ジョンの伝記   作:ひろっさん

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武具大会前

「マーガレットって知ってるか?」

「――っ!!」

 

モーガンがひと言訊いた瞬間、ジョンの身体に悪寒が走り、椅子を蹴倒して思わず立ち上がった。

 

「お、おい、どうしたんだ?」

「……あー、いや、俺の早とちりかもしれねえ。続けてくろえぁ!?」

 

キョロキョロとあちこちに視線を飛ばしたり、若干挙動不審になりながら、少年は椅子に座り直す。

――座り直そうとして、椅子が倒れていることに気付かずひっくり返るまでがテンプレである。今は頭に乗っていた子猫が、腹の上に三回転着地を決めるのが追加されている。

 

「大丈夫か?マジで」

 

悪人顔の赤毛少年は心配そうに腰を浮かせ、鍛冶少年を覗き込んだ。

 

「い、いや、大丈夫だ。別人って可能性もあるんだ。決めつけちゃいけねえよな。差別ダメ絶対」

「大丈夫に見えねえぞ?変なこと口走ってるし」

 

モーガンが出涸らしの紅茶を淹れ直し、差し出すと、ちゃんと椅子を立てて座り直したジョンが飲み、落ち着く。三毛の子猫リユはその頭に座り直した。

 

「さあ、ドンタコス!」

「あー、うん、まあいいや。それで、マーガレットってやつのことなんだが……」

 

生まれつき悪人顔の赤毛少年役人は色々面倒臭くなって無理矢理話を進める。

 

「どっかの貴族の令嬢にでも手ぇ出したか?」

「間違ってねえけど……よく分かったな」

「本人だ。間違いねえ……!」

 

ジョンは頭を抱えてテーブルに突っ伏した。

 

「マリーヤード人の傭兵団がルクソリスに来ててな。士官ついでに武具大会に出るんだってよ。そんで、エヴェリアが担当になって、見るなり襲いかかったって話だ」

「背骨折れたりしてねえだろうな?」

「いや、その辺は知らね。傭兵団の団長が捕まえたって話は聞いたけど」

「……大足(ビッグフット)か」

「そうなのか?いや、エムートから来たって言ってたから、ジョンなら知ってるかと思ったんだ」

 

まさかこんな反応をするとは、モーガンとしては予想外だったが。

 

「『運送屋』っつってな、エムートの問題児集団だよ。団長と副団長は本名じゃなくて通り名で呼ばれてる。大足(ビッグフット)が団長で、下っ端死神(ゲーデ)ってのが副団長だ。

その2人は人格者なんだが、団員の3人が色々と問題児過ぎるんだ。しかもクッソ強い」

「そんなに強いのか?」

「多分、団員でもマルファスといい勝負するんじゃね?」

「マジでか」

 

マルファスは近衛騎士候補であり、近衛騎士は一般兵に混ざるには強過ぎるという理由で隔離されている兵士でもある。マルファス自身も候補生とはいえ、武術大会で何人もの騎士を倒しているのだ。

そんな近衛騎士候補と同等ということは、その手に合う武具さえ作ることができれば、武具大会なら簡単に優勝できる可能性があった。武具大会は、ルールとして一般兵が騎士を倒しうるまでに、騎士の力を抑えるようにできているのだ。

組む錬金術師に、そこまで腕のいい者が出場しないからである。

 

「そんなもんだから、他にいた傭兵も手ぇ出せねえの。特に末娘のマーガレットは小さい物好きで、俺も何度背骨折られかけたことか……」

 

ジョンは思い出したのか、頭を抱えた。要するに、力加減を知らないのである。

ちなみにジョンの身長は161cmで今も小さいが、エムートにいた頃は9歳であり、もっと小さかったことは想像に難くない。

 

「ベルナールも大変な相手を引き当てたものだ。……私もか」

 

ブツブツ呟きながら、小柄な少女が設計室に入ってきた。

いつもの長く艶やかな黒髪に、それなりに日に当たるはずなのに雪のように白い肌、紺色のベストと同色のロングスカートは、役人の制服である。モーガンの服装も紺色で統一されている。

 

「おお、災難だったな、大丈夫だったか?」

「ああ、大丈夫だ。顔見知りだからと油断していた私も悪い」

 

エヴェリアはモーガンの心配に応え、しっかりとした足取りで自分で紅茶を淹れてテーブルに着く。きっちり新しい茶葉で。

 

「顔見知り?マーガレットと?」

 

ジョンは目を丸くして尋ねた。

 

「そういえば言っていなかったな。私はイリキシアから、護衛のカッセルと一緒に旧ブロンバルド領を縦断してきた。イーザン平野が封鎖されていたから、山道を通ってエムート経由でハレリアに来たのさ」

 

エヴェリアは説明する。

 

