ジョンの伝記   作:ひろっさん

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ハレリア大戦開戦より8日後。

ジョンはルクソリス内域の星王神殿に寝泊まりしていた。要人保護という意味もあって、エヴェリアとカッセルも一緒だ。3人が星王神殿に保護されているのは、他の貴族や王族などと違って、確固たる後ろ盾が存在しないからである。

 

「ログラン峠のエルバリア軍5万は、退却を開始したようです。見せかけ(ハリボテ)小砦(バリケード)に焦土戦術という思い切った作戦で、一戦も交えずに退却させました。

諜報部からの情報では、再侵攻するだけの食糧がエルバリア本国では確保できないそうで。

これでエルバリア方面は心配なさそうですね。味方の損害はほぼゼロに終わりました」

 

戦況は、逐一白ローブの少女が教えに来た。

 

「ログラン峠の方は、10倍以上の兵力差があったと聞いていたが……」

 

猫耳カチューシャの黒髪少女はコメカミに指を当てて聞き返す。

 

「『不戦』ゴードン卿とメドッソ隊の力が大きかったそうです。北方国境警備兵団から、一時出向ということになっていたのですが……」

「『不戦』か……騎士を相手に手も足も出させなかったとかいう噂なら聞いたことがある。てっきり敵の士気を落とすためのプロパガンダだと思っていたが……」

「まあ、そういうこともやる人だというのは否定はしませんよ。その辺にまで頭が回るからこそ、彼は軍の所属でありながら爵位も持っている貴族なのですから」

 

白ローブの少女はフードの奥で苦笑して見せた。

 

「確かハレリアの貴族というのは、行政階級だったな。王族以外は血筋が無視されるという、信じられん法律があるとか」

「行政階級?」

 

黒髪ロリの言葉にジョンが尋ねる。

 

「軍では、緊急時に備えて階級がありまして。まあ、場合によっては指揮官がボコボコ死んで、命令系統が寸断されてしまいますからね。行政においてもそういうことがまったくないとは言えません。そういう緊急時にこそ、行政の力が特に必要になってきますし。

ですからそういう災害や戦争、事故などに備えまして、役所長や領主などの貴族には、咄嗟の時に誰をトップにして判断して動くべきなのかという順位を、評議会を開いてあらかじめ決めていただいているのですよ」

 

まるで、現代地球の行政形態のようである。いや、ハレリアではそれよりも序列を細分化し、緊急時の責任の所在を明確化していた。

現代地球の行政形態では、平、係長、部長、課長がいわゆる平民職で、それ以上、議員や首長などが貴族職に当たると考えればいい。

 

ハレリアの場合はそれぞれの中にも2つ階級があって、昇進が近い者とそうでない者に分けていた。実力や向上心など、様々な要素から判断され、順番に階級を上げていくという仕組みだ。

特に通信技術が発達していない文明レベルだからこそ、大災害などの緊急時、現場の命令系統というのは確保する努力をしなければならない。

 

「ゴードン卿に戻りますが、騎士で貴族というのは、稀有な存在ですよ。騎士には武力以外は要求されませんから。グループの中で一番強い人が隊長で、賢い人が副長をするのが通例ですが、行政に意見ができるほどの頭を持っている人はほとんどいないのです。騎士団4千の中でも、20人いるかどうかですね」

「それにしても『不戦』だなどと、普通は呼ばれんだろうがな」

「『戦わざる』将軍、ねえ……」

 

ジョンは呟いた。

軍人としては相反する二つ名である。彼は最初に聞いた時、てっきり後方支援専門の指揮官かと思ったほどだ。

 

白ローブの少女からして、宰相府のエージェントである。

中世程度の文明の国にそんな変わった特別職のあるハレリアならば、そういうのもいるかと思ったのだが。よくよく考えると後方支援には行政が動けばそれで事足りてしまうのだ。街道の警備などは衛兵団に任せればいいし、宰相が直々に後方支援を行うのならば、それ以上の適材はいないだろう。

 

「イーザンの方はどうなっている?」

 

エヴェリアが尋ねた。

 

ちなみに、黒髪少年カッセルは彼女の後ろに立ったまま、会話には参加せずにじっとしている。時折、ちらちらとエヴェリアが視線を向けているが、反応を返す気配がない。武器の片手半剣(ハンドアンドハーフソード)は鞘に入ったまま部屋の隅に置いてあった。

白ローブの少女が部屋の外にあったのを持ってきたのだが、どうあってもこの4人の時は武器を手にしたくないらしい。そこまでハレリアを信頼しているのか、はたまた武器なしでも対応できる自信があるのか。あるいは、けじめのつもりか。

『護衛の観点から、武器は目につく場所に置いてほしい』という白ローブの少女の要望に、渋々頷く形で部屋の隅に置いてあると言ったところだ。

 

「洗脳の上書きで30万の奴隷兵を救出しました。まあ、敵側の死者負傷者数ばかりが増えていまして、ハレリア軍の損害は未だにゼロのままです」

「100万の兵を相手に1人の死者も出ないとはな……」

「なんか、途方もなさ過ぎて現実感がサッパリねえな……」

「ふふふ」

 

