ジョンの伝記   作:ひろっさん

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貴族会議

「ついに王宮に呼び出されて、色々聞かれんのか……」

 

馬車の中で、赤毛ショタジジイは呟く。

 

馬車はサスペンションこそないものの、座席のクッションが利いており、あまり揺れを感じない。少なくとも、中で話しているだけの余裕があった。ジョンがルクソリスに来る際に乗ってきた商人の馬車とは大違いである。

路面が整備された石畳ということもあってか、酔わずに済みそうだ。

 

酔う理由としては、1つに馬車の構造がある。この時代の馬車はゴムが使われておらず、衝撃吸収用の機構もない。また軸と車輪が木材で構成されており、人力車のような大きさのものでさえ、摩擦のせいで人間が動かすのは困難を極めた。

それゆえに人間を遥かに超える筋力を誇る馬に頼るのだが、潤滑油を注したとしても、どうしても木同士で擦れるため、平坦な道でも振動する。それがわずかな段差によって不規則な揺れとなり、乗り心地をより酷いものとしているのだ。

 

今ジョンを乗せている馬車は、車輪の軸受けに銅を用いていた。これによって多少は摩擦が減り、乗り心地が向上するのだが、所詮は気休めである。軸に使用する木材を真円に機械加工するための装置がまだなく、手加工ではどうしても軸の向きがブレるからだ。速度が出ると、その僅かなブレが振動となる。

 

「そういえば、やはり名門貴族というのもいるんだろう?」

「全体で見ればそれなりにいますが、行政部門では少ないですね」

 

エヴェリアの質問にミラーディアが答える。

 

「貴族の認定や爵位というのは、知恵者の称号なのです。

必要だから権限と、それに伴う責任を負っていただいているという意味ですので、相応の実力は当然要求されます。

子供を貴族にしたければ、相応しい英才教育と修業を施せというわけですね。

その辺の教育環境を整えるのに、貴族の収入や立場があれば有利なことは否定できませんけれども。

割とそういう、修行や教育を嫌がる子供も多いと聞きます」

 

馬車は貴族区から中央区、ルクソリスの中央を貫く川の中にある小島へ渡る橋を越える。貴族議会の日ということもあって、周囲には大小数多くの馬車がひしめいていた。

 

「今は静かですが、何かトラブルがあれば、ハレリア貴族は馬車から一斉に飛び出してきます。貴族区では、老衰以外で死人が出ないと言われるほど、決断力や行動力に溢れた人が集まっているのです」

「……事故死もなしか?」

「はい。近くの神殿から治癒術士を抱えて走ってきた貴族、というエピソードもあるほどですから。何かあれば、貴賎貧富の区別なく、彼らは動くのです。それこそ、思考するよりも早く身体が動くと言いますし」

 

これも極端な話である。

実際、おそらく地球の中世西洋でも、様々な物語で悪役とされるような、外道な貴族というのは少なかったと考えられる。ただ、ここまで行動力に溢れているのがデフォルトかというと、それも違うと思えるのだが。

 

「だが、そうかも知れないな。ハレリアでは貴族は元平民だ。王族が最も過酷で、貴族はその次に過酷。そんな国で貴族になろうという物好きは、そんな馬鹿者ばかりなのかもしれん」

 

馬車はハレリア中央区にそびえる巨大な建物に向かう。正確にはその荘厳な建物の前で曲がって、その裏手へ。

 

「あれっ!?これ王宮なんじゃねえの!?」

 

窓から外を眺めていたジョンが思わず声を上げた。天を衝く巨大で荘厳な宮殿のため、てっきりこれが王宮だと思っていたのである。

 

「やはりそう思うだろう。私の反応は間違っていなかったんだ……!」

 

黒髪兎耳ゴスロリが何やら拳を握りしめて震えている。

 

「いやー、割と間違える人が多いのですけれども、あれは星王大神殿なのです。観光案内で普通に紹介されているはずなのですけれどもね」

「ぐぬ……!」

「第一、星王教の総本山なのですから、一番大きな星王神殿があるのは当然なのですよ」

「他は割と小さいけどな」

「『星王(ほしおう)』はただそこにあるだけなのです。世界を支配しているわけでも、頂点に君臨しているわけでもありません。

まあ、星王大神殿は分かりやすいシンボルですから、それを目立たせるという意味で、王宮を小さ目にしているという事情もあるのですけれどもね」

 

悔しげに歯噛みする黒髪少女を尻目に、ミラーディアが得意げに話した。

 

「ってことは、先に大神殿ができてたのか」

 

