「ジョン君は貴賓席です」
「お、おぅ」
前年と同じく一般席に座っていたジョンは、フードを被ったミラーディアに腕を引っ張られてVIP席へ連れて行かれる。
今日は武具大会の本戦である。
ジョン自身は参加していないのだが、様々な知識人から意見を聞くことができるため、アリシエルとエヴェリアの招待もあって見に来ていた。
「あなたもです」
一般席で闘技場を見回していた黒髪黒
「私は留学生なんだが……」
「今年はイリキシアへの支援を大々的に発表しますから、このタイミングで一般席にいられますと、観衆への心象がよろしくないのです」
「む、確かにそうか……」
説得され、大人しくついてくる。その後ろには一瞬ためらったカッセルの姿も。
座る順は、カッセル、エヴェリア、ミラーディア、ジョン。ジョンの膝には子猫リユ。
「そういや、カッセルは参加しなかったのか?」
「彼はイリキシアの騎士なんだ。それも、新人に混ぜるには強過ぎる」
赤毛ショタジジイの質問には兎耳黒髪ロリが答える。
「彼は1年ほど、近衛騎士見習いの鍛練に交じっていたそうです。いわゆる、英雄の卵というやつですね」
「ってことは、マルファスと同列ってことか……。
あれ、マルファスって武具大会に参加するとか言ってなかったっけ?」
「出ないそうです。デンゲル家からストップがかかりました。武具の性能を無視して優勝する可能性があるからだそうです」
「あー……」
赤毛の鍛冶屋少年が思い出すのは、『魔物殺し』の一件だ。見るも無残な剣の残骸。あんな真似ができるのなら、相手によっては武具の性能はほぼ関係ない。
「剣の性能が悪くても、単純に本数用意すりゃいいもんな」
「武具大会は武具の性能を試す試合でもあるからな。その点、アレはアレで微妙なんだが……」
黒髪少女が微妙な顔で見る先には、金髪のショートヘアに褐色肌の大柄な女性がいた。
前日までの予選で16人にまで絞られたメンバーに、知った顔もあった。
その1人が大柄筋肉乙女マーガレット。
ジョンは噂を聞いただけで、今まで本人の顔を確認したわけではなかったが。
「しっかし、なんでまたマーガレットは仕官する気になったんだ?」
「私もそれは不思議に思っていた。話によると、どうも両親の勧めだそうだが……」
赤毛ショタジジイの疑問にエヴェリアも首を傾げる。
「少し私の耳に入った話ですと、平和というものを教えるためだとか」
「私の印象では、エムートはそこまで殺伐としていなかったがな」
「むしろ平和を乱してたのは『運送屋』の三馬鹿兄妹だったしな」
「いえ、ですから噂ですって。多分、何かの口実なのだと思いますよ」
2人のツッコミに白ローブ巨乳は苦笑で返した。この2人は割と分かってやっていたりして、ミラーディア自身もなんとなくそれを感じていた。
「まあ、あそこはかなりの危険地帯と聞いていますから」
「危険地帯?」
エヴェリアが怪訝な声を上げた。その疑問にはジョンが答える。
「まず、
危険地帯っちゃぁ危険地帯だな」
「なるほど……案内がいなければ命の危険があるというのは、そういうことだったのか……」
少女は納得し、闘技場が盛り上がり始めた。試合が始まるのだ。
武具大会、本戦1回戦、第1試合。早速マーガレットと、新米騎士。
マーガレットは軽装に
頭はケットルハットという金属製の帽子。マーガレットの短い金髪と褐色肌の顔が衆目に晒されていた。
新米騎士の方は対称的に全身鎧の重装で、盾と
鎧に加えて盾も構えているため、攻撃力はともかく防御力は高そうだ。
「“
騎士が放った水の塊が地面に着弾すると、そこを中心に直径1馬身(2メートル)程度の地面が氷り付く。氷っているのは表面のみで、地面を支えに薄い氷の膜が張っている状態と考えればいい。
「滑る床戦法か!」
エヴェリアが思わず言葉にする。
「地面に薄く氷を張って、滑りやすくする戦法ですね。
武具大会から軽装鎧短射程を駆逐し、重装長射程化を招いた要因だとか。接近戦用の武装にこの術で、お互いの足を止めて殴り合うわけです」
言っている前で、マーガレットは氷の張った地面に遠慮なく足を踏み出した。普通は滑る地面に足を取られるのだが……。
「ま、あの野生児がそんなセコい戦法でコケるわきゃねえんだけどな」
