ジョンの伝記   作:ひろっさん

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イーザン戦役

第7次イーザン戦役。

戦闘はブロンバルド王国軍奴隷兵の総攻撃から始まった。サラト川の対岸にある長城へ向けて、50万に上る奴隷兵が次々と狭い川に飛び込んで、渡河を開始する。

 

4ヶ月ほどで構築された、木製の丸太を立てた簡易長城は、随所に隙間があった。これは神族(かみぞく)との契約によって領土を拡大できないハレリアが独自に開発した防御陣地で、あからさまな隙間には仕掛けが施してある。それは本来、敵の突入に合わせて持続性及び殺傷力の高い儀式魔法を使用するものだが、今回は洗脳術の上書きを行う儀式を発動させる。

 

本来、神族(かみぞく)の操る精霊力で行使される魔法に対して、人間が扱える程度の魔法では干渉できないのだが、今回は熟練度や範囲や人数が桁違いで効力が弱まっており、専用の儀式を組めば洗脳術の上書きも通用するという見込みがあった。

 

「こっちだ!動きを止めるな!食料と水を受け取ったら、そのまま先へ進め!武器はそのまま持って行け!」

 

洗脳を上書きされた奴隷兵達は、ハレリア兵の指示に従い、ここまでの行軍でろくに与えられていなかった食料と水を与えられ、さらに後方に設営されたテントにて寝かされ、その後に洗脳を解かれることになる。その戦闘以外、炊き出しや奴隷の誘導などの任務を担うのは、80万の後方支援部隊、及び衛兵団。

 

開戦の18日前に敵奴隷兵の数の情報を得ていたハレリア宰相府は、100万人が3日食べられるだけの食糧を集めてあり、今回の奴隷兵救出作戦を準備していた。ただし、集まった食糧は、奴隷兵すべてを賄うにはギリギリの数字である。

また、操る正規兵や奴隷兵の数が少なくなった分、洗脳術の強度を挙げてくることが考えられるため、これで救える奴隷兵の数は、精々20万人程度だろうと試算されていた。実際、異変に気付いた敵軍が兵を退かせており、今日戦闘に参加した50万すべてを救出とはいかなかった。

 

「なんとか上手くいってくれたか」

「川で溺れた者もいたようだが、この濁流の中では助けには行けぬ」

「諦めるしかないのう」

 

どれほど反則的な才能があろうとも、できないものはできない。

圧倒的な数を誇る敵の奴隷兵を、すべて漏らさず救い上げることなど、土台不可能なのだ。

今回の策も、過去に誰も試したことがないもので、対神族(かみぞく)用に開発された戦術の応用であり、料理の器や水筒、鍋などが足りなくなって即席で作ったり使い回したりと、様々な問題が発覚し対応を迫られていた。

 

幕僚達の報告を聞いた限りでは、この日だけで10万近い奴隷兵の救出に成功しているようだ。

ハレリア軍2万5千の戦闘員の出番はまだ先である。

 

第7次イーザン戦役初日。

ハレリア軍、負傷者2名(転倒)、死者0名。

ブロンバルド軍、負傷者3023名(転倒)、死者381名(転倒に伴う圧死、水死)、洗脳上書きによる無力化9万7210名。

 

 

 

ブロンバルド王国軍陣地、総大将天幕。

 

「くそっ!」

 

若い銀髪の青年は悪態を吐いた。

たった一度の合戦で、事実上10万の兵を失ったのである。相手は後方支援を合わせても、ブロンバルド軍の戦闘員にも足りない数。そう思い油断していた結果がこのザマだ。あるいは、神族(かみぞく)に等しい力に自惚れていたか。

 

だが、今回のハレリア攻めを任されただけのことはある人物だ。まだ彼は冷静さを失ってはいなかった。

 

「奴隷兵の洗脳術を上書きして、そっくりそのまま持って行くとは……」

 

この蝋燭の光の揺れる天幕には、数名の伝令兵の他は誰もいない。その伝令兵も、目が虚ろで表情が抜け落ちていた。

幕僚や軍師、術士長など、建策を助ける人間の姿はない。『天使』である彼には必要ないのだ。人間を超越し、不老不死となり、知能も飛躍的に高められた人間。ただの人間の意見などは、雑音にしかならない。

 

「まさか、我々の目的を読まれている……?」

 

