ジョンの伝記   作:ひろっさん

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エルウッド

武具大会も進み、本戦1回戦も最後、第8試合となった。

 

『東、王都守護兵団第4中隊所属、エルウッド・ウェスター!』

 

武術大会に比べ、紹介アナウンスは控え目。御前試合ではないが、本戦にのみアナウンスが付く。まあ、御前試合がどうのこうのは、ハレリアでは単なる箔付けに過ぎないのだが。

 

「え、エルウッドぉっ!?」

 

赤毛ショタジジイが素っ頓狂な声を上げた。

 

「あらまあ」

「知っているのか?」

 

頬に手を当てて困り顔の白ローブ巨乳に兎耳黒髪ロリが尋ねる。そういえば、顔は合わせていても名前は紹介していなかったとジョンは思い返した。

 

「半年前の武術大会の際に、ジョン君の武具を運んでいた兵士ですよ。去年の武具大会では、彼とジョン君とモーガン君の3人で組んでいたのです」

「ああ、騎士を相手にいいところまで行ったエルウッドとは、彼のことだったのか……」

 

昨年の武具大会は、留学生である彼女も話を聞いていたらしい。

 

「ええっと、本戦に出たってことは、予選で騎士を倒してきたんだよな?」

「私は予選は見ていません」

「私もマーガレットの試合しか見ていない。正直、変なことをやらかさないかという心配で頭が一杯だった」

「ああ……」「なるほど……」

 

2人はスゴく納得した。

 

 

 

エルウッドは軽量鎧に槍。

鎧の種類は下腹部から胸の上辺りまで、前面を防護する前掛けのような鎧、『腹当て』。日本で多く用いられた歩兵用の簡易鎧である。

その上に輪を連ねて作った『リングメイル』。隙間が多く刺突には弱いが、その分軽くて斬撃に対しては通常通りの強度を発揮する、ハレリアでも古い時代の鎧だった。地球では『鎖帷子(チェインメイル)』の前身となった防具と言えば、歴史的には分かりやすいかもしれない。

 

突きに対しては『腹当て』で防ぎ、その他に対しては『リングメイル』で防ぐ。さすがに重装鎧ほどの防御力は発揮できないが、エルウッドのような軽量ファイターにはこれで十分だ。

ちなみに頭は鉄の額当てを縫い付けた布の帽子。新撰組で有名な、鉢巻きに薄い鉄板を付けたものと効果は同じと考えるべきだろう。

 

「相手は、重装鎧に斧槍(ハルバート)。武具大会では典型的な構成か」

「一般論でしたら、騎士が勝つと言うべきなのでしょうけれどもね」

「1年前と同じ、軽装からの突撃ができるってわけだ」

 

ジョンは呟いた。

 

「ふむ、開幕突撃に慣れていれば、速度で2単語詠唱に間に合う計算か」

 

エヴェリアも唸り、試合が始まる。

 

 

 

「!」

 

ジョンは開始前のエルウッドに、目を見開いた。

 

開幕突撃とは、言い換えればスタートダッシュである。スタートダッシュの正しいやり方は、陸上競技を知っている人間ならばすぐに思い浮かぶだろう。

片膝を立てて、両手を地面に付き、両腕を支えにして腰を上げて、倒れんばかりの前傾姿勢。いわゆる、『クラウチングスタート』というやつだ。

エルウッドが取ったのは、まさしく『クラウチングスタート』の姿勢だった。槍は右手の下に寝かせてある。

 

『始め!』

 

開始の合図とともに、エルウッドは鍛え上げた脚力で地面を蹴り、爆発的に加速する。

 

「なっ!」

 

その加速にエヴェリアが驚きの声を上げた。

 

「“炎の(メラン)礫を(メーラメラ)”……!」

 

騎士が使用したのは、炎の礫を撃ち出すオーソドックスな術。

だが、詠唱が完成したその時には、エルウッドは眼前にいた。星王器の作用で炎が形成され始めると同時に、槍が騎士を貫く。

 

「グアアッ!?」

 

突進攻撃(チャージング)の勢いもあって、槍は右脇腹に深々と刺さった。炎の礫はエルウッドの背中にて完成され、背後の壁に発射される。間に合わなかったのだ。

 

