ハレリア大戦、9日目に入り、状況は終盤に差しかかる。
この頃になると、ブロンバルド軍側は丸太の杭でできた長城を強引に撤去することで、ハレリア軍に
そしてその日、ついに長城の一部を崩すことに成功する。
この時ハレリア軍は、疲労などで術士を中心に800名近くが休養を余儀なくされていた。犠牲が出ていないとはいえ、さすがに100万の兵を相手にするのは過酷だったのである。
対してブロンバルド軍は既に10万近くまでその数を減らしていた。ハレリア軍が30万もの奴隷兵を救出し、50万ほどが餓死及び病死、10万が無謀な突撃と長城破壊作戦のために戦死している。
だが、ブロンバルド正規兵、及び騎士、星王術士は、まだ予備戦力として1万5千が健在だった。
第7次イーザン戦役10日目。
崩れた長城の一部に向けて、ブロンバルド騎士団が突撃を仕掛ける。今までになかった星王術士による援護も受けて、長城の向こう側へなだれ込む作戦だ。それは勢いに任せた1点突破。しかし、壊れていない部分へも奴隷兵を突撃させ、敵の手数を分散させる。
この作戦にハレリア軍は、あえて壊れた長城の残骸を撤去し、そこに国王率いる王族部隊を配置。
「白の太陽を背負え!敵方は灰色!敵と見なば馬ごと殺せ!彼ら救うにあたわず!涙を呑んでこれを殺せい!我らは太陽の一族!星王の教えの守護者なり!
この一戦、命を捨てよ!
「「
5千の兵達の大喝采の後、ハレリア国王トワセル12世は、両手に剣を持って敵側に向き直った。左隣には盾と剣のハーリア公爵、右隣には十字槍のマディカン元帥。
「……今じゃ!」
迫る敵の大軍が何気に置かれていた岩に差し掛かった時、老騎士が合図を出し、トワセルは表面を磨き上げられた剣を高く掲げる。岩は一定間隔で置かれた、星王術を使用するタイミングを測るための目印である。
ブロンバルド軍は、それに気付かなかったようだ。
「唱えーい!!」
前面に展開している術士兵達が、星王器を発動させるための
「放てーい!!」
星王術による『火球』の一斉射撃。
敵が限界射程に接近するタイミングに合わせているため、発動は敵騎士の術攻撃よりも早い。何より、威力が桁違いだった。
火球がすぐ目の前の地面に着弾し、熱や爆風、事前に地面に蒔かれていた砂利などを飛ばして多数の騎士を殺傷。後から走り込んで火球の直撃を受けた騎士が、馬ごと吹き飛ばされ、5メートルほど宙を舞って地面に叩きつけられ、500キロもある馬の下敷きとなり即死する。武具大会や武術大会で使用された星王器とは、明らかに威力が違う。これは術士兵が持つ威力特化の星王器と、騎士が持つ速度重視の単唱器の違いだった。
騎士は近接戦闘も可能なように、咄嗟の使用を主眼に作られている。だから、
だが、それではあまり大きな威力が出ないのだ。
「前衛、前へ!我に続けーい!!」
宰相、元帥と国家の重鎮達を従え、トワセルは先陣を切ってサラト川を渡ってきたブロンバルド騎士団に徒歩にて突撃を敢行する。その後ろに続くのは、それぞれの鎧に身を包んだ、年齢も性別もバラバラな兵士達。
1つ言えるのは、子供がいないということ。上は66歳の老人、下は25歳以上。
それぞれが自分の武器を手に、数で圧倒的に勝る敵へ突撃するのである。しかも、相手が騎兵なのに対し、こちらは歩兵だ。
近世以前の戦場において、歩兵は原則として騎兵に弱い。突撃銃とゲリラ戦術が登場するまで、その原則に変化はなかったとされる。だが、そんな原則を覆す光景が繰り広げられた。
トワセルが振う
宰相カメイルは蹄を回避しつつ、
元帥ヴェグナは
後続が慣れていない馬を重点的に狙うことで、敵騎士の突撃力を殺して味方の有利に展開させているのだ。
他にも、2メートルもある巨大な剣で馬ごと両断したり、馬の突進を盾で押し返し、転倒したところにトドメを刺すなど、とてつもない力技を披露する剛の者もいた。
王族部隊に無双を誇る近衛騎士が混じっていたということはない。ただ純粋に、王族部隊個々人の実力だ。
王族部隊というのは、その名の通り身体能力の高いハレリア王族の血を継ぐ一族で構成された部隊なのである。積極的に英雄の血を取り入れ、その力を保持してきた彼らの基礎戦闘力は、巨体を誇るマリーヤード人にも匹敵した。
ここでブロンバルド軍がサラト川の向こう側から星王術の一斉射撃を行う。
まだ川の長城側にはハレリア軍の一斉射撃による土煙が舞っていたが、お構いなしだ。もちろん、味方に当たることなど考慮の外である。氷塊、火線、圧縮空気、それらを後押しする突風など、様々な魔法が放たれ――。
