ジョンの伝記   作:ひろっさん

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宿題

ジョンは工房を引っ越すことになった。

さすがに個人用の工房では手狭になってきていたのである。

そして、ついに彼は弟子を取って、同じ工房で働くようになった。

 

「噂の5人分の仕事の秘密がこれか……」

 

ベルナールは運び込まれた機械群を見て唸った。

昨年の今頃から、話題になってきていた工作機械である。魔法偏重の傾向が強かったハレリアでも、最近多くの工房で導入されていた、作業を簡便にする機械達。

 

まだたったの1年ということもあり、割とすべて導入している工房は少なかった。費用については宰相府が出すため、そこまで気にしなくていいのだが、製品の生産効率がかえって落ちてしまう可能性について懸念されていたのだ。

 

職人というのは、慣れた仕事については割と目を瞑っていてもできてしまうことがある。それだけ身体に動きが染み付いているため、逆に別の動きに対応できないことがあるのだ。そのためより便利になると言われても、新しい道具を導入することに抵抗を持つ者が多い。

その傾向は年寄りには顕著で、だから時代を変えるほどの技術が導入されると、年寄りはそれについて行けず、取り残されてしまうという現象が発生する。

それはハレリア、マグニスノアにおいても同じだった。

 

ただ、ハートーン男爵のような、技術者としても腕を振っていたような鍛冶師ならば、新しい技術についていくことはできるらしい。事実、ハートーン工房ではジョンが発明した加工機械が、ほぼすべて導入されている。そのハートーン男爵の手伝いをしていたこともあって、ベルナールは技術者としての知識と経験を備えていたし、5年間師事していた師匠から、転生者の工房へと推薦もされた。

 

しかし、ジョンとハートーン卿は違う。ベルナールは新しいジョン工房に入ると、それを明確に意識させられる。マグニスノア人の天才技術者と、異世界転生者の違いをまざまざと見せつけられる。

 

「なんじゃこりゃ」

 

ホレイショが眉をひそめた。

ホレイショはナンデヤナから来た、赤毛のホワーレン人技術者見習いだ。内域工廠ではコンラッド工房の弟子として名が知れていた。

ちなみに、今年の武具大会で優勝したコンラッド工房のチームの1人で、ベルナールのライバルである。年齢的には、この工房の主であるジョンも同じくライバルと言えたが。

 

ホレイショの視線の先には、大量の針金が回転する樽に巻きつけられていた。

 

「これは……!」

 

ベツナールの背筋がゾクッとする。

針金は水中に融けた金属を垂らす形なら、大量に作ることができる。それにしたところで、100馬身(約200メートル)以上もありそうな長さを作るのは非常に難しいと言わざるを得ない。

 

その上に、それは非常に細かった。麻糸の半分か、それ以上に細い。

ハートーン卿の話によると、手打ちの針金を直径1ミリもない麻糸と並べて、5馬身(10メートル)分も均一に成形することが、鍛冶師バラクの紹介状を手に入れる試験なのだとか。今のベルナールにも可能は可能だろうが、他の仕事をしながらとなると、かなり時間がかかってしまう。

 

なら、これは何だ?そのさらに半分程度の細さ、しかも均一で5倍もの長さがある。

 

「その針金、まだ冷めてねえから触んなよ」

 

これを作ったと思しき人物、赤毛少年が声をかけてきた。

赤毛に小柄な体躯は、典型的なホワーレン人。見覚えがあった。以前、鍛造設備の試験のためにハートーン工房へやってきた少年鍛冶師ジョンだ。

 

彼は異世界転生者。

異世界の知識を駆使し、様々な機械を発明して内域工廠の様相を一変させた張本人。

 

「『工場』の話は聞いてるか?」

「ああ」「おう」

 

ベルナールとホレイショは頷いた。一応、一通りの説明は役所で受けてきている。『工場』なるものを建設し、それを稼働させるために、今からジョンの下で訓練するのだ。

『工場』は内域工廠と似て非なるものだというが、詳細はまだ分かっていない。実際に稼働させてみれば、一発で違いがわかるというジョンの言葉に従って、とりあえず作ってみようということになったらしい。

 

「まずお前らには、ここにある機械に慣れてもらう」

「全部か?」

「全部だ」

 

ホレイショの質問にジョンは頷いた。

 

「ぶっ壊すかもしんねえぞ?」

「そんときゃとんときだ。むしろ失敗の条件と修理(フォロー)の仕方を覚えるにゃ、多少無茶してぶっ壊してくれた方がいい」

「そいつは剛毅なこった」

「ただし、死んじまうようなことはすんなよ?機械は直しゃいいが、命ってのは魔法で治せねえって話だからな」

「そりゃもちろん」

 