頭を抱える2人に白ローブの少女は微笑む。

 

「ハレリア王国は、神族(かみぞく)への対策が最も進んでいると自負しているのですよ。契約のために制限が大きく、また身勝手な彼らとその都度交渉しなければならないとはいえ、抵抗を諦めて傀儡と化してしまうことを、彼らは嫌いますからね。

交渉の大原則は、互いにとって無視できないだけの力を保有していることなのです。ゆえにハレリアは建国以来1千年間、神族(かみぞく)に対抗するためのあらゆる研究を行ってきました。

物量対策は、その基本ですね」

 

人間の最も恐ろしい性質は、その数だと言われる。人が多く集まれば、それは力となる。国力においても軍においても、数は力だ。そして、その中から優秀な人間を抽出して国を作り上げると、多くの意見が必要となる。

中には相反する意見も出てくるだろうが、意見が少なければ組織が硬化してしまい、(もろ)く崩壊を始めてしまう。組織の運用には柔軟性が必要と言われるが、そのために必要なのが多くの意見、発想なのである。

 

「だがそれは、根本的な神族(かみぞく)対策とは言えんぞ?」

「分かっていますよ。だからこそ、攻勢ではなく守勢における物量対策なのですから」

「そういうことか」

「どういうことだってばよ?」

 

エヴェリアは分かっているようだが、ジョンは政治や軍にそこまで詳しくないため、ちょっと専門用語が出てきたりすると、ついていけなくなる。

 

「はっきり言って、神族(かみぞく)は騎士や術士兵ばかりを100万集めても勝てる相手ではないということだ。もっとも、今回のように洗脳による軍団戦を仕掛けて来んとも限らんから、無駄ということはないようだがな」

「イーザンのハレリア軍は木製の長城に篭って守勢に徹しているのですが、これには理由があります。要するに、攻勢に出て間違って敵の神族(かみぞく)に攻撃を加えてしまいますと、相手に反撃の大義名分を与えてしまうということです。その場合は、あちらは堂々と参戦宣言してハレリア軍を壊滅させることでしょう」

「攻撃側に交じって主戦場にいた時点で戦争参加の意思ありってことになるのか?」

「その通りです」

 

白ローブの少女は頷いた。

 

「さすがに人間同士の戦争という名目がある以上、殺し合いの最中に無理矢理入り込んで、間違って攻撃されたから片方の軍を滅ぼしましたというのは通じません。それができるのでしたら、神族(かみぞく)はもっと人間の戦争に介入してきていますよ」

「いつ敵軍に神族(かみぞく)が交じるかもしれないなど、人間側としては考えたくもない話だ」

 

エヴェリアは顔をしかめる。白ローブの少女も首肯した。

 

「要するに、衝突中の一般兵に交じって移動(・・)していたら攻撃を受けたから反撃、なんてことを神族(かみぞく)に許しますと、迂闊に防衛戦もできないということなのです」

「無茶苦茶な理論だな」

 

いつ神族(かみぞく)が敵側につくか、知れたものではない。そしてそれを考慮すれば迂闊に動けず、神族(かみぞく)を味方につけていても、結局は神族(かみぞく)同士の戦いで勝負が決してしまう。

それは人間の士気に係わり、容易に人類文明の衰退を招くのだ。

 

神族(かみぞく)とは、それほどに理不尽で不条理な存在なのですよ。千年前、『混沌の夜明け』以前は、社会が神族(かみぞく)を中心に回っていたそうですし。当時の人類は神族(かみぞく)の横暴に疲弊し、人口も現在の千分の1程度に激減させていたそうなのです。前に言った通り、神族(かみぞく)にとって人間は遊び道具ですからね。

その士気を十分に確保できなくなってきたところに、『蛇王の遣い』が天から降りて神族の会合を開き、神族(かみぞく)協定を結びました。

『混沌の夜明け』以前、人間の社会というのは、神族(かみぞく)のご機嫌伺いがすべてだと言っても過言ではなかったのです」

「そして、神族(かみぞく)というのは往々にして人間の都合、取り決めや契約というものを無視する。大きな代償を支払うだけでは、契約を結んでも無視されるのがオチだ。神族(かみぞく)を惹き付ける強い魅力を示せなければ、契約の維持はできん、か……」

 

どこかで習った内容らしい。黒髪ロリが呟く。

 

「ハレリアという異常な国が出来上がるわけだ」

「異常?」

 

ジョンは聞き返した。

確かに色々と地球にはない、珍しくもしっかりした体制のある国だと思っていたのだが、異常とは思っていなかった。情報として知らないことが多いというのもあるし、政治としてあまり考えたことがないというのもある。

 

「今のイーザン平野の戦線には、いつ神族(かみぞく)が出てくるかわからないんだぞ?『大親征』とやらを発動したということは、国王がそこへ行ったということだ。

神族(かみぞく)の理不尽さと不条理さは、今説明した通りだ。神族(かみぞく)癇癪(かんしゃく)を起こせば、国1つ程度は丸ごと消えてなくなる可能性だってある。協定はあくまで協定であって、自分の何かを引き換えに体制を破壊するのなら、別に守る必要もない」

