武具大会も無事閉幕した翌日。錬金術使用の宿舎の食堂にて。
金髪ツインテールの黒ローブ少女はボーッとテーブルに肘を付いていた。ほんのり顔が赤いのは何か事情があるのか。
寝惚けているのか、正面に白ローブの少女が座っても、それをきっかけに周囲の人々の視線を集めていても、気付いた素振りはなく。無反応、無関心、上の空。一体、その脳裏にはどんな情景が思い浮かべられているというのか。
そして、差し出された木製コップに入った水を、何の疑いもなく口に含み――。
盛大に引っくり返った。
けたたましい音と共に吐き出しながら椅子から転げ落ちる。さらに差し出された、別の木製コップに入った水で口を洗おうとし、思い切り噴き出す。それはもう、ちょうど窓から差し込む朝陽に照らされて、綺麗な虹がかかるほどに、見事な吹きっぷりだった。
「説明しましょう」
白ローブの少女が言った。周囲の人々が何事かと視線を集中させる中、彼女は語り始める。
「アリシエルは見習いとはいえ錬金術師の身で、他者を騙そうとしました。その危険性を考慮し、今回『茶刑』に処しました」
「うわぁ……」「茶刑か……」「しばらく残るんだよなぁ」
周囲から、溜息とともに納得の呟きが漏れ聞こえてくる。
それは、同情半分、実感半分である。自分達も、同じ罪を犯せば大体同じ目に遭うのだ。ただ時間を奪われる投獄や労役などよりも、ある意味で過酷な刑罰。
それが『茶刑』である。
それは大抵、錬金術師という特権職に胡坐を欠き、管理側の危機感を甘く見た結果、体験するもの。ゆえに、錬金術師は大体が、それが命に危険の及ばないものであることを知っていた。
錬金術師は簡単には殺されたりしないし、投獄もされない。なぜならば、彼らは貴重な国家の魔法系産業の担い手だからだ。
ただ、見せしめは必要となる。
司法が機能していると知らしめるために、後遺症も基本的にないこともあって、その刑罰は制限をかけられず、割としょっちゅう行われていた。
「説明しましょう」
そしてミラーディアは必死に井戸水で口を洗うアリシエルに呆然とするジョンに話す。子猫リユはテーブルの下で皿に入ったミルクを舐めている。
「茶刑というのは、ワジン皇国から伝来した『ムチャック茶』を飲ませることなのです。『ムチャック茶』は少々味が個性的ですが、とても身体にいいお茶です。ただし、間違った淹れ方をしますと、その個性的な味が数百倍に濃くなってしまうのです。
600年ほど前からこちら、その間違った淹れ方の
研究は今でも続いていまして、身体に良い効用を留めたままに
「なぜベストを尽くしたし」
「ホントにホントよ!エルとの後味が台無しじゃない!」
「えっ?」「うえっ!?」
ジョンのツッコミに便乗したらしいアリシエルが、とんでもない爆弾発言をやらかした。
「昨日の夜、もしかして遊郭に行きました?」
「えっ、なんでそれバレて……」
「いや、今、後味がどうたらって自分で言ったじゃん」
指摘してやると、彼女は口に手を当てて少し考えた後、そのまま顔を真っ赤にしてひっくり返る。自分の失言に気付いたらしい。要するに、ニャンニャンしてきたのである。
「なるほど、遊郭では融通が利くからって、好きな人を指名したのですか」
「遊郭って、理性がぶっ飛んでて何やったのか覚えてねえんじゃねえのか?」
「知りませんよ。そんな方法があるというのも、今はじめて知りましたし」
ミラーディアは少し唇を尖らせた。彼女は遊郭を利用したことがないのだ。そのため、その場所の利用法について、知らないことの方が多い。
遊郭とは、死と隣り合わせの生活を強要されるハレリア王族が、重圧に耐えるために日頃のストレスを発散するための場所である。魔法によって理性が吹き飛ばされ、何を叫んでもどのような行いをしても、そこにいる限りは許される。当然、性的な事由も含まれる。