「ぬぅっ……!」

「!」

 

脇腹を貫かれてなお反撃しようとした騎士を、エルウッドは反射的に体当たりで突き飛ばす。斧槍(ハルバード)は万能な武器だが、長柄武器のため身体同士が触れるような密着状態では威力を発揮しない。

騎士は脇腹の痛みもあって踏んばることができず、仰向けに倒れ込んだ。

 

『それまで!ジョンストン・ターナー死亡判定により、エルウッド・ウェスター勝利!』

 

審判が決着を申し渡す。

騎士は腹に槍が刺さったままなんとか立ち上がろうとしていたが、死亡判定の宣告を聞いてがっくりとうなだれた。エルウッドが槍を抜くと、相手は溜息を吐いてから立ち上がり、しっかりとした足取りで闘技場を去って行く。

魔導術『箱庭領域(アークガーデン)』の効果で、即死する傷も一瞬で治るのだ。

 

相手が何か声をかけたようで、エルウッドが照れていたが、ジョン達の位置からは聞こえなかった。

 

 

 

「ジョン君が1年前に想定していた決着ですよね?」

「ああ、大体そうだ」

 

ミラーディアに声を掛けられて、赤毛ショタジジイは頷いた。

 

「あの突進姿勢はジョン殿が教えたのか?」

「俺も教えたんだが、元からそういうやり方があるって話だったぜ?」

「ウェスター卿、『風神』の得意技の一つですよ。『武走襲(ぶそうしゅう)』と言いまして、15年前に武具大会で準優勝した技です。武術大会でも相手によっては有効ですから、たまに見られますよ」

「単唱器が相手でもか?」

「風の後押しがあればなんとかと言ったところです」

「……なるほど」

 

風の抵抗というのは存外に大きいもので、それを操ることができれば、僅かながらも加速することができる。単唱器の、短い詠唱に間に合わせるには、その差は非常に大きく作用するのだ。

 

「しかし、術が関係ない技なら、真似をする者も出てきそうだがな」

「エルウッドの話じゃ、武器持った状態だと、相当練習しなきゃ無理だって言ってたぜ?あの距離で走りながら槍を構えるのも、特訓しなきゃ相当難しいんだってよ」

「む、そうなのか」

 

どれほどの難度なのかは、陸上のリレー競技や駅伝を見るといい。受け渡しの練習をしているはずの競技選手でさえ、本番では緊張からか、割とバトンや(たすき)の受け渡しに失敗するのだ。

スタートの際の失敗はあまり聞いたことがないが、重さが砲丸級となると話が変わってくるのは当然であるし、余計なもののない素槍といえど、リレー用のバトンに比べると取り回しについては雲泥の差だ。

それを20メートルの間に、十分な威力を発揮できるように構えるというのは、決して簡単なことではない。

 

「ということは、この1年であれをモノにしたということですか」

「そうなんだろうな」

 

ただの脇役だと思っていた金髪イケメン優男も、この1年で鍛錬を積み、成長していたということである。

 

「1年前のジョン殿と似たような戦術ということは、役人が仕事をしたということか?」

「まあ、そういうことなのでしょうね」

 

またぞろハレリア王族だったなんてオチか、とジョンは思ったが、そうとも限らないかと思い直し、黙っていた。

 

彼の膝の上では、三毛二股尾の子猫リユが後ろ足で首筋を掻いている。さすがにこういう場では頭の上に乗らないらしい。単なる気分の話かもしれないが。

 

 

 

午前中の8試合が終わって、午後は決勝まで7試合、表彰式まで一直線だ。

とりあえず、御前の試合が終わった時点で1時間程度の昼食休憩となる。

 

「やあミラーディア、今日も綺麗だね」

「草むしりは間に合っていますよ。泥んこ遊びをしたいのでしたら、お1人様でどうぞ」

 

当然のように食堂に現れたデイヴィッドに、白ローブ巨乳は開口一番毒を吐く。

 

「農場はまだしも、運河の底ざらいはちょっとなぁ……」

 

金髪青年騎士は苦笑する。どうやら何かの隠語(スラング)だったようだ。

 

「うーん?」

 

