「『工場』の中で危険なものは3つある」
休憩室で弟子達を相手にジョンは語る。
「1つは『重量物』。人は一定以上の重い物の下敷きになったら死ぬ。分かりやすい危険だな」
現代地球でも、そこそこの頻度で死亡事故が発生する、落下事故や崩落事故の類である。
「もう1つは『熱』。他の工房で修業してたんなら、知ってて当たり前の話だな。鋳造も鍛造も別の工房に任せてんだが、ここにも熱が出るもんはいくらでもある」
これも現代地球でそれなりに発生している事故である。
熱した金属を頭からかぶって死んだという話の他に、パイプが破裂して高圧水蒸気を浴びて死亡したなどという事故も存在していた。
「さらにもう1つが『回転体』だ。
これが一番ピンと来ねえはずだ。だからこそ一番危ねえ。文字通り回転するもんに巻き込まれて死ぬってケースだな。風車でも水車でも、デカイのはパワーがあって、巻き込まれると結構危なかったりするんだが。
今回作った『空力動力』のパワーはそれよりもっと強い。下手な触り方したら、死ぬこともある」
身近な例で言えば、エスカレータである。
人を軽々と持ち上げる動力で動いているのだ。巻き込まれた場合、死ぬこともある。もちろん、死亡事故も過去には発生している。
現代地球の工場内において、新人教育の際に必ず言われるのが『回転体』に対する注意である。
先述の2つと違って、感覚的に分かりやすい危険ではなく、現代地球で用いられるモーターなどの動力で動くそれは、人間など一瞬でミンチに変えてしまうだけのパワーがある。
「そして最後に『薬品』だ。これは分かりやすい毒を扱うってだけじゃねえ。
金属の中には、仕上げでヤスリをかけた時に出る粉を吸い込むのもダメってのがある。
ていうか、普通の鉄でもあんまり毎日吸い込み続けてるとダメなんだぜ?
治癒術でその辺のも治るから、割と無視されてるみたいだけどよ」
ジョンの説明に対して、ホレイショは言っておかなければならないことに気付いて口を開いた。
ジョン自身が気付いているのか、いないのか、それはわからない。
「それ4つになってんじゃねえか」
「まだあるぞ」
「最初に3つって言った意味って……?」
「ねえよ、んなもん」
何度目か、『爆風』の儀式でタンクに空気を圧縮した時のこと。
重石と共に針金で台座に固定されているため、最初に比べて衝撃による揺れがかなり低減されていた。
「これ、『工場』が動き出したら、毎日やるの?」
アリシエルが声を挙げる。
「1日1回で済めばな。『旋盤』とか、結構回しっぱなしになってくるから、今の調子だと下手すると1日2回ってことになるかもしれねえ」
「これ、1日1回以上ってことになると、結構きついんだけど」
今、『工場』で使う設備を開発中で、改良しては試運転を繰り返している。
空圧の噴射を受けて動力を得るための『タービン』を開発中だ。
プロペラは何をどうしても消耗品になるため、量産の方法を確立しておく必要があった。
そのための軸と軸受けを作るのに、水車動力による『旋盤』が必要になる。
『タービン』は薄い板を角度を付けて軸に無数に取り付けたもので、羽根の枚数と長さがそのまま出力、回転速度やパワーに直結した。
もちろん、現代地球のような、1つの軸に20枚以上の羽根を付けるのは、ハレリアの技術では不可能である。
だから、先に風の受け口を作っておき、軸に等分した印を付けて、そこに羽根を取り付けていくわけだ。
羽根の取り付けは、『ハンダ付け』で行う。
融点の低い鉛を主成分に用いるハンダ合金は、こういう細かい作業にある程度都合がよかった。
一般的に『ハンダ付け』というと、ハンダ合金をワイヤー状に伸ばしたものを『ハンダ
しかし、前世に経験があり、半年ほど前にも経験のあるジョンでさえ、この作業は失敗を繰り返した。