ホレイショは頷く。ベルナールも頷く。誰だって死にたくはない。痛い思いをするのも嫌だ。

今はまだ2人、『工場』で発生したトラブルを解決するリーダー役として、ここで訓練。後で5人ほど追加して、最終的にその人数で『工場』を稼働させる。

 

役人として2人に説明した黒髪少女の説明によると、『工場』というのは内域工廠で行っている職人のサポートを一歩進めるもので、間違いなく世界初と断言できる、画期的なものなのだという。

その最初の『工場』に従業員として参加できるというのだから、職人としてはとても名誉なことである。

 

――と、思っていた。

ジョンが渋い顔で、その行き着く先を語るまでは。

 

 

 

「機械ってのは、良い面も悪い面もある」

「悪い面って、危ないってことか?」

 

ベルナールが問う。

ジョンは、口が酸っぱくなるほど、普段から加工機械というものの危険性を説いていた。特に水車動力に繋がった『旋盤』は、まだ誰も触らせてもらっていない。

 

金属の丸い棒をセットして、先に硬い金属の刃を『ロウ付け』した、金属用の(かんな)で丸く削る。ただそれだけのことだが、この1ヶ月ほどで2回も(かんな)が壊れていた。水車動力のパワーに、(かんな)が耐え切れなかったのだ。

 

「それもまあ、あるっちゃあるんだが、技術が発達すりゃどうにかなる問題だ」

「技術が発達すれば、そりゃ大抵のことはどうにかなるだろうよ」

 

赤毛ショタジジイに言葉を返したのはホレイショ。今は休憩室で休憩中のため、3人で一緒にいる。

 

「ホレイショ、機械を使ってみた感想はどうだ?」

「ありゃ便利なもんだ。今まで汗水垂らしてやってたのが馬鹿馬鹿しく思えてきちまう」

「それがもう一歩踏み込むとな、もっと楽になる。技術が発展して、機械が発達して――その内、人が要らなくなっちまう」

「はぁ?」

 

ホレイショは素っ頓狂な声を上げた。

 

「人がいなきゃ、どうやって物を作るってんだ?道具が勝手に動き出すってか?」

「大体そんな感じだ」

 

ジョンはあっさり頷く。

 

「おいおい、異世界じゃ、独立型の魔法が実用化されてるってのか?」

「あー、なんて言えばいいもんかな……?」

 

異世界転生者の赤毛ショタジジイは頭をひねった。

 

『過度に発達した科学は魔法と見分けがつかない』などという言葉があり、さらに科学、化学(ばけがく)などは錬金術から発達したとも言われているため、現代地球における科学は魔法の延長とも言えるのだ。

ただ、あえて区別するとすれば、魔法の『魔』とは『わけのわからないもの(ファンタジー)』を意味する言葉であり、その時代に未解明な謎にまつわる技術と考えることができるかもしれない。

 

だが、ここで問題になるのが、マグニスノアにおける魔法など、現代地球における科学では未解明だが、マグニスノアではほぼ解明された技術である場合だ。それはマグニスノアでは魔法と呼ばれているが、上記の定義ではどちらかというと科学に分類されるのである。未解明ではないらしいのだから。

そうでなければ神族(かみぞく)などは誕生しなかっただろうし、神族(かみぞく)が誕生してから4千年もの歳月を経て、魔法の仕組みそのものが未解明だなどとも考えにくいのだ。

 

いずれにせよ、『魔法』の定義というのは、そもそもからして曖昧なものであるため、科学とはっきりと区別を付けることは難しいと言えるのかもしれない。

 

「……旋盤なんてそうかもな。今は水車が動力だから、大した力もねえ。動力を分散させたりすりゃ、水車が摩擦に負けて止まっちまう。ただ、その辺を克服できるんなら、ネジを使って道具と一緒に材料を動かして削るってこともできる。

その辺までなら、まだ人がついてなきゃいけねえんだけどな。

それでも、今まで何日ってかかってた仕事を時間短縮できちまう。10人の内、1人2人くらいは要らなくなっちまう。技術が一歩進めば、また1人2人――。

そうやって人が余って――仕事を失くしてくのさ」

「……」「……」

 

ベルナールとホレイショは、その状況を想像する。

 

「そりゃ、楽でいいが……」

「いや……多分、それが内域工廠だったら、工廠そのものの規模が縮小されるんじゃないのか?」

「ベルナール正解。ま、ハレリアならまた別の職を用意するんだろうけどな」

 

ジョンが頷くと、2人は顔を青褪めさせる。

 

ハレリア王国は、政治や行政の面でかなり成熟しており、現代地球のような、腐敗を克服した国と言っていい。ゆえに、何らかの対処を考えるだろうとジョンは予想していた。

文明レベル、非魔法系の技術レベルこそ低いものの、教育制度が充実しており、『工場』に準じたサポート体制を整えているなど、システム面では現代地球と同等かそれ以上と評価することもできる。

