ジョンの伝記   作:ひろっさん

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世情講座

「ミラーディア、ハートーン卿からこんなものが届いているけど、先代から何か聞いている?」

 

宰相の執務室。

新しく宰相となった金髪白ドレスの中年女性に問われ、白ローブの少女は首を傾げる。定例報告の後のことである。

 

「ええっと……ああ、多分ジョン君の工房にあったものですね。先代(亡父)の命で回収して、ハートーン卿に分析と再現を依頼していたのです」

 

ミラーディアが受け取ったのは、一振りの剣だった。

片手剣には長く、両手剣には短い。両用剣の一種『バスタードソード』である。半年程前にジョンが話していた、マンガン鋼の剣だ。マルファスに持たせた両手用大剣と同等の強度を誇るとは思えないほど、細い。

とはいえ、こちらも結構な大きさなのだが。

 

「一応、錬金術師の協力を得て、合金として活用できるだけの態勢を整えることはできたみたい。ただ、ほとんど鉄だから有用性は限定的。例のジュラルミンの方が有用性は高そうよ」

「アリスの不手際のおかげで、配合表(レシピ)を公開せざるを得なくなりましたからね」

「ただやっぱり、その配合表(レシピ)をして異世界転生者と断定させるのは難しいわ」

「ただの発明と見られる可能性が大、ということですか」

 

ミラーディアは、先代宰相から出されたこのお題が、予想外に難しそうだということを予感し始めていた。『ジュラルミン』でさえ、現在のハレリアからすれば画期的なものなのだ。だが、それをもってしても異世界転生者と断定させるには、インパクトが足りない。

 

「まあ、時間がないわけではないし、焦ることはないわ」

「やや呑気な気もしますけれども。エリザ叔母(おば)様」

「こちらはこちらで難題が上がってきてるのよ」

 

新宰相エリザは話す。

 

「1つはブロンバルドの話」

「新たに事実が判明したのですか?」

「ブロンバルド首都と周辺都市の教会で、真っ黒な僧侶ばかりが自決せずに残ってるわ。フェジョ新教の洗脳政策に沿うように教育されててね。

『星王教徒が最終的に世界を滅ぼす。その証拠にブロンバルドの文明は末端から破壊されつつある』って、吹聴しまくってるって話よ」

「うわぁ……」

 

ミラーディアは顔をしかめた。とてつもなく面倒な問題だけを残していったというのである。政権を潰すためだけに先鋭化した政党を残して、他の政党が壊滅してしまうようなものと言えばいいだろうか。

彼らもブロンバルド文化を担ってきた人々ではあるのだ。そして、洗脳政策のようなやり方を好み、魔法によって他者を裏切らせる。放置しておけば、またナグアオカ教と結び付きを強め、神族(かみぞく)を招いて第二のハレリア大戦を引き起こすだろう。

 

実はそう簡単に次は起こらないのだが、彼女らはそれを知らされていない。

 

「ややこしい部分はハレリアからも政治顧問団なんかを送って対処するわ。ガランドーとザライゼンを復興する必要もあるし」

「そのために両国の王家の血筋を残し、代々教育してきたのですからね」

「ただ、元々ブロンバルドっていうのは唯一ヒストンからの直通の大動脈があったからこそ、文化文明の中心地として栄えた国よ。それはベルベーズ北部地域における大きな急所としての性質も備えている。そこを何とかするためには、もう1つの大動脈が必要になるわ。海はエルバリア以上のノウハウがハレリアやイリキシアにはない。ハレリアはノシツキ湾を出られないんだからね」

「出口が塞がれてしまっているせいですね」

 

金髪白ドレスの中年女性は頷いた。

 

「もう1つの大動脈の方は、ザライゼン西のスレイカン山地に街道を建設する案。大雑把に調査したところ、少なくとも1箇所は幅150馬身の谷越えになってしまうんだけど」

「それも面倒そうですね」

 

ミラーディアは両肩を竦める。

 

「もう1つ、つい先日、面倒そうな話が舞い込んできたわ。先代も予想していなかった、ワジン皇国からの使者よ」

「あらまあ」

 

白ローブの少女は口に手を当てて驚きを示す。それくらいに、歴史的なことだったのだ。

 

 

 

「そしていつもの世情講座である」

「聞いておいた方がいいということには違いはないがな。少なくとも、判断材料にはなる」

 

いつものジョン工房の設計室兼休憩室。

紅茶を飲みながらジョンとエヴェリアはミラーディアの話を聞くことになる。

今日の差し入れは、マツリボラの胃。

現代日本でもボラの胃は珍味として庶民に食されている。

ボラは川魚で、津軽以南の川に生息しているため、全国的に食べられているという。

ハレリアでも珍味として庶民に親しまれていた。

 

「まず、ザライゼンとヒストンの間にあるスレイカン山地についてです。

位置的には、エルバース山脈を境にエムートの向かい側にある場所ですね。エムートと同じく天然の要害で、ブロンバルド洗脳政策の手が届いていない場所でもあります。ここに逃げ込んだ人々もいまして、大小の集落を形成しているとか」