ミラーディアと一緒のテーブルにいたジョンは首を傾げた。

 

「どしたの?」

 

デイヴィッドと一緒に来たアリシエルが同じテーブルに座りながら尋ねる。

ちなみに、食堂というのは高級レストランである。丸いテーブルが幾つも並んで、高そうな絨毯が敷き詰められ、天井から下がるシャンデリアには、呪紋石の淡い燐光が灯っている。

 

ジョンも、それなりに小奇麗な恰好をしていた。とはいえ、現代地球では割とカジュアルに分類される服装だが。

少し暖かい地域では、一般市民がほとんど服を着ていないなど当たり前なので、現代地球のような普通の服を着ているだけで、それなりに見られるのである。

 

「いや、どっかで見た顔だと思ってよ」

「?、そうかな?」

 

デイヴィッドは首を傾げる。

 

「ま、思い出せねえってことは大したことじゃねえんだろ」

「ふむ、そうかもしれないね。ハレリオスでもあるまいし、そういうことが重要になる仕事でもないだろうしね」

 

ちなみに、お互いに本当に覚えていなかったりするのは、無理からぬことである。読者も、ジョンの宿が変わった時に、ハートーン男爵と話していた青年のことなど覚えていないだろう。それこそどうでもいい話である。

 

「一応紹介しておきますね。こちら噂の少年鍛冶師ジョン君です」

「なるほど、噂の彼か」

「噂のエロ坊主ジョンです」

「それほどでもないでしょうに」

「娼館の色ボケに比べればまだまだよね」

「なん、だと……?」

 

自分で大概だと思っていたために、赤毛少年は衝撃を受けた。

 

「一般人と娼館勤めを比べるのはどうかと思うよ?

ちなみに私はデイヴィッド・クラスト。戦術開発局の兵器部門に所属している。例の弩砲の輸送と解析を担当していてね」

「ならばミニスカメイド服を開発せねばなるまい!全裸では醸し出せない、最高のエロをごふぅっ!?」

 

立ち上がって宣言しかけたところ、膝の上にいた子猫(リユ)に「余計なこと言うな」とばかりに鳩尾を一撃されて、体をくの字に曲げて悶絶する赤毛スケベショタジジイ。

 

「えーと……?」

 

あまり特徴のない金髪青年騎士が握手のために差し出した手が、相手を失い空を握る。色々と予想を飛び抜け過ぎていた。

 

「あ、紹介しますね。この子猫はリユ。ジョン君の護衛です」

「なんで子猫が……あ、もしかして噂の『ネコマタ』?ていうか、その護衛にKOされたんだけど?」

「何分、まだ子供だそうですし」

 

アリシエルのツッコミに、ミラーディアも苦笑い。

 

「あ、もしかしてこれ以上は聞いちゃダメなパターン?」

「別に構いませんよ。1ヶ月ほど前にマキナ様のところへ訪れた『妖精王オロバス』様が、ジョン君の護衛にと預けて行ったのです」

「思ったより話がぶっ飛んでた件について小一時間問い質したいんだけど?」

「マキナ様に聞いた内容しか私には分かりませんよ?」

「だよねー」

 

金髪ツインテール黒ローブはがっくりとうなだれる。

神族(かみぞく)が係わると、出来事についての考察も推理もどこかへ飛んで行ってしまうというのはこの世界の常識だった。

 

「もうちょっと加減しないとダメだよ?その力で殴っていると、当たりどころが悪いと死んでしまうかもしれないからね」

「みー?」

 

デイヴィッドはジョンを介抱しながらリユに加減を教えていた。

 

「加減……の、前に、殴んな、って……がくっ」

 

本作の主人公である赤毛少年が弱いというのもあるが、人間と神族(かみぞく)奇跡の混血(ミラクルハーフ)であるスプリガン種がそれだけ強いというのもある。それをここで魂を吐いている少年に伝えても仕方がないし、護衛対象をKO《ノックアウト》するべきでないというのは、その通りなのだが。

 

ちなみに、二又尾の子猫は首を傾げながら猫パンチを素振りしている。

もしかすると加減を間違えたのかもしれない。

 

オチが付いたところで午後の試合である。

 

 

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