ジョンの伝記   作:ひろっさん

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遊郭

戦争につき、大神殿にて軟禁状態だった措置が解かれ、ジョンはまず自分の工房の様子を見に行く。

さすがに1ヶ月も工房を空けていると、色々と整備が必要になっていた。一応、各種装置には錆び止めの油を塗り、埃よけに布を被せてあったのだが、それでも金属部分はところどころ錆びが浮いている。

外から砂埃などが入らないように、入口の扉を閉めてあったのだが、それにしても綺麗になっている印象があるのは、誰かが掃除に入っていたのか。

 

(多分、モーガンだな。アリシエルは……やるかなぁ?変にプライド高そうだし)

 

赤毛ショタジジイはそんなことを考えつつ、炉の点検を始めた。

 

炉は毎日軽く煤を払って綺麗にしている。が、それだけとも言えた。

内側にこびり付いた金属の融けカスなどは、冷え固まった後に叩けば簡単に砕けるので、使う時に掃除することにしている。

融けカスはまだ残っていた。金槌で軽く叩いて砕き、乾いた雑巾(ぞうきん)で拭き取る。

 

次は(ふいご)

木炭などの燃焼を促進させるために空気を送り込む道具である。最初期は木製で、箱の中ほどに紐などで浮かせた板を、足で踏んで空気を送り込んでいたようだ。日本古来の製鉄法として有名な『たたら吹き』にも使用され、文明の発展を陰から支えた立役者でもある。

ここにあるものは、中世西洋で開発された、牛皮を使ったもの。長く使えるが消耗品でもあり、倉庫に予備がある。

 

同じく足踏み式回転砥石も、油を()して回転の具合を確かめ、表面を軽く針金ブラシで擦ったり、小さい金槌で側面を叩いて、音を確かめる。現代地球でも行われている点検方法である。正常なら澄んだ音だが、内部にヒビなどの異常があれば、くすんだ音がするのだ。

足踏み式程度ならそこまで問題無いのだが、これがモーターなどの機械動力によって動いていた場合、砥石の破損は文字通り致命的である。回転中に砕けた破片によって、地球では死亡事故も発生している。

 

倉庫にはアルミニウムが2樽、銅が1樽、鉄が3樽、マンガン、クロム、ニッケル、炭の粉、亜鉛、マグネシウムが少量ずつ。燃料の薪は倉庫の半分を占有していて、温度を上げるための木炭も5樽に詰まっている。

鉄はかなり消費が激しく、最後に確認した時は樽に半分しか残っていなかったと思ったが、モーガン辺りが補充したらしい。

 

今日は各種装置の点検と整備、それに湿気抜きだ。

 

 

 

「やっほー」

 

点検を終えて湿気抜きのために炉の火を見ていると、黒ローブの金髪少女がやってきた。

アリシエルである。2人はいつもの設計室に移動し、世間話を始めた。

 

「1ヶ月振りね」

「こっちは今朝まで神殿にカンヅメだった」

「ああ、間諜(スパイ)とか送ってくる可能性あるって話だっけ。神族(かみぞく)が出てきたってことになると、さすがに内域も安全じゃないし」

「そっちはどうだ?」

「普通に、錬金術師見習いの通常業務よ。軽銀(アルミ)の抽出と、騎士鎧の整備ね。あと研究」

 

いつも通りの様子だ。

 

「あ、それで武具大会の話聞いた?」

「モーガンが言ってたやつなら、俺はエントリーしなかったぞ。これから微妙な立場になってくわけだからな」

「ああ、そうなんだ?私、毎年強制参加だから、ちょっと相談したいんだけど……」

「お前な、錬金術のことなら自分の師匠に聞けよ」

「いつもはぐらかされてばっかりで、答えてくれないんだもん」

 

少女は口を尖らせる。

ちなみに、既にエントリー期間は終了しており、30日の準備期間に入る少し前だ。

 

「去年、俺が話したこと守ってれば、そうそう負けねえんじゃねえのか?」

「まあ、普通の新米騎士だったら問題無いんだけど……」

「?」

「噂で、マルファス君がエントリーしてるらしくって……」

「あいつ、近衛騎士になったんじゃねえのか?」

 

ジョンは首を傾げた。

 

「たった半年で正規の近衛騎士になれるわけないじゃない。まだ見習いよ。ハルちゃんもそう言ってたし」

 

