ジョンとミラーディアは、武術大会の最終日、本戦トーナメントを貴賓席で観戦する。
「今年は5つの騎士団の長が全員出場します」
「新代総長、東方騎士団『
金髪イケメン、白い革の略式鎧の青年デイヴィッドが指差す。
その先には30代後半長身の金髪男性騎士。
十文字槍を振り回して、隣の女性騎士に鎧越しに蹴られていた。
「南方騎士団『水神』リラ・ガヴラス」
デイヴィッドは蹴った小柄な金髪女性騎士を指差す。
持っている武器は薙刀。
日本では女性や僧兵によく使われた長柄武器だ。
年齢は20代後半。
「西方騎士団新代『
逆隣で豪快に笑っている金髪の小柄ながら筋肉質な男。
20代後半、武器は盾と柄の上下に切っ先のついた槍。
「中央騎士団新代『雷神』フレッド・フツノ・デンゲル」
大柄な金髪褐色肌のイケメン騎士が、子供のように観客席に向けて手を振っている。
武器は
「北方騎士団『風神』ロバート・ウェスター」
1人、静かに佇む、口ヒゲの金髪中年騎士。
いつもの素槍を持つたたずまいには隙がなく、ベテラン騎士らしくとても様になっていた。
ただ、それだけに哀愁が漂うように見えてしまうのは気のせいだろうか。
「見事にまとまりねえな……」
ジョンは苦笑する。
「5つの騎士団は、それぞれ担当地域の気風に沿った長が選ばれる。
担当地域の住民と親密な関係を作ることができなければ、各地域の守護に支障が出るからね」
「本来各騎士団長の選定はデンゲル家が行うべきなのですけれども。
マディカン家が行っているのが現状なのです。
そのため、デンゲル家はマディカン家の配下と言われることもあります」
「まさかミラーディアは、デンゲル家に騎士団の人事を任せていていいと思っているのかい?」
「まさか。それは二重の意味で危険ですよ」
「危険って?」
膝の上でだらける子猫を撫でながら、赤毛少年は尋ねる。
「まず、デンゲル家は『武勇』を司る。個人的な強さ以外は求められていないんだ。
だから、ハレリア人以外が当主になる確率も高いんだけどね。
問題は、単独では5千の大軍に300騎で突撃なんて真似をするほど猪突猛進なことが多いということさ」
「……なんてこった」
ジョンは唖然とした。
「じゃあ、『運送屋』の兄妹はそいつらよりひでえってことか」
「そっちなのかい?」
金髪イケメンは眉をひそめる。
「ほら、半年前の武具大会でデイヴィッドがボッコボコにやられた野生児ですよ」
「いや、覚えてるから。忘れるわけないから」
「あらそうでしたっけ」
今日もミラーディアは嬉々として青年騎士の傷をえぐった。
「あの兄妹は、この半年でそれなりにはなっているよ。
身体能力や戦闘センス、それに戦闘の基礎はとても高い。
さすがイヴァン・グラットンと元マディカンの人間が鍛えただけはある」
「で、最低限言うこと聞くように教育できたのか?」
「いや、まあ、もう少し時間がかかるらしいけど……」
「でしょうねえ。つい先程、マーガレットさんに襲われかけましたし」
「知っていて聞いたのか……ジョン君もどうやらハーリア寄りだね」
「そうなのか?」
「割といい性格をしているとは思いますよ。
ただ、嘘を吐くことはしないようなのですが」
「それはそれで扱いやすいということなのかな?」
「それがですねえ。自分の技術がどれだけの影響を及ぼすのか、自分で計算し切れないという大問題があるのです」
デイヴィッドとしては皮肉のつもりだったのだが、白ローブの少女は渋い顔で返した。
「それはまあ、ハレリア王族ではないから、かな?」
「ちげーよ。俺が技術屋だからだ」
赤毛少年は語る。
「前世でそれなりに長く生きてた分、仕事上係わることもあってな、行政の話も多少はわかる。
でもな。
そりゃ前の世界の話だ。この世界じゃ俺は16の田舎モンなのさ。
知らねえこともたくさんある。そんなんで大事な判断ってことになると、俺の一存で出来っこねえ。
俺の本職が政治家や行政屋だったらまた別なんだろうがな」