そんな性的な行為をするのに、相手を選ぶことができるのだ。兵士や役人など、命令1つで出向させることができる人間に限られるのだが。そして、相手が平民の場合は拒否権がある。
王族は美男美女揃いのため、拒否する者は滅多にいないのだが。
「てか、前にエルウッドってモテたいとか言ってたけど、もしかして両方とも記憶飛んでんのか?」
「知りませんってば。ただ、意図的に部分的な記憶を削除するのは、洗脳術の熟練者でなければ難しいそうです。遊郭で現在どういう術が使用されているのかは知りませんけれども、もしかすると相手を命じられた辺りを含めて記憶が飛ぶとか、そういうこともあるのかもしれません」
「なーる、前にエルウッドを悪口でやり込めた時に、なんか熱が入ってると思ったらそういうことだったのか」
つまり、好きな人との愛の語らいなどを、相手がまったく覚えていないのである。個人差によるものである為、多少は仕方がないのだが、理屈として理解はできても感情として納得はできないのかもしれない。
「その場にいなかったことが悔やまれるのです。トドメを刺すいいネタがたくさんあるのですから。『風神ごっこ』関連は有名ですし」
「そういやアリシエルもそんなこと言ってたな」
「14歳くらいには、色々と技を考えて名前を付けていたというお話です。一度人前で披露して、父君にしこたま叱られたとか」
「まさか、その名前が全部筒抜けだったりすんのか?」
「ええ。ウェスター卿が捨てたエルウッドさんのノートが、今アリスの部屋にあります」
「えー!?それ初耳なんだけど!」
金髪ツインテール少女が叫び声に似た大声を発する。
「アリス、あなた、寝室のロッカー、あまり掃除していないでしょう?いつ気付くかなと思いまして、手押し
「うぐぐぐぐ……!」
唸るアリシエル。
「てか、結局両方抉ってんだな」
「ハーリアはコレだから嫌われるのよ」
「意地悪大好きな子が集まって育てられますからね。私はその中で第3位なのです」
ミラーディアは胸を張る。白いローブの下から、盛り上がりが強調される。
「ふむ……」
ジョンは紳士ぶった仕種でまじまじと眺めた。
そしてウサギ耳を手に取る。ジェバンニ工房の新作だ。そろそろ、獣耳ブームの震源地がジョンの工房からあちらに移りつつある。
「てい」
「ぐふ」
その綺麗な金髪に装着しようとすると当然、グーで阻止される。
ジョンも慣れており、転倒してから受け身を取り、流れるように起き上がり、しっかり椅子を起こして座り直す。
「3位ってのは、結局意地の悪さってことか?」
「それを含めた政治適性ですね。政治の舞台で有能で活躍しそうな人の順位なのです」
「その割に胸を張って立派なモノを強調する癖があるんじゃねえかと思うわけですが」
「う……」
白ローブの美少女は胸を抑えて言葉に詰まる。そして、困った様子でこんなことを言った。
「一応、胸を張っても目立たないように、あれこれ工夫はしているのですけれどもね。どうも、予想外に大きくなりつつあるのですよ。昨年は急に大きくなり出して困っていましたし」
「うらやましい……」
アリシエルが羨望の目で見つめる。
「胸を大きくする術でも使ってるんじゃないの?」
「必要以上に大きくなられても困ると聞きますし、ハル姉様と区別を付けるためにも、この辺で抑えておきたいところなのです」
「ねたましい……」
アリシエルが嫉妬の目で見つめる。
実はミラーディアが特別大きいだけで、金髪ツインテールもそれなりにある方である。ただし、制服であるローブ越しに目立つほどではない。
「胸は揉むと大きくなるって聞いたことはあるけど、なんかガセらしいしな。
結局どうなってんのか、よくわかんねえんだよな」
「あら、異世界でも胸が大きい女性がもてはやされるのですか?」
「男はあんま気にしてねえよ。気にするのは女の方さ。それも、俺が住んでた国でそんな傾向があったってだけで、それが世界的なもんなのかってことまでは知らねえし」
