ジョンの伝記   作:ひろっさん

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2人の相棒

ジョンが与えられた工房は、小さなものだった。土外1区で案内された1人用の工房と、大きさは同じだ。しかしあちらと違って建物や炉がしっかりしており、湿気を抜くための薪も用意されていた。

寝床も近く、公的な宿舎のため、部屋は狭いが宿泊費が安く収納が完備している。大体の宿屋と同じく、2階が部屋で1階が食堂だ。

さすがに木造で防音設備などはないため、隣の声が丸聞こえだったりするが。

 

内域全体が巨大な工廠と言うだけあって、材料の買い出しは宿舎で行う。要するに、宿舎に役人がやってきて注文書を回収し、それぞれの工房の倉庫に搬入するのである。職人同士で道具の融通をすることもあるが、基本は役人経由だ。

こういうサポート体制は、ジョンにとってはありがたかった。現代地球でも、道具や材料の買い出しと加工作業は、基本的に別々の人間が行うことが多い。それが企業というものである。

 

ギルドでは普通に管理されていた依頼だが、ここではそんなものはない。やってくる役人が、掲示板に在庫の少ない武具を表示するのである。

在庫の少ない武具は買い取り値段が高くなり傾向にあり、皆それを目安に武具を作る。

兵器類の依頼は、ジョンが宿泊している近辺の少人数用工房には出されない。ちゃんとした大きな工房で、生産や整備などの依頼が出る。

 

中世にしては、結構しっかりとした体制ではないだろうか。

 

 

 

「お?」

 

朝食を終え、掲示板を眺めていたジョンは、ある札に目を留めた。

張り紙、ではない。

生産技術はあるもののまだまだ紙は高価なため、木の板に字を書いているのである。地球でも、木簡や竹簡といった、木の板や竹に字を書いて保存する文書媒体が存在した。古墳などから出土するものに、木簡が見られることもある。

紙が高価だった時代、木の板はお手軽な文字媒体だったのだ。ハレリアでは紙はそこまで高価でもないが、木の板よりも高価なのは確かだ。

ちなみに、ネットの大型掲示板のスレッドを『板』と呼ぶことがあるが、こちらは掲示()が語源であり、直接的な関係はない。

 

ともかく、ジョンが注目した札だ。

それには、

 

『武具大会エントリー開始日時は○×』

 

と書かれていた。

少年はカレンダーに目を向ける。

マグニスノアにおける暦は地球とはかなり異なるため、何月何日相当としてしまうと余計に混乱することになる。なので、詳しい暦を記載しないことをご了承いただきたい。

 

「20日後か」

「お、ボウズ、武具大会に出てみるのか?」

「賞金の額がないな」

「ああ、賞金自体は大した額じゃねえ。金一封ってのは、大会の収益金から幾らか出るってことだ」

「なんだ、この『ランクアップ』って?」

「確か昨日来たばかりか。じゃあ説明しようじゃねえの」

 

親切な職人仲間(オッサン)が教えてくれた。

 

「この内域じゃあ、上から20位までのランキングに載ると専属の役人が付くようになるんだ。さらに10位以内になると、錬金術師に依頼を出せるようになる」

「錬金術師って、どんな得になるんだ?」

「よしよし教えてやる。錬金術師は……あー、とにかく凄いんだ」

「そっかー、トニカクスゴイノカー」

 

赤毛のショタっ子が白い目で見ると、堪え切れなくなったオッサンは視線を逸らした。どうやら知らなかったか、忘れてしまったかのどちらかのようだ。

そこに、紺色の服を着た中年だが小ざっぱりとした格好の男性が現れた。札を架け替えに来たらしい。

救いの神ありとオッサンが助け船を求める。

 

「おい、錬金術師に依頼を出すと、どんないいことがあるんだったっけ?」

「錬金術師は、鉱石から純粋な鉱物を抽出できる。つまり、より良い素材が使えるようになるってことだ。

――前にも説明したじゃねえか」

「おう、そうだったな、すまねえ。縁がなくてな」

 

錬金術というのは、金ではない物質を金にする技術である。少なくとも、中世西洋ではそういう認識だったはずだ。だが、本気で金を生み出そうという錬金術師は、実際には少なかったとも言われている。

研究には莫大な資金を要するし、知っての通り金は元素の1つであり、他の物質から生み出すことなどできはしない。

まあつまり、大体の錬金術師は王侯貴族に錬金術の魅力を語って騙し、金銭を得るという詐欺師だったのだ。

 