魔法の存在が科学や機械の発展を遅らせているだけで、それ以外は現代地球と比べても遜色ないのが、今のハレリア王国なのだ。

 

だが、もしそれに失敗した時、ハレリア王国が時代の変化を読み損ねた時、近代化に伴う歪みに対処し切れなくなる可能性はある。

 

「俺がいた世界にゃ、ハレリアみてえな国はねえからな。ひっでえ有様さ」

 

技術に発展によって多くの失業者が街に溢れたのが、産業革命以降の近代である。その溢れた人員が、最初は公共事業に向けられていたが、次第に戦争に向けられるようになったのが近代という時代でもあった。

 

「その話、役所にはしてるのか?」

「一応な。それとは別に、デカイ技術革新があるとどうなんのかってことで牽制入れといたから、多分今頃お偉いさんが頭ひねってるはずだぜ」

 

牽制というのは、『火薬』の件である。

 

「本当に、とんでもない宿題ですよ」

 

いつもの巨乳白ローブが、渋い顔で休憩室のテーブルにバスケットを置く。

どうやら、様子を見に来たらしい。

 

「差し入れです」

 

今日の差し入れは、エビフライだった。卵に溶かした小麦を付けたエビにパン粉をまぶし、菜種油でキツネ色に揚げた品だ。ジョンが提案した、揚げ物(フライ)のバリエーションの1つである。珍しく海産物だった。

 

「宿題って?」

 

ホレイショがエビフライをかじりながら尋ねた。こういうところは遠慮がない。

 

「誰もが割と簡単に利用できる、都市や城塞を完全粉砕する方法について、提示されているのです」

 

ミラーディアは答える。さすがに細かいところはぼかして。

 

「そんな方法が本当にあるのか?」

 

ベルナールが血の気の失せた顔をジョンに向ける。

 

城塞を完全粉砕する方法。しかも誰もが、知っていれば簡単に利用できる。そんな方法が世の中に出回れば、世界は大混乱に陥るだろう。力を持ってはいけない種類の人間が力を持ち、自分勝手な理想を振りかざして、せっかく落ち着いてきた社会構造を破壊する。

特にハレリアに関しては、平民に優しく貴族や王族に厳しい法律が平民に安寧をもたらしている。先のハレリア大戦でも、死者の大半は王族で、平民に関してはいつもより少し忙しくなった程度だったのだ。近代国家というのは、そういう完成された地域秩序を武力で破壊して利益を貪り尽くしてきた一面を持っていた。

 

「その前に、ジョン君に訊きたいことがあります」

「訊きたいこと?」

「『工場』もそうですが、例の話、マグニスノアでいつ頃(・・・)発明(・・)される(・・・)と考えていますか?」

「……?」「……?」

 

弟子2人は、揃って首を傾げた。

 

「そりゃ難しい話だな……だが、『工場』に関しちゃ200年か300年くらいで発想が出てくるんじゃねえかって思ってるよ」

 

ジョンも、正確に未来図を予測しているわけではない。しかし、いつかは必ず出てくるとは考えているし、考えなければならない。それが技術革新というものだ。

技術革新には、良い面も悪い面もある。それを呑み込んで、人類というのは前に進むものなのだから。

 

「お父様が生前、ジョン君を恐れていたというのは、そういうことでしたか」

 

巨乳白ローブは険しい顔で唸った。

もう一度言うが、ジョン自身、未来図を予想し切れていないのである。なにしろ、魔法のある世界でそれがいつ発明されて、どのような発展を遂げるのか、そこまで魔法に詳しくない彼には、予想が付かないのだ。

 

そして、ジョン、異世界転生者は星王教では聖人であり、その行動を極度に制限するわけにはいかない。もしも彼がその辺の配慮なく危険な技術を世の中に広めていれば、世界は今頃大混乱に陥っていただろう。その技術の危険性を、魔法が前提として頭にあるハレリア人では、認識し切れない。

 

もしもジョン自身がその影響について予測し切れるというのなら、ハレリアとしてはそれはそれで構わなかった。神族(かみぞく)が起こす数々の理不尽に対処してきたのだ、それが多少増えたところでそこまで慌てるほどのものではない。

 

しかし、ジョン自身がその影響を予測し切れていないとすれば?

その最終到達点にハレリアの滅亡、ルクソリスの破壊も含まれるとすれば?

