翌朝、再び馬車で大議事堂へ移動し、貴族議会が始まる。
「2日目は外交政策についての議論です。ここで最終決定するわけではありませんが、議論した内容は六家会議にて選定され、最終的な国政や外交政策となります」
ミラーディアは説明する。
「こないだのワジンの使者とかの話も出てくるってわけか」
「そういうことですね」
「……………………」
2人が話している間、黒髪兎耳ゴスロリはうつむき、顔を赤くして両手で顔を隠していた。
「大丈夫か?」
「昨日はジョン君は逃げていましたからねえ。通算70近くにもなりますと、さすがの逃げ足と言いますか」
「自慢できることじゃねえけどな」
「昨日は、皆で彼女の好きな人の攻略法を考えていたのですよ。結婚というシステムのないハレリア王族でも、平民や貴族の恋愛相談を受けることは多々ありますから」
「そんなことまでやってんのか?」
「気兼ねなく働いていただく上で、かなり重要なことですし。それに、ハレリア人は血を拡散させる使命を持った人種です。時代と共に移り変わる恋愛事情を研究するためにも、少しでも多くの情報を欲しているのですよ。
後、恋バナというのはドキドキして楽しいですし」
「それが本音か……!」
まだ顔の赤いエヴェリアがミラーディアの頬を掴んで引っ張る。
「あなたは良い
「くぬ、くぬ……!」
だが白ローブの少女は堪えた様子を見せないため、掴みかかってくすぐり始める。
「謀ったな、ウィーアー!」
ジョンは合いの手を入れた。2人は何のことか分かっていない様子だったが。
ちなみに、議会が始まる前だったこともあり、少女同士のイチャイチャは咎められることなく、生温かい目で見守られていた。
まずは、国としての形を失ったブロンバルドについて、中間報告が行われた。
現在、大戦終結より1ヶ月半が経過、各国が連絡を取り合いながらブロンバルド領内の調査を行っている。その中間報告だ。
同じ内容の報告が、調査に参加した各国に送られているらしい。
まず、現時点で死者は1千万人を超えたことが確認されている。
大きな町や都市は死体で埋め尽くされており、生き残りはハレリア人による保護を徹底的に嫌い。死体の山をハレリア人の仕業と叫んでおり、ハレリア人を死滅させなければ世界は滅ぶと叫んでいるという。しかも、洗脳術ではなく洗脳教育によるものであるため、術による対処は難しい。
最終的に復興の邪魔になるようなら幽閉するしかないが、ややこしいのは、彼らはブロンバルド、フェジョ旧教の地域ごとの文化を記憶に保持しており、迂闊に殺せば各地の特色である文化が失われてしまうということ。
書物には残っていないため、その地の古い文化を保護するならば、面倒でも生かしておく必要があった。
ブロンバルド支配地域の古い文化か、今後の復興か。どちらを選んでも、確実に禍根が残る。禍根なく処理するためには、数年かけて洗脳教育の影響を除去する必要があり、処置を施す施設が必要になる。人も多く必要になり、さらに技術的にも人員的にもそれを引き受けることができる唯一の国ハレリアを、彼ら自身が拒絶してしまう。
まさしく最悪な置き土産だ。
ただ、朗報もある。
小さな山奥の村などは、見向きもされなかった影響か、洗脳政策や集団自殺の影響が及んでいないようなのだ。実際、洗脳政策から逃れた人々が山奥に集落や村を作っているのが、幾つか発見されている。今後、そういう場所は増えるだろうと予想されており、まだ現地住民による復興の道は閉ざされていない。
次は、ワジン皇国からの使者である。
ワジン皇国とは、ハレリア建国以来一度も国交を結んでいない。そのワジン皇国から、国交正常化の打診が来たのだ。
ここで、長らくハレリア東部ボンジール港町でエージェントを担当していた、エリザ新宰相が事情を説明する。
「まず1つ。今まで国交を結んでいなかったのは、互いの国の敵対心が原因ではないということ。