「これは凄い」
金髪の青年騎士は膝を叩いて賞賛した。
「ハートーン卿と似たことを言うんだね。技術者の英雄は皆こうなのかな?」
「そうなのか?」
「ええ、ハートーン男爵は、内域の統括者という役職を蹴って現場にいるのです」
「『どんな勇壮な戦士も善良なる王も、鉄火場に立てば素人となる。逆もまた然り』」
ミラーディアとは別の少女の声が聞こえてくる。
「ひゃわっ!?」
突如、白ローブの少女の胸が背後から鷲掴みにされた。
「ハートーン卿の有名なお言葉ですわ」
「ひぅ、ちょっ、ハル姉様……!」
純白のグローブに包まれた繊細な手が、最近ローブの下に隠しきれなくなってきた巨峰の形を変える。
ローブの上から器用に胸の抑えが外され、ミラーディア本来のFカップの実りがローブ越しに晒される。
背後から回された手がそのたわわな丘を下から持ち上げたことで、さらにその大きさが強調された。
「あらあらまあまあ、また大きくなりましたの?」
細い両腕にかかる乳房の重みから、純白のドレスに身を包んだ少女ハルディネリアは、必死に抵抗しセクハラから逃れた従妹の胸のサイズを口にする。
一方ミラーディアは、外れてしまった胸の抑えをローブの袖から腕を引っ込めて、その場で手早く直す。
ものの10秒もかかっていない、早業だった。
それだけに外す方も簡単に外れるような仕組みなのだろう。
逃れる際にローブのフードが外れて、ジョンははじめて、2人の顔を見比べることができた。
ハルディネリアはミラーディアよりも全体的な肉付きがいいだけで、骨格などは本当にそっくりだ。
両親が双子同士というから、こういうことも普通に起こりうるのだろう。
胸元の開いた白いドレスの、胸の大きさが強調されたGカップの美少女は、少し距離を取っていたデイヴィッドとミラーディアの間に割り込んで座った。
青年騎士はさらに距離を開ける。
それは、紳士的な配慮というよりも、ハルディネリアを恐れているから、とジョンには感じられた。
「いきなりなにをするのですか!」
「あらあら、いきなりでなければいいのだそうですわ、ジョン様」
「みゃっ!?」「うぇっ!?」
この返しには、普段からよく舌の回るミラーディアも顔を真っ赤にして二の句を失う。
おっとりとゆったりしたように見せて、弁舌は的確に急所に刺さる。
こうかはばつぐんだ!
「さ、さすがはハーリアの天敵……!」
デイヴィッドの呟きが聞こえた時、ジョンは理解した。
前から、宰相家ハーリア公爵家の力が大き過ぎるように感じていたのだ。
国内行政を握り、政治力もジョンが知っている日本の政治家とは桁違い。
ハーリア家としての活動は、各地各都市に派遣された白ローブ、宰相府直属のエージェントによるもの。
地域の役所では解決できない様々なトラブルを解決して回るのが通常業務だ。
その影響力は絶大と言えた。
ならば、その上に存在している王家、ハレリオスとは一体どのような存在なのか、と。
単に特殊な能力を持っているから王家に祀り上げられているだけで、ハーリアが実質実権を握っているのか。
事実はそうではなく、絶大な影響力を持つハーリア公爵家の天敵として、万一の暴走をも抑えることができるから、ハレリオス王家は頂点なのだ。
さらにデイヴィッドの反応を見るに、ハレリアの双頭と呼ばれるハーリアの政敵マディカン公爵家にとっても、天敵として君臨しているらしい。
その白いドレスの膝の上には、なぜか二又尾のトラ柄子猫の姿があった。
頭の上を確認すると、いつもそこに陣取っていた子猫リユがいない。
「いつの間に……」
「ハレリオスの力は神種にすら有効だというのですか……」
ミラーディアの呟きでジョンも気付いたが、子猫は身体を撫でられて気持よさげに眠っているようだ。
世にも珍しい
それは超越者
能力は神族の劣化版であれど、人間を遥かに超える能力の持ち主であることに違いはない。