「精霊よ!」「今です!」「水の壁を!」
突如サラト川から盛り上がった水の壁に阻まれた。
説明しよう。
『
『星王術』は
『呪紋法』は魔法と認識されていない地域もあるが、青い石に文様を刻むだけで永続的に単純で弱い効果を得られる、便利な魔法である。
『
川幅20メートル程度のサラト川の水を利用して水壁を形成したのは、『精霊術』である。基本的に、そこにあるものを使って行使される魔法と考えればいい。
威力を高めるためには星王術のそれよりも長い詠唱が必要だったが、元からあるもの、つまり自然を利用する限りその威力は星王術のそれを超える。また、星王術が苦手な魔法効果を一定時間維持させるなども、精霊術の得意分野だった。
通常、妖精種と呼ばれる、精霊に馴染んだ人種が使用する魔法なのだが、人間に使用できないこともないのだ。
これによってブロンバルド軍は、サラト川を境に前後に分断されてしまった。援護が届かず、水の壁に弾かれて向こう岸に渡ることもできない。
サラト川を渡ったブロンバルド軍は2千ほど。
馬も込みとはいえ、身体能力の高い王族部隊を相手に、一方的に殲滅される。ブロンバルド側は、横列を伸ばして前後の距離を詰めて突撃させ、今度は5千の騎士を渡河させることに成功したが、王族部隊の前にあっさりと全滅させられ、攻撃を断念せざるを得なくなった。
ハレリア軍、負傷者961、死者3。
ブロンバルド軍、負傷者2万0315、死者5万2943。
ハレリア王国軍、残り約2万5千(騎士団4千、王族部隊5千)。
ブロンバルド王国軍、残り約6万(騎士団8千、正規兵1万)。
初めての正面衝突にもかかわらず、さしたる戦果もなく。ブロンバルド軍はこの日、戦略、戦術的に敗北が決定的となった。
その夜。
「全滅……だと……!」
洗脳伝書鳥の報せを受けた銀髪の男は声を震わせ頭を抱えた。
ハレリアとブロンバルドなど北部を結ぶ道は、2通りある。
1つは広大なイーザン平野を通るルート。
もう1つはザライゼン方面の山岳地帯スレイカンにある街道から、脇道に逸れて険しい山の中を通り、エムートを経由してトトメテスへ抜ける裏回りルート。
エムートへは脱走奴隷が洗脳統制から逃れることがあり、それを支援するために100人ほどの傭兵が活動していた。
それは知っている。だから、脱走奴隷に洗脳術士を紛れ込ませ彼らの拠点であるエムートを奪取し、正規兵1千ほどを裏回りルートで進ませ、トトメテスに奇襲をかける作戦も立てていたのだ。奴隷兵を合わせて100万もの戦闘員を動員したのは、そちらの作戦を気取られないための
だが、結果は散々だった。
あっさりと洗脳術士の洗脳を解除され、作戦が露見、千の兵も洗脳の上書きで対処された。エムートを拠点としている傭兵に、それなりの腕の術士がいたのだ。星王器は基本的に国によって管理されており、一介の傭兵が持っているなどという可能性はまずない。つまり、ハレリアが星王術士をエムートに派遣していたということになる。
そうだとしても、それは非常に危険だ。
そんな辺鄙な場所に派遣するとなれば、星王器が傭兵に奪われる可能性を考えなければならない。奪った傭兵がブロンバルドなりに持ち込めば、星王器の技術をハレリアの優れたそれに更新することもできるだろう。実際、エルバリアでは略奪で奪ったハレリア製星王器の技術を解析して自軍に適用し、戦力を増強していた。
それはブロンバルド軍にももたらされ、技術の更新が行われている。もっとも、それだけのことをやっていても、100万の内の94%を失うという結果に、今現実に陥っているのだが。
「馬鹿な……ハレリアとは、ここまで強い国だったというのか……!
ここまでやっても、なお足りんと……この私が、敗北――ぐっ!?」
脈打つような激しい頭痛と共に、銀髪の男が呻き声を上げる。しばらく頭を抑えて痛みに耐えていると、やがて彼はゆらりと立ち上がった。そして命じる。
「……兵に自害せよと伝えろ。輜重隊にも伝令を回し、自害させろ」
「はっ」「承知」「畏まりました」
自殺の伝令を命じられた伝令兵達は、洗脳ゆえに何の疑いも抱かずに、命令を遂行するためにその場を去る。
「クックック……俺が負けるはずがないのだ……何人であろうとも、この『天使』が敗北など、神に力を与えられし我らに敗北などあり得んのだ!」
他に誰もいない天幕に哄笑を響かせる彼の顔は、今までにはない、狂気に彩られていた。