「緊張はしてないみたいだな」
闘技場横の選手控室で、エルウッドにエドウィンが声をかける。
「ええ、僕の担当が2人ともあんな調子ですから」
「ところで、その装備は大丈夫なのか?」
エドウィンが心配しているのは、どう見ても主流の重装化という流れに反する、エルウッドの軽装だった。戦場ではどこから魔法が飛んでくるかわからないため、直撃さえ受けなければ死なないように、重武装で向かうのが常である。つまり軽装というのは、魔法が飛び交う戦場を想定していないということだ。
「大丈夫です。問題ありません」
エルウッドは答えた。
「ちゃんと考えてくれていますよ。戦場ではさすがに不安ですが、1対1のこの試合だと、流れ弾は問題ないっす」
「それは確かにそうだが……」
「それにこの
苦笑する。
「そうか……。覚悟を決めてきたのは分かっているつもりだが、私も弟分が潰れるのは見たくない。あまり無理はするなよ」
「わかってるっす」
武具大会予選の試合形式は、トーナメントだ。参加人数が100人を超えるため、リーグ戦などをやっていては時間がいくらあっても足りないのである。
また、設備的な問題もあった。この闘技場は訓練にも使用され、無茶をしてもいいように、魔法を利用した設備がある。それを起動するのに星王術士が必要なのだが、1試合に1人という単位でしか、起動状態を維持できないのだ。
リーグ戦などすれば術士の動員数が跳ね上がり、費用がそれだけ多くかかってしまうことになる。
「使われてるのは『箱庭領域』っていう、
「儀装円?」
「儀式のために作られた、専用の道具ね。魔法円の形を銀で
要するに、よく使う儀式をスムーズに行うための道具ということだ。
「ズボラ出血熱が
「ズボラ出血熱って何よ?」
「説明しよう!ズボラ出血熱とは、作業のあまりもの面倒さに辟易した人々が罹る病気の一種である。
初期症状はサボり癖。末期症状は作業を楽にするための道具を、それ以上の労力や
そしてそうやってできたものは、時として『誰がそこまでやれと言った』や『手の込んだ手抜き』と称賛されることもある!」
「それ褒めてんのか?」
決めポーズで説明するジョンに、モーガンがツッコミを入れた。
「病気って嘘っ八じゃないの」
「どうだろう。俺みたいなのを病気の人って呼ぶこともあるみたいだしな」
「ああ」「なるほど」
2人して納得された。
ジョンが悲しい気分になっていると、試合が始まる。
「長い槍と
「どっちも非魔法でも手堅いな。どっちが勝つと思う?」
「槍なんじゃない?」
「
彼は断言する。
「魔法が絡まない戦いは原則、体の大きさと武器のリーチで有利不利が決まる」
「槍の方が長いじゃないの」
「使い手があんな馬鹿みたいに長い槍を扱い切れればな。確かにああいうのを使う戦術もあるにはあるんだが……少なくとも個人戦で使うようなもんじゃねえよ」
ジョンが言うように、その槍は5m近くもある長大なものだった。しかしそれゆえに槍がたわんでしまい、敵に向けるものの、穂先を一撃されて破壊されてしまう。動かすにも安物のプラスチック定規のようにたわんでしまって、上手く力が伝わらないのだ。たわむと言っても、5メートルで5センチ程度のものだが、振り回すとなるとこれでもかなり難しい。
この槍の名は『パイク』。
地球でも世界トップクラスの長さを持つ槍で、これと盾を持った兵士を横一列に並べ、前進させる『密集隊形』、あるいは『ファランクス』と呼ばれる戦術を考案したのが、東アジアへ大遠征したことで有名なイスカンダルことアレクサンダー大王である。
ちなみに、この槍の長さを文字通り半分にした『ハーフパイク』というものも存在するが、それでなお2.5メートルであり長槍の部類になると言えば、その馬鹿げた長さが実感できるかもしれない。
「あの
言った前で、槍使いの方が降参してしまう。
振り回した柄が抑え込まれてしまい、そのまま武器破壊されたのだ。
槍の穂先がキャップに鋲で留める方式なのだが、そのキャップ部分の長さが通常は20センチから30センチあるところを、軽量化のために5センチほどに短くしていたのである。
それによって接続部の強度が低下し、穂先を強打されるだけで折れるようになってしまっていた。
「こんな風に、自分勝手に武具を作ったりすると、勝負にすらならねえこともある」
「うっ、だってエド兄はどっちかっていうと術の方が強いんだもん」
「なるほど、もしかして、剣と盾か?」
「そうよ」
「
「それってどうなんだ?」
「作り手としちゃ初心者向けだな。アンチ武器とかもあるけど、それに当たらなけりゃ、とりあえずは戦えるって感じか。で、魔法が入るってことになると普通に強いと思う」
「へへーん!私だって――」
「胸を張るなつるぺったん」
「なるほどつるぺったん」
2人して蹴られた。黒いローブの下は残念ながらズボンだった。