「ブロンバルド領通ってきたって?そりゃすげえな」

「ミラーディアへはルクソリスへ来た時点で話していたんだが、まともに町や村に入れば必ず事件に巻き込まれるという、酷い有り様だった。食糧を手に入れるために山に入っても、そこに潜伏している人々に遭遇して剣を向けられたりな」

 

なかなか壮絶な経験をしてきたらしい。

 

ブロンバルドという国はほぼ完全に滅亡した。各都市は貴族が圧政を敷いており、脱出しようとした住民は捕まって殺され、城門の前に晒される。小さな村でさえ、会合を開くとその内容が筒抜けとなるため、住民は互いが互いを監視するようになり、人間不信が広がっていた。

 

さらに、イーザン平野に進軍する百万人を支援するために6百万以上動員されていた奴隷兵達は、捕えられた神族(かみぞく)によって自殺させられていた。それはイーザン平野を封鎖していた城砦都市イーズリーにも波及しており、10日経過した現在も、死体の処理が未だ追い付いていない状況である。

政府中枢やフェジョ新教などの詳細はまだ判然としていないが、これからさらなる惨状が判明するだろうことは、想像に難くなかった。

ここから元のブロンバルド王国を取り戻すのはほぼ不可能というのが、各国の一致した意見だ。

 

「まあ、そんな酷い旅のせいで疲れていたこともあってな、あの時は抵抗も何もできなかった。

私もカッセルも、歩くのがやっとというほどに弱っていたからな。大足(ビッグフット)が止めてくれていなければ、どうなっていたか」

 

エヴェリアは渋い顔で言った。

 

「どうしようもねえよな、それ」

「人は調子によって、発揮できる能力(パフォーマンス)に大きな開きができる、ということを、身を以って思い知らされたよ」

 

黒髪ロリは一口お茶を飲み、自嘲気味に呟く。

 

 

 

「幾つか、話がある。1つは戦後処理についてだ。

洗脳術政策の影響を除去するのは一筋縄ではいかん。

そこで妖精族に協力を仰ぐことになった。まあ、この辺は以前から議論され、計画が練られていたことだ。それが計画の通りに動いていると考えてくれればいい」

 

洗脳術統制、洗脳術政策は、魔法による洗脳を前提とした民衆支配の方式のことだ。民衆を疑心暗鬼、人間不信に陥らせて、結束を断つことで反乱を防ぎ、その上で恐怖による圧政を行うのである。

 

地球では魔法こそないものの、北朝鮮の支配体制がこれに近い。

家々を幾つかまとめてグループにし、その中から脱走や反乱などがあった場合、計画に係わっておらずとも連座の罪で罰するというものだ。計画の情報を密告した場合、密告した家は罪を免れる。こうすることで、反乱や脱走などの情報を入手し、未然に防ぐのである。

ただし、当然ながら互いが互いを監視する生活のため、民衆は強い人間不信に陥ることになる。

 

マグニスノアでは洗脳術や読心術が存在するために、いつ誰が密告者になるのか、当人にすら分からない。ゆえに、あまり他人と繋がりを持てば、その他人を知らず殺してしまうことになる。また、変な勘違いをされれば、自分が殺されるかもしれない。

そのため、まともに会話すらできなくなるような、疑心暗鬼に陥るというわけだ。

 

だから、逆に人間とはまったく価値観の違う種族に協力を仰ごうというのだ。その手の異文化コミュニケーションに慣れている種族に。

 

 

 

「2つ目は、世界会議の件だ。

ハレリアもそうだが、イリキシアがブロンバルドの戦後処理にかかりきりになることが予想されている。だから、私とカッセルがイルクシス8世陛下の世話役をすることになるだろう。

イリキシアは軍事力はあれど、人員の絶対数が少ない。軍事力も多脚馬(スレイプニール)騎士団の力に頼り切っている部分が大きいからな」

「要するに、忙しくなるからこっちに顔出せなくなるってことか?」

「そういうことになる。調整が始まるのは世界会議の1ヶ月前くらいだが、先に言っておこうと思ってな」

 

エヴェリアは頷いた。

 

「てか、世界会議の話って、俺にも関係あることなんだよな……」

「ジョン殿の方はミラーディアがなんとかするだろう。1年かけて細かいところを詰めていけば、彼女なら上手くできるはずだ。後宮(ハーレム)建設なんて噂もあるようだから、気を付けるに越したことはないがな」

「お、おう……」

 

ジョンは口籠る。ハーレムは男の夢。

確かにそういう願望がないこともないのだが、彼としては転生者としてではなく、ジョンという一個人を見てもらいたいという気持ちが大きいのだ。ゆえに、自分だけのために女性を無差別に集めるハーレムの建設に、全面賛成というわけではない。

 

それよりも気を付けるべきなのは、ハレリア王族がハーレムに交じる可能性だった。

若いほど危険、ハレリア王族は元々性欲が強い。その他の様々な情報から、最も危険なのがミラーディア自身であるというのも、大きな注意点だろう。

命を落とす原因が腹上死というのも、なかなか無い話だ。

 

