ジョンの伝記   作:ひろっさん

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ログラン峠

ハレリア大戦、ログラン峠。

山間の狭い道で、エルバリア王国の傭兵軍団5万と、マリーヤード傭兵500とホワーレン傭兵4千の連合軍が激突する。

そこに参加していたのは、ゴメス・ゴードン子爵率いる200名のハレリア工作兵部隊。

総大将はホワーレン国王、ジャッカル・ホズ・ルブレム1世。28歳、属国の王ながら軍略を含めた多方面に才能を発揮する若き実力者である。自分の代におけるホワーレン王国自立達成を目指し、精力的に動いていた。

 

「……卑怯という気がせんでもないが……。この兵力差を覆すには、そのくらいのことはせねばならんか……」

 

雄ライオンの(たてがみ)のような目立つ髪形の赤毛男性は、ゴードンが提案した戦術に舌を巻く。

 

「『不戦』の不名誉に陛下を巻き込むことになってしまいますが、どうぞご了承下さい」

 

糸のような目つきをした赤毛の青年ゴードンは、軍議のために集まったメンバーに、深々と頭を下げた。総大将のジャッカル王とは同い年で、北方国境警備兵団長という、軍の要職に就いている若き実力者だ。

二つ名は『不戦』。彼が参加すると、戦闘が極端に少なくなることから付けられた。

 

彼が率いるのは、たった200名の工作兵部隊。出身地の名を取って『メドッソ隊』と呼ばれる、元々衛兵団だった兵士達だ。戦争の経験もほとんどない田舎者ばかりで、戦闘力もはっきり言って低い。そのため、戦闘を行わない精鋭部隊という、不名誉な蔑みを込めて『不戦』という二つ名でゴードン共々呼ばれることが多かった。

だが、これまで6度もブロンバルドの洗脳軍団を退けてきた北方国境警備兵団の中に、蔑視の目で彼らを見る者は誰もいない。それは、たった2千名の国境警備兵団で、時には10倍もの敵兵を退けてきたという実績があるからである。

 

伝説は10年前、第5次イーザン戦役に始まる。

当時のブロンバルド軍は、5千の兵を別動隊として、イーザン平原に点在するハレリアの砦を迂回させ、後方に進撃させようとしていた。

目標は砦が建設中で防御も手薄なメドッソ村。戦略的にそれほど重要ではなかった土地のため、不意を突かれた形となる。

 

その時のメドッソ村には、戦力と呼べる戦力は砦建設の指揮官でハレリア王国軍から、技術士官として派遣されてきた騎士のゴードンが1人で、他は治癒術士2名とメドッソ村の衛兵団が300名のみ。

メドッソ村は林業の盛んな大きな村で、衛兵団も害獣狩りには罠を使い、山賊が出ないことから対人戦の腕もほとんど磨いていなかった。実質の戦力はほぼゴードン1人と言ってもいい状況だったのだ。相手がどんな弱兵でも、数に差があり過ぎるため、まともにぶつかって勝てる見込みはない。

 

だから、ゴードンは敵兵の進軍を徹底的に遅らせる遅延戦術を採ることにした。

ありったけの資材を集め、敵軍5千の進路に無数の罠を張ったのである。この作戦によって戦場で役立たずのメドッソ衛兵団は超精鋭へと変貌した。先にも述べた通り、彼らは害獣を相手に数多の実戦を経験してきた、罠のエキスパートだったのである。

 

敵の司令官のテントが設営されそうな場所には、決まって発見されにくい落とし穴や、テントを引っ繰り返す吊り縄などの罠が仕掛けられており、4千の兵を動かす司令塔をピンポイントで負傷させていった。神経をすり減らし、思考能力の低下した敵の司令官は、喚き散らして影も見えない罠師(イタズラ)集団を探させ、時間を浪費する。

 

実に10日。

敵軍迂回の報せを受けて王都ルクソリスより出陣した『雷神』騎士団が、足の速い100騎を到着させるには、十分な時間だった。そしてその先頭に『雷神』グレゴワール・デンゲルが駆け、疲労も限界に達しつつあった敵部隊は、たった一度の突撃で5千の部隊が総崩れとなり、敗走を余儀なくされたのである。

