ジョンの伝記   作:ひろっさん

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ブロック

「建築家を伴っての地質調査の結果がこれです」

 

白ローブの少年が持ってきた地表の断面図が、ハートーン工房の設計室に広げられた。

事態はジョン個人で責任を負うようなものではないため、設計ができる数人の技術者が集合している。ジョンやハートーン卿は建築については門外漢なのだが、そもそも技術者自体の数がそれほどではないため、広く意見を集めるという意味で参加していた。

 

なお、ハレリアにおいては鍛冶師と建築家は分業されているが、古代地球においては大技術者という職種があり、それが鍛冶師や発明家、建築家を兼ねていたという。もしかすると、古代の著名な発明家が建築した建物が、現存していたりするのかもしれないと考えるのは、夢を見過ぎだろうか。

 

「表層だけでも、1馬里も粘土層か……」

 

1馬里とは、1000馬身、約2キロメートルである。

谷を含んだその間は地面が柔らかく、杭を打ち込んでも強い力がかかると抜けてしまうというのだ。

 

「この長さのロープを用意して、吊り橋にするのか?」

 

不精髭の金髪中年男が呟いた。

 

「そりゃ難しいぜ。マーダック」

 

ハレリア随一の建築家マーダックに意見するのは、赤毛の中年男。

 

「1馬里って長さのロープを野晒しになんかしちまったら、すぐボロボロになって千切れちまう」

「だよなぁ、イムホテプ」

 

マーダックはうんうんと頷く。どうやら、2人は既知の仲らしい。

 

「吊り橋は無理にして、橋桁を積むか」

「それしかねえな。150馬身は無理だ」

「じゃあ、山を削らなきゃな」

 

2人の相談の中に、自然とジョンが口を挟んだ。

 

「そいつが問題だな」

 

イムホテプと呼ばれた赤毛の中年は頷いた。案外、お互いにやることを理解しているため、無茶な意見を潰しているだけなのかもしれない。

 

「大きな橋桁とするわけにはいかんのかね?」

 

疑問を口にしたのはハートーン男爵。建設については畑違いだが、彼も一応工房の建設に1枚噛んだ経験がある。

それでも、専門家ではないため、頓珍漢(とんちんかん)な意見を口にすることがあった。

 

「地盤がしっかりしてる保証がねえんでさ」

 

マーダックが答える。

 

「地盤がしっかりしてなきゃ、基礎をしっかりしても、その下から傾いたり沈み込んだりする」

 

日本において度々発生する地震において、震源地より被害の大きい場所がよく発生するのだが、それには地盤の安定度が大きく係わっている。岩の上に家を建てるのと、砂の上に家を建てるのとでは、安定性に大きな開きがあるのは当然ということだ。『砂上の楼閣』の(ことわざ)の通り、何かのきっかけで崩れてしまう。

専門的には地震によって土台が地面に飲み込まれる現象を、『液状化』という。

 

今回の橋桁についても、同じことが言えた。

レンガを積んで橋にする場合、当然橋にはそれなりに重量が発生することになる。それを支える橋桁は、基礎をしっかりする必要もあるが、あまり大きくすると、地盤が橋の重量に耐えきれず、基礎ごと沈み込んでしまう危険があるのだ。だから、崖を削って橋を低くし、重量を減らす必要があるのである。

 

「そうすっと、結局この辺は石でもレンガでも敷き詰めなきゃいけねえな」

「それでも雨風で減っていくだろうが、その都度修理していくしかない」

「いっそのこと、ブロックでも入れるか」

 

この中で唯一の未成年の呟きに、他の者達が反応する。

 

「ブロック?」

「漆喰に、砂とか砂利を入れて固めるのさ。要するに、切り石をその場で作っちまおうって話だ」

 

ジョンが言ったのは、現代地球で川の護岸工事などにてよく見られる、コンクリートブロックのことである。太古から続く煉瓦(れんが)という発明品を、現代の科学で発展させたものと考えればいい。

 

ちなみに、レンガに用いる赤土は、加熱によって固まり、断熱性や吸湿性がよくなるために、多く広く用いられているが、コンクリートに比べると強度が落ちるため、現代では表層の装飾に用いられるのがほとんどである。

それでもその耐久性が過去のものとなっているなどということはない。材質や作り方による環境適応性についても有用な、優れた建材である。

科学の波に呑まれないだけのポテンシャルを持った、偉大な発明品と言えるだろう。

 

「そんなことできるのか?小僧」

 

マーダックがジョンに尋ねる。

 

「できるとも」

 