プロペラの回転軸に中心を合わせる作業、いわゆる『芯出し』が非常に難しいのだ。
少しでも軸がぶれると、振動や異音の原因になる。
『旋盤』などは精密動作を要求される工作機械であり、機械全体が振動などすると、どうしても精度が落ちてしまう上に、装置にもダメージが入ってしまう。
この『芯出し』の方法を確立するのに、最も時間をかけた。
そんな最中の、アリシエルからの苦言である。
「きついってのはどういうきつさだ?」
「研究の時間が取れなくなるの」
「おいおい、錬金術師だから研究優先かごふぅ!?」
ホレイショが口を挟み、ジョンがその脇腹に肘を入れた。
「確認するぞ。研究の時間が取れないってのは、つまり錬金術が使えなくなるってことか?」
「そうよ。理論を煮詰めて組み立てるって研究もするにはするけど、やっぱり確認するのに実践は必要になってくるわ」
「あー……」
赤毛ショタジジイは天を仰いだ。思わぬ問題が発覚したのである。
「今は『工場』の完成を優先しなきゃいけねえ時なんだろ?研究なんて後回しにしろよ」
「ホレイショ。『工場』で使う合金がどうやって作られてんのか、言ってみろ」
「そりゃ、錬金術で――あ」
要するに、問題点というのはそこだ。
分かりやすく言うとMP的なものが、1日2回も『爆風』の儀式を発動させると、ほぼ尽きてしまうのである。
そして、『工場』ではジョンが
『爆風』を使用する錬金術師が肝心の錬金術を使用できなくなってしまうと、どう考えても『工場』の運営に支障を来たすことになる。
錬金術師の性質として、合金を作る研究はしても、合金を量産することはあまりしないため、師匠命令で手伝っているアリシエルのような見習いでなければ、そう簡単に手伝いを引き受けないのだ。
実はアリシエルはそこまで深く考えておらず、士気、モチベーションの問題として言っていたが。
たかが気合いの問題と甘く見てはいけないのを、ジョンはよく知っていた。
そこに何が潜んでいるかについて深く考えずに進めるだけ進めた結果、発生するのが『公害』というものだからだ。
「できるだけ錬金術師増やしたくねえんだがなぁ……」
ジョンは唸った。
「どうして?」
「錬金術のごり押しって思われるとまずいだろ?
ただのアイデア品になっちまったら、異世界転生者の証明にならねえのさ」
「あー……」
錬金術師というのは、普通は雇うことができない。
国家が囲い込み、研究を手伝うことで成果物がもたらす技術や利益の一部を国が利用しているだけなのだ。
そして、錬金術師というのは大抵のものは自分で作るか手に入れるかしてしまうため、よほどの体制を築かなければ手伝いにならない。
ハレリアのように正規の錬金術師だけで900人以上という国はほぼなく、見習いを含めて500人いればいい方だ。
また、魔法の知識において頂点の職業である錬金術師が協力するなら大抵のことができてしまうため、錬金術師が係わっているなら、事業主や発案者などの功績は無視して考えられてしまいがちなのも、マグニスノアという世界ならではの事情だった。
だからこそ、鍛冶師と錬金術師はあまり協力しない。
手柄を持って行かれるのを、鍛冶師側が嫌がるからだ。
錬金術師は社会不適合者が多いため、その協力を苦労して引き出して、苦労して意思疎通して、その成果の所有権を持って行かれてしまうのでは、あまりにも割に合わない。
「星王術士に頼めば?」
「星王術士って魔導術使えるのか?」
「魔導術は知識のある術士が準備をしておけば、発動自体は別の人でもいいのよ。それが一番の大問題なんだけどね」
「大問題って?」
ジョンの問いにアリシエルは答える。
「精霊力を励起させるために体力を使うんだけど、その設定をミスったりすると、余計に体力を持ってかれるの。
悪くすると、術者が死んじゃうだけじゃなくて、足りない分の体力を周りの人から勝手に吸い上げていくこともあるのよ。
