ジョンの伝記   作:ひろっさん

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安全ピン

ルクソリスの全景を描いた天井画に見下ろされながら、大議事堂で議会が始まる。

 

新しく貴族に推薦されたり、爵位を推薦されたりといった人事から、街道の整備、収益金の融通、農林水産業の状況、娯楽の流行まで、実に様々な報告が行われる。それだけで丸1日費やしてしまっていた。

もちろん、ジョンの紹介も行われたが。

 

そして貴族達はそれぞれ馬車に乗って、貴族区に建設されている大きな宿に向かい、ディナーの後に寝泊まりする。ディナーは精力の付く高級食材が取り揃えられており、味もなかなか、何より短時間で満腹になるように工夫されていた。

食事後、ジョンがそのことについて口にする。

 

「味よりも満腹感を優先させてるって、なかなかねえよな」

「ハレリア貴族というのは、とにかくせっかちだという。食事の時間さえ切り詰めて視察から厄介事の対処を行うから、当然と言えば当然かもしれん」

「パーティーでも、細々とした情報交換の場としては貴重ですからね。食事をほどほどで切り上げてしまう人が多いのですよ」

「コース料理が流行らないわけだ」

 

エヴェリアは苦笑する。どうやら、他国では普通にコース料理があるらしい。

 

「それより、議会の方で気になったことが幾つかあるんだが」

 

黒髪兎耳のゴスロリドレス少女は尋ねる。こういう場では、兎耳も特注の高級品である。細部に至るまで作り込まれ、ファッションとして少女の頭を飾り立てていた。(※ ジェバンニ工房の作品)

 

「はいはい」

「『税金』という言い方はしないのか?」

「はい。ハレリアには制度としての税金がありません。各都市で行われる事業利益や土地代などを収益金として、中央政府に集めずに融通し合う形式なのです。

まあ、各地域に派遣される白ローブや軍の恩恵を受けるために、それなりの寄付金が支払われますが、義務を課してはいません。ゆえに、国全体における予算会議もありません」

「信じられん……」

 

税金、予算というシステムを用いずに、大陸随一とも言える大国を維持しているというのである。

 

「国内で食糧が溢れているからこそ、こんな真似ができるのですよ」

「食糧自給率が100%超えで、人も技術も金も溢れてるってことか」

 

赤毛ショタジジイは呟いた。

そんな国はなかなかない。人間は満ち足りた状態ではそれ以上働こうとしなくなるものだ。生物の進化も、数回の大絶滅が原因で促進されているのである。

あれもこれもを持った国など、まずないと言っていい。

 

「国民の士気をどうやって高めているんだ?」

「幾つか理由はありますが、大きいのは神族(かみぞく)の存在です」

 

エヴェリアの質問に対し、ミラーディアは話す。

 

神族(かみぞく)は娯楽としてヒトを欲しています。ゆえに、穀倉地帯では大虐殺を行いません。下手をしますと、餓死という間接的なものによって、数百万単位の人間が死んでしまいますから。

その影響力を伸ばせば伸ばすほど、神族(かみぞく)はそこでは暴れ辛くなります。もしくは、行動を起こした神族(かみぞく)に対して、ヒトの大量死を嫌う神族(かみぞく)が横槍を入れる可能性が高くなります。それは一種の庇護と言ってもいいでしょう。

自分達の安全を担保するために、穀倉地帯では食糧が過剰生産される傾向があるのです」

「なるほど……確かにナグアオカ圏のような連中でもなければ、滅ぼし尽くしたりはせんだろうな」

 

イリキシアも、穀倉地帯を巡ってブロンバルドと対立していたのだ。

そこに住む農民を虐殺などしてしまえば、肝心の食料が生産できなくなってしまう。土地に農民を入植したところで、まともに農産物を生産できるようになるには数年かかるのだ。

その土地の癖や危険地帯などの事情を知る現地農民の存在は、とても大きい。彼らの信用を得るために、迂闊に殺して回ったりはできないのである。

 

「もう1つは、脱走奴隷の流入ですね。脱走と言いますか、例のエムートに派遣した兵士達が、エルバリアやブロンバルドに潜入し、奴隷だった人々を救出、あるいは誘拐してきていたのですよ」

「また無茶なことを」

 

黒髪ゴスロリが苦言を漏らす。

実際、他国民を拉致しているようなものである。現代地球ならば、国際問題となってもおかしくはない。

 

「エルバリアにつきましては、リンドブルム辺境伯が協力してくれたそうですから、そこまで大きな危険はありませんでした。

ブロンバルドもあまりそういう対策はされていなかったそうでして、洗脳術士を縛り上げて、村単位で人々を脱出させるのは難しくなかったと聞いています」

 

言いながら、ミラーディアも苦笑した。先の大戦が終わるまで、聞かされていなかったのだ。露見すれば大問題となるため、秘密にされていたのはある意味当然なのだが。この辺、ハレリアも国家としての闇を抱えていると言えるだろう。

 