 

地図を広げながら、白ローブ巨乳は説明する。

 

「先住民族との摩擦がありそうだが……」

「現時点で聞いた限りは、そんな話はありませんね。おそらくですが、200年の間に解けて消えてしまったのではないかと思います」

「200年か……」

 

エヴェリアは顎に手を当てて遠い目をする。悠久の時に思いを馳せているのか。

 

「そんなスレイカン山地に、街道を建設する計画が立ち上がってきています。

今まで、エルバリアとブロンバルドを抑えるだけで神石の流れを遮断できてしまうわけですから、考えてみればベルベーズ大陸は大きな急所を抱えていたということになるのですね」

「何十年とかかる大工事だろうな。

また神族の『成り立て』を洗脳して送られて来れば、同等の文化破壊を許すことになる。そう考えると、是が非でもやらねばならんか」

「もう1つ、それに対する解決策になりそうなお話があります」

 

ミラーディアは告げる。

 

「ワジン皇国からの使者が、今ハレリア最大の港町ボンジールにやって来ているそうなのですよ」

「ワジン皇国から?」

 

ジョンが尋ねたのは、ワジン皇国について情報を持っていなかったからである。

 

「はい。詳しいことはまだ聞いていないのですが、交易を求めているとか」

「確かワジン皇国とは、400年前と150年前にやりあっていたらしいな」

「その通りです。

いずれも陸地に上陸させてから撃破したとのことですが、結局のところハレリア海軍がワジン海軍に勝つことができていません。ですので、ノシツキ湾の出入り口を抑えられ、ハレリアは湾内にて接するソーレオ以外の国と海運交易ができない状況が続いているのです」

 

ハレリアが強いのは陸軍であって、海軍はそれほど強くないのである。

 

「ワジン皇国は、ベルベーズ大陸の東岸からさらに海に出た位置にある島国だ。元々海賊が多く、それらを平定してワジン皇国が成立したと言われるほどで、海軍力が非常に高い。また、ハレリアと同じく、皇王政権が千年近く続いていることでも有名だ。王室が続いているだけで、実権を握っているのは宰相という話もあるがな」

 

エヴェリアが補足を入れる。

 

「お詳しいですね」

「イリキシアは大陸最北端にある。東壁山脈を北の海から迂回できる位置だ。海が凍り付く冬に、犬ゾリで海を渡って東壁山脈の向こう側にあるスピリス港に移動し、そこから船でワジン皇国と交易するルートがある」

「あらまあ」

 

エヴェリアの説明に、ミラーディアは素直に驚きを示した。

ハレリア王国とワジン皇国の間には国交がなく、ワジン皇国の内情もほとんど分かっていないのである。

 

「言い訳させていただきますと、今までワジン皇国はハレリアに交易を求めて来なかったのですよ。私達は、それがてっきり選民思想的なものが原因とばかり思い込んでいたのです」

「私も直接ワジン人と話したことはないが、誇り高い民族ではあれど、異民族や異文化に対しては寛容を通り越して貪欲だと聞いている。自分の暮らしを豊かにするためならば、異文化だろうがなんでも利用する民族だと。

……言ってみるとおかしいな」

 

黒髪兎耳ロリは首を傾げる。

 

「交易とは、自分達が持たない品物や知識、知恵を得るために最適なものだ。

特にハレリアは星王術において一日の長があるし、輸送や農耕などの他の技術も高い。それを戦争で分捕るよりも、交易で友好的に取り引きする方が互いのためになるはずだ。

実際、ブロンバルドがイーザンを封鎖する以前、ノスラントやイリキシアもハレリアと交易して利益を上げていたのは確からしい」

「つまり、今まで何百年も交易の話すらなかったってのは、不自然ってことか」

 

ジョンは話の流れを理解した。

 

「ワジン皇国がハレリアと交易しなかったのは、何か別の理由があるということですね」

「おそらく。そして、今になって交易を申し込んできたというのは……」

「その理由を押してまで、交易をする必要に迫られているということですか」

 

思ったより、深刻な流れである。

 

「もしくは、だ」

「はい?」「なに?」

「今まで交易できなかった理由を、解決できたのかもしれねえ」

「まあ、それもあり得ますか」

「希望的観測だな」

「あれま」

 

ジョンはがっくりうなだれた。

 

これは単に、政治家行政屋と、鍛冶師との意識の違いである。鍛冶師は世情判断に際し、希望低観測を挟むことがある。だが、それに結果を求められる政治家や行政屋は、常に最悪を予測から排除しないのだ。ありとあらゆる情報を集めて、天才的な頭脳集団が世情を予想したとしても、常に予想外は起こりうるのだから。

 

「そういや、リユってワジン列島のスプリガン種だっけ?」

 

ジョンは頭の上に陣取る二股尾の子猫を机に降ろそうとする。だが、リユは両手でジョンの赤毛を掴んで、断固として降りようとしない。しばらく試していたが、ジョンもこんな若い時から毛が減るのは嫌なので、すぐに諦めた。

 