普通、詐欺といえば卑劣な犯罪だが、時代背景を考えれば必ずしも非難されるべきものではない。なぜならば、錬金術が流行った当時、絶対王制や大航海時代の最中だったからだ。王国は国民に重税をかけ、植民地から富を搾り上げて、民衆を苦しめていた。

そんな王侯貴族に詐欺を働き、金銭を騙し取るのは、考えればそれほど大きな悪行とも思えない。許されることではないのは確かだが。

 

ともかく、魔法が実在するマグニスノアでは、錬金術の意味が少し異なるらしい。

 

「元素を抽出するのか……?」

 

ジョンはそれがとんでもなく、莫大な利益を上げることができるものであることに気付いた。

 

「なあ、錬金術師って、普段は何してるんだ?」

「資金になる金銀の抽出と、魔法関連の物を作ってる。星王器とか、騎士の武具とか」

「ああ、あの辺は俺達には手が出ないほど高い、貴族向けのもんだな」

「じゃあ、兵器とかは職人が作ってるのか?合作とかは?」

「ないな。錬金術師は警備の厳重な火内(ひうち)2区の錬金区画に隔離されている。錬金術師は錬金術師だけで、職人は職人だけで仕事をするのが普通だ」

「じゃあ最後に、もし武具大会で優勝すれば、錬金術師と一緒に仕事ってことは出来るか?」

 

少年がしたのは、とんでもない質問だった。

 

「何言ってんだ。大会には星王器を使う騎士だって出てくるんだぜ?術も使えねえような奴が出ても、ボコボコにされるのがオチだ」

 

鍛冶師の中年に、ショタっ子は返す。

 

「もしもの話だよ」

「ああ、可能不可能で言えば、可能だろう。ランキングでトップになった者の要求は、通りやすいって話を聞いたことがある」

 

役人は答えてくれる。ジョンは内心、ガッツポーズした。

 

「わかった、ありがとう。それで、資材の発注なんだが……」

「あ、ああ」

 

少年は必要な資材を発注して、工房に向かう。

 

 

 

とはいえ、最初は『湿気抜き』からだ。薪を放り込んで、ひと束の麦藁を丸めて火をつけ、炉に放り込む。

 

長いこと使っていなかった炉というのは、壁面に湿気が染み込んでいる。そのままでは湿気が邪魔をして、炉内の温度が上がりにくくなってしまうのだ。それを避けるために、一度炉に火を入れて空焚きする。これを『湿気抜き』と呼ぶ。

 

武具大会について。

現時点で判っているルールは、エントリーした職人に、サポートの役人と出場選手である兵士が1人ずつ付くということだけ。詳しいことは、担当になった役人に聞くということになるようだ。

 

「多分、エントリー時点で銑鉄から作ってたんじゃ、間に合わねえ。職人の腕を見るわけだから、買ってきたようなもんはアウト。実際に戦う奴って選べんのかな?」

 

彼は独り呟き、計画を綿密に立てていった。

 

 

 

20日後。

ジョンは大会にエントリーし、役人と兵士が工房にやってきた。

 

「えー、役人は主に不正防止の監視役だ。衛兵は役所で選んだ出場選手ってことになる」

 

赤髪の、少年とも言える若い役人が説明する。名はモーガンと言った。

その顔を見て、ジョンは首を傾げる。

 

「どっかで見た顔だな」

「ん?ああ!あんたもしかして、土外(つちそと)1区のギルドでトラブル起こしてたやつだろ!?そういやジョンって名前だったっけ……」

「そうだ、思い出した。お前、水外(みずそと)3区で偉くなってやるとか言ってた奴じゃねえか」

 

第1話参照。

ジョンが最初に入ろうとしたギルドで、トラブルが起きていた時の少年だ。この目つきの悪い悪人顔はよく覚えている。

 

しかしどうやら、外土1区のギルドにも来ていたらしい。こちらは2話参照。彼がいたという描写はないが。

 

モーガンは目を見開いて驚いた。

 

「えっ、なんでそれ知って……?」

「覚えてねえか?あの時、誰かにぶつかって行っただろ?」

「あ、まさかあれが?」

「そうだよ。あの後、色々あって結局、あそこにしばらく住めなくなっちまって、仕方なく土外(つちそと)1区に行ったんだ」

「そうなのか。あの騒ぎに巻き込まれてたんだな。それでか」

「そっちこそ。外域で役人見習いやってたんだろ?なんで武具大会の監視役なんかやってんだ?」

「なんでって、エラくなるために実力を見てもらうチャンスだからじゃねえか」

「ああ、役人も評価されんのか」

 

意外な顔見知りに出会い、世間話に花を咲かせる。

 

