タービンのプロペラは、16枚つけることになっている。
鋳造で作った筒の表面を旋盤で綺麗に削り、その表面に紙を巻いて、それに沿って針金で
その線に沿って金属用に作ったノコギリで溝を入れ、その溝にプロペラの羽根を差し込んでいく。
羽根の枚数16というのは、8方向に2段という意味で、これ以上詰めるとジョン以外に整備ができなくなる。
ハンダ付けで一部を仮留めし、回転させて重量のバランスを見る。
圧縮空気が流れてくる場所は円錐状の部品で流れを乱さないように工夫。
ただ、空気の流れに対して効率のいいプロペラの曲げ方について、ジョンは知識がないため、平面である。
また、タービンの軸受けはすべり軸受け、今まで使っていた方式のものとした。
理想を言えばベアリングやコロを使う方がいいのだが、ただの鉄球を作るのに比べて、桁違いの精度を要求されるのだ。
さすがの錬金術も、そこまで高い精度の加工はできなかったため、こちらもメンテナンス性を考えてランクを下げることになった。
どうしても軸受けの幅が狭くなり、摩耗率が高くなってしまうが、仕方がない。
ジョン以外が整備できないのでは、異世界の技術の意味がないのだ。
そんな冬の一日。
ハレリアはベルベーズ大陸中部地方にあり、標高も低く比較的温暖な気候の土地だ。
西にホワーレンという高原地帯があり、そこから吹き下ろしてくる冷たい風でそこそこ冷えるものの、標高2000メートル級のホワーレンや標高8000メートル級のエルバース山脈ほどではない。
少なくともホワーレンと同等かもっと寒いエムート地方出身のジョンは、寒さにはそこそこ強かった。
「そんな格好で大丈夫なのか?」
「厚着して汗かいた方が辛いんだよ。建屋の中だとそんな極端に冷えねえし、動いてりゃちょうど良くなる」
寒がりなベルナールにそう返すのはホレイショ。
ホレイショはホワーレン出身で寒さにそこそこ強く、南のソーレオ出身のベルナールは逆に暑さに強くて寒さに弱い。
ソーレオはハレリアに気候が似ているが、東壁山脈の低い部分により近く、また西は山岳越しとはいえ亜熱帯気候のマリーヤードに接しており、幾らか気温が高い傾向があった。
そのためソーレオの出身者がハレリアに来ると、まず冬の寒さに驚くのだ。
ホワーレンなどになると寒い地方なので備えるが、ハレリアはすぐ隣で気候もほぼ一緒なため、油断しがちなのである。
去年までは仕事場が鍛冶工房だったため、そこまで気にしていなかったが、工場には炉に火が入っていないことも珍しくない。
「あそこのチビッ子も結構薄着だぞ」
「あれって赤ローブじゃないか。そこそこ質が良いって評判の……?」
やり取りしながら赤毛青年に続いて休憩室に入った金髪青年は気付く。
「シッ、シッ、シッ」
濃い青髪の少女が、二又尾の子猫リユに、その辺に生えていたネコジャラシをぺしぺしぶつけていたのだ。
リユも後ろ足で立ち上がり、両手で迎撃しており、時折熱中して顔を近づけた瞬間、ネコジャラシの房を激しく叩き、青髪赤ローブの少女の顔面にぶつけて反撃する。
ムキになったらしき少女がさらに激しく攻撃を始める、の繰り返し。
「ホレイショ、あれってエルバリア人じゃないのか?」
ベルナールが思わず同僚に訊ねた。
ソーレオ出身者でハレリアにはルクソリスにしかいたことがないということもあり、彼はエルバリア人を話でしか知らないのだ。
エルバリア人は、ホワーレンで見かけることがある程度で、ルクソリスにはほとんどいない。
エルバリア本国が覇権主義、差別主義を掲げているため、エルバリア人という人種にもあまりいいイメージがないのが、エルバリア人を知らない人間の一般的な印象だった。
ベルナールもそれに漏れない。
「間違いなくエルバリア人だ」
「なんでこんなとこにいるんだ?」
「そりゃ純血じゃねえからだろ」
「
「そ。エルバリア略奪部隊が散々暴れてった後、殺されずに救出された女が産むことがあるんだと」
「――」
ベルナールは絶句した。
つまり、ホワーレン人であるホレイショがエルバリア人を示す青髪を見て冷静でいるのは、あの少女が被害者側だと思っているからなのだ。
「いえ、彼女は純血ですよ」