ハレリア海軍が貧弱で、ノシツキ湾から外に進出できないという話は有名だけれど。逆に世界最強と謳われるワジン海軍が、ノシツキ湾に入って来ない理由というのは知られていない。
原因の1つ目は、世界一潮流の速いヌシド海峡。ノシツキ湾からすぐ出た場所を流れる海流は、同じくノシツキ湾の出口にあるヌシド群島にぶつかり、ワジン人の船乗りも迂闊に近付けない、複雑な海流を産み、世界有数の海の難所となっているわ。
原因の2つ目は、そこが
ここでいったん言葉を切る。
「今回、ワジン皇国の使者は、
つまり、彼らの本国の事情は、それだけ逼迫していると見ていい。
逼迫している理由は、ワジン列島の向こう側、ロマル大陸のアクバ帝国。最近勢力を伸ばしてきていて、つい先日ワジン皇国が交易していたロマル大陸のジーナ王国がアクバ帝国に滅ぼされているの。それに対抗するために、少しでも国力を補いたいワジン皇国の、苦肉の策と見ていい」
一難去ると、三難増えたという感じである。まあ、国家運営などこんなものだろうが。
「ちなみに、ワジン皇国は神石の生産国であり、妖精種と一般交流を持つわ。
さっき言った、
天候操作。単純に、晴れと雨の時期を操作する方法と言って差支えない。
現代地球でも天候操作のために研究が重ねられ、装置まで作られているが、効果のほどは都市伝説の域を脱していないとされる。
古代地球において、天候操作というのは神の仕事、それも主神級の業とされることが多かった。実際にすべて主神の力とされたわけではないが、無名な下級神の力とされることは少なかったらしい。
地球の数多くの古代神話では、主神に太陽神、嵐の神、雷の神など、天候に関する神が配されることが非常に多い。これはつまり古来地球において、天候の予知という分野がそれほどに重要視されたことを示していると言えるのだ。
ちなみに、現代地球において気象衛星を飛ばすなどして天気予報が行われているが、気象予報の計算というのは今なお大学教授達を悩ませている。
かなり正確性が増していると言われるが、未だに完全正答と言える法則を構築できていない、難しい分野でもあるのだ。はっきり言ってその地域の漁師など、
マグニスノアにおいても、天候操作は魔法における重要な研究項目の1つだった。ゆえに、天候操作が可能という事実は、錬金術師や星王術士にとって、大きな魅力となる。それはつまり、王族六家会議において『魔』を司るファラデー公爵家が、それを理由にワジン皇国との交易に賛成する可能性が高いことを示していた。
使い道は色々とある。
天候の確定予測は災害の予知に繋がるし、定期的に雨を降らせることができれば、水の安定供給に繋がる。雨のあまり降らない地域に意図的に雨を降らせることができるならば、砂漠地帯の緑化も容易なものとなる。逆に、雨の多い地域では、雨を減らすことが利益に繋がる可能性を持っていた。
戦争においても、天候というのは大きな要素だ。
雨が降れば視界が狭まるし、有効な術が大きく異なってくる。無風の炎天下で全身鎧を着込んで戦うのは、大人でも辛い。あまりに風が強い中でマントを羽織っていたりすると、風にあおられて身動きが取れなくなってしまう。
火を使う戦術を使用する際、当然ながら雨になると作戦変更を余儀なくされる。
このように、天候操作というのは国家運営において非常に大きな意味を持っていたのだ。
最後に、ヒストン公国とザライゼン公国の間の険しい山岳地帯に街道を建設する計画だ。
ハレリア大戦において、先代ハレリア国王を含めた約5千の王族に犠牲を強いた
しかし、妖精王オロバスが直接向かい、『警告』を行った。内容は様々だが、『力ある九人』という、神話の時代から存在する最高峰の
だが、今回のことでベルベーズ大陸北部地方を容易に揺るがしかねない、致命的な弱点が見つかった。それが、神石の流通ルートの少なさだ。
現在、ヒストンから真北のブロンバルド本国に向かい、そこから各地へ流れる大動脈が存在する。