ハレリアにはローブの下にズボンという、残念な風習でもあるのだろうか、と赤毛ショタは考える。
「まあ、こっちも使い手の技量任せになる。どっちかっていうと、得意武器が分からないなら『とりあえずこれにしとけ』みたいな手堅さのもんだ」
「だから『初心者向け』なのか」
「なんか、釈然としないわ」
アリシエルは唇を尖らせる。
「お、エルウッドの出番だ」
「始めっ!」
試合開始の合図。
相手は非魔法武具の兵士だった。エルウッドと違って重装甲の全身鎧。
ジョンの言葉を思い出す。
『慣れてないなら、刺そうとするな。殴るか転がせ』
とりあえず、正面からやり合うと防御力と重量の差で負ける。
それは理解できる。
しかし、そもそも槍である必要がないという作戦を伝えるとは、一体何を考えているのか。
そう思いつつも、エルウッドは槍で牽制を入れた。
相手は盾で受け流し、戦鎚で反撃してくる。重武装相手を意識した武器の中で、攻撃の通りやすい戦鎚はオーソドックスな方だ。
下がって避けると同時に右にサイドステップ。槍の石突を地面に付けて、棒高跳びの要領でジャンプした。軽装とはいえ鎧のせいで、そこまで高くはない。
しかしこれで十分だ。
一瞬見失った相手がエルウッドの姿を発見した時には、ドロップキックが兜越しに直撃していた。素人の棒高跳びと言った感じだ。そして目の前に来た攻撃を咄嗟に防御するには、その鎧は重すぎる。
『物っていうのは、上側に力を受けると、普通の何倍も横倒しになりやすい』
転倒した対戦相手が起き上がろうとするも、胴体を踏みつけたエルウッドが兜を脱がして槍の穂先を突きつけた。
「ま、参った」
あまりにもあっさりとした決着に、むしろ拍子抜けする。
『攻撃が当たらなけりゃ、防御力なんて必要ねえのさ。流れ弾がある戦場じゃねえんだからな』
ジョンが言っていたのはこういうことか、と彼は納得した。
偉そうなことを言う生意気なガキンチョだと思っていたが、意外にもその作戦や武具は理に適っている。武具大会は試合であり、魔法や弓矢が飛び交う戦場ではない。ならば、重くて手厚い防御力は、時として邪魔になるということだ。
特にエルウッドは、敵の攻撃は受けるよりも回避することに重点を置いて鍛練してきた。ならば、それを生かすように武具を作った方がいい。
画一的に見られがちな兵士だが、そこには確かに個性があり、得手不得手というものが存在するのである。
武芸百般にも個人差があるのだ。
「参ったな……」
戦いの様子を見ていて唸ったのは、長い金髪のイケメン青年騎士エドウィン。彼はジョンが何を考えてあのような軽装にしたのか、理解できてしまった。
「鎧を脱げば何とかなりそうだが、さて……」
これは武具大会である。使い手の腕よりも作り手の仕事を見るという意味合いが強い。そのため、ルール上は鎧を脱いで戦うということができない。
このルールは、錬金術師見習いと組まなければならない騎士にとっては、枷となる。それでも騎士が負けた例というのはゼロではないにせよ、それほど多くはなかった。
しかし今回は違う。
優勝できるように作ったという、あの少年鍛冶師の言葉は、ハッタリなどではない。エルウッドが
「同じブロックだし、小細工でもするかな」
闘技場
ここには、騎士団の幹部や貴族達が、集まってきていた。
金髪鎧姿の小柄な美丈夫は、険しい顔でエルウッドの戦いを見ている。装飾の施された鎧は、彼が騎士であることを示していたが、どちらかといえば優男といった体格だ。背中には白いマントを羽織っている。
「妙な癖がつかねばよいが……」
「やはり息子、長男の晴れ舞台ともなれば、心配にもなるか」
隣で豪快に笑うのは、金髪に黒い肌、立派な口ヒゲの巨漢。こちらも装飾が施された鎧に青いマントを着ていた。その姿は威圧感たっぷりで、威厳を感じさせる。
「さて、あの坊主はなかなか面白い職人と当たったようだが、どの程度勝ち抜けると思う?」
「さてな。騎士があれの弱点に気付けば、そこで負けるだろう」
「やはり気付かねば優勝まで行くか?」
「着眼点は悪くはない。私も一度は同じ手を使ったのでな。だが、それだけで確実に勝ちを拾えるほど、騎士は甘い存在ではない」
一方、エドウィンは兵士と当たった。
「何のつもりかは知らんが、もらった!」
術を使おうとしない彼に、相手のモルゲンステルンが掠る。接触し、鎧の一部が弾けた。
『モルゲンステルン』というのは、鎖が付いたトゲトゲの鉄球、ではない。トゲトゲの鉄球というところまでは正解だが、鎖ではなく長い柄がついているものだ。戦鎚の一種で、長柄武器なのである。
打撃武器が長柄になったことで、さらに攻撃力が向上しているものだ。しかし、それだけに扱うには相当に高い技量が必要となる。それにもう1つ、重量ゆえに動きが大振りになりやすいという弱点があった。
エドウィンは冷静に相手の動きを見て、致命的なダメージにならないように鎧で受けていく。そして動きを阻害しそうな部位、つまり