「えっ」
ミラーディアが声をかけてきたことに驚く。
ホレイショとベルナールは気付かなかったが、ジョンを始め他の弟子達も揃っていた。
黒兎耳と尻尾を付けた黒髪ロリも一緒に、紅茶と一緒に差し入れを食べている。
本日の差し入れは、ニジマスのフライである。
ニジマスは塑性回遊性、つまり海にまで出ることもある海水適応力を持った淡水魚だ。
亜種を含めると世界の多くの河川に生息しており、日本では1877年、明治10年にアメリカはカリフォルニア州から輸入され、放流されたのが最初とされる、自然定着した外来種である。
1926年、大正15年から養殖が開始されており、現在は稚魚、成魚、卵、稚魚と人間の手でサイクルを管理する完全養殖と、網を張った海面に放して育てる海面養殖が行われており、食用魚としてサーモントラウト(商品名)の材料となるなど、広く世界の家庭で親しまれている魚だ。
「ちょっと落ち着いてお話がしたいので、まずはお1つどうぞ」
「お、おう」
「いただきます」
白ローブの少女に言われるがまま、チーズと塩の利いたフライを食べ、紅茶を飲んで、2人は一息吐いた。
先程まで熾烈なバトルを繰り広げていた青髪少女は、自分のフライを半分に千切って、少ない方をリユに与え、残りを自分で食べている。
案外、優しい性格なのかもしれない。
ちなみに、塩味の付いたついたものを人間と同じ感覚でペットに与えるのはNGである。
人間とは塩分の必要量が違うのだ。
特に小動物の場合は、容易に塩分過多となってしまう。
なので、尻尾のごく小さい部分を与えるというのは、決して間違いではない。
そして、それぞれが差し入れを食べ、エヴェリアが淹れた紅茶を飲んで一息吐いたところで、ミラーディアは話を始める。
「エルバリアのパヴロワル王朝が倒れました」
巨乳白ローブが告げたのは、まさしく青髪少女、つまりエルバリア人に大いに係わることだった。
「先の大戦にて撤退した5万の傭兵団は、エルバリア国内で歓迎されませんでした。
食い扶持減らしの意味が強い派兵でしたから、そっくりそのまま戻ってこられるのは、エルバリアにとって最悪と言える事態だったのです」
「あんだけ略奪しといて、まだ足りねえってか?」
ホレイショが吐き捨てる。
何度もエルバリア略奪部隊の噂を聞いていれば、エルバリアに対して良くない感情を抱くのは当然だった。
「略奪したからこそ足りなくなったというのが真実のようです。
元々、エルバリアという国は、食糧生産に適した土地が限られているのですよ。
起伏の激しさに関してはホワーレンと大した違いがありません」
「要するに、神石専横と略奪によって潤った結果、人口が増え過ぎたのさ。
さらに今まで大事な取引相手だったブロンバルドは壊滅し、支援していた聖教国も『警告』によって首都トライアンフが壊滅した。取引相手がそれどころではなくなった以上、どれだけ神石や黄金があろうと餓死するだけ。
そのシワ寄せが5万もの傭兵、つまり、間引き目的の略奪部隊というわけだ」
黒髪ロリは兎耳尻尾の可愛らしい格好で、表情を歪めて吐き捨てた。
「今までの略奪部隊ってのは、エルバリアで食い扶持にあぶれた山賊だったってのか……」
「それが5万にもなりますと、尋常な数字ではありません。エルバリア国内の経済は破綻寸前だったはずです。
しかも、そんな状態にも係わらず、エルバリアは分裂状態にありました。分裂と言いましても、辺境の領土を封鎖していただけなのですけどもね。
東エルバース領リンドバーグ辺境伯。
神石専横と略奪に反対し、それに頼んだ人口増加政策を受け入れなかった中で、最大の領土と権力と財政を持ったエルバリア大貴族です。
エムートを経由する裏回りルートを抑え、略奪によって連れて行かれたホワーレン人を救出する作戦を実行していた一族でもあります」
悪名高いエルバリア貴族の中で、数少ない良識派ということだ。
「先の大戦の後、逃げ帰ってきた5万の傭兵は、半分がエルバリア国内で山賊化しました。
残りの半分はリンドバーグ辺境伯が引き受けています。
彼は険しい土地を農地として切り開く方法を発明していまして、兵士としての適性の低い人々をその仕事に割り当てました」