神族(かみぞく)よりルクソリスの守護と保全を任されたハレリア王族として、それは決して甘く見ていていい事態ではなかった。何がどう作用して、どのような結果となるのか、自分自身で予測を付けなければならない。

 

今までは神族(かみぞく)の手の平で踊ってきたが、そこには『ルクソリスの破壊はない』という不文律が、暗黙の了解が存在していた。だから、ある意味で気楽に対処できていたのである。ところが、ジョンがハレリア上層部に突き付けた『宿題』には、そんなルールはない。彼自身、それでどうなるのか、予測できていないのだから。

特別な知識を持った異世界転生者といえど、ヒトの領域を飛び越えた神族(かみぞく)に匹敵するほどの未来予測能力を備えているわけではない。

 

そして。

もしもジョンがそれを発明(・・)しな(・・)かった(・・・)としても、その発明品はいずれマグニスノアに出現する可能性が高く、世界に大きな技術革新と混乱を引き起こす。それまでに対処法を練り込んでおくのが、ジョンがハレリア上層部に託した『宿題』の全容だった。

 

それは今後数十年先の話ではなく、数百年先の話なのだが。

 

「まさか、俺らってとんでもねえ知識を教えられんのか?」

「今更ですよ。異世界転生者が為すであろう偉業を支えるのですから、良くも悪くも歴史に名を残すことになるでしょうね」

「マジか……」

「気楽に行こうぜ。ここなら小難しいことは上の連中が考えてくれるんだし」

 

責任の重さに震えるベルナールとホレイショに、ジョンは気楽に笑って見せた。

 

 




夢のような曖昧な意識の中、彼が思い出すのは、こうなる直前の瞬間。
大勢の戦士達が自分に刃を突き立て、動きを封じる。

この瞬間、彼には2つの選択肢があった。
1つは、素直に死ぬこと。
もう1つは、生きるために足掻くこと。

果たして、自分はこのまま死ぬことに満足できるだろうか。
その瞬間、思考に靄がかかった。

――殺せ、滅ぼせ!

何かが思考を塗り潰そうとする。
彼は抵抗した。
抵抗して、抵抗して。

はたと気付いた。

――自分は、なぜ抵抗しているのか。

その根源は、それが自分の思考ではないからだ。
最初はそう思った。

しかし、自らの意思で命を捧げ、神殺しを果たそうとする勇士達の意思に触れ、その考えを否定する。

勇士達の最期に感動した。
彼らの散り際は見事なものだった。
命を惜しむ者は1人としておらず。
誰に強制されたわけでもなく。
自分の意思で命を代償とし、強大な敵を打ち倒す。

――何のために?

『天使』という脅威から、愛する者を守るために。

彼には、守るべきものがあった。
だが、潰えた。
理不尽によって滅ぼされ、慰み者、晒し者と成り果てた。

失意の彼を洗脳し、取り込み、力を与えた者がいる。

――死にたくない?
――なぜ?
――自分であり続けたい?
――なぜ?
――なぜ、自分は彼らと戦っている?
――なぜ?
――なぜとは?
――なぜ?なぜ?なぜ?

答えが出ない。
今までは答えが出ていたのに、今になって答えが崩れる。

もっと、もっと、自分の奥底には何かがあるはず。

大義名分など必要ない。
善悪論は所詮外付け。
宗教は大勢を納得させるための道具に過ぎない。
自分が正義である必要すら、ない。
ならば、悪である必要もまた、ない。

もっと深くへ、人理の領域よりも、もっと深くへ。

ならば、自分が人である必要もない。

――人が持つ本能?
――死にたくないと願う、すべての生物が持つ本能?
――そうかもしれない。
――違うかもしれない。

まだ、足りない。
もっと深くへ。
人理を越え、本能の領域も越え、さらに深く。
ただ1つ、真理が残る領域まで。

――なぜ、生物は生きようとする?
――なぜ、人は生きようとする?
――なぜ、死んでまで生かそうとする?
――なぜ、理不尽に立ち向かう?

宗教観、社会通念、善悪論、子孫を残したいという本能、家族を守りたいという本能。

ありとあらゆる意思の根源。

――自分。

それは――。

――自己満足。

ヒトである必要も、ない。



意識が浮上する。

「あら、お目覚めね」

声をかけられた。

「……」

何をするにも億劫で、声も出せない。

「最初はそんなものよ。まだ『成り果てた』ことに慣れていないのだもの。
制御で手一杯なだけ。その内、肉体の創成や精神の認識の仕方まで、自然と覚えていくわ。
私達もそうだったもの」

声の主がわからない。

「ああ、そこは現実とは違う場所よ。精神世界とでも言うべきかしらね。
私はその世界の外側から声を届かせているわ」

不可思議な体験は、まだまだこれからが本番らしい。

そして、微笑むような声音で声の主は囁いた。

「ヒトからバケモノに『成り果てた』気分はどう?」

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