普通は、王国が最初にあって、ある宗教を推奨することで巨大神殿や大聖堂が建てられるものなのである。順序が逆というのは珍しいかもしれない。

 

「というより、ハレリア人が民族として成立する以前に、神族(かみぞく)によってこのルクソリスは無人のまま建設されたのです。同時に星王大神殿も建設されました。そこを王都としてハレリア王国が建国されたのですよ」

「無人の王都が建設されてから、王国が建国されたというのも珍しいな。ということは、ルクソリスはそれ自体が巨大な遺跡でもあるということなのか」

 

エヴェリアは感心する。どうでもいいが、中々に復活が早い。

 

 

 

王宮は、大神殿の裏手にある背の低い石造りの建物である。

2階建ての、それなりに大きな建築物なのだが、印象は大神殿に完全に食われていた。大神殿をメインに据えたため、わざとそうしているというミラーディアの話が正しければ、その試みは成功していると言えるだろう。

 

何より、生垣である。

通常、王宮と言えば盗賊などの不届き者が入り込まないように、高い塀が設けられているものなのだが、ルクソリスにあるこの王宮には侵入者を防ぐための壁がない。周囲は視線を隠すために植えられた笹竹で覆われていた。

 

「王宮には3つの建物があります。

1つは謁見宮(えっけんきゅう)。文字通り、他国の使者や貴族が国王に謁見するための場所です。国政における儀式場としての性格の方が強い建物ですね。

もう1つはこれから訪れる大議事堂。貴族議会や様々な会議や発表会が行われますし、国王の執務室もここです。国政における実務を担う建物ですね。

最後は後宮です。

妊娠して一時的に働くことができなくなった王族女性や、一線を退き引退することを許された老人達が、王族の子供達を5歳くらいまで育て、教育する場所となっています。私もここで、色々なことをして育ちました」

 

懐かしそうに目を細める白ローブ巨乳。

 

「――そう、ぐっすり寝るアリスの顔に『彼女募集中』と落書きしたり、チェスに熱中しているデイヴィッドの背中に『彼氏募集中』と張り紙をしたり」

「何をやってるんだ。割と本当に」

 

黒髪兎耳ゴスロリは頭を抱えた。

 

「3歳の頃にお婆様達から教わりまして。皆の反応が愉しくて、色々とバリエーションを考えていましたね」

「そういえばアリシエルは18だったな。デイヴィッドも王族で18か」

「デイヴィッドは今年で21です。マディカンの家から、たまに遊びに来ていたのですよ」

「5歳下の子供に手玉に取られてたのか……」

「間違いなくハーリア家の人間だな」

「割とハル姉様も一緒になって悪戯していましたけれども。ハル姉様はなかなかいいフレーズを考えてくれていましたよ。『ロリコンは最高だぜ!』は姉様の傑作なのです」

「マジかよ……」

 

ミラーディアがいい笑顔で昔話をしたところで、馬車は止まる。

 

 

 

王宮というのは、通常は権威付けのために荘厳さが求められ、それゆえに巨大に建造されることが多い。しかし、ハレリア王宮は星王大神殿の景観を損なうまいと、そっと寄り添う形で建築されていた。

 

入口は広く、数多くの馬車を停めるスペースがある。

 

「正面入り口を入ってすぐが、謁見宮(えっけんきゅう)です。左手奥の広い敷地が後宮、右手のドームが大議事堂です」

 

ミラーディアの案内に従い、ジョンとエヴェリアは後を付いていく。

 

他にも老若男女の貴族やその付き人達が歩いていくのだが、その服装はバラバラだった。一応きっちり貴族服に整えている者もいるのだが、見るからに薄汚れた普段着に、申し訳程度に小奇麗な丈の短いマントを羽織っているような者もいる。だが、見るからに美しく貴族服やドレスに身を包んで着飾っている人間は本当に少数だった。

 

エヴェリアは武術大会の時のゴスロリドレス。

ジョンは新品の普段着(・・・)である。つまり、丈夫なシャツと上着、脛丈のズボンに皮を縫い合わせた靴。

ミラーディアはいつもの白ローブで、フードを目深に被って顔を隠している。

 

「武術大会の時は、侍女(メイド)達に着せ替え人形にされた。結局、実家から持ってきたドレスが一番似合っていたわけだが。ここではむしろ浮いている気がするな」

「それはまあ、大体がホワーレン人かハレリア人ですからねえ。

ガランドー王家とザライゼン公家の人も来ますけれども、ハレリア人に近い風貌ですし。人種が違えば似合う服装も違いますから、浮いて見えるのは当然と言えますね」

「服装を気にしてる奴なんて、いそうにねえけどな」

「彼らが気にするのは、煌びやかさではなく個性です。色はほぼ固定ですから、アクセサリなどで変えてきているのです。見分けがつかないと不便な場所ですから。煌びやかさだけで個性を主張しない人には、誰も見向きもしません」