一瞬、足を取られそうになるも驚異的なバランス感覚で持ち直し、そのままさらに加速する。
実際はスケートリンクのように立てないほど滑るわけではないのだが、雨などで濡れたマンホールの蓋で滑るようなものと考えればいい。あの程度ならば、運動神経が良ければどうとでもなるのだ。
予想外に加速して突進してきた相手に、慌てて盾を構える新米騎士だが、突いた槍は弾かれ、懐に飛び込まれて殴り倒される。
マーガレットはマリーヤード人らしく長身で大柄。筋力も高い。金属製の
さらに転倒した相手に彼女は跳びかかって馬乗りになり、拳で相手の頭を兜越しに一撃。
「む……」
そこで手を止め、兜を脱がせる。新米騎士に動く気配はなく、見事に伸びていた。兜越しとはいえ、その衝撃と音は人を気絶させるのに十分だったのである。
「そこまで!騎士アラン意識不明!勝者マーガレット・グラットン!」
審判が試合の結果を伝え、観客は沸き上がった。マリーヤード人とはいえ兵士になったばかりの若い新人が、騎士を倒したのである。
普通に考えれば大金星だ。
「グラットン?」
黒髪ロリが首を傾げ、隣の赤毛少年に視線を向ける。
しかし、視線を向けられたジョンも首をひねった。
「アイツそんな名字あったのか?」
「父親の本名ですね。イヴァン・グラットン。元マリーヤード騎士の家系の人ですから、名字があるのですよ」
ミラーディアが説明する。
ハレリアを含め、マグニスノアにおいて
日本でも似たようなもので、国民全員が名字を持つようになった明治以前は、『○○村の太郎』など、出身地が名字代わりに使われていたという。
ジョンの場合は『ヘホイ村のジョン』となる。彼の出身地を覚えている読者も、最早少ないと思うが。
これは中世西洋などでも似たようなもので、今でも名字にその名残りが見られる。分かりやすいのは『シューメーカー(靴屋)』、『ブッチャー(肉屋)』、『メイスン(大工)』など。
中世では奴隷を代々特定の職に縛り付けるやり方が中東や西洋では流行っていたそうだ。それとこれらの名字が関係していると考えるのは、穿った見方だろうか。
「へー、父親ってことはビッグフットか。そんなシャレた名前だったんだな……」
「ちなみに母親ゲーデさんの本名はアンナリーゼ、旧姓マディカンです」
「マディカンだと?」
これはエヴェリア。
マディカンというのは、ハレリアでは大きな意味を持つ名前である。具体的には王族六家の1つマディカン公爵家。
「はい。私もこの間の戦争で知ったのですが、マディカン家が兵士や傭兵のまとめ役として派遣していたそうです。ハーリアから役人も派遣していたようですが、いずれも極秘でして。
ジョン君もご存知の行商人の男性がそうだったというお話です」
「マジかよ……全然気付かんかった」
「私もだ……」
衝撃の事実である。
「あそこは元々、裏回りルートとして警戒されていたということだそうで。
そこに国境を接する3国の領主が密約を結んで相互監視していたのですが、ザライゼンが滅び、エルバリアは政変から敵対し、裏回りルートが使用される可能性が高くなっていたとのことです。そこで兵士や傭兵を派遣し、警戒ついでに敵の情報を手に入れるための拠点として活用していたとか」
スパイの活動拠点のようなものと考えればいい。山の中、森の中にこのような拠点を作ることは、地球でもそこまで珍しくない。
「実際、先の大戦でエムートにブロンバルド兵が派遣されていましたが、エムートに陣取っていたハレリア兵達が対処しました。何人かの敵兵は猛獣の巣に迷い込み、死体で発見されたそうですけれども……」
「洗脳されてたんだろ?じゃあ、危険があるって分かってなかったのかもしれねえな」
「あるいは、危険があると分かっていて、強行させられていたか、だ」
「ひっでぇ話だぜ」
「私の知るブロンバルドはそういう国だった」
エヴェリアは実感の籠った声で吐き捨てた。
「さて、お次はデイヴィッドですね」
ミラーディアは闘技場に目を向ける。
「知り合いか?」
ジョンが尋ねた。
「軍の文書庫司書の1人ですよ。要するに、例の弩砲の図面が必要になった時に、大慌てで探し回った1人なのです。先月晴れて騎士になったばかりでしてね」
「ああ……」
8ヶ月も前の話である。