「そろそろ本題に入らないっすか?」

 

青年と言える年齢の、若い金髪兵士が声をかけた。

 

「僕はエルウッドって言います」

 

中々に礼儀正しい。そしてイケメン優男だった。

 

「イケメンなど滅べばいいのに」「イケメン死ね」

「ええっ!?」

 

ジョンとモーガンの突然の理不尽な罵倒に、エルウッドは思わず仰け反る。

 

「僕だって好きでイケメンに生まれたわけじゃ……。もうすぐ18なのに上も下も生えないし……。女の子達からも『弱そう』とか『イケメンなのは顔だけ』とか……。付けヒゲも似合わないって言われるし……」

 

何かブツブツと愚痴り始める。イケメンのわりに色々と苦労しているらしい。

 

「それで、役人は監視ってだけなのか?魔法使えねえ奴に何か助言とか、ねえのか?」

「ああ、聞かれた時だけ、ある程度調べて答えていいってことになってる。

微々たる優遇だけどな」

「聞かれた時だけってことは、魔法に勝つ方法を聞いて来いなんて言っても、調べてきてくれるのか?」

「そんなの、魔法の性能を上回れば勝てるとか、当たり前のことが出てくるだけじゃね?」

「ああなるほど、了解した。そこまで都合よくはできてねえってことだな」

「無視してないで聞いてよぉ!」

「うっせえ」「ちょっと黙ってろ」

「うぅぅっ……!」

 

すっかりギャグキャラとなったエルウッドは、即撃沈されて悲しみに沈んだ。

 

「じゃあとりあえず、エントリー前に用意した素材は使っていいのか?」

「あー、どうなんだろうな。ルールには確かにその辺決まってなかったと思う」

「それがアリだったら、鋳造金型2枚と片手剣……ボロいのでいいから4本ほどほしい」

「?……まあ、わかった。要るってんならしょうがねえ、じゃあ行ってくるぜ」

 

役人見習いの少年は、さっそく工房を出て役所に走った。

 

「でだ」

 

工房に残った青年兵士エルウッドに、ジョンは聞く。悲しみに沈んでいるのはお構いなしだ。

 

「これなら魔法に負けねえって特技は、何かあるか?」

「へぇ?」

 

ジョンは数いる騎士を打倒して、優勝するつもりでいた。

 

 




内域工廠について:

現在のような、工廠区として整備されたのは80年ほど前の話となる。
それ以前、内域には富豪や高級役人が住み、貴族用の高級店舗などが並んでいた。
防護策(セキュリティ)も今ほど強力なものではなく、運河の堤防も鉤爪尽きロープがあればよじ登ることができる程度のものだった。
外域とを繋ぐ橋も丸太を組んだ跳ね橋ではなく、レンガ造りの固定橋。

それが変更されるきっかけとなったのは、90年前にスパイが洗脳術を駆使して内域で様々な事件を起こし始めたからである。
問題になったのは富豪が直接客を呼び込むことで、客に洗脳されたスパイがいても、星王術士を雇っていなければ分からないことが多いのだ。

どんどん拡大する被害を抑えるため、ルクソリス領主より解決を依頼されたハレリア政府が提示したのは、一度内域の住民を追い出し、内域を空にしてしまうことだった。
反発も大きかったが、領主が住民達に理解を求め、政府が提示した解決策を断行。
なぜか内域に住んでいた富豪達が外域に出ると、被害がパタリと止んだ。

これは、人間が術で複数の他者を洗脳する際、そう複雑な命令ができないという性質を逆手に取ったのである。
今回の場合、場所を移しつつ内域に潜み、人目につかない場所を1人で通る人間を襲うように命令されていたと予想されており、それは後に正解だったことが判明している。

また、この事件を仕掛けたと予想された国では、上級平民と下層民の住み分け、差別を伴った身分制度が根付いており、ハレリアでこういった大胆な策が可能であると思っていなかったと考えられている。
そういう意味で、ハレリアの四重円構造は非常に分かりやすかったのだろう。
これ以降、富豪達は風外(かぜそと)地域に設けられた高級街区に移り住み、90年後の現在まで被害を受けていない。

ただし、代わりに今度は外域の優れた職人達が被害に遭い始めたため、今度は優秀な職人を優先的に内域に匿い、同時に10年ほどかけて防護策(セキュリティ)を強化し、さらに増えてきていた錬金術師の工房区を合わせて整備、宰相府が取り仕切る工廠として貸し出し、現在に至る。

ちなみに、火内、火外に軍の施設があったのは昔からで、軍の働きによってスパイや洗脳された人々は確保された。

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