考えたくないことだったが、ここまで綺麗に奴隷兵を救出、保護するように待ち構えられていると、それを疑わざるを得ない。そうなると、当初考えていた、大勢の術士に『憑魔の儀(ひょうまのぎ)』を使用させて逃げる作戦は、自分や自分を派遣した者にまで累を及ぼすことになってしまうのだ。

あれはオートレス聖教国では背後を悟らせないように、洗脳に気付かせなかったからこそ行うことができた部分がある。

 

彼らの背後にいるナグアオカ教は、神族(かみぞく)に対して様々な対抗策を練ってきた宗教だ。神族(かみぞく)が何を嫌うのか、そして何をどこまでできるのか、研究し尽くしている。

 

神族(かみぞく)傀儡(かいらい)に甘んじる蛮族などに、この俺が劣るわけがない……。

そうだ。奴隷兵の流れに乗せて、騎兵を突撃させればいい。奴らが奴隷兵を救おうとすれば、騎兵の突撃には対応できん」

 

青年は自分の中の違和感に気付かずに暗く笑った。

 

 

 

翌日。

奴隷兵の濁流に紛れて、騎兵が簡易長城の繋ぎ目を攻めた。味方の奴隷兵を蹴り殺しながら、騎兵は長城の繋ぎ目を抜けようと馬を走らせ、長大な壁に迫る。

 

が、サラト川に入って足が鈍ったところを、騎手が弩砲によって射抜かれた。多少の弓矢ならば跳ね返すほどの鎧を着込んでいたのだが、弩砲の威力の前にその程度の防御力は紙切れ同然である。

味方の奴隷を踏み殺しながらの騎兵の突撃は、それでも幾らかは長城の内側に入り込んだ。

 

しかし、彼らがハレリア兵に損害を与えることはなかった。

白いマントを翻す『風神』ロバート・ウェスター率いる『風』系の術を操る騎士団が、『風』の力で奴隷の頭を飛び越え、敵の馬を足場に敵騎兵を倒したからだ。浮遊や飛行まではいかないが、跳躍力を補助する程度のことは低級単唱器でも可能なのである。

 

その際は突き殺すと肉に槍を取られかねないため、蹴り落としたり槍で殴ったり斬ったりするのが注意点だ。攻撃しているのは身軽な人間のため、槍の扱いを誤ると自分も奴隷兵の濁流の中に落ちかねないのである。

 

「むっ――!?」「うわっ!?」「馬がっ!?」

 

ところが、今度は主を失った馬が暴れ出す。

敵は馬に洗脳術を仕込んでおき、馬上の兵士を殺させて、馬の方を暴れさせる2段構えだったのである。このために洗脳術を上書きされないように強化もしてあった。

 

草食動物の中ではキリンや象に次ぐ大きさを誇る陸上動物が馬である。

それが人の意思によって操られ、人間に殺意を向けてくるのだ。生半可な兵士では対抗もできない。術を使用できる騎士ならばなんとかと言ったところだ。

 

「近衛及び義勇兵前へ!」

 

ここでハレリア側は、とっさの判断で王族部隊が前に出て、兵士の損耗を食い止めるという行動に出た。義勇兵というのは王族部隊のことで、知らない兵士達に混乱が起きないように、呼び名や格好に配慮がなされている。

 

洗脳術の解除ができないほど強く洗脳されていては、この急場では殺してしまうしかない、という判断でもあった。

神族(かみぞく)でなければ助けることができず、しかもその神族(かみぞく)がこの場にはいない。いたとしても、わざわざそのために神族(かみぞく)が動くかどうかは未知数である。そしてそのために無理をして味方に損害を出していては、何をしているのか分からなくなる。

 

ウェスターは命令を聞いて部下に呼びかけつつ、暴れる馬の脳天を貫きながら、自分も後退する。

高級器を持つ彼1人なら戦えなくはないが、身軽な『風神』騎士団では馬の相手は少々厳しい。

 

「ぬぅんっ!」

 

デンゲルは槍を振って馬の眉間に槍を振り下ろして、絶命させた。人間の都合で殺さなければならないために、せめて痛みを感じる間もなく一瞬で殺そうというのだ。

通常は馬の正面に立つと身体の大きさから馬の勢いに負けてしまうのだが、彼には関係なかった。そのまま突っ込んでくる馬の巨体を肘でいなし、横倒しにしてしまう。その後から向かってくる次の馬に、迅速に対応するために。同様に、各所に配置された近衛騎士や王族が、洗脳馬への対処を行う。