なのにどうだ、ハルディネリアの膝の上で、普通の子猫のように丸くなって眠っている。
「ジョン様の警護で、少し疲れていたようですから」
「全然気づかんかった……」
「この辺の意味不明さは、さすがハレリオスなのです」
最も付き合いの長いジョンですら気付かないような子猫の変化に気付き、大女のタックルを弾き返す怪力の小動物をわずかな時間で手懐ける。
理屈を超えたその力は、理屈を突き詰めることに特化した他の公爵家の頂点に相応しい存在感を放っていた。
もちろん、突き出た
「どうしてか、機嫌がよさそうなのですね、ハル姉様」
「うふふ、わかりますか?」
白いドレスの美少女は、少し頬を赤らめ、輝くような笑顔を従妹に向けた。
それはもう、抑えきれない、という喜びの感情を込めて。
傍から見ていてもわかるほどだった。肌などはもうツヤッツヤである。
よほど嬉しいことがあったのだろう。
「ん?」
そして、この中で唯一の女性であるミラーディアが、変化に気付いた。
一般的に女性は男性に比べて様々なことに敏感で、臭いの変化を気にする傾向がある。
それには理由があるのだ。
女性は生物として見た場合、子供を守り育てるという、人類が繁栄する上で必要不可欠な役割を担っている。
そのため、子育てに必要な機能として、様々なことへの敏感さと臭いを気にする傾向を獲得していると考えられる。
敏感さは、つまり危険の察知能力だ。
野生において他の動物に捕食される危険がある以上、重要な能力であることは間違いない。
そして、臭いを気にするというのは、細菌や毒への拒否反応である。
細菌は増殖すると異臭を放ち、自然環境に存在する毒も異臭を放つものが多い。
毒は言うまでもなく、細菌は生殖機能にダメージを与えることがある他、免疫機能が十分ではない赤ん坊にとって致命的な病を引き起こす危険があった。
そのために、より多く子供と接する機会の多い女性は、臭いに敏感なのではないだろうか。
逆に一般的に男性は比較的様々なことに鈍感な傾向がある。
野生において男性は、女性や子供のために傷つき、場合によっては命を投げ出すのも役割であり、また自分自身を病から守る必要もそこまで重要ではないため、様々なことに鈍感な傾向があるのではないかと考えられる。
だから、この場において唯一ミラーディアがハルディネリアの変化に気付いたのは、ある意味で必然だった。
もちろん、臭いという意味で、である。
「遊郭なんて、利用はしませんよね?」
「もちろんです」
「お相手はマルファスさんですか……」
「あらあらまあまあ、ばれてしまいましたわ」
白いドレスの少女は、それはもう嬉しそうに困った表情を作っていた。
本気で困っているようには見えない。
その問答で、さすがに経緯を理解した両隣の男子2人は、黙って目を逸らすしかない。
「それはもう、激しい夜でしたわ。思い出すだけで……」
「あーっと、なんかカラフルなローブのやつが観客席に多くねえか!?」
誰も聞いていないのにど真ん中アウトな惚気話を始めようとしたハルディネリアのセリフを遮って、わざとらしく大きな声で赤毛の少年は観客席の状況について尋ねる。
それにデイヴィッドが同じくわざとらしく乗った。
「ローブは一定以上の術の使用を許された術士の証さ!
黒が半人前、青が星王術士、赤が錬金術師、緑は精霊術士、白は王族六家所属、黄色は呪紋士、茶色は滅多にいないが無所属、あるいははぐれ錬金術師を意味する」
「術士勢揃いってわけか。なんでまた?」
「カッセル君が出場するからですよ」
ミラーディアもジョンの話題逸らしに乗って、説明する。
ハルディネリアがやや不機嫌になるが、付き合っていられない。
「協定禁呪スレスレの術を使用するそうです。
彼らは万が一の場合の備えでもあります」
「え」
「ただ、興味本位という方も多そうではありますね」
彼女が苦笑する視線の先では、白いローブにマントの老女と老人が議論という名の口喧嘩を始めていた。