ジョンの伝記   作:ひろっさん

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それぞれの

「これは酷い……」

 

黒髪の男は呟く。

薄い山吹色の甲冑をまとい、6本足の馬を歩かせながら、惨状を見て回る。そこは、かつて農村だった場所。田畑は背の低い草に征服され、そこかしこに白骨化した死体が転がっていた。

 

イリキシアとブロンバルドが所有権を争っていたグランディーク、聖地であり流血の絶えない因果の地。その理由の1つが、この地域――ディーク平原が、比較的温暖で農耕に適した土地であるというのがある。

極寒の地イリキシアにとっては、ここを入手するかどうかというのは死活問題なのだ。それゆえに、ブロンバルドがおかしくなる前から、ここをフェジョ教宗主国ブロンバルドから借りていたし、その後もここを奪取しようと、何度も戦争を仕掛けて、押したり押し返されたりを繰り返していた。そのたびに土地は荒らされ、住民が減っていたのだが。

 

「ハレリアに攻め込むに当たり、洗脳術で自害させたか、それとも食料をすべて奪って行ったか……」

 

彼は呟く。

税率を120%に設定、つまり飢え死ぬほどに、何も残さず供出させたということである。元々、ブロンバルドを乗っ取っていた神族(かみぞく)は、ベルベーズ大陸の人間を死滅させるのが目的だったのだ。神族(かみぞく)自身も洗脳されていたという情報を、彼は聞いている。

 

だが、神族(かみぞく)という絶対者が大っぴらに君臨していた頃は、この程度のことは普通にあったとも聞いていた。

自分の意に反する国の国民を、見せしめのために皆殺しにするのだ。そうやって恐怖で心を縛ってしまえば、洗脳もやりやすいのだとか。その再来を感じさせる光景ではあった。

 

男は手綱を握る拳に力を込める。

 

「我々の存在に、意味などあるのか……?」

 

気が向けば、これをなしうる神族(かみぞく)

強大な軍事力を持っていても、その気まぐれによって滅ぼされてしまう。人間は、神族(かみぞく)にその頭を抑えられながら生きていくしかなかった。

ゆえに、覇権争いは起きない。

不届き者を討伐する以外は、こうやって神族(かみぞく)が背景にいなければ、大きな戦争は起きない。

神族(かみぞく)が存在感を示すだけで、名誉も権威も吹き飛んでしまう。たった1人の気まぐれによって、どんな軍団も消し飛ばされてしまう。

 

「意味ならあるさ」

「ボナパルト閣下……!」

 

突然声を掛けられて、俯き加減だった背筋がピンと伸びる。

貴族で公爵。しかもイリキシアでは広大な地域の統治を任されるなど、大きな権限を持った貴族である。

イリキシアでは、要領のいいだけの無能に権限を与えるほど余裕がない。つまり、かの国における大きな権限は、実力と人望の証なのだ。

 

神族(かみぞく)にも、出来ることと出来ないことがある。その1つが、人々に恐れら(・・・)れない(・・・)ことだ。彼らが直接統治すると、その内自動的に恐怖政治になってしまう。

千年前に、それでは人間が死滅してしまうと、『蛇王』は警告された。それ以来、彼らは私達の統治そのものに口を挟んでいない。それはつまり、ヒトに生きていてもらわなければ、彼らが困るということなんだよ」

 

ただし、それ以外に人間や他の知性種が生きている意味というのは確認されていない。

それについては、ボナパルト公爵は言わなかった。

 

黒髪に病的な白い肌、優しそうな美形の中年男性。

黒く染められ、赤で装飾された鎧を着込んでいる。黒と赤は顔料で、白銀の世界で目立つように、少しでも太陽の光を吸収するように、指揮官や司令官は黒地に原色の装飾が多い。

馬は同じく6本足。スレイプニール種という、多脚馬の一種だ。

ボナパルト公爵の馬は、同じ色合いの馬鎧が着せられていた。

 

「どこから手を付ければいいのか、わからないほど荒れているね。正直、私にもどこからどうすればいいのか、最善の回答は出せない。

しかし、とにかくどこからでもいいから手を付けよう。間違っていれば、後で直せばいいさ。間違いを認めることは恥ではない」

「はっ」

 

言われて、今するべきことを思い出した男は、馬上で敬礼すると、少し馬を早める。

今は、復興計画を立案するための情報収集の最中である。

 

 

 

ハレリアでは、武具大会が開催された。

各々、職人や錬金術師見習いが、己の鍛練と経験の粋を尽くして、1ヶ月で最高の武具を作成する。同じく、兵士と新米騎士が、大会に向けて鍛練を行う。いわゆる準備期間だが、職人達にとってはこの期間が本番だった。

そのため、工房は修羅場と化す。

 

「やっぱ、胸デカイな……」

「マリーヤード人女性には専用に作らないとダメですね」

「胸はスイカップを自称している!」

「はいはい」

「むぅ……」

 