よくよく考えてみれば分かることなのだが、『大親征』によってそれまで集められていた近衛騎士は、12名全員が死亡している。もしも13人目の近衛騎士となっていたならば、あの戦争に動員されていた可能性が高く、死亡していた可能性も高いのだ。そうなっていたならば、戦争直後の武具大会に参加などできるわけがない。

 

正規の近衛騎士の他に見習いが何人かいて、彼らが後任の近衛騎士となるのだ。ほぼお飾りの隔離地位とはいえ、ゼロになるとそれはそれで困るのだから。とはいえ、今回の件で繰り上がったのは3人か4人程度だが。

『雷神』とまともに打ち合えるクラスの戦士が、いつでもそう何十人も出現するわけではないのだ。

 

「で、軽銀(アルミ)であの子の腕力に耐えられるようにって言ったら、大きさが凄いことになっちゃうわけよ」

「あー、さすがにな。アルミ銅合金じゃきついか……」

「――だからさ、『ジュラルミン』、使ってもいい?」

 

アリシエルは尋ねた。

 

説明しよう。『ジュラルミン』とは。

『デュレンで作られたアルミニウム』の合成語で、ドイツはデュレン地方のアルフレッド・ウィルムが発明したとされる。

アルミニウムに銅や亜鉛、マグネシウムを用いた合金であり、加工からの時間経過によって硬度や強度が増す、『時効硬化現象』が発見された後に実用化された、最初の合金でもある。

それが地球で活躍したのは昭和期で、主に航空機に多用されていた。第二次大戦時は日本でも零戦に使われていたという。

 

ジョンが言った『アルミ銅合金』は、『時効硬化現象』が発見された時の、実用化される前の合金だ。アルミニウムに少量の銅を混ぜた合金で、熱処理によって鉄に匹敵するほど強度が増す。ハレリアでは、これが騎士の鎧に用いられていた。

鉄の精錬技術が未熟なのと、魔法全般が鉄を嫌うため、それなりに魔法との親和性があり、精錬の甘い鉄に匹敵するアルミ銅が、騎士の鎧には多用されるのだ。

 

ちなみに、『アルミ銅合金』というのは、同じアルミニウムと銅の合金でも銅の比率の高い『アルミ黄銅』と区別するために、作者が適当に付けた名称である。

 

ジョンは新型弩砲の発射台の部分に、『ジュラルミン』を多用していたのだ。その関係で、手伝っていたアリシエルも『ジュラルミン』の配合率(レシピ)は知っている。アルミ銅の時効硬化による硬度の上昇率を、さらに高めたのが『ジュラルミン』だ。だから、『ジュラルミン』ならばマルファスの腕力に耐えられる可能性があった。

 

「ま、転生者の知識を前面に出すもんを作れって依頼も来てるし、問題はねえと思うぜ」

 

異世界の知識について、許可を取るくらいなら別に構わないかと、彼は適当に頷いた。

 

「あ、いよいよなのね」

 

以前、ある程度はジョンに関する話を聞いていたアリシエルは、これからのことについて、大体理解する。

 

「ミラりん、どこまで話してるの?」

「ハレリア王族が色々おかしい一族だっつーことかな。

8分の1が娼婦とか、あんだけ死んでもまだ2万4千人いるとか。あとあの子、ミラーディアが王様の姪だったってことも聞いた」

「国王の姪とか娘だからって、特別扱いされないってことは?」

「聞いた」

「ふーん……結構話してるんだ?」

 

金髪ツインテール少女は鼻を鳴らして呟く。

 

「アリシエルもそうなのか?」

「ええ、そうね。そうよ。フルネームはアリシエル・クモ・エイル・ファラデー。

王族六家の『魔』を司るファラデー公爵家の千、え~現961位。

数字の多さは、それだけ王族の錬金術師が多いんだって思っておいて」

 

王族の錬金術師というのは、一人前の、という意味だ。まだ一人前と認められていない彼女は、それらより順位が低いのである。

 

「ミラーディアは3位って名乗ってたっけな」

「あの子は天才だからよ。あの歳で大人も差し置いて一桁上位とか、普通はありえないんだから。稀少技能持ちっていうのも順位の高さに関係してるかも知れないけど」

「ああ、そんなこと言ってたな」

 

双子の共感の話はさすがに印象が強かった。

 

「ジョン君、今だから言うけど、あの子に惚れる時は気を付けた方がいいよー?」

「王族にされるとか、そんな話なら聞いたぞ」

「違うわよ。あの子ってば、遊郭に行ったことないみたいなのよ」

遊郭(ゆうかく)?」

 

初めて出てくる単語だった。

いや、娼館のようなものだというのはジョンにも分かるのだが。それなら普通に娼館でいい気もする。

 

「聞いてる通り、王族っていつ死んでもおかしくない一族じゃん?