「他にも移民の流入というのがありまして、その中で手に職のない人々は、大体が農地に向かいます。そもそもからして食糧が過剰生産されていますから、農地を手伝いながらのんびりと暮すことができるのです。

そうやって移民の流入が人手を増やすことになり、農民として教育を受けた移民は、さらに食料を過剰生産するようになるという仕組みでして」

「そっか、逃げてきた奴隷って大体農奴だもんな」

「神族の脅威から逃れうると聞けば、嫌でも働くな」

「そういうことですね」

 

白ローブ巨乳は頷き、さらに話す。

 

ちなみに農奴とは、奴隷階級の農民のことだ。

平民と違い、ただ人足、数合わせとして働かされ、満足に給料や食料も支給されず、大抵は過酷な労役の末に病気などを患い死んでしまうことも多い。また奴隷商人によって物同然に扱われ、数も把握されていない。

これは中世地球の中上流階級の者達が、奴隷という存在を家畜か何かと同じように扱い、関心を持たなかったからだと言われている。

 

ハレリア以外ではそのような状況がある国も多い。

地球では、実はフランス革命で王制が倒れ、民主主義が広まった後も、民衆の中で元奴隷に対する差別や迫害は続いた。最近でさえ、自由と平等を標榜するアメリカ合衆国において、元奴隷人種への差別が深刻な社会問題となっており、解決の目途は立っていない。

 

「ブロンバルドがおかしなことになる以前は、ハレリアはこの過剰生産分を輸出することによって、平和を担保していました。エルバリアが神石の供給を背景に専横を働いていたのと同じように、攻め込まれないための影響力を保っていたのです」

「なるほど、特にイリキシアなどの食料生産量が少ない国は、敵対したいとは思わなくなるな」

「全部分捕るって考えはしねえのな」

 

これはジョン。

 

「……そうだな。神族(かみぞく)という要素がなければ、そういう戦争がもっと増えていたかもしれん」

「覇権や領土拡大といった概念が台頭した1500年前、ベルベーズ大帝国の興亡と共に、わずか20年で覇権主義はしぼんでいきました。

当時は『力ある九人』の支配権の境目が問題となり、今はハレリア王国と契約する神族(かみぞく)の存在がネックとなっています」

「要するに、国同士で本気で喧嘩をすれば、最後に勝つのはハレリアだということだ。

国土を広げることである程度影響力を発揮することもできるだろうが、結局のところ神族(かみぞく)の存在がネックとなる。

野心家からすれば、領土的野心を満足させようとするのは、馬鹿馬鹿しいこととなる。自分が神族(かみぞく)になった方が手っ取り早いと考えるほどだ」

「野心家が通る道として、割と一般的ですね」

「へー……」

 

赤毛ショタジジイは感心した。

マグニスノアでは、領土的野心を満たすよりも、国民の衣食住を満たす方が優先されるというのだ。

 

神族(かみぞく)ってのも、戦争を止めてるって考えりゃ、一概に悪い存在ってわけでもねえんだな」

「……まあ、そうかもしれんがな」

「毎年、神族(かみぞく)が原因とされる死者が、ハレリアだけで数百人出ていますが」

「正直スマンかった」

 

彼は素直に失言を詫びる。

 

大きな災害も、良い部分はあると言っているようなものだ。それが通用したのは、肥料が発見される以前の古代までである。昔は、川の氾濫によって山の土が流れ込み、土地の栄養分が補充されていた。それがなければ、瞬く間に土地が痩せ、多数の餓死者が出ただろう。川の氾濫によって毎年のように死者が出ようとも、それは全体にとって利益だったのである。そうでなければ、古代宗教において生贄が流行ったりはしなかったと考えられる。

 

権力者に厳しいハレリアにおいてでも、人の命はそこまで軽いものではない。当然、現代地球においても人の命は重いものだ。

逆に、それゆえにだろう。いつの世も、戦争は悲惨なものだ。

第一次世界大戦と第二次世界大戦では、それぞれ数千万人の死者が出ているのは知られている通り。

冷戦においても冷戦後においても、戦争が発生するとそれだけで数万人の死者が出る。

最近では、テロによる死者数がうなぎ昇りだ。

 

中世西洋、戦争による死者は毎年10万人以上に上ったという。

毎年の死者数は平均で50万程度と言われているが、その大半はペストや天然痘などの伝染病によるもの。餓死がそこそこ。戦死者こそ数百から千人足らずだった時期もあるようだが。

 

戦争による影響を甘く見てはならない。中世、略奪は国家によって推奨されていたのだ。ゆえに、末端の兵士や傭兵が戦場近くの村や町を襲って、現地調達という名の略奪や人身売買を行っても、罪には問われなかった。

抵抗すれば殺されるが、略奪された場合、一体どうやって次の収穫までを持たせるのか。略奪は、証拠隠滅のために、往々にして家に火をかけられるのだ。兵士達の通り道になったり戦場になれば、農地は容赦なく踏み荒らされる。

 

