ジョンの伝記   作:ひろっさん

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ドリル

貴族議会から数日後。

ジョンは久し振りに工房に戻っていた。ただし、設計室で図面とにらめっこである。

 

「何コレ?」

 

そこへやってきたのは、黒ローブの金髪ツインテール、アリシエル。ジョンが描いていた図面を見て、合金のレシピを見て、眉をひそめる。

 

「まず説明しよう」

「またなんか変なこと始めた!」

 

アリシエルが何か言うが、子猫を頭に載せた赤毛偽ショタは無視して話を進める。

 

「『ドリル』とは、丸い穴を開ける工具である。(キリ)の延長って考えてくれていい。あっちは基本的に人力で加工するためのもんだが、『ドリル』は動力に接続して使うのが基本だ。

まあ、加工跡が結構綺麗になるから、普通に手で使うこともあるけどな。

ちなみに、(キリ)は基本的に柔らかい素材、木に穴を開けたりするのに使うが、『ドリル』は石とか金属に穴を開けたりする時に使う」

「金属に?(たがね)じゃなく?」

「アレじゃ綺麗な円形にゃできねえじゃん」

 

(たがね)とは、金属用の(のみ)のようなものである。

取っ手も金属でできており、非常に硬く、後ろから金槌で打つことで金属や岩を削る用途で使用される。古来、原始的な加工には(たがね)が使用されていた。

フライス盤など、機械動力による加工機械が普及する以前は、昭和期でもこれが現役だったという。廃れたのは、技術が難しいのと、削った破片が飛び散るためで、加工者が常に危険に晒されるのが原因と言われる。

当然、マグニスノアでは未だ現役である。

 

少女はまじまじと眺め、少し考え、そして首をひねった。

 

「ねえ、コレ、刃先ついてなくない?」

 

彼女が違和感を覚えたのは、どこにも尖っている部分がなかったからだ。具体的には鋭角になっている部分が、このドリルの刃先には1つもない。

 

「直角刃だ。今回は水車動力使えねえし、風車動力で何とかするしかねえから、こういう形にしてある」

「え、水車無理なの?」

 

アリシエルは驚いた。

新型弩砲を作った際、金属の加工のためにわざわざ運河の際に水車小屋を建設し、水車動力を使った工作機械を作っていたのである。他の加工機械も合わせ、普通に作れば3ヶ月とかかかるのを、1ヶ月に短縮して見せたのだ。

彼女としては、あの水車小屋を移動させて使うような事態にならないことを祈っていたのだが。使用した合金のレシピや形状をシビアに作り上げる作業が面倒過ぎる。

 

「スレイカン街道の建設計画って知ってるか?」

「昨日なんか言ってたのは知ってる」

「そっちの時間短縮に、色々と作ることになっちまってな」

「マジで?じゃあこれって岩とか削るの?」

「そういうことだ。普通の刃物じゃ文字通り歯が立たねえからな。(たがね)なんて使ってたら、平らにするだけでも日が暮れちまう」

 

できないことはないのだが、尋常ではない時間がかかる。それを何とかするのが、今ジョンが設計している代物だ。

 

「ちょっと待って、水車小屋のアレみたいなのを、岩盤のあるとこに建てて、削ったらまた違うとこに建てるってこと?」

「ちげーよ」

 

ジョンは呆れ顔で否定する。

 

「2頭立ての馬車1台分に詰め込むんだよ。そんで必要なとこを削ったら、馬車を動かして削ってってやんの。

それに、今回一番面倒なのは木工職人だぞ?

馬車に積むんだから、あんま金属ばっかでやるわけにいかねえからな」

「どうするの?てか、木工職人?」

圧密木材(あつみつもくざい)を使う」

「圧密木材?」

「杉とか(ひのき)を熱湯でふやかし(・・・・)て、圧縮すんのさ。色々と制約はあるんだが、軽くて金属に匹敵する強度が出る素材になる」

 

圧密木材は、現代地球でもクワやスコップの柄に使用されている他、椅子などの家具に使用されることがあるようだ。

 

「マジで?木材が金属に勝つの?」

「そりゃまあ、削り耐性がどうしても弱いからなぁ。金属と一緒にゃできねえんだが、風車とかの機械部品に使うんなら、性質に気を付けてりゃ十分だ」

「えぇ……?」

 