「元々、農家や商家を追い出された者達だったからな。
食い扶持さえあれば、暴れることもなく仕事に従事する者がほとんどだったのさ。
その性質を見抜いて引き受けたのは慧眼と言える」
エヴェリアからは高評価のようだ。
彼女はイリキシア王国の大貴族令嬢で、政治家の卵としてハレリアに留学している。
「しかし、対立していたパヴロワル王朝の王党派は、リンドバーグ辺境伯のそれを反乱準備として討伐命令を出しました」
「ここまで来ると、さすがにおかしいと感じる。
エルバリアは元々、お互いに攻めるのが難しい地形だ。大部隊の移動など不可能に近い。5万の傭兵軍団も、国境近辺の広い場所に集めてから送り込んだんだろう。
だが、この季節にエルバリアで大部隊を動かすとどうなるか、そんなことは議論するまでもない。
山岳地帯では、1箇所の城塞の攻略に動員できる兵数には制限が出る。
それを超えた兵を動員などすれば、食糧の輸送が間に合わなくなる」
「ログラン街道はハレリアの感覚で言うと隘路、狭い道の部類に入ります。
しかし、1頭立ての馬車がすれ違うのがギリギリな道でも、ホワーレンやエルバリアでは大動脈たりえるのです。
どんなに数を動員したとしましても、道が細ければ輸送量に限界は出ます。
部屋を出入りするのに、扉が小さければ時間がかかるのと同じです。
それはエルバリアでは体感的に覚えるものなのです」
「そこでリンドバーグ伯爵は、洗脳術を疑った」
思い出されるのは、ブロンバルドである。
洗脳術士を中継してとはいえ、数千万人を神族が1人で洗脳していたことがあるのだ。
そうして実に1千万人もの人員を動員し、100万人もの戦闘員をイーザン平原に送り込んだ。
「実際は、ナグアオカ教の派閥、オルビス教団が唱えた説を信じるように洗脳されていたのです」
「私も今回話を聞くまでは知らなかったが、今回の騒動はそのオルビス教団が中心にいたらしい。180年も前に壊滅したようだがな」
「だからこそ、色々と宙ぶらりんとなり、必要以上の死者を出すことになったのです。エルバリアも放っておけば破綻し、ブロンバルドの二の舞になるところでした。
要するに、何を犠牲にしようともルクソリスに隠された秘密を奪ってしまえば千年の繁栄が約束されると信じ込まされていたのです」
無能な王がそういう与太話を信じたのが戦争の始まりというのはよくある話だが、マグニスノアでは洗脳術が存在するため、有能な王であったとしてもそういうことが起こる可能性が大いに存在した。
「そのために、短期に軍備を増強するために行われたのが他国の略奪、つまり神石専横だったというわけだ。
そして、まさか1つの国が同盟国を失うほどなりふり構わずに軍備増強したのに、ハレリアの国土すら踏むことができないとは思わなかったのさ。
で、ならもっとだ、他国も巻き込め、となる。その結果作られたのがフェジョ新教だった。
フェジョ新教自体は上手くはいかなかったが、オルビス教団がブロンバルドの国王を洗脳して同じことをさせたようだ」
「オルビス教団本部がロマル大陸の本国で『
「もしそうなっていたらと思うと、ゾッとする話だな」
「短期間で終わるはずだった軍備増強計画は200年続き、エルバリア国内もブロンバルド国内もボロボロになっていきました。
それでなお大したことができなかったというのは、結局のところ全体を統括する司令官がいなくなっていたからなのですね」
だからこそ、洗脳された神族が派遣され、オートレス聖教国に利用されて、さらに暴走を始めるまでは派兵しても大した数ではなく、国境を封鎖して略奪部隊を派遣するくらいのことしかできなかったのである。
「今回、その流れをリンドバーグ辺境伯が解明しました。
ハレリアの諜報員を迎え入れ、洗脳術が使用されている現場を押さえ、略奪によって利益を得ていた王党派貴族達に公表したのです」
「そうなると、どこまで洗脳術の影響が広がっているかはわからん。
常態化していた洗脳術の影響が消えるまで、時間をかけて処置を行う必要がある。ここまで来た以上、信用問題からも旧王朝の存続は不可能だ」