「そんなこと調べたりするの?」
「その辺で適当に聞いて回るだけだな。統計学がどうのこうので、何千人に聞けば信用できるって基準があるって話も聞くけど、その数字に信憑性があんのかってとこから分かってねえの」
「いい加減ねえ」
金髪黒ローブの少女は呆れるが。
「行政の意識調査的なものでしょう。私も、人の集まる場所を回って、住人の考えを聞いて回ることがあります。
ただまあ、その区域の情報通を重点的に調べますから、意見の偏りがあるのは間違いありません。何万人規模になりますと、調査内容によりましては人を使ってもやっていられませんし、何百人で済ませることがあるのも確かですね」
「それって手抜き?」
「女性何歳とか、男性何歳とか、年齢を限定しての調査は、そもそも人数がそんなにいませんから、何百人で十分なこともあるのです。大抵、それが何回かのセットになりますし、結局1万人に届いたりすることもありますけれども。それを行政以外に適用しますと、国全体でも1件何千人で済むのかもしれませんね」
「あー、てか、まともに答えてくれねえ奴とかもいそうだもんな」
「いますね。役人だからと法外な要求をしてきたりする人も」
一筋縄でいかないことは確かである。なにしろ、治安が良くアンケートなどに協力的な現代日本ではないのだ。電話などのインフラも整っていない。そのため、アンケートを取るには、街頭や酒場で聞いて回るか、各家庭を訪問するしかない。面倒さは現代日本の比ではないだろう。
それでも意識調査をきっちり行う辺りが、ハレリアのハレリアたるゆえんかもしれない。別に民主主義国家ではないのだが、住民を尊重した独裁を行うためには、こうした調査は必要なことなのだ。数字に囚われ過ぎてもいけないというのが、難しいところだが。
「エルウッドさんが騎士の叙任を受けることになりました」
ミラーディアが話す。
「術無しでマーガレットに勝ったしな。最後ほとんど相討ちだったけど」
「英才教育を受けた兵士を相手に、ほぼ直感と身体能力だけの猟師があそこまで粘ったという評価もありました。両方が強かったという事実に変わりはありませんが、1つの側面ですね」
「そういやそうか。壁を走ったり駆け上がったりしてたもんな」
赤毛ショタジジイは頭を掻いた。
「そのまま名前の通り『壁走り』という技法だそうです。
ウェスター卿が武術大会の時に使用していたもので、エルウッドさんは元々それがお得意だったとか。ゆえに、『壁際の軽業師』などとも呼ばれたことがあるというお話です」
「そっちが元々得意だったってことか……」
「あれも、そう簡単にできる技ではないようですね。
父君が鍛錬していたのを見て、幼少期から真似をしていたというお話です。本人は幼少期の遊びとして覚えていたもので、兵士となってからはあまりそういうことはしなくなったとか」
「なーる……」
ジョンは溜息を吐く。
「それが使うようになったってのは、何か心境の変化でもあったってことか」
自分の時は手を抜いていたとか、そういうことは言わない。
戦いなど、その時の細かい条件やメンタルなどで、如何様にも変わってくるものだからだ。戦いのために心の在り様まで捻じ曲げて臨むベテランと一緒にしてはならない。
「マーガレットさんも、基礎教練、一般常識を教え込む訓練が終わり次第、騎士の叙任を受けることが決まっています。デンゲル家の方で、対人戦用の戦闘法の手解きも受けるそうです」
「一般常識を教え込むってのが一番苦労しそうだな」
「そこはデンゲル流にお任せですね」
あの変態野生児がこれからどうなるのか見物だとジョンは思う。
「……結局あんま変わんねえ気がしてきた」
そして苦虫を噛み潰した顔で頭を抱えるのである。その頭に、ミルクを飲み終えたリユが背後から飛び乗り、彼の赤毛で口元のミルクを拭いた。