アリシエルは胡散臭げな顔をする。

 

「ていうか、それって木工職人の人達大丈夫なの?」

「ハレリアって元々林業が盛んだろ?だから、圧密木材のアイデアを渡そうって考えはあってよ、その設備の設計だけはしてたんだよ。それで、昨日設計図だけミラーディアに投げて、試作してもらってる。

……ま、例によって前世で直接作ったことがあるってもんじゃねえからなぁ」

 

赤毛ショタジジイは溜息を吐いた。

 

設計技師だったからと言って、なんでも設計していたわけではない。

石油タンクや食品加工ライン、エンジンもあれば鉄工機械の設計も専門性があるのだ。大体、電気動力のない環境で機械を作ることなど、想定して機械を設計してきたわけではない。

例の新型弩砲も、かなり手探りで進めてきたのである。

 

今回は、結局ジョン自身では感覚的に分からないことも多々あるため、本職の木工職人の力を借りていた。大丈夫かと質されると、上手く実用化できるのかと問われると、彼自身ですら首を傾げざるを得ない部分がある。

だから、時間をかけて開発するのだ。

 

「このドリルだけの話じゃねえしな。風車動力を使って、色々と作んなきゃいけねえもんもあるし」

「てか、その風車動力はもうできてるの?」

「一応設計だけはな。それも試作なんだが、多分大量生産することになるから、例の『工場』で生産する最初の品物になると思うぜ」

「しかもここから1年で、異世界転生者だって示す品物を作れってことよね?」

「そりゃ……『工場』でいいだろ」

「そうなの?」

「今の内域工廠ってのは、役人が上手く回してるとは思うんだが、幾つか足りねえもんがある。そいつを足して1つの建物にまとめて、手順を踏んで最適化したのが『工場』だ」

「え、それって……」

「出来そうに思うだろ?」

「う、うん」

 

アリシエルは素直に頷く。

話を聞くと、単に1つの品物を作るために先鋭化しただけのように思うのだ。

それは今ある内域工廠に多く存在する工房とあまり変わらない。

 

「足んねえもんは動力だ。一日中連続で回転させる持続力と、いつでも回せていつでも止められる制御性、それに金属を削れるだけのパワー。水車動力じゃ足んねえのさ」

「うぅーん……」

 

唸る。唸らざるを得ない。

新型弩砲を開発した時、ジョンは旋盤のために水車小屋を建設したのだが。そうせざるを得なかった理由に、マグニスノアにおける魔法の性質が大きく関与していた。

 

「魔導術ってのは、長く使うとヤバイんだろ?」

「武具大会の『箱庭領域』も、6人で起動して1試合ごとに交代してるし。長時間精霊力に身を晒す魔導術は、『魔物憑き』のリスクが一番高いのよ。ていうか、星王器に精霊力の加工を肩代わりさせる星王術以外は、『魔物憑き』のリスクはあると思ってた方がいいわ。

その星王術も、一度作ると融通は利かないけど、詠唱するだけで発動して、瞬間的な効果なら大体できる、最低限の汎用性がある。代わりに、ずっと効果を発揮させ続けるとかっていうのは苦手。

洗脳術も、記憶を書き換えるって処理をするから持続するってだけだし。読心術も、その瞬間に考えてることを抜き出すんだし」

 

アリシエルはしょんぼりした様子で話す。前に一度、水車小屋を建てる際に聞いた説明だ。つまり、錬金術を除いて、魔法による金属加工は常用には向かないと思っていい。そしてその肝心の錬金術も、様々な問題を抱えていた。

 

「錬金術も、『盛り付け』して『溶かし』てってする加工法だから、あんまり細かい作業はできないわ」

「確か硫酸とか王水で溶かすんだっけ?」

「そ。それを熱や電気で加速して、いいところで止めるのよ。細かいところは、結局手加工ね、それも結構術に頼るけど。それに、鉄が混じるとさらに精度が落ちるわ」

 

逆に言えば、現在主流で加熱によって硬化する性質のある『アルミ銅合金』にとっては、術による加工は割と適した加工法でもあった。主流となるにはそれなりの理由があるのだ。

 

「鉄ってのは、産出量も多くて優秀な金属なんだけどな……」

「魔法は鉄を嫌うっていうのは、星王術だけの話じゃなくて、全般的にそうだから、こればっかりはしょうがないわね」

 