「実際は、その発表を信じない貴族達が結構な数いまして、メーテール王城を占拠しました。そして起こったのが、王城内における内乱です」
「話を信じるならば、目の前に傀儡としては最も都合のいい権力者が、実権を握ったまま転がっているわけだ。
1人でも野心家がいれば、甘い蜜を皆で少しずつ分けるなどということはしない。独り占めして、あわよくば自分が国王に上り詰めようと考えるのは当然の帰結と言える」
「ただ、もう1つの動きとしまして、エルバリア国内に散って行った5万の内残り半分、2万5千の山賊が各地でリンドバーグ辺境伯の名前で挙兵し、王城に立て篭もった貴族達の領土の半分近くを占拠。
リンドバーグ辺境伯は呼びかけによって止めさせましたが、王権など無関係にエルバリア国内で最も影響力の高い人間の名前が国民達に印象付けられ、王城で流血を伴う権力闘争に明け暮れる貴族の親族達が、当主を見捨ててリンドバーグ辺境伯に帰属するという事件が多発しています」
「まだまだ情報は錯綜しているが、この流れはもう止まらんだろう」
ここでミラーディアは子猫とじゃれていた青髪少女に目を向けた。
「この子の名はリディヤ・ゾラ・リンドバーグ。リンドバーグ辺境伯の孫娘です」
「近い将来、高い確率でエルバリア王女と呼ばれるであろう人間でもある」
「そんな子がなんでこんなところに?」
ベルナールが尋ねる。
「留学生という名目で、近々発生するだろうエルバリアの内乱から逃がすためだ」
「戦乱が発生した状況でこの子の才能が
「大変なことってのは?」
これはホレイショ。
「いわゆる『
「ミコ?」
「色々と呼び方があるのですけども、異世界の知識に手が届く天才児とお考えください」
「そりゃすげえな」
「本当に異世界転生者に匹敵するんですか?」
ベルナールが思わず聞き返した。
「『
魔法技術の飛躍の7割が彼女らから発生したと言われるほど、その功績は大きい」
「異世界転生者は千年に一度、50年ほど、世界の常識を変えるほどの影響力を発揮して去っていきます。
しかし、『
異世界転生者が出現する千年単位で考えた場合、『
「最近、と言っても800年にもなるが、その性質を調べ上げて意図的に作り出す研究が行われている。
もしも成功すれば、その国が世界の覇権を握るだろうとさえ言われるものだ。
1人でも異世界転生者に準じる影響力を持った人間というのも確かだな」
「ちょっと待ってくれ、意図的に作り出すだって?」
ホレイショの言葉に、ミラーディアは答える。
「『
頭の中に技術以外のことが入らないようになっているだとか、異界から知識の断片を拾ってくる能力と引き換えに意思疎通能力が極端に低いだとか、色々と推測は語られているが、仕組みは良く分かっていない。
『
だが、そういった性質を真似ることで、結果が出ているのも確かだ」
「つまり、
アリシエルの性質を思い浮かべるといい。
魔法のこと以外はほぼ頭になく、一般常識、社会通念すらも抜け落ちていることがある。
だが、魔法や錬金術のことに関しては一流で、まだ見習いとはいえ魔導術の使用や合金作成などに大いに力を発揮していた。
「リンドバーグ卿の娘である以上、いつ敵方からの標的にされるか分からん。
他の子供達と違い、そういった理由で失うにはあまりにも惜しい人材だ」
「だからこそ、以前から協力関係にあったハレリアを頼ったのでしょうね」
「先に言っておくが、下らん差別で怪我などさせた場合、ハレリアではお前達を庇えないだろう」
「逆になんでここに連れてきてんだ?」
ジョンが首を傾げた。
警告するならもっと安全な場所に連れていけばいいのだ。
すると、巨乳白ローブがすいっと視線を逸らしてこう言った。
「ここが一番安全だからです。英雄特性がとても強い子ですし、錬金術師の工房を併設する予定もありますから」
「ああ……なるほどなぁ……ハレリア王族か……」
ある種の疲労感と共に、赤毛ショタジジイは納得する。
つまり、性的な意味で危険だから、その方面の防備が整っているここへ送られてきたということらしい。
リンドバーグ辺境伯にとっては予想外な意味で、ルクソリスは彼女にとって危険だったのだ。