これは国内外で『雷神』の武勲として喧伝されることが多いのだが。

 

この件は、ゴードンがメドッソ隊の得意技を上手く扱い、彼らの土俵で働かせたのが勝因だとも言われている。

そして、それは彼とメドッソ隊が北方国境警備兵団に配属された後の第6次イーザン戦役にて、恐るべき戦果を挙げた。なんと、当時戦場では絶対の力を持つとされてきた騎士団や術士隊が、彼らの罠の前に手も足も出なかったのである。

どんな強大な魔法であっても、相手がいなければ無意味で、罠が発動した時にはどんな魔法も間に合うことがないのだ。それが即死に至るようなものであれば、大損害は免れない。

最も恐ろしいのは、そういった大規模な罠を、メドッソ隊は1昼夜で仕掛けてしまえることである。こと森林戦において、これほど頼りになる技術もない。

 

イーザン平野では2ヶ月前まで長城の建設をしていた彼らは、実際に戦闘が始まってしまうとやることがほとんどない。それに今回は『大親征』の発令も噂されていたため、あまり殺傷力の高い罠は仕掛けていないのである。どちらかというと、マディカン家で研究されていた、儀式魔法を使った待ち伏せ戦術に合わせたものとなった。

代わりにその本領を発揮することを許されたのが、西部のログラン峠というわけだ。

 

北方国境警備兵団の指揮は、元々大部分を副官に任せていたこともあり、ゴードン自身はあっさりと指揮権をマディカン元帥に返上、同様に厳しい兵力差のあるログラン峠へ、メドッソ隊を率いて向かった。

ホワーレン王国軍正規兵団との共同任務だ。

 

 

 

そんなゴードンが今回準備し提案したのは、やはり罠である。そしてその仕掛けと発動に、敵味方両軍が度肝を抜かれた。

 

「砦だと!?」

 

エルバリア傭兵軍団の団長が集まった軍議の場で、伝令兵がもたらした報告に動揺が広がる。

 

「要路ロアン街道を塞ぐ形で、一昼夜にして砦が出現しております!」

 

ロアン街道とは、国境のログラン峠からエルバリア側に続く街道のことである。

今彼らがいるのはログラン峠からホワーレン側に続くロガル街道だ。

 

「冗談ではない、あの街道は一本道だぞ!?」

「輜重部隊は!?どれだけこちら側にいる!」

「いや、大多数が抜けていたとしても、都市部へ攻め込むにはとても足りん」

「本国が落とすために兵を出してくれると思うか?」

「……」「……」「……」

 

青髪の屈強なエルバリア人傭兵達は、皆一様に顔をしかめた。

 

「皆、略奪部隊を経験してきたと思うが、エルバリア貴族は互いに牽制し合って、領地から兵を出そうとしたことはない。その代わりに金を使って俺達傭兵を前に出してるってわけだが……」

「ないな」「ああ」「あるわけがない」

 

エルバリア貴族は、見事に自国民の人望すらも失っていた。

 

「金払いだけはいいんだがな」

 

誰かが愚痴をこぼす。

 

「今回も、俺達はハレリア騎士団がイーザンに行ってるって聞いたから参加してんだ」

「特に、今回はホワーレン全部取れば、貴族様になれるっつってな」

「そうそう、実質ホワーレン全部山分けできるってことだ」

「傭兵の戦果は早い者勝ちってルールだ」

「で、誰が後ろの砦を落としに行く?」

「……」「……」「……」

 

場に沈黙が降りた。

皆、報告にあった砦が罠だと分かっているからだ。この辺の読みは、歴戦のベテラン傭兵達だからこそと言える。しかしそれゆえに、互いを牽制し合って身動きが取れなくなっていた。落としたところで戦果には数えられないことを、皆が経験してきているからである。

エルバリア貴族や王政府の人望のなさが、5万の大軍に亀裂を入れ始めていた。

 

「あんまやりたくねえが……それぞれの傭兵団から何人かずつ差し向けるか。ホワーレンは戦果に応じて山分けってのは変わらずだ。500も送れば事足りるだろう。傭兵団そのものの戦力を低下させないように、役立たずを中心に送ってやれ」

 