赤毛ショタジジイは力強く頷いた。

 

 

 

「本日より私はジョン君専属になりました」

「なんか、専属って響きがエロいな」

「ふんぬ」

「ごふぅ」

 

翌日、いつも通りのセクハラ発言からの反撃でジョンは沈むが、すぐさま少年は置き上がる。無駄にいい動きで。この辺の流れはお互いにもう慣れた。

 

「ってことは、あのショタっ子が後釜ってことか」

「ウィリアムですね。その通りです。ただ、彼は22歳なのですけれども」

「マジで?てっきり年下だと思ってた……」

「まあ、外見と実年齢が一致しない人というのも、結構いますからねえ。ちなみに、昨年15歳で王都担当の白ローブになった私は、かなり異例の抜擢だったそうです」

「去年?」

「はい。あのスパイ事件は、私が最初に解決に当たった事例だったのですね。前任者が内偵を進めていてくれましたから、解決はかなり楽に済んだ方ですが」

「そのまま前任者が解決しなかったのか?」

「彼女は妊娠出産に伴い後宮に引っ込みました。来年の春に復帰する予定です。調停官(白ローブ)ではなく、宰相府のデスクワーク組に入るそうですけれども」

「あー……」

 

遊郭利用におけるデメリットと言えるかもしれない。

ストレス発散のためとはいえ、避妊もせずに何度も利用していれば、妊娠するのは当然だ。魔法で一時的に理性を飛ばしているため、行為の最中に避妊を行う判断力が残っているとも思えない。そして、ハレリア王族はその使命から、そういう事態をある意味で歓迎している。

なにしろ、代わりが千人単位で存在するのだ、気にする必要はあまりない。

急死と違って、仕事の引き継ぎができるのもポイントが高い。

 

「建築家の会合では大見得を切っていましたけど、本当に可能なのですか?」

「できるとも。ってか、俺がいた世界で元々使われてたんだよ。化粧板がねえのが面倒臭いんだが、まあなんとかなんだろ」

 

かなりいい加減にジョンは語った。

ちなみに、今は窯の湿気抜きの最中だ。その間に、新たに設計図を描いてもいる。ミラーディアが持ってきた差し入れをつまみながら。

 

今日は新鮮な生野菜のスティックに味噌ベースのソースを付けて食べる、サラダだった。

味噌を作るには糀菌(こうじきん)に米を発酵させる工程が必要で、それにはかなりシビアに湿度や室温を管理しなければならないはずなのだが。

 

ジョンが以前聞いたところによると、精霊術士の村というのが存在し、そこで精霊術を用いて作っているという。魔法万歳である。

もっとも、こういう用途に適した精霊術でなければ、味噌造りやお酒造りのようなシビアな温度湿度の管理は不可能なのだとか。

 

「そろそろお手伝いさんが必要になってきますか?」

 

巨乳白ローブは問いかける。

今でも、設計図と工房の管理でかなり忙しそうにしているのだ。さすがに1人では厳しいだろうと、半年ほど前から打診していた。

 

「うーん、そうだな……今はまだいけるんだが、建築用機械が数必要になってくる。『工場』の方も、ここにいる内に稼働しなきゃいけねえし、そろそろ2、3人入れて、教育しなきゃいけねえな」

「戦争前はドタバタしてましたしね」

「幸いってか、アリシエルが慣れてくれたから、後は技術者の方に色々教えるだけだ」

「一応、ご要望は中堅級技術者数人と、管理者になる人が1人でしたよね?」

「ああ、俺は来年にはここを離れることになってるからな」

「なんか、すみませんね」

「いいって、俺も色々迷惑かけてんだしよ」

 

工場管理者1人とそこで働く専門職が2、3人というのは、『工場』の概念を伝えるための最低限の人員である。

 

 

 

10日後。

工房の敷地にて、コンクリートを流し込んだ金型を、ジョンはゴム板を張り付けた木槌で連打する。専用の振動装置(バイブレーター)があればこんなことはしなくていいのだが、残念ながらマグニスノアにそんなものはない。

 

何をやっているのかというと、振動を与えて固まる前のコンクリートを液状化させ、隙間なく型に詰め込んでいるのである。コンクリートに水を加えればこの作業が楽になるほど柔らかくなるが、乾いて固まった時に水分があった場所が空洞になるため、その分強度が落ちてしまう。

現代日本で生コンクリートに水を混ぜる工事の不正が取沙汰されるが、それによってコンクリートの強度が下がってしまい、設計通りの強度が保障されなくなってしまうことが問題なのだ。そういう話は、数年に一度ニュースになることがあるが、大抵はバブル期の建設ラッシュ時の話と言われる。