 

絶命した馬は、当然そのまま起き上がることはない。洗脳術とは、所詮は人間や動物の脳機能を利用したものだからだ。だからこそ手軽で、恐るべき術なのである。もっとも、それゆえに思考停止的な突撃が行われており、奴隷兵の余計な損耗も招いていた。

 

第7次イーザン戦役2日目。

ハレリア軍、負傷者8名(骨折、他軽傷)、死者0名。

ブロンバルド軍、負傷者3万2532名(転倒、騎兵との接触)、死者1万1234名(転倒に伴う圧死、水死、騎兵突撃による轢死、戦死)、洗脳上書きによる無力化6万4564名、戦闘外死者8923名(餓死)。

 

 

 

同日、ブロンバルド王国軍、総大将天幕。

表情のない伝令兵達が立ち尽くす、異様な光景の中。

 

「弩砲……弩砲だと……?」

 

銀髪の男が顔に手を当てて、苛立ちを募らせていた。

ハレリア軍が随所に建てられた櫓に弩砲を設置しているのは知っていた。未だに非魔法兵器などを使用していると(さげす)みを込めて、要するに軽視していたのだが。それに見事にしてやられてしまった。

 

馬の洗脳に気付かれた時点で、弩砲は狙いを馬に切り替えたのである。

多少の弓矢ならば洗脳で恐怖を取り除けばものともしない馬だが、弩砲によって撃ち出されてくる大型の矢『ボルト』を直撃されると、さすがに致命傷を受けるのだ。弩砲など、さほど重要視されないために訓練がおろそかになっているケースも多いのだが、ハレリア兵はきっちりと訓練してきていた。

 

騎兵の突撃は、敵に疲労、あるいは損耗を強いるのが狙いだったのに、2日目が終わってもハレリア軍に損害を出すことができないでいる。毎日、敵軍の20倍以上の兵力で、弱点を集中攻撃しているにもかかわらず、である。しかも、ハレリア軍は未だに洗脳上書きの儀式魔法以外に、大規模な儀式魔法を使用していない。

こうまで作戦が不発に終わると、さすがに自信がなくなってくる。

 

「俺自身が出るか……?いや、ダメだダメだ!」

 

そう考えたとたんに強い忌避感が働き、頭を振って額に手を当てた。

その急激な動きによって空気が動き、蝋燭の火が揺れる。

 

「だが、これ以上は無理矢理壁を越えさせる力攻め以外にない……。クソッ、結局正攻法しか選べんとは……!」

 

悪態を吐き、自分の不甲斐なさに銀髪の男は歯噛みするしかない。

 

 

 

だが、彼は3日目になって愕然とする。

奴隷兵の半数ほどが、ほとんど働かなくなったのである。

立って歩く、走る、といった基本的な動作は可能だが、転倒の発生率がそれまでよりも桁違いに高い。倒れたまま、動かなくなる者も相当数に上っている。

 

「クソッ、動け、動けってんだよ!このポンコツどもが!」

 

既に餓死者も相当数に上っていたことからも分かる通り、原因は栄養不足である。イーズリー砦への集結までも、最低限の食事と水で行軍させられてきたのだ。開戦時点でまともな戦力に数えることもできないほど、彼らは疲弊していた。それを洗脳術で無理矢理動かしてきたのが、ここへきて限界を迎えていたのである。

 

働くことができないならまだしも、中には病人もいた。満足に治療されない環境、栄養の偏りによって発生しているのは、2種類の病気だ。

1つは免疫力低下によるウィルス性疾患。

もう1つは、栄養失調。

 

ウィルス性疾患の恐ろしさは改めて語るまでもないだろう。

中世西洋にて黒死病(ペスト)は猛威を振い、何百万もの死者を出したと言われている。原因はネズミと言われ、童話『ハーメルンの笛吹き』がその惨状を示したものとする説がある。最後に子供を連れ去ったという話が、実は黒死病(ペスト)によって子供が皆死んでしまったことの隠喩だというのだ。

当時西洋で流行った言葉『死を想え(メメント・モリ)』も、あまりにも有り触れ過ぎていた死というものを恐れてのことだとされる。

 

マグニスノアにおいては、治癒術によって大半の病気や怪我を治療できるとはいえ、体力の回復に関しては休ませる以上の効率を発揮することができないため、重病人が治癒術で回復したからといって、すぐに動けるようになるということはない。