ヒストンは国が成立してから、神石の輸出と引き換えに各国と不可侵条約を結んでおり、それによって国土の安全を担保してきた。ゆえに、エルバリアのような輸出制限などを行えば、即座に攻め滅ぼされる。
しかし、直接ヒストンを押さえずとも、ブロンバルドという重要な中継ポイントを押さえられてしまったために、ノスラントやイリキシアは国力が減衰し、イリキシアは軍事強国であるにもかかわらず、膠着状態を維持するしかできなくなってしまっていた。
さらに洗脳戦術によってザライゼン公国とガランドー王国が為す術もなく崩壊。
ブロンバルド1つを抑えられたがために、今回の凄惨な大戦争を巻き起こしてしまったと言えた。
その弱点を解決するには、少なくとももう1つ、別の交易ルートを構築する必要がある。
それが今回、大雑把に洗脳鳥を飛ばして調査した結果構築された、スレイカン山地を通るルートの建設計画である。まだ今から詳しく調査する必要があるのだが、ここに街道を建設することができたなら、大陸北部の弱点を少なくとも1つは潰すことになるだろう。
ハレリア大戦のような惨劇が起こる確率を少しでも減らすために、スレイカン街道の建設は絶対必要なことなのである。
旧ブロンバルド領の復興、ワジン列島に繋がる交易路の開拓、スレイカン街道の建設。
この3つは、後に『鋼鉄の3難題』と呼ばれた。
歴史家達の研究によって、当時のハレリアの技術では解決不能か、非常に時間がかかると判断されたのである。もちろん、異世界転生者という要素がなければ、だが。
「『萌え』の文化で新教の影響を塗り潰せないか?」
話を聞いていた黒髪兎耳ゴスロリが呟く。
「それは……どうなんでしょう?」
「ブロンバルド人の生き残りが星王教の要素を拒絶するというが、薄く広く拡大していった星王教に浸かった私達に、逆に星王教の要素のない文化というものが判断できないんだ。唯一、確実に星王教の影響のない文化と言えば、『萌え』しか思い浮かばない」
「異世界の文化ですけれども。洗脳された彼らが、星王教の要素について判定基準を持っているとは思えません。ハレリア人から聞いた、ハレリア圏から広まったということで、自動的に拒否するのであれば、どんな文化を考え出しても無駄ということになります」
「だが、試してみる価値くらいはあるんじゃないか?このまま放置していれば、特大の禍根になりかねないんだろう?」
「……それは確かに、一理ありますね」
貴族同士で激論が交わされていた中、エヴェリアの思いつきは、流れを変えた。
「『萌え』か……」「巷で流行ってるらしいな」「『萌え』って?」「犬耳やウサギ耳で女性を飾り立てることらしい」「……ああ、なるほど」「なんだか、心の底から湧き起こるものがあるな」「YESロリータ!NOターッチ!」「それはただのロリコンだ!」「『萌え』には作法があるらしい」「そう、セクハラの後は女性に殴られごふぅ!」「どこ触ってんのよ!」「ああ、新しい扉が開く……!」「いかん、そいつには手を出すな!」「なんか目覚めたぞ!?」「俺も殴ってくれ!ぶべら」「何してんのよ!この変態!」「どうだ?」「なんか……なんか、イイ!」「貴族議会が訓練された!?」「この変態どもがーっ!」
今まで『萌え』に懐疑的だった貴族達に、その文化はあっという間に伝播し始めた。
なんだかんだでストレスを溜めてきたのだ。新たな快楽には、とても敏感である。
一部では加減を間違えた女性によって流血沙汰に発展していたが、近衛騎士達は腹を抱えて笑っていた。
ちなみに、流れに乗ったジョンがミラーディアパンチに一発KOされ、騒動が終わる間際まで伸びていたのは秘密である。
こうして、『鋼鉄の3難題』の1つの大きなネックとなっていた問題は解決した。
……というのは冗談だが、解決に大きく一歩前進したのは確かだった。
――過程はともかく。