だから、死の恐怖(ストレス)を発散するために、マクミランが王族向けに専用の場所を作ってるのよ。洗脳術で理性を取り払って本能を剥き出しにするの。

だから、そこに限ってどんな失言しても暴れてもオッケー。もちろん、エッチもね。

ただ、理性を取っ払ってる間はほとんど意識とか飛んでるから、記憶に残らないんだけど」

「お前、なんかとんでもねえこと口走ってねえか?」

 

赤毛の鍛冶少年は渋い顔をする。

 

「私、処女じゃないわよ。ていうか、特に政略結婚用にハレリオスで育てられてるような子じゃない限り、処女なんて滅多にいないんじゃない?

私もミラりんとハルちゃん以外は聞いたことないし」

「よ、予想以上にとんでもねえぜこいつはぁーっ!!」

 

ジョンが物凄い濃い顔で叫んだ。爆弾発言である。

普通、サブヒロインっぽいポジションの未成年の少女が、暗い過去持ちでもないのに非処女などというのは考えられないことだった。

――そんなメタい話は置いておいて。

 

「まあ、そんないつ死ぬか分かんない環境でストレスも発散しないで処女のままいるってことになると……」

「爆発した時はとんでもねえことになるってことか……」

「そういうことね」

 

アリシエルは頷く。

非処女と聞くだけで、若干小柄で幼い容姿の金髪ツインテール少女に少しエロスを感じるというのは、赤毛ショタジジイが肉体的には辞書で性的な用語を調べてしまうような思春期真っただ中だからだろうか。

――そんな心底どうでもいい話は置いておいて。

 

「ああ、ファラデー(ウチ)はそこまで死の危険が大きいわけじゃないわ。そもそも、命令で死ねって言われることがあるのって、25歳以上だし」

「なるほど、な……」

 

納得した。

25歳前後というのは、地球では医学が発達して平均寿命が大きく延びる以前は、結婚適齢期を過ぎる、つまり『行き遅れ』と呼ばれ始める時期である。中世は14、15歳から結婚適齢期となることが多く、その頃から縁談が舞い込み始める。最近の創作物で女子が16歳に結婚するというのは、現在の法令で制限されているという部分が大きいだろう。

 

色々と極端なハレリア王族は、その結婚適齢期を過ぎた王族を容赦なく切るのだ。そうすることで、組織の新陳代謝を活発にしているのである。組織の新陳代謝という意味で、王族にだけは厳し過ぎる法律は、むしろ理に適っていた。

 

異常な国。

まさにその通りだ。ここまで王族の命が安い国も、そうはないだろう。

徹底している。徹底し過ぎている。

 

こんな国の王族になりたいなどと思うのは、余程追い詰められているか、相当な命知らずだけだ。この国の王族にならないように、というミラーディアの配慮は、ジョンとしてはむしろありがたく感じるほどだった。

 

「とう」

「てい」

「~~~」

 

アリシエルに猫耳を付けると、向う脛を蹴られる。ジョンはいつも通り足を抱えて床を転げ、悶絶した。いつも通りでも、痛いものは痛い。

 

「疑問なんだが」

「何よ?」

「今みてえにケモ耳を嫌がるのはなぜ?遊郭とやらで経験してねえのか?」

「さっき、そこでの記憶はないって言ったでしょ?