だから、巻き込まれて死ぬって話、昔話だけでも結構あるの」
「マジかよ、やべえなそれ」
話を聞いてホレイショが慄いた。
「魔導術の儀装円は、1馬身(2メートル)を超えるかどうかで扱いが異なります」「出た!」
どこから聞いていたのか、白ローブのフードを被った巨乳少女がやってきて説明する。
「今回の『爆風』は1馬身以下の扱いでして、見習い錬金術師が許可を得て持ち出すことが許されるのですよ。
1馬身を超えますと、今回のような場合でも正規の錬金術師による付き添いが必要になります。
役所で許可できるのは3馬身以下、正規の錬金術師が対策を立てて、ギリギリ1人に収まる大きさまでという基準があります。
武術大会や武具大会で使用される『箱庭領域』は15馬身以下、使用計画書にファラデー家当主が許可したというサインが必要で、それ以上は戦略儀式となりますから、実験を行う場合も国王の裁可が必要となります」
あくまで行政処理の話だが、今のジョンが最も欲しい情報がきっちり含まれている辺り、さすがの頭のキレである。
「おお、ちょうどいいとこに来たな」
「何か御用が?」
「アリシエルがよ、1人で1日1回以上はきついって言い出してんだよ」
「ちょうどいいですね。そのことでお話があったのです」
「話?」
赤毛ショタジジイは目を丸くする。
「ファラデー家に確認してきたのですが、『爆風』程度の儀式でしたら、星王術で再現できるそうですよ」
「えっ」「えっ」「えっ」
三者三様の驚きがそこにはあった。
「他2名はともかく、なぜアリスまで驚くのですか?」
「え、えっと……」
ミラーディアに笑顔で詰め寄られ、アリシエルは脂汗をダラダラ流しながら全力で視線を反らす。
「魔導術って、時間かかる代わりに威力がダンチだって話じゃなかったっけ?」
「ええ。『爆風』がそれだけ弱い部類だからこそ、星王術で再現できるというお話です」
「でも、高級器はダメなんでしょ?
神族しか作れないようなのを使うんだったら、錬金術師の数を制限する意味ないじゃない。
低級器にしても、
1ヶ月付きっきりで調整しなきゃいけないのよ?」
「私が聞いた話ですが」
巨乳白ローブは金髪ツインテール黒ローブを睨みながら、話す。
「『
「……………………………………………………………………………………あ」
皆の視線が、脂汗をダラダラ流すアリシエルに集まった。
「有名な話のようですね。威力だけは魔導術に匹敵するのに、詠唱するのに20分以上かかる星王器。
結局お蔵入りになったそうですが、実験そのものはとても有意義で、今も術実験の手本としてファラデー家の教本に載るくらいだとか」
後世、馬鹿みたいな実験だと言われていても、実験の手順そのものについては手本とされているものもある。
おそらくほとんど意識している人間はいないだろうが、基礎実験とその結果から考察を重ね、検証のためにさらに実験を行うという手法を用いて人間が物理法則の解明を試みたのは、西洋においては中世末期に入ってからのことである。
ガリレオ・ガリレイという名前くらいは聞いたことがあるだろう。
彼は西洋の暗黒時代以降で初めて、自然現象の観察ではなく、室内で専用の実験器具を用い、独自の単位を作ってまで物理現象の検証実験を繰り返した人物である。
その過程や手法、考え方は、現代の最新技術の実験においても用いられていた。
「まったく、教訓として大事なところを覚えるのは当然ですが、自分の仕事に係わる部分のチェックはきっちりしておいてほしいものです。
私が『爆風』の星王術化について、ファラデー家に問い合わせていなければ、『爆風』を星王術士とアリスの4人ほどで回すことになっていたのですよ?」
「うー……」
結局、いつも通り涙目で説教を食らう、迂闊なアリシエルだった。