女性の胸の話だが、別に性的な意味ではない。

今、金髪褐色肌の筋肉娘が採寸を受けていた。鎧のサイズを決めるための採寸だ。

 

「しかし、本当に全裸でなくていいのか?」

 

マーガレットは尋ねる。

 

「どうせ鎧の下に綿入れを着けるんだから、綿入れを着込んだ状態って意味で服の上から採寸する方がいいんですよ」

 

敬語なのはベルナール。このハートーン工房で一番若い。

兄弟子と2人で武具大会にエントリーしていた。ルール上、工房1つにつき何人でも1つのチームとして登録できる。

たった1人で鎧から武器まで作り上げたジョンが異常なのだ。

 

「採寸と聞いて、全裸であちこち触られるものだと思って、楽しみにしていたのだが……」

「誰だそんなデタラメ吹き込んだ奴は」

「エムートにいた時に、鎧を作った奴がいて、そいつが採寸した時は裸だった」

「エムートって、鎧を作る鍛冶屋なんてあるんですか?」

 

エムートは辺境中の辺境で、行き来に馬が使えないため、徒歩で20日も歩かなければならないという交通の便の悪さから、空白地となっているような場所だった。少なくとも、民衆にはそう思われている。

 

「4年前はあった。彼の前で全裸になる趣味は止められなかったなぁ。何度も服を着ろと言われたが、趣味だったから仕方がない。

あの時の彼が顔を真っ赤にして嫌がっているのを……うへ、うへへへ……」

「……そいつ、苦労してたんだな……」

「ですね……」

 

身長2メートル近く、金髪に褐色の肌、野生で鍛えられた肉体は引き締まっていて、触れてみると女性の肌の軟らかさを保ちつつ、奥に筋肉の動きを感じる、筋肉質で健康的な肢体。

それなりに整った顔立ちだが、胸囲はどちらかというと筋肉によるもので、あまり色気はない。性格が腐っていることもあって、あまりお近付きになりたいと思えない残念な少女だった。

 

ちなみに、身長が高く筋肉質なのは、マリーヤード人の典型である。この大柄な肉体が、マリーヤード人の強さの秘密でもあった。鍛えれば巨躯に見合わぬ俊敏さを発揮し、腕力から繰り出される一撃は、鎧を着込んだ兵士を吹き飛ばすほどに重い。

 

よく英雄譚では体の小さい者が身体の大きな者を倒しているが、あれは体格の差を引っ繰り返すだけの技量を示すエピソードとして紹介されているだけである。

現実は大きさは攻撃の重さであり、リーチの長さであり、体格の差は戦闘力の差に直結した。

 

 

 

「ふむ……」

 

アブラハム・ハートーン男爵は、羊皮紙に書かれた注意文を読んでいた。

火内2区の練兵場にて、これから新型弩砲の再組み立てが行われる。

 

「丁寧な説明書だね。確かに、これなら問題無く組立てができそうだ」

「軍の技術者の1人が、解体の際に指を飛ばしたと聞いておりますぞ」

 

立ち会っている、禿頭の老貴族が注意を促した。

 

「それについても注意されています。いつもの弩砲の感覚でやると、痛い目を見るということでしょうな」

 

赤毛紳士は眉をひそめて溜息を吐く。

 

「しかし、少々考え過ぎに思えるほど細かい」

「ふむ、丁寧に読めば、私にも扱えそうなほどですな」

 

「細かい」というハートーン男爵の言葉は苦言である。

はっきり言って、説明書1つが外に漏れるだけで、この新型弩砲のコンセプトが知られてしまう危険があった。前に一度、役所と自分の不手際で、機密情報を漏らしてしまったことがあるだけに、彼はこういうことには敏感なのだ。

 

「とにかく、始めましょう」

 

今は、説明書に注文を付けている場合ではない。新型弩砲を組み立ててみて、自分の力で再現できるかどうかを調査しなければ。

 

 

 

新型弩砲は、射程距離を延ばすために、随所に金属部品が用いられている。

 

まず、重要部は(ゲン)だ。

これは張りが強過ぎて普通の針金では持たないため、展伸加工を施した、太さが均一なものを使用している。何度も使用する上で、太さにムラがあるとどうしても強度が落ちてしまうのだ。

実物はピアノ線のようなものを想像していただければいいだろう。材質を完璧に再現するには至っていないのだが、太さ的にはかなり近い。

 

針金を作るだけならば、小さな穴を開けた容器に融けた金属を流し込み、穴から流れ出た溶融金属を水で冷やすという方法で作成可能である。金や銀などといった、装飾に用いられる金属は、ハレリアでもこの方法で針金が作られていた。

だが、それでは弦に必要な0.5ミリクラスの針金を作ることができない。

なぜならば、穴が細くなれば、流れにくくなるからである。

高温の溶融金属は粘度が高く、圧力を加えなければ小さな穴からは流れ出さないのだ。そうやって圧力を加える技術がハレリアではまだ未熟なため、それ以上細くするには手加工が必要になり、手加工は太さのムラの原因である。ゆえに、0.5ミリクラスの針金の製作には、ジョンが専用に作った『伸線加工装置』が必須となってくる。