家も食料も農地も失った農家が、一体どうやって生き延びるのか。奴隷になって貴族なりの庇護を受けたり、自分達で城塞を築いて略奪から身を守ったり、色々とあるが。何割かはどうすることもできずに餓死する。

ゆえに、戦死者と戦争による死者は、分けて考えなければならないのだ。

現実とはかくも無情である。

 

こういう話は、地球においては今なお起こりえた。ゆえに、神族(かみぞく)が戦争を減らす作用を担うと聞いて、ジョンはポロリと言ってしまったのである。

 

「お詫びに尻尾の試作品を進呈したい」

「尻尾?」

 

赤毛ショタジジイは懐から取り出す。

それは、細く短い布切れに柔らかな毛束を立たせた、兎の尻尾だった。同じく、細く長い布切れに短く柔らかな毛束を立たせた、猫っぽい尻尾もある。

 

「また『萌えグッズ』というやつですか……」

「尻尾は、留める方法がないから、縫い付けることになるんじゃないのか?」

 

エヴェリアは興味津々にそれを手に取り、眺めている。

 

「それについて色々と悩んだんだけどよ。『安全ピン』で留めればいいかなって思って、試作してきたんだ」

「安全ピン?」

「ここの、これ」

 

ジョンに言われて確認すると、針金でできた小さな金具があった。

 

説明しよう。

安全ピンとは、布同士や装飾具を留め合わせる金具のことである。

原型は紀元前のミケーネ文明にまでさかのぼる。ミケーネ文明で使用されていた『フィブラ』と呼ばれるマントなどの留め具がそれで、弓の形をした金具に、弦に当たる部分に細い棒を渡して固定する方式だった。

イメージ的には、鎖のU字留め具や南京錠の形が近いだろう。

 

ゴート人やゲルマン人によって中世ごろまで使用されたようだが、その後1849年7月にアメリカの発明家ウォルター・ハントによって再発見されるまで、数百年単位で忘却されていたという。

 

ジョンが作ったのは、『伸線加工装置』によって加工された、細く均一な針金をバネの形に曲げて、針を収めるケースをはんだ付けしたもので、現在のものに近い形状をしていた。

まあ、仕事の片手間に作っていたため、多少不格好ではあるのだが。そして、安全と言いながら割とよく指に刺さるまでがテンプレである。

 

ハレリアでは、古代型『フィブラ』は使用されていたが、現代型の『安全ピン』は存在していなかった。普通の針金ではどうしても強度が足りないためで、ピアノ線ほど細い針金を作ることができなかったのである。

つまり、これも『伸線加工装置』による副産物と言えるのだ。

 

「ここの先に針が納まってるから、こうして、こうすると布地に引っ付く」

「ほう……こうか……なるほど、これは凄いな……」

 

赤毛少年は実演のために、ドレスの袖にウサギの尻尾を付ける。すると、真剣な目で黒髪少女は何度も試す。

 

「ところでエヴェリアさん、お詳しいですね?」

「文化を発信するのも貴族の勤めだ。ハレリアのファッションについてもよく調べている」

「特定の個人にアピールするためではないのですか?」

「い、いや、そんなことは……!」

 

黒兎耳ロリはあからさまに動揺した。兎の尻尾を付ける手元が狂い、床に落ちそうになるが、それはジョンが回収し、またエヴェリアに渡す。

 

「あらあらまあまあ、随分面白そうなお話をなさっているのですね」

 

そこに、抜群のプロポーションを白いドレスに包んだ、一際目立つお嬢様がやってくる。

 

「気になりますよねえ、ハル姉様」

「もちろんですわ、ミラーディア」

「ひぃ、な、なんだタイミングが良過ぎるぞ……!」

「留学生と異世界転生者が話しているのですから、聞き耳を立てるのは当然ですわ」

「そうよねえ」

「さ、宰相までっ?!」

 

白いドレスの年配女性エリザの出現に、エヴェリアは目を剥いて驚いた。動転して敬称が抜けているが、それを気にする者は、この場にはいなかった。兎の尻尾を胸のところに持って涙目になる美少女が良い目の保養になっていたのである。

ハレリアの王侯貴族は、女性も男性もしたたかで図太く、他人のこういう姿は滅多に見られないのだ。

 

「さあ、私達が大好きな恋のお話、聞かせてくれるかしら?」

「だ、だれか助け――」

「逃がしませんよ」「逃がしませんわ」

 

身の危険を感じて逃げようとしたところ、右腕をハルディネリアに、左腕をミラーディアにそれぞれがっちり抱えられ、逃げ場を失ってしまう。そして、すっかり貴族の仮面の剥がれた黒髪少女は、悲痛な悲鳴を上げ、ハーリアの手練手管により、すべてを聞き出されるのである。

 

ジョンは、エヴェリアが捕まった辺りで両手を合わせると、そんな修羅場からさっさと逃げ出していた。

その内、飛び火してくるのは間違いないと、前世の経験が告げていた。

だから童貞なのだが、本人は気付いていない。

 

 

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