ストレスを解消するのが目的なんだから、そこでやったこと全部覚えてたら、慣れるまで肝心の仕事ができなくなっちゃうわよ。だから、何やったのかっていう記憶は残ってても術で消してもらうの。そうやって、心だけはまっさらで純情な女の子に戻るってわけ」

 

古い言い方で『生娘(きむすめ)』ともいう。

 

「星王教って、性モラルに関して何も教義がないのよ。フェジョ教みたいに処女性が重要視されるとか、そういうこともないわ。だから、遊郭みたいな場所ができたんだと思う。セクハラを嫌がるのは、仕事上の問題もあるし、気分的な問題もあるわね」

「気分?」

「ジョン君ってぶっちゃけ好みじゃないし、変質者だし、オタクだし、仕事じゃなきゃ近寄りたくもないわ」

「いっそ清々しいほどにばっさり!」

 

赤毛少年は見事に撃沈した。いや、別にその気があったわけでもないのだが。

 

ちなみに、地球で処女性に関して言及されている宗教は、実はそれほど多くはない。

日本に処女性の大切さを求める思想が入ってきたのは明治時代のことであり、おそらくキリスト教が公に広まったのがきっかけだろうと考えられる。それまでは女性の地位や権力が高かったために、男性側から強く言えなかったと思われるのだ。それを示す代表的なものが、『大奥』だろう。

女性が時として、国政にすら強く口を出していたのが、江戸時代なのだ。

 

「ああ、あとね、ハレリア人って性欲がスゴいから、あんまりセクハラとかしない方がいいわよ」

「ふぉぇい?」

 

変な声が出た。

 

「特に若い子は危ないの。性欲に振り回されて、自分で制御できなかったりすると、相手を腹上死させちゃうこともあるんだって。だから、それを知らない人がセクハラしてると、殴って抑え込む必要があるのよ。

乱暴かもしれないけど、腹上死を予防するにはそれが手っ取り早いって聞いてるわ」

「マジかよ……」

 

ジョンは愕然とした。

ただギャグ的にセクハラしたりイタズラしたりしては殴られていたのだが、彼はそれが軽いコミュニケーションの一環だと思っていたのだ。まさか、彼の命を救うという重要な意味があったのだなどと、考えもしなかった。

 

「私の見立てだと、ミラりんは多分危ないわ。

あの子、たまに『結婚か処刑台か』って言い方するでしょ?

あれって、『加減できないから、手を出すと多分死ぬよ』って意味の言い回しなの。

だから、ホントに気を付けた方がいいわよ?」

「……一体どう気を付ければいいのでせうか」

 

ジョンが聞き返すと、アリシエルは顎に指を当てて少し考え、あっけらかんと言った。

 

「……うん、無理ね。ジョン君の方から行ったりしない限り、しばらく大丈夫だと思うけど。向こうから襲いかかってきたりしたらその時は多分、アウトね」

「そうならないことを祈りマス」

 

今度から、セクハラは控えようと心に誓った赤毛ショタジジイだった。

 

 




ハレリア王族について:

今も紡がれ続けている星王神話において、シドルファス・ハレリオスとその妻リリアーナを祖とし、千年前に誕生した民族であり、人種。
リリアーナは『蛇王』によって、『魔物化』に耐性を持つように遺伝子改造された人造人間。
このことから、ハレリア人は『神の眷族の末裔』とも呼ばれる。

リリアーナは遺伝子を広めるために、性欲を強く設計されており、生涯で31人もの子供を産んだとされる。
そこから1千年の間に4千万人強まで人口を増やしており、周辺の8の民族を呑み込んで勢力を拡大、現在のハレリア王国を形成するまで、わずか3世代ほどだったとされる。

リリアーナに施された遺伝子改造は大きく分けて3つ。
1.『魔物化』に対する耐性。
2.性欲の強化。
3.生命力の強化。

もっとも、『魔物化』に対する耐性を除いては、遺伝子を広めるためのものであり、それそのものはそれほど重要ではない。実際、2、3番目の性質が残っているのは、特に血の濃いハレリア王族の中でも1割程度に過ぎない。
しかし、ハレリア王族は高い身体能力を持つことが多いが、それは人間が本来持っている、優れた遺伝子を求める性質によるものである。
もっと言えば、英雄を伴侶に求める性質を、立場などによって阻害してはならないという、星王教の影響によるものである。
ハレリア王族に結婚という制度がないのもその1つ。
そのため、落胤、隠し子、私生児という概念がない。
もちろん、同性愛も制限されない。

ゆえに、優れた遺伝子、つまり英雄を積極的に一族に取り込んできたため、全体的に基礎能力が高い傾向がある。
最初期は遺伝子改造による影響も少なからずあったが、今では英雄の遺伝子の力の方が大きくなってきているようだ。

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