「そろそろいいかな」
「ふざけるな!」
丁寧に鎧を壊したエドウィンの狙いに、さすがに相手は気付いた。
モルゲンステルンは威力が高い反面、大振りになりやすくて見切られやすい。エドウィンはそれを利用して、わざと鎧を壊させたのである。
ルール上、自分で鎧を脱ぐことはできないが、鎧が壊されればその限りではない。それでも錬金術師ならば直すことは可能だが、修復を拒否することも、また可能だった。
錬金術師が納得すれば、だが。そしてエドウィンと組んでいる錬金術師は、彼の実の妹だ。
盾でモルゲンステルンを逸らすと、肘の内側の隙間に剣を刺し込み、腕の腱を切断する。モルゲンステルンは重量武器なので、片手では重くて扱えず、動きが単調になる。
この時点で勝敗は決した。
控室。
ここでは戦闘を終えた武具の整備が行われる。
エルウッドの次の試合がエドウィンだったため、ここにはアリシエルとジョンがいた。ついでにモーガンも。
「ナイトのくせにえげつねえ真似しやがって」
修理を終えてやってきたエドウィンに、ジョンは苦々しい顔で悪態を吐く。
「えげつない真似って何よ。イチャモン付ける気?」
「悪いね。こっちも、簡単に負けてやるわけにはいかないんだ」
文句を言っていたアリシエルは、実兄の意外な言葉に思わず振り返った。
「えっ、エド兄、どういうこと?」
「あの槍は、穂先の切れ味が尋常じゃないんだ。中子型で重量のバランスもいい。この軽銀の鎧程度は軽々と貫通するだろう」
「エルウッド、触らせたのか!?」
ジョンはエルウッドに視線を向ける。
「すみません。僕にとっても兄のような人なので、どうしてもと言われると……」
「対戦前に格下の武器触るとか、汚えぞ!」
「騎士にとっては褒め言葉だね」
「騎士道どこ行った」
「婦人に対する口説き文句だよ、それは」
エドウィンは悪びれることなく肩を竦めて見せた。
「それに、このまま苦戦もなく優勝させるのは、エルのためにもよくない」
「――」
ジョンは、その言葉に対しては何も言い返せない。
確かにエルウッドのこれは、武具の力で勝っているようなものなのだ。騎士がそれに頼り切ってはいけない。そこについては赤毛少年にも理解できた。
「ねえ、私にも分かるように説明してよ」
「俺もちょっとわからない」
アリシエルとモーガンが説明を求める。
「それでは私が説明しよう」
エドウィンは頷いた。
「まず、重量のある鉄鎧に対しては、転ばせるという戦法が有効なのは既に実証済みだ。これには、身構えられれば簡単に転がせないという弱点がある。
彼の恐ろしいところは、そういう対策が織り込み済みということさ。体当たりに対応するために身構えれば、重い全身鎧ではあの槍は避けられない。
盾で受けるか鎧で弾くことになる。しかし、あの槍にはそういった防御を貫通できる威力がある」
「でも、それこそ術で近付けさせなければいいんじゃないのか?」
これはモーガン。
「そうだ。普通はそう考える。この武具大会に出ているような新人の騎士は術に頼りがちだから、大抵はそういう作戦を取るだろう。
ところが、次は身軽さという武器が脅威になる。開幕で『チャージング』をされると、武具大会で使われる2単語以上の術が間に合わないんだ。
どうやったところで、動きの遅い全身鎧では不利になってしまうんだよ」
「あ、だからさっき……」
鎧の修理を拒否されたことから、アリシエルも気付いたらしい。
『チャージング』というのは、槍をまっすぐ敵に向けて構え、突進する攻撃である。その速度と体重を上乗せされた時の槍の威力は、槍術の中では屈指の攻撃力を誇る。
馬上で使う『チャージング』専用の槍『ランス』が開発されるほどに、その威力は長く戦場で猛威を振った。
『チャージング』にはもう1つ利点がある。
始めの合図と共に戦う武具大会のルールでは、騎士が虎の子である術の詠唱を終える前に、初撃を当てることが可能ということだ。チャージングの威力が術の発動よりも早く到達し、エドウィンが言うとおり、生半可な鎧なら軽く貫いてしまう。魔法を使用してこないからと甘く見ていれば、それで勝負がつくのだ。
ならばチャージングを防ぐには。
簡単なことだ。避ければいい。まっすぐ突進してくるチャージングは、槍の穂先にさえ当たらなければ大したダメージはない。
問題は鎧が重いとそれを避けることさえできないということなのだが。
今のエドウィンは鎧が壊れた部分を外しており、身軽なのだ。初撃を避けることができれば、後は逆に距離を詰めれば片手剣の距離となる。
エドウィンは得意武器ではないとはいえ騎士で、エルウッドは得意武器だが騎士ではない。一応、互角以上の勝負に持ち込むことはできる。
「後はエル、お前次第だ。私を倒せば、優勝が見える。それは私が保証しよう」
エドウィンは弟分の肩を叩き、そう声をかけた。