弩砲の図面がなかなか見つからず、ミラーディア自身が愚痴を言っていた時の担当官なのだ。100年も更新されていなかった図面のため、さもあらんとジョンは思っていたのだが。
ここで黒髪ロリが首を傾げた。
「む?それは文官の仕事じゃないのか?」
「未来の参謀職なのですよ。様々な職種を経験していなければ、将軍職の補佐などは務まりませんからね。技能の幅を広げるために、軍では文官の仕事も兵士が行うことがあるのです」
「なるほど。で、強いのか?」
「弱いです」
ばっさりである。
「ただし、術士兵として戦うのでしたら、その限りではありません。しかも、組んでいるのがアリスなのですよ」
「なるほど……要望通りに作るって
「そうだな。いつ正規の錬金術師に認定されてもおかしくない腕前だ。……そこだけならな」
ジョンが『だけ』を強調し、エヴェリアも余計なひと言を付け加える。
まあ、ミラーディアとしても反論できない事実だったし、反論する気もなかったのだが。主に自分のことではないので。
「まあつまり、今回頭でっかちのデイビッドが勝てているのは、適材適所が可能なドリームチームだからなのですね」
話している間に試合が始まった。
デイビッドは流行りの全身鎧にショートソード、盾はない。ミラーディアが言った通り、装備が近接一辺倒で、中長距離を術に頼る構成である。
相手の騎士は同じく全身鎧で、小さめで丸い盾に長柄の
「始め!」
審判が合図を出して、試合が開始される。
騎士同士の戦いは、呪紋詠唱から始まる。遠距離で撃ち合い、しかる後に接近して殴り合うというのが通例だ。
今回もそれに外れず、むしろ教科書通りの試合運びとなった。
「“
相手の騎士が地面の土を飛ばして攻撃する。スコップで掬った土を振り回して飛ばす感じだ。
デイヴィッドは慣れた動きで腕で頭を覆い、防ぐ。
「『
エヴェリアが解説を入れたその前で、今度はデイヴィッドが反撃に転じる。
「“
彼が放ったのは、圧縮された風の礫。武術大会の際に見たのと同じ、圧縮空気弾である。
「
ミラーディアが怪訝な表情で呟く。
5単語詠唱というのは、要するに詠唱の際に用いる単語数が5つであるという意味だ。当然だが、詠唱の単語数が増えると術の発動も遅くなる。
圧縮空気弾は周囲の砂塵を呑み込みつつ、迫ってきていた相手の足元に着弾し、爆風を生み出す。
それは武術大会で見た圧縮空気弾よりも、さらに高い威力で全身鎧の騎士を吹き飛ばした。騎士は数メートルも舞い上がり、壁に叩きつけられて動かなくなる。
『
「戦闘不能判定、それまで!勝者、デイヴィッド!」
審判が試合の終了を告げる。
「なんだ、術士兵用の星王器じゃないか」
兎耳黒髪ロリが腕を組んで呟いた。赤毛ショタジジイが首を傾げ、そちらを向く。
「術士兵用?」
「一般の星王術士と区分するための、兵科としての訓練を受けた術士が用いる星王器です」
「騎士と比べると武術で劣る分、戦闘時の術の扱いに長けている。
単唱器を持った騎士でも、戦場では術の行使が頭から抜け落ちたりするんだ。だから、騎士の単唱器は打撃ではなく遠距離から撹乱に使われることが多い。接近してしまえば、高級器でもなければ武術の方が強いからな」
武器はリーチが長い方が基本的には有利だが、例えば拳銃とナイフの場合、拳銃には弾数に制限があり、密着状態になるとナイフの方が有利になることがある。
同じことが、魔法と武術にも言えるのだ。星王術をはじめとする魔法には、どうしても使用回数に制限があるのである。それに、あまり距離が近いと自分を巻き込んでしまう。
「逆に、術士兵は術を使用してありとあらゆる戦況状況に対応する必要がある。時には、直接殺すことを目的とした術の使用もありうるわけだ。
だから術士兵用の星王器は、威力が高くて最低限のことは何でもできるようになっている。術に慣れているから、多少単語数が多くても戦場で扱い切れるということだな」
「中には『二器使い』と言いまして、冷静に両方を使い分けることができる人もいますけれども」
「武
調子が良ければ同時に2つのことを考えるくらいはできそうに思うが、案外完全な並列思考ができる人間は少ないものだ。だからこそ、人間の思考や計算を補佐するためにコンピュータが開発されたのである。
閑話休題。武具大会は続く。