 

 

「……最後に、武具大会についてだ」

 

似非ではなく純で初心な黒髪ロリは、さっさと話を切り上げて次に移った。

 

「私はマーガレットに余程好かれているようでな」

「ちょうど背が小さいし、綺麗な顔してるもんな。マーガレットはそういう子が大好物なんだ。俺も9歳頃はもっと背が低かったし、鍛冶仕事で肌が焼ける前だったし」

「う、うむ……それで何度か試したが、まともに話ができん」

「あー……」

 

ジョンは頭を抱える。エムートにいた頃、散々頭を悩ませていたことである。

 

「職人の方に直接話してもらうってことはできねえのか?それが無理ならゲーデを捕まえるしかねえんだが……」

「いや、得意武器については私抜きの対話で解決しているのだが、マーガレットの戦い方が少々破天荒でな」

「ああ、なんとなくわかる……あ~……なるほど、そりゃ悩む」

 

赤毛の鍛冶少年は大きく溜息を吐き、天を仰ぐ。

 

「どういうことなんだ?」

 

モーガンが尋ねる。

 

「武器を投げて、防御と回避の二択を迫るんだよ。で、メインの攻撃は素手で殴るか蹴る。大型の獲物を仕留める時の常套手段だ。小動物なら自分が突っ込んで、後で武器を投げるんだが、エムートで手に入る武器なんて、大したもんじゃねえからな。

マリーヤード人が素手で殴る方が、下手な武器使わすより威力があるんだよ。咄嗟のときにゃ、そういう風に身体が動くように鍛えてんのさ。ついでに人間相手でもそれが通じる」

「おいおい、それ武具の意味ねえじゃん」

「だから悩むんだろう」

 

エヴェリアは渋い顔をして言った。

 

「これが武術大会ならば、そこまで悩む必要はないんだがな」

「まったく、とんでもねえ野生児だぜ」

「一応、デンゲル家の者に見てもらったが、相手にすることはできても、今から武具主体の戦法に鍛錬し直すのは無理だと言われてしまった。武具大会に間に合わせるのは無理だと」

「無理かぁ……」

 

デンゲル家は、王族六家の中で『武』を司る公爵家である。

そこでは様々な武器や、それらを使った武術が開発されていた。異種武術による訓練も日常的に行われており、ありとあらゆる戦術に対応できるように、鍛練が行われている。

 

「なあジョン」

 

ここで悩む2人にモーガンが口を出す。

 

「殴る武器ってのはねえのか?」

「ん?戦鎚(メイス)とかか?」

「いや、そうじゃなくてよ。ほら、南部でやってる拳闘って、拳に皮のベルトを巻くって言うじゃん」

「ああ、グローブな。『ナックルダスター』とか、『バグナウ』とか……」

「なんだ、それは?」

 

エヴェリアが目を丸くして尋ねる。

真面目な少女はこの1年ほどで色々と勉強していたのだが、まだベルベーズ大陸南部について知らないことも多い。その辺は庶民派のモーガンの方が詳しかった。

 

「説明しよう」

 

ジョンが座ったままポーズを取って話を始める。以前、派手に恰好を付けてドン引きされた反省を踏まえて、アクションは控えめである。

 

「『ナックルダスター』ってのは、拳を保護するために巻く革のベルトに、金属を縫い付けたもんだ。拳の保護機能を損なうことなく、攻撃力を上げる目的のもんだな。

一応、鍛練で同じような硬さの拳を持つってことも不可能じゃねえんだが、何年もかかっちまう。だから、手軽にそういう硬い拳を作るってわけだ。

もちろん、重装鎧の籠手なんかも同じような機能がある。あっちは刃物に対して手を守るってわけだから、原則金属製だな。猛獣を殴り倒せるような拳打(パンチ)ができるやつなら、そのまま殴っても『ウォーハンマー』辺りで殴ってるのと変わらねえ威力があるだろうぜ」

「フムフム……」

 

エヴェリアは相槌を打ちながらメモを取る。

書いているのは薄く削られた木の板、いや、(かんな)の削りカスと言った方がいいほどの木片だった。

 

「『バグナウ』は、いわゆる『鉄の爪』ってやつだな。取っ手を握ると、指の間から刃物が出る形になる。それで殴ると、拳より先に出てる刃物が相手を傷つけるってわけだ」

「要するに、素手で殴るという部分を武器による攻撃にしてしまうわけか」

「その通り」

 

赤毛ショタジジイが話したのは、そこまで突飛なアイデアではない。ベルベーズ大陸南部で実用されている武器を参考に示しただけだ。

 

「ま、最終的にどういう形にするかは、職人の判断に任せることになるんだろうけどな」

「だが、有意義な話だった。感謝する」

 

黒髪ロリは頭を下げる。

堅実で真面目で有能な彼女ならば、この情報を存分に生かせることだろう。

 

 

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