 

「コイツがコンクリートブロックってやつだ。

漆喰に砂と砂利を混ぜたやつを、こうやって型に入れて、鋳造の要領で隙間なく詰める。それを型に入れたまま乾かして完成だ。

型は再利用するのが基本だが、型ごと熱して乾かす時は、焼き過ぎに注意してくれ。ツナギで漆喰の強度を上げてるだけだから、弱点は漆喰と一緒だ」

「ほぉ……よっ、むんっ!」

 

マーダックは、説明を受けてから完成品を弄り、持ち上げてみたり、地面に投げ落したりしてみる。強度や重さ、扱い易さを見ているのだ。

 

「悪くねえな……」

 

金髪の中年建築家は呟いた。

 

煉瓦(れんが)を積んで漆喰で表面を塗るってやり方も結構使われるんだが、それに近いな。大きさを統一できるってことは、石灰を現場に持って行けば、そこで切り石を作るって真似もできるってことか」

 

ハレリア随一とされる建築家は唸る。

 

「ただ、結局コンクリート自体の量産ってか、保存は難しい」

「固まる前に使い切らなきゃいけねえってことだろ?」

「ああ」

 

ジョンは頷いた。さすがはベテラン建築家だと感心する。

コンクリートそのものの扱いについても、すぐに理解したようだ。漆喰やソレに砂を混ぜたモルタルという既存の建材に砂利を混ぜただけというのが、彼らにとっては分かりやすかったのかもしれない。

 

『漆喰』とは。

 

『漆喰は、水酸化カルシウム・炭酸カルシウムを主成分としており、もとは「石灰」と表記されていたものであり、漆喰の字は当て字が定着したものである。

 

風雨に弱い土壁そのままに比べて防水性を与えることが出来るほか、不燃素材であるため外部保護材料として、古くから城郭や寺社、商家、民家、土蔵など、木や土で造られた内外壁の上塗り材としても用いられてきた建築素材である。面土や鬼首などの瓦止めの機能のほか、壁に使用される場合には、通常で3 - 5ミリ程度、モルタルなどへの施工の場合は10数ミリ程度の厚さが要求されている。塗料やモルタルなどに比べ乾燥時の収縮は少ないものの、柱などとの取り合い部に隙間が生じやすいため、施工の際には留意が必要である。

 

主成分の水酸化カルシウムが二酸化炭素を吸収しながら硬化する、いわゆる気硬性の素材であるため、施工後の水分乾燥以降において長い年月をかけて硬化していく素材でもある。水酸化カルシウムは硬化後、炭酸カルシウムとなるため、当初から炭酸カルシウムを骨材として含有するものが漆喰とされる場合もあるが、一般には水酸化カルシウムが主たる固化材として機能するものに限定されている。

 

近年では化学物質過敏症の原因の主たるものとされる、ホルムアルデヒドの吸着分解の機能があるものとして注目を浴びている。

 

顔料を混ぜない(で用いる)白い漆喰のことを、「白漆喰」という』

(wikiより引用、『漆喰』原文ママ)

 

同ホームページによると、起源は5000年前の古代エジプトとされる。

 

ちなみに。

ジョンが今回作ったのは、20cm×30cm×40cmの直方体に、持ち手となる窪みをつけただけのものである。ウィキ教授によると、間知(けんち)ブロックという、石垣に用いられる間知石の代用品となるらしい。

 

設計当初は直方体ではなく、現代地球で用いられているのと同じ複雑な形をしていたのだが、それを用いる場合コンクリートを裏打ち、ブロックの裏面を生コンクリートで固める作業をしなければならず、大量のコンクリートに触れた経験のない人々に要求できるものではないと気付いたため、直方体に持ち手を付けた今回のような形としたという経緯があった。

 

「重さはどうだ?」

「無茶な持ち方しなけりゃ大丈夫だ。しかし、こいつはその内石工が食いっぱぐれるな」

「んなこたぁねえよ。天然の石ってのはやっぱ強度もデザイン性も違うもんさ。それに、金型を量産するってことになると、サイズのズレが出てきちまう。それを直すのに、どうやったって石工は必要になる」

「そんなもんか」

「そんなもんさ」

 

ハレリアでは建築と鍛冶で分業されているため、建築家マーダックも鍛冶仕事については門外漢である。

 

この、異世界転生者ジョンとハレリア随一の建築家マーダックが手を取り合い、互いの知識の不足を補うことで、スレイカン街道の建設事業は進められることになった。

 

 

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