 

法律はテロリズムを止める直接の役には立たない。

武器の持ち込みをチェックしたり、危険な場所に立ち入って捜査する警備員や警官こそが、テロリズムを未然に防ぐのだ。法律はそんな役人や警官に、大義名分を与えているだけなのである。

そして、テロリストが公務員を圧倒的に上回る絶対的な武力を持っていれば、ただ退避するか、眺めているしかない。

 

「そんな、兵の壁や魔法による障壁も役に立たない存在が敵にいると判明している戦場に、国の中枢たる国王が直接赴いている。防戦で相手の協定破りを抑えようとしているようだが、それは協定が破られると同時にハレリア軍が壊滅する、つまりハレリア国王が死ぬ可能性も高いということだ。

ハレリア首脳部は、こんな簡単なことも分からんようには見えなかったがな?」

 

エヴェリアは仏頂面で、白ローブの少女をじろりと睨んだ。

 

「本当は、戦争が終わってから伝えようと思っていたのですけれどもねえ……」

 

水を向けられ、巨乳少女は苦笑を返す。

 

「エヴェリアさんのお考えの通りです。

26日前の王族六家会議の時点で、国王および重鎮達の死を計算に入れた上で、イーザン平野の戦いは計画変更されました。既に有利な誤差は出ていますが、そろそろ計画の後半部、敵の神族(かみぞく)と一戦交える段階にさしかかる頃です。

――その一戦では、国王を含む王族が前面に出て戦い、敵神族(かみぞく)を抑え込み、消耗を強いることで軍の壊滅を防ぐことになっています」

「王族が何人いるか知らないが、そんなことは不可能だ!真冬に雪を融かし尽くすようなものだぞ!?倒せないからと言って、目標のレベルを下げてどうにかなるほど、神族(かみぞく)は甘い存在ではない!」

 

エヴェリアは白ローブの少女の胸倉を掴んだ。身長差があるとはいえ、貴族の娘らしく中々の迫力だ。

 

「わかっていますよ」

 

白ローブの少女は平然とした口調で、いや、幾らか違和感程度の固さを持った声で返す。掴まれた胸倉を離させようともしない。

 

「5千の王族部隊は神族(かみぞく)と戦い、壊滅します。ですが、敵が神族(かみぞく)協定を破った時点で、戦争は終わるのです。お父様や伯父様達は、無駄に死ぬのではありません!」

 

普段から地の感情を表に出さない白ローブの少女が、声を震わせた。

 

「お前……!」

「……あっ……!」

 

それを間近で見ていたエヴェリアが驚いた顔で目を見開く。

白ローブの少女はそれを見て自分の顔に手を当てて、頬を伝う涙に気付くと、黒髪少女の驚きで緩んだ手を振り払って、部屋を走って出て行った。

 

「くっ……なんてことだ……」

 

エヴェリアは思わずその小さな拳を壁に叩き付け、呻いた。

 

 

 

しばらく、3人は黙って部屋に留まっていた。

 

「彼女は……」

 

長い沈黙の後、椅子に座りなおしたエヴェリアがポツリとつぶやく。

 

「宰相府のエージェントは、諜報員であると同時に政治家の卵だ。政治の判断力を鍛え上げられ、各都市に派遣される。そこで、貴族の監視と同時に頭脳として活動するのが仕事だ。そうやって実地の経験を積んで、優れた者が大臣や宰相の後継者に選出されるという仕組みだと聞いている」

 

修業期間が設けられているということである。白ローブの少女はその政治家としての修行中だったのだ。

 

「ハーリア公爵は、彼女がかなり高い才能を持っていると言っていた。何事も起きなければ、次々代の宰相に選ばれてもおかしくはないと……。

だが同時に、異端児でもあると言った。ハーリアの手の者としては、似つかわしくない資質の持ち主だと……」

 

そこまで言って、再び黙り込む。段々、ジョンにも自体が呑み込めてきた。以前、あの白ローブの少女は言っていたのだ。

 

『政治家を目指すのでしたら、この手のセクハラには慣れなければいけませんね』

 

と。

つまり、それは彼女が幼少期から感情制御の訓練をしてきたということなのではないだろうか。

だが、ここへ来て身近な者の死に直面し、感情の制御が限界を迎えた。その現場を、他者に見られたくなかったのだ。

だから、思わず走り去ってしまったのである。

 

平気な顔をしていても、それは表面を取り繕っているだけ。考えればすぐに分かることだった。表情に出ないのと、心の中の負荷(ストレス)は別物なのだ。

むしろ抑え込んでいた分だけ、一度崩れ始めると感情の爆発も大きくなる。あの白ローブの少女も、根本的なところで16歳の子供だったのである。

 

宰相となりうる資質とは、冷たい判断力。黒さ、冷酷さとも呼べる、機械同然の凍れる心。似つかわしくない資質、というのは真逆、他者を労わり慈しむ優しさ。人の死に涙し、守ろうとする人間らしさ、モラルの高さ。

そんな相反する資質を、その身に併せ持ってしまった。だから異端児。

 

「無理しやがって……」

 

静かな室内で、ジョンは呟く。

 

 

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