がないからである。

下手をすると殺害することになってしまうその結末が、どれほどの人々に理解されるだろうか?

星王教は巨大な火種を抱えることになってしまう。それは、悪意100%で作られたフェジョ新教の比ではない。

 

他にも様々な最悪のケースが頭をちらつく中、ハーリア公爵は異世界転生者を娘に託した。

ハレリア王族では珍しく、公爵の実の娘である。ハーリア公爵家の後継者とは別に、ハレリア宰相と同じくらい重要な仕事を任せることにしたのだ。

それとは別に、逃亡対策として兵を配置することも忘れず。

 

「もう少し肩の力を抜けい」

 

そんな心配をする中年紳士に、老騎士が笑みを見せた。

 

「エムートの兵を信用せぬか。

ブロンバルドとエルバリアの奴隷を逃がすために整備した拠点じゃ。あそこには、新教の悪評しかない。その評判を聞いてハレリアへ来たのじゃろう?」

「あそこの管轄は宰相府ではないのだがね……。ここは御老公に責任を押し付ける方向で考えましょうぞ」

「それでこそじゃ」

 

中年紳士が浮かべた意地の悪そうな笑みに、老騎士は満足そうにうなずいた。

 

 

 

その日の午後、まだ日の高い青空の下。

幅20メートル前後のサラト川の片岸に築かれた丸太の長城の、櫓の上から一本の矢が発射された。それは魔法の限界射程198馬身の外側を偵察していた騎兵の胸を貫き、即死させる。

 

平原で約396メートル。目の良い者ならばどうにか見える距離だ。

偵察では、あまり近付くと星王術で撃たれるが、距離150馬身300メートル程度ならば、魔法でも撃たれたのを見て避ける程度のことができる距離だった。

星王術、単唱器は、言ってしまえば射程距離の長い弓同然なのである。弓矢の射程距離は、ロングボウでも最大で100メートルあるかないか。だが、肝心の命中率はそれほどではなかった。弓兵を多く並べ、数撃って弾幕を張るのが正しい用法だ。

一部の英雄譚のように、長い距離の標的へ一撃で当てるというのは、まず不可能である。相当に練習しても、30メートル先の人間の急所に当てることすら容易ではない。

 

限界射程を越えた射撃を成功させたのは、白銀の鎧を着た金髪の女性。

弓の名手で、星王術を併用して限界射程以上の射撃を可能とした技を持っている。使用したのは金属製の弩砲だが。

 

「この距離を一発で当てるとは……」

「中々難しい子よ。力が強過ぎて、シビアにセットしないとまっすぐ飛ばないし、限界射程以上の風を読むのは慣れないと厳しい」

 

女性騎士は話す。

 

「これが当代の『鳶目』か。素晴らしい腕前だな」

 

アゴヒゲの小柄な騎士が称えた。

 

「私より、こんな怪物を作った職人を褒めるべきね。『風穴通し』の技も、所詮道具の力を引き出すことしかできないのだから」

「その道具の力を引き出すのも、そう簡単なことではない。この新型弩砲もそうだし、弓や槍もそうだ。(きわ)めるほどに奥深い」

「ハレリア随一の槍の使い手だからこそわかる境地ってやつ?」

「君はハレリア随一の弓の使い手だ」

 

女性の皮肉に、ウェスターは真顔で返す。

 

「私は、槍の使い手になりたかったんだけどね……」

 

彼女の呟きは、そよ風に流れて消える。

 

ハレリアは、実力主義社会である。実力を示せば示した分の役割が与えられる。それは、必ずしも本人の希望通りとはいかないこともあるということだった。

 

貴族の子は、地盤や地元についての地理、知識や知恵という利点がある。だが、必ずしも貴族になれるわけではない。それらは役人の子ならば普通に持っているものだからだ。

並み居るライバルから抜きん出た実力を示してこそ、貴族という高みに達することができる。それには、才能だけでは不足だった。

 

彼女、ハリスティナ・アリアは、高い射撃の才能を持っていた。勝ち気で槍の腕も本物。ただ、槍よりも射撃の才能の方が上回っていたのだ。だから、単唱器も『横旋風(ゼピュロス)』を与えられた。渦のような強い風を吹かせて、矢をより遠くへ運ぶ星王術である。

 

空を飛ぶ(とび)の目を射抜くと謳われたアリア家でも、随一の腕前を誇った。だから、槍の達人というよりも、弓の達人として見られることの方が多いのだ。

彼女自身は、それに劣等感を持っていたのだが。

 

「この新型弩砲の噂を知っているか?」

「誰が作ったのか、誰も教えてくれないわね」

「転生者が作ったのだという噂がある」

「それは――!」

 

ハリスティナは言葉を失う。知らない者からすれば、眉唾物でしかない。

だが、『風神』騎士団団長ロバート・ウェスターの表情は真剣そのものだった。

 

「――そう考えれば、辻褄も合うし、重要なものを任されていると思えるだろう?」

「……ウェスター卿は、嘘が下手ね」

「……」

 

黙り込む。図星だった。

武術のみに半生を捧げ、他のことはおろそかになっているとも言われる、ハレリア騎士によくいる武術馬鹿の代表格だ。最早からかわれ過ぎて慣れてしまったが。

 

「ま、ウェスター卿の槍の腕は次元が違うものね。弓の家に生まれた少女を魅了するほどの槍捌き、また見せてもらえるかしら?」

「私は常に本気だよ」

「ふふふ、楽しみね」

 

2人の怪物は微笑み合った。

 

ハレリア大戦の緒戦はイーザン平野にて始まった。

広大で肥沃な草原地帯で、かつてはカランドー王国と南北に二分していた、巨大な穀倉地帯である。ガランドー王国が滅んだ170年ほど前からこちら、十数年に一度大規模な侵攻が行われており、その影響で付近にあった農村は大半が引き払われてしまっていた。

ここでの戦いは『第7次イーザン戦役』、あるいは『イーザン全滅戦』と呼ばれることになる。

ハレリアという国がどれほどの底力を有するのか、それが世に知らしめられた戦いとも言われた。

 

 

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