砦が罠で、ほとんど無人だと看破していたからこその提案、言ってしまえば次善策である。送った混成部隊の連携などは度外視だ。力攻めで問題無いからこその策である。

 

「それしかねえな」「しょうがねえ」「ああ、それで行こうぜ」

 

大多数が渋々とだが、全員が賛成の意を示した。

言いたいこともなくはないが、言っても意味がないということを、皆が知っているのだ。

 

 

 

谷底の街道を塞いでいた砦の撤去は予想外に難航した。

砦と見えていたのは表面のハリボテだけで、内側にはびっしりと空の樽や木箱が詰められていたのである。人間だけが通るならなんとかできなくはないが、瓦礫の山を越えるようなものだ。食糧を持ってなど、とても越えられない。

 

しかも、撤去が終わろうという時になって、同じ谷の別の場所にまた別の小砦(バリケード)が建設される。業を煮やして手っ取り早く燃やしたが、その間に輜重部隊が襲撃を受け、今度は奪われた食糧で小砦(バリケード)が築かれた。

燃やすと、香ばしい匂いでそれに気付く。

 

「なんだってんだ畜生!」

 

にわか結成された500の傭兵部隊は、いつまで経っても食糧を前線に届けることができないことにイライラを募らせ始めた。そして、前線でも食糧が不足し始める。

1千の余りもの傭兵が追加されるが、人を子馬鹿にしたような小砦(バリケード)の建設ラッシュが収まる気配がない。

 

さらに山狩りを行おうと山に入ると、至るところに罠が仕掛けられており、部隊の損耗を増やしていくのだ。

これでは兵士を見える範囲に一列に並べて進ませる、ローラー作戦もできない。

 

 

 

一方の前線では、敵の恐るべき狙いが発覚していた。

 

「村が全部引き払われて、畑も食糧も焼かれてやがる……」

 

中世西洋、傭兵や兵士を十全に働かせるのに、莫大な金銭が必要となった。というのも、大元である国が、十分な食糧を用意できなかったからである。ではどうしたのかというと、近隣の村や町で略奪を働いたのだ。

傭兵などは、そのために軍に参加することがほとんどだったという。要するに、人を働かせるために、食糧や女性、奴隷の略奪を基本とした現地調達が認められていたのである。

 

だが、それに対して最も効果的な戦術が登場した。

 

フランス皇帝ナポレオン・ボナパルト1世による、ロシア大遠征。その時にロシア軍を率いた将軍が仕掛けたのが、『焦土戦術』だ。つまり、敵に麦の一粒も与えなず、略奪を許さないのである。輸送で退避できない分は、自軍で焼くという徹底ぶりだった。食糧不足に陥ったフランス軍は、ロシアの寒さと食糧不足のために崩壊。

撤退を始めたところにロシア軍の逆襲を受け、壊滅した。

 

ゴードンが提案したのが、まさにその焦土戦術である。

後方から食糧が届かない状況で、現地調達ありきで行軍したため、エルバリア軍はかなり食料を消費してしまっていた。

 

「クソッ、姿を見せやがれ!臆病者!」

 

森へ向けて怒鳴り散らすも、返事はなく事態は解決しない。

 

「このままじゃ俺達は餓死しちまうぞ!」

「一度例の谷へ退くべきじゃねえのか?」

 

傭兵というのは、旗色が悪くなればさっさと逃げる。目的がほぼ略奪なので、命を危険に晒してまで勝つことは考えないのである。この状況で数の利を唱えようという者は1人もいなかった。

予想だにしなかった戦術によって、傭兵ならではの直感が警報を響かせ始めたのだ。

 

「そうだ、罠でもなんでも、全員で下手人をぶち殺して街道の安全を確保しなけりゃ、とても都市部を攻め落とせねえ」

「畜生め、なんで俺らが衛兵みてえなことしなきゃいけねえんだ……」

「ラドウ……!」

「わーってるよ!この先食糧が調達できる場所なんて、城砦でも落とさなきゃ手に入らねえ。俺達は全員で敵の罠に飛び込むしかねえんだ!」

 

先を見通せない不気味な静寂の中、彼の叫びがエルバリア軍5万の状況を如実に表していた。

 

敵はおろか、町や村の人々も、未だに姿を見せていない。

 

 

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