 

もっとも、その『伸線加工装置』も、原理を知っていたからといって簡単に作れるものではない。0.5ミリクラスの円錐穴を空ける手段が、ハレリアにはないのだ。鋳物ではそんな大きさの穴を残すことができないし、鍛練による手加工でも不可能。手で何とかできるサイズではない。

 

ならばどうしたのかというと。

チタン製のドリルを作ったのである。鉄でなければ、ある程度錬金術で加工可能なのだ。ならば、鉄以外の素材で工具を作ればいい。

 

そして、現代地球では必須の動力も、魔法に頼る。

どうやったのかというと、空気圧による動力装置を作ったのである。

電気を作る際、火力発電や原子力発電では、取り出したエネルギーで水を加熱し、沸騰して蒸気になった圧力をタービンの羽根車に受けて軸を回転させ、コイルの中の磁石を高速で前後運動させることで電気を取り出している。

ローレンツ力とかフレミングの法則とか、その辺の電気物理学を利用して、無理矢理電力に変換しているのが現状だ。その方が送信しやすいという事情があるのだが、それは電線などの設備が十分に整っている場合の話である。

 

ハレリアにはそれがない。

しかし、噴射される空気の圧力が十分ならば、そのままタービンなり羽根車をドリルに必要な回転動力に直結してしまえばいい。『空気圧式動力』というわけである。それに必要な風を起こすために、星王術はそれなりに有用だった。

1人では少々体力的に厳しいものの、一度穴を空けてしまえば壊れない限りずっと使用し続けることができる。

そのためにアリシエルが酷使されたのは、彼女にとっては少々つらい思い出だったかもしれないのだが。

おかげで無事に『伸線加工装置』は完成したわけだ。

 

ちなみに材質は炭素、マンガン、ケイ素をそれぞれ少量ずつ。現代地球でピアノ線に用いられる鉄合金の成分だ。錬金術などによって単体金属を抽出できるため、冶金そのものは難しくない。ジョンが細かい数字を覚えていなかったため、それぞれ1%ずつとせざるを得なかったが。

ただ、脱炭層という、強度を著しく損なう問題もある。要するに、材質の混ざり方にもムラがあってはいけないのだ。

それに関しては、折り返し鍛練によって元から層構造にすることで解決した。金属組織の層の向きを縦に固定することで、均一に炭素の層を分配したのである。これによって針金は、金属の組織構造が凝縮され、高い強度を持つようになる。ただ、温度管理はかなりシビアになってしまったが。

現代地球のピアノ線に比べて出来は悪いだろうが、それでも他の方法では再現不可能なほどの強度を誇るのだ。

 

他は、弦を張る弓の部分は軸部分と一体化でクロムマンガン鋼。

軸受にはアルミニウムを混ぜた銅主体の合金。

弦を張るための力を伝える謎の円盤の中身は、マンガン鋼の発条(ぜんまい)

そして、矢が滑る発射台と台座部分が、強度と軽さを兼ね備えた、アルミニウム主体に銅を混ぜたジュラルミン。

 

発条(ぜんまい)は質に差はあれど、地球でも中世には存在していた動力蓄積装置である。薄い板を巻いて、その戻り反発力を動力に替えて利用する。今ではオルゴールや玩具に使われているのが有名だろうか。

当然だが、巻く板が分厚く、材質が高い弾性力を持っている方が、大きな力を蓄積できる。その辺を考慮して、力の蓄積を6回に分散することで、中世レベルとしては信じられないパワーを発揮させることができたのだ。

 

言ってしまえばアイデア次第なのだが、現代地球の技術者が知識の粋を集めれば、ある程度ハレリアの技術レベルに合わせても、ここまでのものを作り上げることができるのである。

 

「なるほど……素晴らしい。凄まじく緻密な計算の下に出来ていますな。感動すら覚える。

これが、異世界の技術……」

 

説明書を見ながら組み立てたハートーン男爵は、興奮気味に呟いた。

 

 




多脚馬種:スレイプニール種

ベルベーズ大陸、東壁山脈北部を原産とする、6本脚、あるいは8本脚の馬のことである。

安定性、走破性が非常に高く、鍛えれば崖を走って登ることも可能。
また、皮下脂肪が多く寒さに強いため、極寒で氷河地帯である極北地域では移動手段、あるいは軍馬として重宝されている。

特にイリキシアではスレイプニール種を乗りこなすことが騎士の条件の一つ。
種の名を冠したスレイプニール騎士団500騎はベルベーズ大陸でも最高の機動力を持った最強の騎馬隊として知られる。

他にも通常種、大型種、小型種と種類が豊富にあり、平地の多い大陸北方では民衆が幼い頃から馬に慣れ親しんでいる。

ただ、どうしても維持費がかさんでしまうため、ブロンバルド王国の台頭による草原地域との交易断絶は、極北地域にとってかなり厳しい状況だった。

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