少女は肩を竦める。

 

「しょうがねえな。当面は手工業でなんとかするか」

 

ジョンは溜息を吐いた。

 

「その動力っていうのがなんとかなれば、異世界転生者だって示すものが作れるの?」

「ぶっちゃけ、『産業革命』になっちまうからな」

「サンギョウカクメイ?」

「物作りの常識が一変するってことさ。一度『脱穀機』であっただろ?作り過ぎってのが」

「そうだっけ?え、作り過ぎ(・・・・)?」

 

アリシエルが目を丸くする。

作り過ぎ、大量の在庫を抱える。現代地球では普通に発生しうることだが、中世レベルの世界では、それは異常なことである。

 

中世では、食糧や水、資源、領土などの奪い合いが多発しているのだが、その奪い合いに用いられる武器の供給すら、十全に行われていたとは言い難いのだ。足りていたのは工具類や農具の類で、それも場合によっては足りないことが少なくなかった。その農具、工具類についても、需要に対して供給が完全に追い付いていたとは言い難い。そのため、人々は自分で道具を作り、使っていたのである。

ハレリアのように国お抱えの鍛冶師集団が良質な農具を生産して供給するのは、中世の地球ではほとんどなかったと言っていい。腕のいい鍛冶師といえば、大抵の場合武器を作る刀鍛冶を意味するからである。

 

つまり、中世レベルの文明国であるハレリアにおいても、作り過ぎというのは基本的に滅多なことでは発生しないのだ。

 

「1年がかりで試作を繰り返して、設計図を最適化したんだよ。そうやって開発された設計図を使えば、簡単に作り過ぎちまう。その設計図の力を、最大限に引き出すのが『工場』だって思ってくれ。

ぶっちゃけ、鋳造ナイフでいいんなら、この工房の10倍くらい敷地がありゃ、ハレリアで要求されるくらいの量は賄える」

「……」

 

アリシエルはゴクリと生唾を呑み込む。

それまで聞いていて、想像していたのと、レベルが違う。『工場』がもしもジョンの言う通りの生産力を発揮するのならば、それはもう異世界転生者がもたらした技術や概念によるものと断定していいだろう。内域工廠ですら、彼の世界では時代遅れのシステムなのだ。

彼女はそう考えた。実際には、それは間違いなのだが。

 

「言っとくけどよ、『工場』、工場制手工業の施設を作ろうとしたのって、ここに内域工廠って実例があるからだからな?」

「はえ?」

 

金髪ツインテールは目をしばたたかせ、変な声を出した。

 

「いくらなんでも、石器時代の原始人引っ張ってきて『工場』作ってチート無双なんざできるかっての。ある程度『工場』ってもんが理解できる奴らがいるから、やろうって気になってるだけなんだぜ?」

「つまり、ハレリアの技術的な基盤が優れているからこそ、『工場』とやらを実現できるということでいいのか?」

「あ、エヴァりん」

 

そこに黒い兎耳を揺らしながらやってきたのは、紺色の役人服姿のエヴェリア。

ぴょこぴょこと頭の動きに対して兎耳の揺れ方が激しくなっており、作り手の工夫、アイデアの進化が垣間見える。

 

「おう、大体そんな感じだ。ってか、こっちの人らって、魔法じゃねえ技術がもう1つってだけで、割と頭いいしな」

「ハレリアに限定されるがな。平民の初等教育の制度自体は諸国に広がっているが、上手く行っているのはハレリアだけだ」

 

黒髪ロリは言ってから、難しい顔をする。

 

「スレイカン街道の建設について、調査班から洗脳鳥が来た」

 

洗脳鳥とは、野鳥を術で洗脳し、足に伝言を結びつけて飛ばすという、マグニスノア独特の遠距離通信手段である。

 

「なんも問題なかったら飛んで来ねえって言ってたな。つまり、トラブルか」

 

赤毛ショタジジイの言に、エヴェリアは頷いた。

スレイカンからヒストンまで、調査終了の報告には早すぎる。

 

「例の150馬身(約300メートル)の谷越えが、確実になった。しかも、橋を架けようにも泥岩質の地層が脆くて難しいらしい」

 

『鋼鉄の三難題』本格的な実態が明らかになろうとしていた。

 

 

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