 

3人は人の流れに沿って大議事堂へ向かう。人込みの中ではぐれてしまうなどというアクシデントはなかった。所々に衛兵が立っており、道案内の看板を持っている。

 

「1つ聞いていいか?」

 

議事堂に入ってすぐ、エヴェリアが声を上げる。

 

「はい、なんでしょう?」

「武器を携帯している者もいるようだが、チェックはされないのか?」

「議事堂内を見張る完全装備の近衛騎士に勝てるのでしたら、どうぞトラブルを起こして下さいということです」

「……」「……」

 

ミラーディアの返答に揃って絶句。

 

「ちなみに、内は近衛騎士3名、外は『雷神』騎士団500名と術士兵団300名が固めています」

「数は少なくとも、十分すぎる戦力だな」

「また思い切ったことしやがるし……」

 

2人とも、苦笑いするしかない。

 

「それもこれも、たまに抜き打ちで神族(かみぞく)が参加したりするからなのですよ」

「ハレリアが契約している神族(かみぞく)がか?」

「いいえ、近隣に居を構える神族(かみぞく)や、何か困ったことを解決してほしい神族(かみぞく)がやってきたりするのです」

「なかなか面倒だな。積極的に会議で要求してくるとは……。そうか、ハレリアでは武器の携帯で恐怖心を和らげようとしているのか」

「イリキシアもそういうことあんのか?」

「『大帝』――『力ある九人』の配下や弟子が見物していくことがある。しかも大抵はこっそりな。後になって気付くことがほとんどだ。どうも彼らは政治というものについて勉学を重ねているらしいという、噂がある。だからまあ、議会の内側に配備される兵士は、避難誘導の名人が主なんだ」

神族(かみぞく)というのは、何をきっかけに暴れ出すか、わかりませんからね」

 

ミラーディアも苦笑する。

 

大議事堂は大きめの建築物で、天井が高い。円形の座席の外周に2階の通路があるため、吹き抜けのような形をしているようだ。その2階の通路に、三方完全武装した大男3人が立っていた。あれが近衛騎士なのだろう。

 

天井には、ルクソリスの全景が描かれていた。3重の同心円に、西から東へ貫くムルス河、中央の中洲に建造された星王大神殿。神話の一節など、芸術的な絵画が描かれることの多い天井画には珍しい。

 

「都市として人が入る以前のルクソリスです」

 

白ローブ巨乳が話す。

 

「先にも話しましたが、ルクソリスは神族(かみぞく)によって建設されました。ルクソリス自体が神話の遺物なのです」

 

王都ルクソリスが、王都となる以前。そういえば、中央の星王大神殿以外に建物が描かれていない。それどころか、夜になると通行止めとなる特徴的な跳ね橋もない。

 

ルクソリスの橋は、河の中ほどに橋があり、その始点と終点に跳ね橋を繋ぐことで、通行可能となる、珍しいタイプの橋である。どちらか片方が跳ね上げられてしまうと、通行できなくなるのだ。しかも、運河に落ちると数百メートル離れた船着き場まで登ることができる場所がなく、船着き場も夜には門で閉ざされる。

これが他国の間諜(スパイ)を退ける、防諜システムの一端を担っていた。運河を越えて秘密裏に出入りするのが、非常に難しいのだ。

それが描かれていないということは、建設された当初は、人が住むことを想定していなかったことになる。運河を越える方法というのが、船以外になくなってしまうからだ。

 

「ヒトが生活するための建物や橋などは、ハレリア王国の基礎が形作られてから建設されたそうです。

当時は『混沌の夜明け』によって、神族(かみぞく)がヒトに星の支配権を開け渡した直後ですから、まだ神族(かみぞく)の庇護という謳い文句は絶大でした。

ハレリア人が住み付き、神族(かみぞく)の庇護を騙ることで、周囲の部族民族は一斉に100人いなかったハレリア民族に帰順したのです」

「なんかズルいな」

「神話なんてそんなものですよ。それに、実際には血筋を分け与えて回ったわけですし、それは神族(かみぞく)の意に沿った行動でもありましたし」

 

普通は人質を要求するところ、逆に嫁入り婿入りをさせてハレリア民族の血筋を浸透させ、生活圏を拡大したのである。血なまぐさい戦乱とは無縁の勢力拡大だったのだ。

 

話している内に、ほぼ全員が大議事堂に入り切った。間もなく、貴族議会が始まる。

 

 

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