「オロバス様がどこからこの子を連れてきたのかは知りませんけれども。多分ワジン皇国の内情を知っているわけではないと思いますよ?」

「スプリガン種というのは、神族(かみぞく)が人目に触れない場所で秘密裏に匿っているものだというからな。人と接することすら稀だろう。政治経済の話が分かるとは思えん」

「ダメかー」

 

赤毛ショタジジイはがっくりうなだれた。

 

「ワジン海軍ほどとは言いませんが、まともな海軍戦力がハレリアにありましたら、その造船技術をヒストンに伝えることで、まだ交易路の開拓の方をどうにかできる可能性がありましたけれども」

「ワジン人の海賊も私掠船も、ノシツキ湾には入って来ないようだからな。同じ湾内海域を利用するソーレオは同盟国だ。ノシツキ湾内に海賊はおらず、商船や輸送船が襲われたことはない」

「こちら側の最奥部に砂浜がある以外は、湾を出るまで港を設営できるような地形ではありませんからね。ノシツキ湾を出るのに、風に乗っても丸2日かかるというのも理由でしょう」

「要するに、ハレリア海軍には交戦経験がほぼないということか。陸戦では古今無双と言っていい程なんだが……」

 

意外な欠点である。周辺国に比べ、飛び抜けた国力を誇る国が、海に接しているにもかかわらず、海軍力に乏しいというのだ。

 

「それっておかしくね?」

 

ここでジョンが首を傾げた。

 

「なに?」「どういうことです?」

「陸地でもよ、山賊が出るってくらいで商人の往来が止まるか?海の上ってのは、何にもねえように見えて、天気によっちゃかなり視界も悪くなるんだ。ワジン皇国の私掠船ってのがどのくらいいるのか知らねえけど、まったく通れねえなんてことはあるわけがねえだろ」

「それは、近くにワジン皇国以外の交易拠点がなければの話だな」

「……あ!」

 

ミラーディアが何かに気付いて声を上げる。

 

「そうですよ。山賊や海賊が出るのは、襲撃するべきものがあるからなのです!」

「なに?どういうことだ?」

「ノシツキ湾の入口には、ハレリアかソーレオの商船以外に、私掠船が襲撃する目標がないのですよ。定期的に偵察に送っている小型船が戻らないことがありまして、それをして海軍はワジンの私掠船の仕業だと推定していたのです」

「海の上で小型船なんて、よっぽど近付かなきゃ見えねえぞ。波が荒けりゃ、大型船でも波に隠れちまうんだからな」

 

ジョンが情報を付け足す。

 

「そうか、南部の聖教国は、ナグルハ諸国以外と交易していない。イリキシアも間接的にとはいえ、海路ではワジン皇国本土としか交易していない。ワジン皇国以外に相手がいない以上、ノシツキ湾の入り口を封鎖する理由がないのか……!」

「というか、ジョン君、海の上の船の見え方とかよく知っていますよね?」

「前世島国の生まれだったんだよ。船に乗る仕事してたわけじゃねえから半端だけど、船に乗ったことがねえってわけでもねえし」

 

ミラーディアもエヴェリアも、海のことをほとんど知らないのである。穏やかな内海であるノシツキ湾のことくらいしか、わからない。

対して前世日本人だったジョンは、テレビやネットなどで、自然と海や船の情報を持っていた。

異世界云々はほぼ関係ないが、意外な知識差と言えるだろう。

 

だが、ここでミラーディアが首を傾げた。

 

「ですが、これって何か問題になるのでしょうか?」

「わからん」

「俺もそこまで考えてなかった」

「……」「……」「……」

 

3人して、盛大に溜息を吐く。

 

ノシツキ湾の出入り口。そこに何かがあるのは確かなようだ。しかし、ハレリアかワジンのいずれかが把握していれば、使者との会談で自然と問題視されるだろう。つまり、急いで上に伝える必要というのがないのである。

 

そして、もしも詳しい状況が知りたければ、洗脳鳥でも飛ばせばいいのだ。敵はいないのだから、時間をかけて低空を何度でも何羽でも飛ばせばいい。その程度のことをハレリア海軍が行っていないとは、さすがに思えなかった。

 

 

 

「……ということを話していたのですが」

「私は元々ボンジールの担当で、今まで交易がなかった理由についても承知しているわ」

「ですよねー」

 

ミラーディアは溜息を吐いた。あの議論はほぼ無駄だったのである。ただ、自分が海のことを知らないということが露見しただけだった。

 

「知らないということを知るのは重要なこと、肩を落とすのはまだ早い」

「はい」

「それと、今年の貴族議会にその話を出すことになってるから、もしかすると彼の力を借りることになるかもしれないわ」

「それほどに難しい話なのですか?」

「あそこには問題が2つあってね、1つは私達でどうにかできるけれど、もう1つが下手をするとマキナ様にお願いすることになるかもしれないの。例の留学生の子にも議会に出席してもらうから、2人には伝えておいてね」

「わかりました」

 

一難去って、また一難。ジョンの前に、また難題が立ち塞がる。

もっとも、それは彼の力を世に示す機会でもあった。

 

 

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