つまり、マグニスノアの魔法にも限界があるのだ。

 

もう1つの栄養失調は、中世では原因不明の死病とされていた。有名どころでは脚気と、壊血病。

 

脚気はビタミンB、壊血病はビタミンCの欠乏が原因とされる。栄養学、微粒子の存在も認知されていなかった時代、人々は栄養失調の原因を突き止めることができなかった。新鮮な野菜が不足しがちな大都市にて流行することが多く、日本では『江戸病』、あるいは『船乗り病』という名前で恐れられていたそうだ。

 

マグニスノアでは、ウィルス性の疾患は魔法で治療可能である。ゆえに、感染症は滅多に流行しない。『天使』の力を持ってすれば、たとえ数十万人であろうと完治させることは可能だった。

だが、体力の消耗や栄養失調の方はどうにもならない。科学が未発達なこの世界では、ただの栄養不足による症状も、満足に原因を突き止めることができないのである。

そして、魔法でどうにかならないことに関しては、神族(かみぞく)や銀髪の男のような『天使』では無力だったのだ。

 

3日目は奴隷兵を無理矢理動かすも、それまでの勢いは確実に落ちており、ハレリア軍の長城に辿り着く前に倒れる人数の方が多かった。前日の反省を踏まえ、洗脳馬だけを突撃させるも、弩砲で馬の方が狙われ、損害を出すこともできない。

 

「チッ」

 

銀髪の男は舌打ちする。

 

一見隙だらけに思えるハレリア軍の簡易長城。しかしそれは、50倍の戦力を相手にしても小揺るぎもしないほどの堅牢さで、ブロンバルド洗脳軍団を阻んだ。しかも、時間をかければかけるほど、危機的状況に陥るのは数の多いブロンバルド側である。

 

奴隷兵の餓死上等で無理矢理行軍させてきたツケか、残り70万以上の奴隷兵が、ここへきてほとんど使い物にならなくなってしまっていた。

かといって、正規兵は精々3万程度しかいない。長くブロンバルドを洗脳支配してきたために、正規兵すら思考能力をほとんど持っていない。それでも最低限言葉を話せればどうにかなるため、適当に教育させて使ってきたのだ。

はっきり言って、ブロンバルド兵は弱い。洗脳術による統制によって敵国住民を呑み込むことをしなければ、ハレリア王国どころか小国の寡兵にすら負けかねない。

自業自得の部分が大きかったのだが、最早彼自らが先頭に立つ以外に、敵に損害を与えることすら満足にできそうになかった。さらに、ベルベーズ大陸に火種と共に星王教徒駆逐の芽を植え付けるという目的も、これでは中途半端に終わってしまうかもしれない。

 

彼は、自分が戦術で完敗するという耐えがたい事実を、受け入れようとする。しかし、そのたびに強い忌避感が邪魔をするということに、ついに気付くことができずにいた。

 

 




ジョン少年観察記録中間報告、その4。

ジョン少年が開発し、製作した弩砲が随所で活躍を見せている。
しかし、実は射撃兵器としては非効率なものだ。

ピアノ線を弦とし、それを張るためにマンガンクロム鋼の発条を左右合計6つ用いたものとなっている。
矢は全鋼鉄製で、流体力学によって大雑把に計算された、先がやや膨らんだ特殊なものが用意された。

最大射程:581メートル(射角45度)
発射間隔:約1分20秒
本体重量:58kg(高速射撃装置、固定台含むと118kg)
最大射出重量:28kg

だが、21世紀初頭の地球の科学技術を弩砲の形にしたものとするには、ハレリアの技術が追い付いていないと言わざるを得ない。
やはり半年程度の準備期間では、現地の技術に合わせた加工技術の制約があったようだ。



ちなみに、彼は選択しなかったようだが、この時点で銃火器を開発するということもできた。おそらくジョン少年の知識を総動員すれば、半年で数丁の火縄銃を製造することはできたと考えられる。
銃弾の形状を工夫すれば、400メートル程度の有効射程を得ることもできただろう。
当然、兵器としての取り回しは、こちらの方が断然上である。

おそらく、彼はこの世界に与える影響、魔法文明を破壊することを懸念して、銃火器の開発を避けたと考えられる。
無軌道に火薬兵器が世に放たれていた場合、私はこの地の管理者にその危険性を通告する必要があった。
その理由については、まだ語るべきではない。

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